短編小説

 目が覚める。
 森の中。
 私は逃げてきたのだった。
 お菓子の家から。



 言われて、鬱陶しいほど言われて。
 そこに行った。
 病気は治った。
 それはもう、綺麗に。

 ヒトではなくなった。
 外法に落ちたモノ。
 そういうものになった。

 そうして逃げた。



 森は広い。
 どこまでも続いている。
 こんな姿になっても食べ物は必要だし、睡眠なんかも相変わらず取らねばならない。
 厄介なものだ。
 けれど仕方がない。
 逃げ続けるには生きなければ。
 これ以上生きていたくなくても、何もかもうんざりでも、私は死ぬのが怖かった。
 臆病者。
 そう。
 勇気なんて最初からない。根拠のない楽観が怖い物知らずの行動をさせていただけ。
 種を明かせばなんてことはない。だけどきっとだいたいの人がそうだし、って私はもう、ヒトではないのだけれど。
 そんなことはいいんだ。もう。
 とりあえずは生き延びる方法を見つけないと。
 けれども歩くのが億劫で、身体が重くてたまらない。
 休んでも休んでも不調は治らず。
 おかしいな、病気は治ったはずなのに。

 ――あれを探して■■するまで私は死ぬわけにはいかないんだ。

 ちらつく思考。浮かんではすぐにばらばらになる。
 どうでもいいんだ、何もかも。
 平穏に生きられさえすればそれでいい。
 復讐なんてない方がいい。
 恨みも憎しみもない方がいい。
 感動も喜びもない方がいい。
 何もかも埋めた静寂がいい。
 それなのにたびたび浮かんでくるそれが私を燃やしてしまう。
 羽を生やし、牙を剥き、対象物を破壊し尽くす衝動。
 そんなものはない方がいい、自分を燃やして、灰にして、
 それでも死なない。
 燃やしているのは精神だから。
 身体を燃やすのはできない、そういう風に作られているから。
 精神しか燃やせない、そういう風に作られているから。
 何もかも諦めているのにまだ生きている。
 諦めていないから生きているのか。
 捨てられないから生きているのか。
 わからない、何もわからない。
 森はひたすら静かで、何の音もしなくて、私の存在だけがしらじらしくその身を主張する。
 落ち葉を踏む音。
 木の根を蹴る音。
 石を踏む音。
 それに紛れて聞かないふりをしていた、鼓動の音、血液の音、呼吸の音、衣擦れの音、うるさい、うるさい、何もかもがうるさい。
 破壊はできない。禁じられているから。
 後退もできない。禁じられているから。
 おかしい、おかしい、こんなのはおかしい。
 どこまで進めば楽になるのか。
 どこまで進めば解放されるのか。
 二度と戻ることはない、ヒトでなくなってしまったから。
 二度と許されることはない、凍結されてしまったから。

 それでは私はどこへ行けばいいのか。
 どこにも行けない。
 ここにしかいられない。
 停滞。そこでしか生きられない。
 永遠に出られないし出たくもない。
 森の中、そこをさまようだけ。
 ずっと。
 ■■を恨みながら。


 赤ずきんは森の中。
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