短編小説

 ぱち、とクリックするのは一瞬だった。
 削除のボタン。3年間何の感慨もなく垂れ流してきた言葉の集積の削除。
 お気に入りに入れたものが消えていても、検索結果にかからなくなっても、一度流れた情報は、データの海に一生残る。永遠に残る。
 キャッシュされ、コピーされ、流されて。完全に消えたと思っても、きっとどこかに残っている。それは忌むべきことかもしれないし、祝福すべきことかもしれない。人が憧れてきた永遠を、人は手に入れた。
 こうして消しても、海のどこかに残っている。それゆえ、消すという行為は単なる自己満足にすぎない。重々承知していながら、俺は削除を選んだ。
 友人たちからは見えなくなるのに、俺と直接関係もないかもしれない人にはそれが未だに見えるかもしれないのだ。
 友人たちには、俺の情報を追いかけるほどの熱意も情熱もないだろう。ゆえに、俺の情報は以後友人たちの目に触れることがなくなるだろう。
 だが、手法さえ知っていれば、少しの作業でそれは出てくる。俺という存在に何の親愛も情熱も抱かなくても、手法さえあれば手に入れられる。存在に執着せず情報を見たとき、俺という存在は数あるデータの中の一つにしかならない。
 感情のこもった目で俺の存在を見る者にそれが見えず、無機質な目で存在を透かす者にそれが見える可能性に、俺は可笑しさを覚えた。
 愛すべき矛盾。ボタンを押すだけでこんなにも身近に、触れることができる。
 俺は案外それに触れたくて、ボタンを押したのかもしれない。そんなことを思いながら、席を立った。

(おわり)
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