即興小説まとめ(全37作品)

 物心ついたときから、曾祖母のことを祖母だと思っていた。
 当時の俺は家系図を正確に捉えられていなかった。俺の家庭では曾祖母がおばあちゃんと呼ばれ、本当の祖母はお母さんと呼ばれていたせいだ。
 後になって、俺の勘違いは訂正された。しかし、過去に基づく記憶までは修正することができなかった。家系図を思い出すたび、記憶が俺を混乱させる。俺の記憶は曾祖母のことを祖母だと捕らえているのに、俺はそれを曾祖母に変換しなければならないからだ。
 そういうわけで、俺は家系図のことを考えるのが嫌いだった。
 そんなある日、俺は作業をしようと研究室に赴いた。外は晴れており、日差しが差し込む研究室は少し暑かった。
 共同の机の上に、冊子が置いてあった。何かの試験の対策冊子だった。俺よりも先に来た友人が、それをぱらぱらめくっていた。
「結構面白いな、これ」
友人は言った。もう一人の友人が
「少し解いてみようぜ」
 と持ちかけて来た。
 俺たちはおのおのそれを解いた。その問題の内容が、家系図を扱うものだった。
 俺の出来はそれはもう悲惨なものだった。将来を悲観するほどだった。
「お前は家系図を扱う職には向いてねえだろうな」
 友人たちはそう言って笑った。
「一生扱うつもりもないから、いいよ」
 俺はそう答え、解答に使ったコピー用紙を丸めて捨てた。負け惜しみだということは自分でもわかっていた。
 研究室の窓からは入道雲が見えていた。とっくに亡くなってしまった曾祖母の、田舎の家で過ごした夏を思い出す。
 俺はかばんからペットボトルのお茶を出してあおる。田舎の夏の思い出はすくおうとすればするほど抜けて行き、鮮烈な日差しと畑と長く伸びる線路の風景だけが頭に残った。
 作業を始めるころには、そんなことも忘れてしまったけれど。
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