短編小説

 賽の河原とやらに来てしまったのだが、そこでも俺は上司に報告しないといけないらしい。
「はい……積んでも積んでも崩されてしまうんです。ですからまだ復職は無理かと……はい、すみません……」
「そこ!」
 鬼だ。
 周囲で同じく石を積んでいた子供たちが一斉に俺に目を向けるのがわかる。
「はい……」
「何してる」
「電話です」
「電話なのはわかっとる! こんなところで電話をしてもいいと思ってるのか!?」
「いやそれはわかってるんですけど、上司に報告しないと」
「上司ぃ!?」
「あーすみませんすみません、でもちゃんと報告しないと、俺、休職中だし」
「はあ?」
「あーあんまり中断すると上司が怒るので電話戻っていいですか?」
「没収だ没収!」
「あーそんな」
 電話は切られ、取り上げられ、鬼は隅の方に去って行ってしまった。
「あー」
 俺は頭を掻く。周囲の子供たちを見ると、すっと目を逸らされた。
「参ったな……」
 仕方ないので石を積む。どうせ積んでも壊されるのに、どうしてこんな無駄なことをしなきゃいけないのだろう。あの世だか彼岸だか境目だかわからんが、俺は無駄なことが嫌いだ。無駄なことをしても仕方がない。どうせ石を積むんならその積んだ石で現代アートでも作ればこの境目? 三途の川? とやらも華やかになって、現世からもあの世からも観光ツアーとかで客が来て儲け放題観光バブル、ゆくゆくは俺達の労働環境もよくなり三食昼寝付き、いいことづくめじゃないか。なんで現代アートにしないんだ。馬鹿げている。
『Prrrrrrrrr』
「何だ!?」
「あ、電話ですそれ。出ます」
「ならん!」
「えー出ないと上司が怒るんですけど。じゃあ鬼さんが出てくださいよ」
「は?」
「あ、繋がっちゃった」
『……』
「何? 俺くんに代われ? 無理な話だ。ここをどこだと思っとる」
『……』
「は? 労働法? 何だそれは」
『……』
「いや、我は……」
『……』
「無駄なことをさせているなら復職させろ? いや、こいつはもう死んでいるのだ。復職も何も……訴訟!?」
 鬼がこちらをちらちらと見てくる。助け船を出せということか? いや普通に代わってくれたらいい話なんだが。
「俺復職は無理ですって。石積んでも壊されますけどこの石積むのが療養になるって証明があればたぶん上司も納得してくれるんじゃないですかね」
「療養だと?」
「いや、現代アートにするんですよこれを」
「はあ?」
『……』
「我が社も一枚噛ませてもらいたいィ!? 貴様、人間の分際で何を……それは汚職だぞ! ……訴訟の準備はできているだと!? 脅す気か!」
『……』
「ぐっ……わかった」
 鬼は渋面で電話を切った。
「……貴様ら」
「はい」
「石を崩すのはやめだ。方針を転換する。貴様らはこれからアートを作る。ノティフィケイション・カンパニーが提携先として人を送ってくるらしい、その指示に従うのだ」
「えーうちの会社の人来るんですか!? なんでそんなことに!?」
「知らん! 我が聞きたい! だが上の者を持ち出されては反論のしようがなかった、何だお前の上司は! ふざけている!」
「うちの上司って言われても普通の三十路の独身貴族の敏腕サラリーマン……」
「貴族か?」
「いや……」
「平安貴族ごときが何を、くそっ我は知らん! もう知らん! 勝手にしろ!」
 そこにかかる声。
「あー俺くんどう、元気してた?」
 電話で何十回と聞いた声、まぎれもなく上司。
「上司さん……」
「久しぶりだね~、療養進んでる?」
「いやその……はい、まあ……」
「この河原が我が社監修の現代アート空間になるんだ。療養とリハビリ勤務の両立、君の復職の道も近いね!」
「いや、医者からは無理をするなと言われていて……」
「でも、ここに来てから医者には行っていないんだろう?」
「え、あ、そうですが」
「鬼さん」
「何だ!?」
「やはり福利厚生とワークライフバランスは大事ですよ。ひょっとして保険もないんじゃないですか? 俺くんは療養が必要な身です。その彼をわざと病院に行かせていないとなると……しかも、俺くんは休職中。これ、副業じゃないですか? 俺くんは控えめな人間だから、嫌と言えなかったのでしょう。意志に反してさせていたのなら、由々しき問題ですよ」
「うっ」
 控えめな人間ってまあプラス表現したらそうなるわな。実際はただのチキンだよ。
 子供たちに目をやるとまた目を逸らされる。
「まあ、その辺りは目を瞑りましょう。今や大事な取引先ですからね。鬼さん、周辺を案内していただけると助かります」
「ぬ……わかった……」
 去って行く鬼と上司。
 やだなー俺これからどうなるんだろ。休職中なのに会社の人来るんだろ? 意味わからん。療養とリハビリ勤務兼ねたとか言ってたが、それもう復職への道歩み始めたようなものだろ。おかしい……
 どうしてこうなった?
「我が聞きたい!」
 心読めるの?
「鬼だから!」
 はー。
 子供たちの様子を伺うと、既にアートが作られ始めていた。
 優秀だな?
「俺くーん、気張らずにアート作るといいよー」
 上司が叫ぶ。
「あ、は、はい」
 アートとか言ったけど全く思いつかないけどどうすればいいんだ?
 とりあえず俺は鬼の顔でも作ることに決めた。
 その後俺の作品をえらく気に入ったらしき上司から頑張ったで賞とかいう意味不明な名前の賞を押しつけられ、困りきった顔の鬼から表彰盾をもらったのは別の話だ。

(おわり)
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