短編小説

 繰り返す、繰り返す中で踏んでいる。
 何を踏んでいるのかはわからない、ただ踏んでいる。
 どうして踏んでいるのかはわからない、ひたすら踏んでいる。
 踏んでいるものに意識を向けるのは嫌だし、踏んでいると気付かれるのも煩わしい。
 だが踏まれた相手はわかってしまう、そのはずだ。なぜって俺がそうだから。
 それなのに踏んでいる。繰り返し踏んでいる。
 思いやりがない、配慮がない、謗られても仕方がない。なぜって踏んでいるからだ。
 踏むというのは重罪で、そんなことをしていると気付かれた日には村八分、どこからも誰からも相手にしてもらえなくなる、どころか訴訟すらありうる。
 待て、訴訟とは一体何なんだ? 俺はそれを知らない。ぼんやりした霧のなか、言葉だけが浮かんでいる。
 恐ろしいものだというのはわかる、悪いことをした奴が連れて行かれるところだと。
 悪いことをしなくても連れて行かれるところだと。
 それなら別に、踏んだっていいんじゃなかろうか。
 悪いことをしてもしなくても連れて行かれるんなら、隠して悪いことをしていた方が得だと?
 それは非人間の考えだ、なんて言うのは差別的だな。鳥人獣人がメジャーになったこの世界で「非人間」なんて言葉を使えばどうなるか。
 それこそ訴訟だ。
 ハハ。
 でも別に構わない、本当は何を言ったって構やしないんだ。ただ俺が怯えてるだけってことも考えられるし、こんなよくわからないもやの中で何を踏んでるか踏んでないかわからず意識もしないようにしてる夢みたいな現実じゃあ何をしたって一緒だ。
 だから連れて行かれたってわからない、どうせわからないんだ。夢の中にいるのと同じ。
 わからないまま俺は断罪されて、死ぬのだろう。
 死ねば霧が晴れるのだろうか。
 わからない。
 霧が晴れるのは嫌だ、見えなかったものが見えてしまうから。
 それなら死ぬのはよくないな。生きたままでいよう。
 それなら訴訟はよくないな。隠したままでいよう。
 そうやって今日も踏んで踏んで、
 繰り返すのだ。
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