短編小説

 美しいと思うもの?
 大切なものを人質に取られた人間が浮かべる表情、感情……一度味わうと病みつきになる。
 美しいと思わないか?
 なんてことは言わない。警戒されちゃおしまいだからな。
 だから今日も私は微笑む。
 標的はなおも問う。
「ねー君が何美しいと思うかって聞いてるのにー」
「ふふ……」
「何ー?」
「君が一番美しいと思ってるよ」
「はー冗談はよしてよ。いっつもそうやってはぐらかすーつまんないよー」
「はぐらかしてなんかいないさ、私は常に本心を告げている」
「ぶー」
 この標的もそろそろ心を開いてきたと思っている。これまでの標的と違って素直すぎるのがつまらないが、しかしもうあのことを聞いてもいいんじゃないかと思う。
「ねえ」
「何ー?」
「君がこの世で一番大事にしているものって何?」
「え、それ絶対に答えなきゃだめ?」
「……?」
 まだ早かったか?
「言ってもいいけど、笑わないでね」
「もちろん。私が君を笑うはずがないだろう」
 さあ、告げろ。私がそれを……人質にし、蹂躙し、そして見せてくれ……最高の絶望を。
 さあ。
「……君」
「なんだい?」
「だから、君だって」
「ん?」
「僕の、この世で一番大事にしているもの……君だよ」
 そう言って、標的は微笑む。
「…………」
 何だ? 何だそれは。
 そんなのはおかしい。そんなのは間違っている。許されるはずがない。そんなことはこれまでなかった、なぜ、おかしい、私など、なぜ? なぜ、私を?
「……それは、なぜ」
「理由なんかないでしょー。こういうのってそういうものじゃない?」
「……」
「あれー?」
「わからない……」
「どしたの」
「なぜ、私を」
「理由はないよ~僕が君のこと好きだから……って言わせないでよ恥ずかしい!」
 勝手に照れる標的。
 なぜ。おかしい。なぜ。私。俺。
 ぐるぐると思考が回る。
 そんな価値はない。そんな感情を向けられて良いはずがない。
 俺はいつでも「都合の良い奴」で、そのように振る舞って、便利だから心を許されて、君の恋だって応援したじゃないか、それで破れた君はまた新しい恋を探すさなんて言って、応援するよなんて言って。
 俺はどんな標的ともそういう関係性を保ってきた。標的たちはいつも最後は恋人が大事になって、その恋人を人質に取れば最高の顔が拝めて、いつもそうだった。今回もそのはずだった。それなのにどうして、
「俺は――」
「■■」
 俺の名。それを俺は教えたか?
 一番始めに告げた名。
 それをこいつは覚えていたのだ。
「ずっと一緒にいようね!」
「…………」
 一つ、頷く。頷いてしまう。
 嘘でも良い、最悪俺が死ねばこいつは絶望するだろう、それなら、それなら良い、それなら――簡単なことなのに。
 拒否することが、できなかった。
 
 その枷は甘く。
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