短編小説
「実に酷いな」
どんな人にも愛想よく、相手を不快にさせないように。それが俺のモットーだった。
「随分勝手な話だと思わないか」
「思わないわ」
すげなく答える女の名はⅠ。俺の属する漫画研究会の新入生だ。と言っても彼女は一年浪人しており、二年生の俺とは同年代ということになる。
漫画研究会という名こそついているが、ここで漫画を描く者は少ない。部活動の大半は、部員間でおすすめ漫画を紹介し合ったり、持ち寄った漫画を部室で読んだりしている。
そして、現在Ⅰと俺との間に発生している諍いは、互いの趣味が共通であることから始まった。
「Ⅰ氏も小説好きなのか。いいことだな。実は俺も好きなんだ。漫研メンバーで漫画も小説も読むって奴は俺一人だったから、仲間が増えて嬉しいよ」
「よかったわね」
「おう! どのジャンルが好きなんだ?」
「SF」
「奇遇だな、俺もだ。これまで読んだ中でおすすめは? 俺は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が好きでな……」
「私は『我はロボット』が好きよ」
「趣味が合うな! 握手だ握手!」
貴重な仲間に巡り合えた俺は、なんとしてでもⅠと友人になりたいと思った。ところがだ。
「Ⅰがこの前、自分はどちらかというと猫派で擦り寄ってくる犬には興味がない、とか言ってたけど何のことだろうな?」
俺にそう伝えてきた部の友人の意図はわからない。が、「犬」という言葉が俺のことを指しているということはわかった。俺にも擦り寄っている自覚はあったからだ。そうして話は今のこのやりとりに戻ってくる。
「俺はお前と語り合いたい、その一心だったのに」
「興味のない人とはできるだけ話したくないの。あなた、何でも自分から話すから面白くないんだもの」
「それは話題を提供しようとして……」
「ただの自分語りでしょう。そんなものに興味はないわ」
俺の言をぴしゃりと切り捨てるI。
「そうか……」
一方的な興味を抱いていただけだったことを思い知らされたショックで俺はそんな反応しか返せなかった。
「話は終わり?」
「いや……今後は俺もお前のことを気にしないことにする」
「そ。勝手にすれば?」
あくまでも冷たいIの態度に俺はだんだん腹が立ってきた。
「そっちが嫌な気分にならぬようと思って愛想よくしたのにそんな態度を返してくるとはね。じゃあ何か、俺がもっと愛想の悪い男ならよかったのかよ」
「そうね。そもそも人間は笑顔が少し足りないくらいの方が気になるものよ。それに、いつも愛想がいいっていつも予想通りの反応が返ってくるってことでしょう。最高につまらないわ」
俺は自分の価値観を真っ向から否定されたことにとてもショックを受けた。Iの主張の中身ではない。少しの間だけでも友人関係にあったと思っていたIが、俺を何のためらいもなく切り捨てたのがショックだったのだ。しかし、今思えばIは友人かそうでないかは関係なく、他人にそういうことを言える奴だったのかもしれない。ともかく、そのときの俺はショックだった。
「二度と話しかけないでもらえる? 時間を無駄にしたくないから」
そう言い捨ててIは去って行った。俺はしばらくその場から動けなかった。
その後、Ⅰは漫研で友人を数人作り、お互いに好きな作品を紹介し合っては褒め合うという仲になっていた。だが、その友人たちとのやりとりを見ていても、Iの友人たちと俺の何が違うのかはさっぱりわからなかった。
つつじ咲く春のことだった。
自分のモットーを変える気には、まだなれない。
(おわり)
どんな人にも愛想よく、相手を不快にさせないように。それが俺のモットーだった。
「随分勝手な話だと思わないか」
「思わないわ」
すげなく答える女の名はⅠ。俺の属する漫画研究会の新入生だ。と言っても彼女は一年浪人しており、二年生の俺とは同年代ということになる。
漫画研究会という名こそついているが、ここで漫画を描く者は少ない。部活動の大半は、部員間でおすすめ漫画を紹介し合ったり、持ち寄った漫画を部室で読んだりしている。
そして、現在Ⅰと俺との間に発生している諍いは、互いの趣味が共通であることから始まった。
「Ⅰ氏も小説好きなのか。いいことだな。実は俺も好きなんだ。漫研メンバーで漫画も小説も読むって奴は俺一人だったから、仲間が増えて嬉しいよ」
「よかったわね」
「おう! どのジャンルが好きなんだ?」
「SF」
「奇遇だな、俺もだ。これまで読んだ中でおすすめは? 俺は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が好きでな……」
「私は『我はロボット』が好きよ」
「趣味が合うな! 握手だ握手!」
貴重な仲間に巡り合えた俺は、なんとしてでもⅠと友人になりたいと思った。ところがだ。
「Ⅰがこの前、自分はどちらかというと猫派で擦り寄ってくる犬には興味がない、とか言ってたけど何のことだろうな?」
俺にそう伝えてきた部の友人の意図はわからない。が、「犬」という言葉が俺のことを指しているということはわかった。俺にも擦り寄っている自覚はあったからだ。そうして話は今のこのやりとりに戻ってくる。
「俺はお前と語り合いたい、その一心だったのに」
「興味のない人とはできるだけ話したくないの。あなた、何でも自分から話すから面白くないんだもの」
「それは話題を提供しようとして……」
「ただの自分語りでしょう。そんなものに興味はないわ」
俺の言をぴしゃりと切り捨てるI。
「そうか……」
一方的な興味を抱いていただけだったことを思い知らされたショックで俺はそんな反応しか返せなかった。
「話は終わり?」
「いや……今後は俺もお前のことを気にしないことにする」
「そ。勝手にすれば?」
あくまでも冷たいIの態度に俺はだんだん腹が立ってきた。
「そっちが嫌な気分にならぬようと思って愛想よくしたのにそんな態度を返してくるとはね。じゃあ何か、俺がもっと愛想の悪い男ならよかったのかよ」
「そうね。そもそも人間は笑顔が少し足りないくらいの方が気になるものよ。それに、いつも愛想がいいっていつも予想通りの反応が返ってくるってことでしょう。最高につまらないわ」
俺は自分の価値観を真っ向から否定されたことにとてもショックを受けた。Iの主張の中身ではない。少しの間だけでも友人関係にあったと思っていたIが、俺を何のためらいもなく切り捨てたのがショックだったのだ。しかし、今思えばIは友人かそうでないかは関係なく、他人にそういうことを言える奴だったのかもしれない。ともかく、そのときの俺はショックだった。
「二度と話しかけないでもらえる? 時間を無駄にしたくないから」
そう言い捨ててIは去って行った。俺はしばらくその場から動けなかった。
その後、Ⅰは漫研で友人を数人作り、お互いに好きな作品を紹介し合っては褒め合うという仲になっていた。だが、その友人たちとのやりとりを見ていても、Iの友人たちと俺の何が違うのかはさっぱりわからなかった。
つつじ咲く春のことだった。
自分のモットーを変える気には、まだなれない。
(おわり)
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