短編小説

 足りない。何もかも足りない。君への想いも僕の勇気も何もかも足りない、足りなかった。
 あのままでいいと思っていた。遠くから、仲良くも悪くもない距離で、友人とすら呼べぬ関係のまま、ずっと想うことさえできればいいと思っていた。
 遠い者にも直截な君の物言いは心地よく、それが聞けるのならこのままの関係でもいいと思っていた。
 ある日突然現れた桜の木の化身に連れられ、君はどこかへ行ってしまった。
 世界を巡る旅に出たのだという。
 神に連れ去られたなら仕方がない、と周囲は言い、僕の想いは対象を失った。
 あの日、あの時、二人になれた帰り道、君に好きだと言えていたら。そうしたら、何か変わったのだろうか。
 他者からの拒絶をひどく恐れる僕には想いを告げる勇気などなく、僕が想いを告げたところで君にとって僕はそう大きな存在でもなく、引き留められる気もしなかった。
 無駄なのだ。君に対する僕という存在は無駄でしかない。君が消えた今となってはその無駄もなく、ただの無だ。評価すら付けることができない、無。
 君が恋しいなら化け物狩り士にでもなって、あちらの世界に跳び込むべき。そういう意見もあっただろう。だが所詮僕程度の想いでは、何になることもできやしない。そういう性質なのだ。そういう性格なのだ。強い想いを抱こうが何をしようが、現実に役立つことは一切ない。ただ邪魔な想いを抱えて苦しむだけ。そういう性格。だから必要以上に近付かず、距離を保って接していたのにいなくなるなんてあんまりだ。
 でも、僕の人生なんてそういうものなのかもしれない。大事にしていたものが、臆病で近づけなかったがために、失われてしまう。何だってそう、君だってそう。これはただの前哨戦にすぎないのかもしれない。君とのことを前哨戦だなんて言うのは耐えがたいけれど。
 変わらない。何も変えられないまま、人生が過ぎていく。この先も、このずっと先も、永遠に、命尽きるまで。
 それはとても悲しくて、けれどなぜか、ひどく安心することのようにも思えた。


(おわり)
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