短編小説

 現代、世から勇者はいなくなったという。
 部屋が寒いと泣いていた俺は遠く、裏側のこと。
 裏側は届かず表にも出ない、故に裏側。裏側のことはいくら気にしてもどうにもならず相互不干渉、いや干渉し合ってはいるのだが裏と表なのでくるくる回る。
 裏側にはすぐ行ける、けれども遠い。距離は近いが裏側だからだ。マイナスをかけなければ裏側には行けない、マイナスにならなければ裏側には行けない。
 裏と表、どちらで失敗しても状況は厳しいのでどちらでも失敗できない、しかし心配はいらない。裏側でも表側でもだいたい俺は夢うつつ、羊が俺を眠らせている。寒くても暑くても夢の中、何も気にすることはない。
 夢と現実の区別がつかないことだけは困ったことだが、それはまあ諦めてしまえばいいことだし。
 そんな風に投げてしまっているこの状態がいいのか悪いのかなんてことは考え出すと負のループに入ってしまうのでできない、いやしない。まあしたって裏側に入るだけなので何も問題はないのだが、問題は裏側でさえ抱えきれないレベルのマイナスに振れてしまった場合の行き場がなくなるといったところか。
 究極はどうでもいいのかもしれない。ぐるぐると回るだけだし。
 ぐるぐる回りすぎて勇者がいるのかいないのかわからなくなったこの世界に救いは訪れない。ひょっとすると俺こそが勇者だったのかもしれないが、夢に囚われてしまったのでは何にもならないし、ゲームオーバーだ。夢の中からでも世界を救う勇者もいるとは言うが、生憎俺はその部類の者ではない。
 こんなことを言っても真実は村人、か、旅人、その辺りのジョブだろう。夢の中なのでよくわからない。夢追い人とか羊飼いとかその辺りの可能性もある。よくわからない。
 しかしこんな俺なのだから何者にもなれないという説もある。何者にもなれないただの一般人である自分を受け入れることこそ人生における一番重要なファクターであると言った人がいる、夢の中の話か現実の話かもうわからないけど。
 俺は自分が一般人であることを受け入れなければならないのだ。
 それはもう強迫観念めいていて、ぐるぐると回る。表、裏、表、裏、結局はただの一般人、それでも羊に囚われた俺は一般的にはなれなくて、表、裏、表、裏、
 救われない。
 救われたいのかどうかすらわからない。
 朦朧とした夢の中に落ちずにこうやって思考を回せていること自体奇跡のようなものなのに救われない。
 救われないと諦めているから救われないのかそれとも救われたいのに不全感があるから救われないのか。表、裏、おそらく両方だろう。
 何が俺を救うのか、諦めか逃避か眠りか羊か。
 いずれにせよここから抜け出す道は今のところ見つかっていない。
 表と裏を行き来しながら夢の中をさまようだけ。いつまでそうしているのだろうか。時間の許す限りいつまでも。
 そうやって死んでゆくのかもしれない。
 それはまあ、いなくなった勇者に聞いてもわからないだろうな。
 真実はきっと、羊のみぞ知る。
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