短編小説

 はらはらと落ちた。
 目を疑った、と言いたいところだったが自分で予言しておいていざ起こったら目を疑うなんてナンセンスだと思うし、とりあえず平静を装う。
 何が落ちたかって、空間の欠片。
 数日前から剥がれてきていて、俺は見えてたんだが他の誰も見えないと言うから「これいつか剥がれ落ちるぜ、空間に穴が空くんだ。終末じゃね?」なんて冗談交じりに言ってたら本当になってしまった。
 通行人が穴を見てざわめいている。いつもなら一緒にいる友人は習い事があるからと言って先に帰ってしまった後で、俺一人何とも言えない表情で穴を見ている。
 困ったな。どうしたらいいんだろう。
 騒ぎは大きくなるばかり。
 とりあえず、夜に友人と通話する約束をしていたし、先に課題も終わらせないといけないし、帰るか。

 夕食のときにニュースで穴のことが流れるかと思ったが、意外にも流れず、世界は何事もなかったかのように回っていた。
 隠しているのだろうか。そんなことも考えるが、隠して何の良いことがある? パニックを抑えられるから? 今どきSNSなんてものもあるのにどうして隠し通せると思う?
 まあどうでもいいんだそんなことは。終末だろうが何だろうが。
『どもー元気してた?』
「夕方ぶりだろうが。元気もクソもない」
『もうちょっと愛想よくしてくれた方が僕は嬉しいなあ』
「お前相手に愛想よくしてどうするんだ」
『あーつれない、つれなさすぎ』
「お前のところは何ともないのか」
『何ともないって?』
「空間に穴が空いたんだよ」
『あー、この前言ってた話が本当になったってやつ?』
「本当になったって、信じてなかったのかよ」
『信じてたよ。でも心配することないよ』
「なんでそう言える」
『縫っといたから』
「は?」
『僕の習い事、裁縫教室。帰り道で穴見つけたから縫っといた』
 簡単に言ってくれる。
『そんなことより聞いてよ~今日マジでついてなくてさぁ』
 から始まった友人の長い長い愚痴を聞いているうちになんだか穴のことなんてどうでもよくなってきて、夜が更けて、朝になって、
「おはよ~」
 一緒に登校する道に穴は、なかった。
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