短編小説

 春。青年が旅立つ日に隣人が声をかけてきた。
「封印が解ける」
「何の封印?」
「村の守り神だ」
「守り神とかいたの?」
「蟹だ」
「蟹?」
「その昔、勇者を選んだ蟹がいて、勇者亡き後姿を消そうとする蟹をお祀りしようと封印したそうだ」
「それやばいやつでは?」
 ゴゴゴ……
「やばいって」
「やあ」
「蟹? 勇者の?」
「そうだよ」
「村滅ぼさんといて!」
「滅ぼしてほしいの?」
「えっいや……」
「安心して、役目を終えた蟹はただ消えゆくのみ」
「えっ消えんといて」
「なんで?」
「新しい時代になって世界も変わったし、勇者が守ったこの世界を見て回るのもいいかなって思って」
「ああ。いいよ」
「承諾早いな! 行こ行こ」
 青年と蟹は旅立ってゆく。
「あいつも大きくなったな」
 元魔法使いはす、と目を細めた。
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