短編小説

 昔から、自分のことを一般人だと思ってきた。

 人の気持ちがわからない子供だった。
 そうだった、おそらくそう思う。
 表情の変化がなく、リアクションも取らない。そんな子供。
 周囲の子供は表情を変化させるし、リアクションも取る。それを見ているとなんだか自分もやらなければいけないような気がして必死で真似をした。
 練習して、練習して、できるようになった。
 それはどこかオーバーで嘘くさい。
 自分ではそう思うが他人にはばれていないようだった。

 風景を見て綺麗だと言うこと、思うこと。
 綺麗な物語で感動すること、涙してみせること。
 人の名前を覚えること、大事にすること。
 誕生日を忘れないこと、祝うこと。
 エトセトラ。
 未だできないこともある、けれども「ふり」は上手くなった。
 ふりをする自分。今更元に戻そうとしても癖になってしまっていて戻せない。中途半端にふりだけがうまくなって、本当にできているのかどうかはわからないけれど自分ではできていると思っているし、自然にそう思えている、そのはず。
 俺は一般人に「なった」、それとも「なれた」と表現するべきなのだろうか。
 そんな経験を持つのは自分だけではなく、きっと他の人間もそうなのだと思う。なぜなら俺は一般人だから。
 一般人の経験なんてそんな特殊なものじゃない。どこにでもあるつまらない体験。そんなことに興味を持つ人なんているわけがない。
 なのにどうしてわざわざ話しているかって?
 これが俺の日記だからだ。
 勇者に選ばれていなくなった知り合いに空恐ろしさを覚えると同時に少し羨ましくも思ってしまったその感情が理不尽すぎて、久々に日記を書いた。
 せめて何か特別な過去でもないかと振り返ってはみたが、振り返っても振り返らなくても俺はただの一般人で、勇者に選ばれることもなければ特殊な体験をすることもない。つまらない、平凡な人間だ。
 誇りに思ってもいいのかもしれないが、前述の過去がそれを邪魔する。俺は「偽物の一般人」なんだと、偽物である間はいくら努力をしたって世界に馴染めることはないのだと。
 いっそ勇者が俺を倒しに来てくれたらよかったのかもしれない、そうすれば「特別」になれる。唯一無二の悪役になれる。だけど勇者は行ってしまった、そんなことが起こるはずもない。
 一般人は見送るだけ。偉業を為す者とすれ違うことしかできない。
 俺はいつ嘘がばれるのかと怯えながら群衆に交じるだけ。
 偽物の一般人。それでもいいんだ、周囲にばれさえしなければ問題はない。
 これからもそうして生きるのだろう。
 知らない人が選ばれるのを祝って、見送って、日記を書くのだろう。
 後世にはきっと残らない日記を。
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