短編小説
「うおおフルネームを名乗れうおお」
「追いかけてこないで! っていうか何ですかあなた!?」
「俺は門番! 貴様、門を通るときにフルネームを名乗らなかっただろう! 何だそのふざけた名前は! 『勇者』だと? 勇者は肩書であって名前じゃない! フルネームを名乗れ!」
「俺がこの速度で走ってるのに並走しながらいっぱい喋れるあなたは何者なんですか!?」
「門番だと言っているだろう!」
「門番が持ち場離れて大丈夫なんですか!?」
「問題ない! 分身を残している!」
「いやあなたマジで何者!?」
「そんなことよりフルネームを名乗れ!」
走り続けていた『勇者』はキキキーっという音を立て、止まった。
急に止まった『勇者』を通り過ぎた門番も後方にジャンプして止まる。
「止まるなら止まると事前に告知したまえ」
「ええ……すみません」
「貴様は規則違反をしているのだぞ! さあ、観念してフルネームを名乗るのだ!」
「だから、俺は『勇者』なんですってば」
「本名は?」
「『勇者』です。勇者に名前はないんです」
「何を馬鹿な」
「本当ですってばぁ」
「怪しい!」
「さっきも見せましたけどこの身分証にも『勇者』って書いてありますし」
「偽造ではないのか!?」
「偽造じゃないですよぉぉぉ信じてくださいよぉぉぉ」
「急に泣き出すんじゃない! それでも勇者かお前は!」
「勇者って認めてくれたんですね!」
ぱっと笑顔になる勇者。門番は眉をひそめた。
「ひょっとして嘘な……」
「違いますよぉ」
「何!」
「信じてもらえないかもしれませんが、俺は確かに勇者です」
「勇者が一人で旅をしているというのか?」
「いにしえの勇者は一人旅だったっていうでしょ」
「信じられん……」
「正直ね、そんな危険な旅についてこようなんて人いないんですよ今どき。みんな平和に暮らしたいし、そもそも俺だってコミュ障だし危険な旅についてこようとする命知らずとなんかうまくやれる気しないですし」
「お前も命知らずではないのか?」
「俺はね~、単に選ばれたからやってるだけですよ。転移前はしがないリーマンでしたし」
「リーマンとは何だ」
「えーと、まあ、労働者? みたいな?」
「お前はこの国の人間ではないのか? 入国記録はなかったが……」
「この国で召喚されたんですよぉ。それで王から旅に出ろって棒きれ一本渡されて。使い捨てなんですよ勇者ってやつは」
「許せん!」
「んー?」
「本名を名乗らぬことを勇者だからと誤魔化す輩! 勇者を使い捨てにするなどと王への誹謗中傷に他ならない! 許せん! お前が観念し本名を明かすまで俺が監視し続けてやる!」
「えっそっち?」
「まずは装備だ! そんな棒切れ一本でモンスターとどう戦うつもりだ! ダンジョンに行くぞ!」
「えーと……」
「俺は若い頃ダンジョン巡りを趣味としていた。門番だった親の再三の要求で泣く泣く門番に就任したがな」
「それは……」
「行くぞ! お前のレベルに合ったダンジョンがこの近くにある! レアモンスターがドロップするミラクルの剣があればしばらく先まで困らないだろう」
「門番のおじさん……」
「おじさんは余計だ、門番さんと呼べ」
「門番さん……」
「なんだ不審者」
「勇者です」
「なんだ暫定勇者」
「暫定って言わないでください」
「ザンちゃん」
「ザンちゃんどこから来た!?」
「暫定のざん」
「あー……」
「文句があるのか!?」
「いや、名前……俺、勇者って呼ばれてばかりだったから……名前つけてくれて嬉しいとかそういうのは別にこう……」
「はっきり喋るのだ!」
「これからよろしくお願いします!」
「勘違いするなよ、これは監視だ!」
「ありがとうございます!」
「勘違いするなよ!!!!!!」
「はい!!!!!!」
勇者ザンちゃんと門番の旅はここから始まる―—
(つづかない)
「追いかけてこないで! っていうか何ですかあなた!?」
「俺は門番! 貴様、門を通るときにフルネームを名乗らなかっただろう! 何だそのふざけた名前は! 『勇者』だと? 勇者は肩書であって名前じゃない! フルネームを名乗れ!」
「俺がこの速度で走ってるのに並走しながらいっぱい喋れるあなたは何者なんですか!?」
「門番だと言っているだろう!」
「門番が持ち場離れて大丈夫なんですか!?」
「問題ない! 分身を残している!」
「いやあなたマジで何者!?」
「そんなことよりフルネームを名乗れ!」
走り続けていた『勇者』はキキキーっという音を立て、止まった。
急に止まった『勇者』を通り過ぎた門番も後方にジャンプして止まる。
「止まるなら止まると事前に告知したまえ」
「ええ……すみません」
「貴様は規則違反をしているのだぞ! さあ、観念してフルネームを名乗るのだ!」
「だから、俺は『勇者』なんですってば」
「本名は?」
「『勇者』です。勇者に名前はないんです」
「何を馬鹿な」
「本当ですってばぁ」
「怪しい!」
「さっきも見せましたけどこの身分証にも『勇者』って書いてありますし」
「偽造ではないのか!?」
「偽造じゃないですよぉぉぉ信じてくださいよぉぉぉ」
「急に泣き出すんじゃない! それでも勇者かお前は!」
「勇者って認めてくれたんですね!」
ぱっと笑顔になる勇者。門番は眉をひそめた。
「ひょっとして嘘な……」
「違いますよぉ」
「何!」
「信じてもらえないかもしれませんが、俺は確かに勇者です」
「勇者が一人で旅をしているというのか?」
「いにしえの勇者は一人旅だったっていうでしょ」
「信じられん……」
「正直ね、そんな危険な旅についてこようなんて人いないんですよ今どき。みんな平和に暮らしたいし、そもそも俺だってコミュ障だし危険な旅についてこようとする命知らずとなんかうまくやれる気しないですし」
「お前も命知らずではないのか?」
「俺はね~、単に選ばれたからやってるだけですよ。転移前はしがないリーマンでしたし」
「リーマンとは何だ」
「えーと、まあ、労働者? みたいな?」
「お前はこの国の人間ではないのか? 入国記録はなかったが……」
「この国で召喚されたんですよぉ。それで王から旅に出ろって棒きれ一本渡されて。使い捨てなんですよ勇者ってやつは」
「許せん!」
「んー?」
「本名を名乗らぬことを勇者だからと誤魔化す輩! 勇者を使い捨てにするなどと王への誹謗中傷に他ならない! 許せん! お前が観念し本名を明かすまで俺が監視し続けてやる!」
「えっそっち?」
「まずは装備だ! そんな棒切れ一本でモンスターとどう戦うつもりだ! ダンジョンに行くぞ!」
「えーと……」
「俺は若い頃ダンジョン巡りを趣味としていた。門番だった親の再三の要求で泣く泣く門番に就任したがな」
「それは……」
「行くぞ! お前のレベルに合ったダンジョンがこの近くにある! レアモンスターがドロップするミラクルの剣があればしばらく先まで困らないだろう」
「門番のおじさん……」
「おじさんは余計だ、門番さんと呼べ」
「門番さん……」
「なんだ不審者」
「勇者です」
「なんだ暫定勇者」
「暫定って言わないでください」
「ザンちゃん」
「ザンちゃんどこから来た!?」
「暫定のざん」
「あー……」
「文句があるのか!?」
「いや、名前……俺、勇者って呼ばれてばかりだったから……名前つけてくれて嬉しいとかそういうのは別にこう……」
「はっきり喋るのだ!」
「これからよろしくお願いします!」
「勘違いするなよ、これは監視だ!」
「ありがとうございます!」
「勘違いするなよ!!!!!!」
「はい!!!!!!」
勇者ザンちゃんと門番の旅はここから始まる―—
(つづかない)
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