短編小説

 風の強い冬の日だった。
「寒い……何もする気が起こらない……」
 私はベッドで布団にくるまり、横になっていた。
 今日は土曜日。ここ一週間ほど、休日になったら色々しようと思いながら過ごしたのだが、いざ休日になってみるとなんだか寒いし布団から出たくない。
 役所の手続きがある。充電器も買いに行かなければ。パソコンの調子が悪いので買い替えも検討したい。図書館にも行きたい。買った本も読みたい。先月帰りに買った漫画もまだ積んだままだ。ペットボトルも処理しなければ。朝ごはんも食べなければ。
 ……まだ眠い。明日も休みだし、明日でいいか。朝ごはんも、一食抜いたくらいで死にはしないだろう。
 私は寝返りをうった。

 目が覚める。時計の針は13時を回っていた。
 お腹が空いている。昼ごはんを食べなければ。
 身を起こそうとすると、身体がずしりと重い。きっと疲れているのだろう。
 昼ごはんくらい抜いてもどうってことはない。私は再び目を閉じた。

 次に目を開けると、部屋が真っ暗だった。時計は暗くて見えない。私はスマホのボタンを押した。22時30分。
 近くのスーパーが閉まるのは22時。コンビニはちょっと遠いし値段も高い。身体はまだだるいし、今日はこのまま寝てしまおう。私は目を閉じた。

 何度か目を覚ましては時間を確認する。0時。3時。夜はなかなか終わらない。
 そして5時。なぜか頭がとてもすっきりしていた。
 今なら何でもできそうな気がする。ひとまず何か食べる物を買いに行こう。私はパジャマを着替えて鞄を持ち、コートを羽織って外に出た。
 お腹がちょっと痛いが身体は軽い。いっぱい寝て元気になったのだろう。
 この時間、スーパーはまだ開いてないからコンビニだ。
 値段は高いけど時間は大事。今は何でもできそうな気分なのだ。この気分のうちに動いておかないと、じっとしていてやる気がなくなってしまっては元も子もない。
 やる気に満ち溢れて私はコンビニに着いた。中も外も人気がないのに店内放送だけは元気だ。
 何を食べようかな。
 私は色々な棚を物色した。
 棚巡りをする中で、充電器が目に留まる。手に取る。高い。ここで買うと楽だけど、今日は色々用事を済ます予定だし、街にも出ると決めている。だから買うのはやめておこう。
 私は充電気を棚に戻した。
 カップ麺の棚、レトルト食品の棚、おやつの棚、おつまみの棚、スイーツの棚、パンの棚におにぎりの棚、私はそれら全てを丹念に見て回った。
 最終的に、パンを5個とサラダを1つ、野菜ジュースを1パックとポテトチップスとチョコレート、そしておやつにヨーグルトドリンクを買うことにした。昨日食事を抜いた分、たくさん食べても罰は当たらないだろう。
 大量の物を袋に詰めるのに店員さんが大変そうだったが、私はお腹が空いている。店員さんには仕事と思って我慢してもらおう。傲慢な考えだろうが、こうでも思っていないと申し訳なさで胸が潰れてしまいそうになるので仕方がないのだ。現に、今も胸がしくしくしてきている。いけない兆候だ。
 私は商品の入ったビニール袋を受け取ると急いでイヤホンを耳に刺した。
 音楽を聴いている間は、申し訳なさを忘れられる。時々音楽で前にした申し訳ないこと――だいたいが空気が読めずに雰囲気を悪くしたり、他人を傷つけたりしたことだ――を思い出してしまうことがあるけど、音量を上げて心の中で謝り続ければ楽になるから大したことはない。
 寮に帰って部屋の扉を開け、コートを部屋の隅に放り投げてベッドに座る。
 お腹が空いていた。
 私はパンを3個食べて、野菜ジュースを飲んだ。
 そうしているうちに、だんだん眠くなってきた。まだ買ってきた物を全部食べていないのにと思う。
 時計を見ると、まだ6時だ。もうひと眠りくらいしても、出かけるのには間に合うだろう。そう思って、私はごろんと寝ころんだ。

 ふと、目を開ける。
 カラスが鳴いている。
 部屋に差し込む光はオレンジ色だ。
 慌てて時計を見ると、もう17時だった。6時に寝たから、11時間寝たことになる。長い。疲れていたのだろうか。
 朝のすっきりした気分は既になく、お腹が気持ち悪かった。
 今日はもう出かけるには遅すぎる。かと言って、何か食べる気にはなれない。
 何だか疲れたし――疲れるようなことは何もしていないのだが――胸も苦しいし、今日はもう寝よう。明日も仕事だし。私はパジャマに着替え、再びベッドに入った。

 目を開けると仕事に行く時間になっていて、急いで身支度をして鞄を持って昨日買ったヨーグルトドリンク片手に部屋を出た。
 駅のホームでヨーグルトドリンクを飲み切ってゴミ箱に捨てた。
 満員電車でうつらうつらした。
 仕事中はお腹が空いて仕方なかったが、作業に集中して気を逸らした。逸れていたのかどうかはわからない。ミスが多かった。
 お昼を食べて、仕事をして、寮に帰ると21時だった。冷蔵庫に入っていた食事を食べ、部屋に戻ると耳がキーンとした。
 疲れているのだろう。今日は早く寝よう。
 寝る準備をしてベッドに入ったのは22時だった。
 すぐ朝になって、部屋を出る。パンを部屋に忘れたことに気付くが戻っていては遅刻するのでそのまま電車に乗った。
 仕事中は空腹を感じなかった。朝食を食べない方がかえってお腹が空かないのかと変な気分になった。
 昼食を食べるととてもお腹いっぱいになって、眠気をこらえるのが大変だった。
 その日も仕事はうまく進まず、寮に着いたのは23時だった。
 次の日も、その次の日も同じような日だった。
 木曜日になって、今週末こそ用事を済ませようと思い始める。
 金曜日の夜ははやる気持ちを抑えて眠りに落ちた。

 「今度こそ」は「永久に」。

 日曜日の夜、私は冷蔵庫の中にあったパンとサラダをゴミ箱に捨てた。
 1月の寒い日のことだった。


  (おわり)
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