短編小説

 セミの鳴く朝、君が「チケットを手に入れた」と喜んで教室に入ってきた。
「見て、チケット!」
「すごいじゃん!」
「倍率高かったから無理かと思ったけど、厳正な抽選の結果僕のところに来てくれたんだ」
「よかったねえ……」
「嬉しいよ……今から楽しみ!」
「ところで、何のチケット?」
「君の分もあるよ! ほら!」
「あ、ありがとう」
「きっと行きたがると思って取っておいたんだ! 絶対楽しいよ!」
「ところで何のチケッ」
「セピア広場でやるから、明日の9時にもみ公前集合ね!」
「あ、えーと、うん」
「確かに伝えたからね! それじゃー」
 君は大きく手を振って駆けて行った。



 次の日。
「やばい、今何時だ」
 デジタル時計は今12時。昼の。
 君がまだ待ってくれているとしたら相当待たせてるぞ。急いで支度をしないと。
 でも何の催しかわからないから着ていく服がわからない。
 僕はとりあえずジャージを着て、麦わら帽子を被って、バックパックを持って、でもこれダサすぎるかなぁ……
 急いでるときに逡巡する暇はない、行くぞ!
 走って走って、もみ公前。
 見回しても君はいない。
 セピア広場って言ってたな。もみ公前からセピア広場までは徒歩5分。
 走って走って、河川敷にあるセピア広場を目指す。
 堤防から広場が見える。
「……?」
 広場は白い大きな物体でいっぱいだった。
「何だ、あれ」
 君はどこ?
『………ウ』
 何か喋ってる?
 物体はこちらにゆっくり近付いてくる。
 僕は何だか怖くなって、走って逃げて、家に帰って、すぐに寝た。



 次の日。
 歯抜けになった教室。
「いなくなったお友達は昨日の催しに行きました。みんなも早くチケットを取って、……うしましょうね」
 何かがおかしい。何がおかしいのか。
 よくわからないけれど、君が消えたのは事実だ。
 その日から、教室から人が少しずつ消えて行って、窓から見えるのは白くて大きな物体。
 呼んでいる、呼んでいる。
『……ウ』
 でも僕はチケットを買う気はない。
 お金もないし。

 セミの声。誰もいなくなった教室で、ぷよぷよと揺れる物体をただ見ていた。


(おわり)
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