短編小説

 夢を見ていた。
 そんな出だしも何百回目。毎日毎日夢を見ている。
 苦しい夢、恐ろしい夢、怯える夢、過去の夢、ありとあらゆる俺の地獄を煮詰めたような夢を毎日毎日。
 別に不幸だとは思わない。そんな夢を見ることなんてこのご時世誰にでもあることで、特に「禍」が広がった今では悪夢に悩まされる人も増えたと聞く。
 そんなもの。そんなものでしかないし、だからどうするとか医者に行くとかそういう話にもならないし、まあ本当に「そんなもの」なんだと思う。
 そう考えることはおそらくきっとあまりよくなくて、蝶を呼ぶものなんだと思う。
 蝶を呼んで何が悪いか。
 確かに消滅は怖い。だが今のまま死んだように生きることと蝶で虚無に落ちることのどちらが悪いかと言われるとしばし悩んでしまう。
 それほどに今の状況は「死んでいる」。
 けれどそんなことすら別にどうだってよくて、問題は、悪夢を見たくないのに寝てしまってそのまま蝶に落ちることだ。
 毎日毎日夢を見て、毎日毎日それは悪夢で。
 きっと俺は羊に呪われてしまったのだろう。
 そこまで考えてようやくわかった。
 俺は羊に呪われていて、俺の夢は羊のもので、羊が俺を止めるから蝶には落ちない、落ちることはできないのだと。
 悲しいんだか嬉しいんだかわからない。いずれにせよ俺は今日も見るのだろう。
 そんな夢を。

(11月拍手・『俺を羊が止めるから』)
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