短編小説

「カニだ~~~~!」
「待て待て追いかけるもんじゃない、あれは蟹だ」
「カニ~~~~~!」
「どうせ触れないのに追いかけるなんてよくわからん奴だな……」
 幼なじみは蟹が見える。俺も蟹が見える。だが選ばれてはいない。本当は選ばれているのかもしれないが、幼なじみも俺も互いの存在以外に頼るつもりはないので蟹を受け入れない。それだけだ。
「カニ、カニ」
「やめとけ」
 俺は幼なじみの肩を掴む。
「あんまり関わるもんじゃない」
「そう?」
「宗教勧誘みたいなもんだ」
「でもカニかわいいよ!」
「親しみやすい姿で日常に馴染むのは怪しい宗教の常套手段だ」
「えーそう?」
 かわいいのになー、と言いながら幼なじみが蟹に背を向ける。でも次に蟹を見つけたときはまた追いかけるのだろう。そういう奴だ。
「今日のご飯もカニ!」
「そうだな」
 近頃は蟹ハンターがカニになった蟹を格安で放出するので俺達のような貧乏学生にはありがたい。三食毎日カニだ。一昔前では考えられなかった食生活だが。
「毎日カニでうれしいな」
「そうだな」
 幼なじみはカニが好きだ。俺もカニが好きだ。そういった点では、今の生活は非常に幸せな生活なのかもしれない。
「明日も晴れるといいね!」
「今日は雨だったろ」
「――がいたら晴れだよ! だから明日も晴れ!」
「俺がいたら晴れってんなら俺にとっても毎日晴れだな」
「へへ、おそろい」
 にこにこ笑う幼なじみがカニの入った袋を背負い直す。
 視界の端に、道路の隅に、建物の隅に、蟹が現れては消えていく。
 明日も晴れるといい。
 そう思いながら、幼なじみの頭に乗った蟹を払いのけた。


(9月拍手『二人』)
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