短編小説

 ドンキーゴング、というゲームがある。アクションゲームで、ボーナスアイテムのバナナやコインを集めると達成度が上がるというもの。
 クラスメイトの間ではいかに速く達成度を100%にするかという遊びが流行っていたが、アクションゲームの苦手な俺は速い遅いを競うどころではなく、いかに途中で力尽きずにクリアするかとかアイテムが見つからず何時間も同じステージをうろうろするとかそういう遊び方……というか、苦行のようなことをやっていた。
 結局、バナナの最後の一本が取れず、コンプリート率が99%のまま受験生になって俺はゲームから遠ざかった。
 それから俺は地方の大学に進学し、講義やら部活やらコンパやらでゲームをする間もなく正月。
 帰省して自分の部屋に戻り、久々にドンキーでもやるかとテレビの前に座るとそこにあったはずのゲーム機がなくなっていた。
「母さん、ゲムキューどこ?」
「捨てたわよ」
「えっ」
「もうゲームって歳でもないでしょ。うちにあっても誰も使わないし」
「そ、そんな」
 つまり俺のドンキーゴングは達成率99%のまま所在不明、どこかの海の埋め立て地の奥底に粉々になって埋まっているというわけか。
「そんなことよりあんた、バナナ食べる? 好きだったでしょ」
「えっ……」
 ゲームの主人公が集めていたからという理由で俺はバナナを好んで食べていた。ゲームオーバーにならないようコントローラーさばきの練習をしたり、アイテムが見つからずに同じステージをぐるぐるしたりするのは少しつらいところもあったが、何せゲームの主人公というのは俺にとってヒーローだった。そのヒーローの集めていたアイテムが現実に存在していて、しかも食べられるとなると、飛びつくのも無理はない。
 だが今冷静になって考えてみると、バナナ自体食感はもそもそしているし、香りもそこまで好きではないのだ。
 正直気は進まなかったが出された物を残すのもなんだしと思いながら食べたバナナはやはりもそもそしていて、昔食べたときに感じていたような憧れ交じりのきらきらした気持ちにはとてもなれなかった。
 ゴングがひとつ。少年時代の思い出の終わり。それはこれからもっと増えるだろう。ひとつ、ふたつと増えていき、ピークを迎えて無くなってしまう。
 だがまだだ。モラトリアムのただ中にいる今はまだ、響き続けるゴングの音を聴くこともできる。
 99%。バナナはまだ集まりきらない。

(おわり)
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