裏側と表側と俺
「ねーねー、裏側くんと表側くんのどっちが優しいと思う?」
表側がそんなことを言い出したので俺は眉を顰める。
「自分のことをくん付けするなよ」
「くん付けしたらかわいくない? ねーどっちが優しいと思う?」
俺は裏側に目をやる。黙っていた裏側が口を開く。
「表側よ、そんなことはどうでも良いと思わないか?」
「相変わらず裏側はノリ悪ーい。僕が聞いてるのは君じゃなくて俺くんだよ」
表側をじとりと睨む俺。
「俺くんって言うな、気持ち悪い」
「だって君、名前ないじゃん」
「名前はある、ちゃんとある」
「へー。じゃあ教えてよ」
「……」
「教えられない名前はないのと一緒だよ」
沈黙が落ちる。
「表側」
「何なの裏側。文句あるの」
「建前を信じるのが約束だろう」
「約束なんてあるわけないでしょ。僕と君は裏側と表側なんだからくるくる入れ替わるものをたえず見つめ続ける、そういう存在なんだから」
「我は裏側、故に裏を視認するのみ」
「裏側はほんとにノリ悪いね! 片側だけ見てたら騙されちゃうでしょ!」
「誰にだ」
「誰にってそりゃあ」
「俺に?」
「俺くんは口を挟まないで!」
ナチュラルに会話に入ったつもりだったのに、キレられる。
「さっきは裏側に聞いてないとか言ってたくせに、言動が一貫しないのはお前のよくないところだぞ表側」
「もー! みんな僕を責める! いくら僕が親しみやすくて明るく元気な表側だからって言っていいことと悪いことがある! 扱い悪すぎだよ!」
「収拾つかなくなるからやめてくれ表側。それでお前は結局何が言いたいんだ」
「えーだから僕と裏側くんのどっちが優しいかって」
「え、普通に裏側じゃないか?」
「なんで! 裏側くん愛想悪いじゃん!」
「いやでも優しいと思うぞ裏側は」
「理由!」
「静かな優しさというか」
「じゃあ僕は優しくないっていうの!?」
「なんかお前に優しいとか言ったら調子乗りそうだし」
「えっ? それって僕も優しいってこと?」
「……」
「俺くん!」
「なんだよ……」
「やっぱり僕もう少しここにいようかな!」
「どっか行くつもりだったのかよ……」
「いやーいつ入れ替わるかわかんないからどこかに行くとかそういうのはないよね、君もおわかりの通り。ね、裏側」
そうだな、と裏側。
そうかも、と俺。
「でも裏側も表側もいつも急だよな。心の準備くらいさせてくれてもいいと思うんだが」
「けど、君が望んでやってることでしょ?」
「表側」
短く呼ぶ、裏側。
「何だよぉ」
「言っていいことと悪いことがあると言ったのはお前ではないのか」
「だってさぁ」
「まあまあ裏側、そういうのも表側のいいところというか悪いところというかどちらなのかはよくわからんがそういうところでもあるから」
「俺よ、お前が弁護してどうする」
「だって究極的にはどっちも俺だし」
「俺くーん困るよそういうこと言うのは」
「何が困るんだ」
「そういうこと言うのは僕の役目だからだよ」
そう言って表側はぱっと消える。
「表側?」
「我の時間が来たということだろう」
「……」
「気を落とすな」
「気を落とさないと裏側には行かないんじゃないのか……」
「定義は曖昧だ、お前も知っている通り」
「うーん、やっぱ俺お前たちのことよくわからないんだよな」
「……」
「よくわかったときにお前たちは消えるのかもしれないけど」
「どうだろうな」
「裏側はいつも煙に巻くなあ」
「饒舌な我などイメージに合わぬだろう」
「まあそうだな。裏側がペラペラ喋ってたらそれは表側になっちまうし」
「……」
「ほんとに表側がいないと間が持たないな……」
「回想遊びでもするか?」
「恐ろしい遊びを提案してくるのはやめてくれ」
「なぜだ」
「裏側ぁ……」
「フフ、冗談だ」
「お前も大概愉快な奴だよな!」
「過去キャッチボールをしてやろう」
「やめて、せめて虚無キャッチボールにして」
「むう……主の頼みなら仕方ない」
そして俺と裏側は虚無キャッチボールをして遊んだ。
深夜、日はとっくに沈み。
「夜に虚無キャッチボールをするのは視認性悪すぎで微妙だったかもしれない」
「だから言っただろう」
「だからって過去キャッチボールは嫌だよ!」
「未来キャッチボールの方がよかったか」
「もっと嫌だよ……」
「わがままな奴だ」
「いや誰でもそうだろ」
「果たしてそうかな?」
「やめてよーそういうのやめて」
「……」
「わかったわかった、キャッチボールで疲れたし今日はもう寝るから」
「ああ」
「……」
「……」
「いなくならないのか?」
「一人で寝るのは寂しかろう」
「イケメンか?」
「我は裏側」
「マジレスしないで」
「早く寝ろ」
「はい……」
そうして眠って起きたら日はとっくに昇っていて。
「はーい表側でーす!」
「うるさい」
「ひどい!」
「裏側は?」
「裏側くんは今いないみたいだね! 僕のいない間に裏側くんとなんかあった?」
「特に何も」
「隠し事!? 教えてよ俺くん!」
「俺くんって呼ぶな、気持ち悪い」
「教えてよ教えてよー」
特に何かあったわけでもないのに隠しているみたいな雰囲気になっって、「現在」を手に持ってそれでぺしぺし叩いてくる表側をやり過ごすのは大変だった。
季節は冬。
表側がそんなことを言い出したので俺は眉を顰める。
「自分のことをくん付けするなよ」
「くん付けしたらかわいくない? ねーどっちが優しいと思う?」
俺は裏側に目をやる。黙っていた裏側が口を開く。
「表側よ、そんなことはどうでも良いと思わないか?」
「相変わらず裏側はノリ悪ーい。僕が聞いてるのは君じゃなくて俺くんだよ」
表側をじとりと睨む俺。
「俺くんって言うな、気持ち悪い」
「だって君、名前ないじゃん」
「名前はある、ちゃんとある」
「へー。じゃあ教えてよ」
「……」
「教えられない名前はないのと一緒だよ」
沈黙が落ちる。
「表側」
「何なの裏側。文句あるの」
「建前を信じるのが約束だろう」
「約束なんてあるわけないでしょ。僕と君は裏側と表側なんだからくるくる入れ替わるものをたえず見つめ続ける、そういう存在なんだから」
「我は裏側、故に裏を視認するのみ」
「裏側はほんとにノリ悪いね! 片側だけ見てたら騙されちゃうでしょ!」
「誰にだ」
「誰にってそりゃあ」
「俺に?」
「俺くんは口を挟まないで!」
ナチュラルに会話に入ったつもりだったのに、キレられる。
「さっきは裏側に聞いてないとか言ってたくせに、言動が一貫しないのはお前のよくないところだぞ表側」
「もー! みんな僕を責める! いくら僕が親しみやすくて明るく元気な表側だからって言っていいことと悪いことがある! 扱い悪すぎだよ!」
「収拾つかなくなるからやめてくれ表側。それでお前は結局何が言いたいんだ」
「えーだから僕と裏側くんのどっちが優しいかって」
「え、普通に裏側じゃないか?」
「なんで! 裏側くん愛想悪いじゃん!」
「いやでも優しいと思うぞ裏側は」
「理由!」
「静かな優しさというか」
「じゃあ僕は優しくないっていうの!?」
「なんかお前に優しいとか言ったら調子乗りそうだし」
「えっ? それって僕も優しいってこと?」
「……」
「俺くん!」
「なんだよ……」
「やっぱり僕もう少しここにいようかな!」
「どっか行くつもりだったのかよ……」
「いやーいつ入れ替わるかわかんないからどこかに行くとかそういうのはないよね、君もおわかりの通り。ね、裏側」
そうだな、と裏側。
そうかも、と俺。
「でも裏側も表側もいつも急だよな。心の準備くらいさせてくれてもいいと思うんだが」
「けど、君が望んでやってることでしょ?」
「表側」
短く呼ぶ、裏側。
「何だよぉ」
「言っていいことと悪いことがあると言ったのはお前ではないのか」
「だってさぁ」
「まあまあ裏側、そういうのも表側のいいところというか悪いところというかどちらなのかはよくわからんがそういうところでもあるから」
「俺よ、お前が弁護してどうする」
「だって究極的にはどっちも俺だし」
「俺くーん困るよそういうこと言うのは」
「何が困るんだ」
「そういうこと言うのは僕の役目だからだよ」
そう言って表側はぱっと消える。
「表側?」
「我の時間が来たということだろう」
「……」
「気を落とすな」
「気を落とさないと裏側には行かないんじゃないのか……」
「定義は曖昧だ、お前も知っている通り」
「うーん、やっぱ俺お前たちのことよくわからないんだよな」
「……」
「よくわかったときにお前たちは消えるのかもしれないけど」
「どうだろうな」
「裏側はいつも煙に巻くなあ」
「饒舌な我などイメージに合わぬだろう」
「まあそうだな。裏側がペラペラ喋ってたらそれは表側になっちまうし」
「……」
「ほんとに表側がいないと間が持たないな……」
「回想遊びでもするか?」
「恐ろしい遊びを提案してくるのはやめてくれ」
「なぜだ」
「裏側ぁ……」
「フフ、冗談だ」
「お前も大概愉快な奴だよな!」
「過去キャッチボールをしてやろう」
「やめて、せめて虚無キャッチボールにして」
「むう……主の頼みなら仕方ない」
そして俺と裏側は虚無キャッチボールをして遊んだ。
深夜、日はとっくに沈み。
「夜に虚無キャッチボールをするのは視認性悪すぎで微妙だったかもしれない」
「だから言っただろう」
「だからって過去キャッチボールは嫌だよ!」
「未来キャッチボールの方がよかったか」
「もっと嫌だよ……」
「わがままな奴だ」
「いや誰でもそうだろ」
「果たしてそうかな?」
「やめてよーそういうのやめて」
「……」
「わかったわかった、キャッチボールで疲れたし今日はもう寝るから」
「ああ」
「……」
「……」
「いなくならないのか?」
「一人で寝るのは寂しかろう」
「イケメンか?」
「我は裏側」
「マジレスしないで」
「早く寝ろ」
「はい……」
そうして眠って起きたら日はとっくに昇っていて。
「はーい表側でーす!」
「うるさい」
「ひどい!」
「裏側は?」
「裏側くんは今いないみたいだね! 僕のいない間に裏側くんとなんかあった?」
「特に何も」
「隠し事!? 教えてよ俺くん!」
「俺くんって呼ぶな、気持ち悪い」
「教えてよ教えてよー」
特に何かあったわけでもないのに隠しているみたいな雰囲気になっって、「現在」を手に持ってそれでぺしぺし叩いてくる表側をやり過ごすのは大変だった。
季節は冬。
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