ロッカーを開けるとそこは

 去年のバレンタイン、例の後輩が俺のところに遊びに来て。
 二人で夜の街を歩いて回って、ラーメンを食べたりバレンタインのイルミネーションだか何だかよくわからないものを見たりした。
 また来ますね、おみやげありがとうございますと言って帰っていった後輩はしかし。
 今年のこの世界は禍が流行っていて危険だから来ないようにと書いた手紙をロッカーに入れておいたから、今年は何もないんだ。
 寂しいけれど、仕方がない。そもそも一度あったラッキーがもう一度あるなんて期待するのもおかしいし。
 禍。振り回された一年だった。
 リモートワークが叫ばれて、そうなったと思ったら突然解除されて、また会社に通う日々が始まって、その後またリモートになって、時々会社に行く。
 毎日満員電車に乗って長時間の通勤をしていたころよりは楽になったんじゃなかろうか。
 こんな働き方なら後輩も疲弊しなくて済んだのかも。
 なんて考える自分が呪わしい。全て禍の反動だというのに。
 まあしかし何かの反動とはいえ生活が少しでも楽になったことを喜んではいけないという法はない。
 呪わしいのは変わりはしないが。
 あいつにも会えないしな。
 でもこんな毎日なら俺はなんとか頑張って行けそうな気がするし、コンビニで自分用に買った板チョコを寮の部屋で一人囓っていてもそこまで惨めな気持ちにはならな、
『先輩先輩』
「何だ!?」
『スマホ見てください』
「スマホ!?」
 スマホを見る、いつの間にか電話が繋がっていて、表示名は「後輩」。
「お前……電話!? 異世界に電話あるのか!?」
『電話はないですけど、俺が持ち込んだスマホを触媒にして、通信魔法の送り先を魔法使いにいじってもらって先輩のスマホと繋げてもらったんです』
「うお……すごいな、そんなことができるのか」
『こっちの魔法はきちんと術式を組みさえすればほぼ何でもできるんだって魔法使いが自慢してました。作ってもらったんですよ、先輩と通信できるマジックアイテム的なやつ』
「へえ……」
『先輩が孤独なのかわいそうで笑っちゃうんでじゃんじゃん通信しちゃいますよ』
「笑うなよ」
『ふっふっふ。拒否権はないです』
「ないのか」
『ないですよ、先輩が歯磨きして寝るまで俺は喋り続けますからね』
「はは、それは……」
『先輩が困ってもやりますよ』
「ありが、とう」
 気が付くとお礼を言っていた。なんでお礼なんか言ったんだ。それでもこの胸に溢れている気持ちを形容するなら感謝、嬉しさ、その類いのもので。
『先輩?』
「いや……なんでも」
 咄嗟に誤魔化す。
『ふふふ。さて俺の冒険譚聞いてもらいましょうかね! 手始めにこの前、魔の洞窟に行ったときのことから……』
 それから俺が歯磨きをして寝る準備をして寝落ちるまで後輩は本当に喋り続けていて、眠りに落ちる直前、おやすみなさい、先輩、という声が聞こえたような気がした。
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