短編小説

 夏が始まる。
 大嫌いな夏。頭痛がする夏。
 君との思い出は全て夏ばかり。僕のことなんて知りもしないくせに親友ぶって笑顔で話しかけるから、本を読んでる暇もない。

 外に出ようよってチャイムを鳴らしてきて、近くの神社まで一緒に歩いた。お賽銭を入れて鈴を鳴らして手を合わせる君を、特に祈ることもない僕はじっと見ていた。やけに長く祈っていたから信心深いななんて思ったりして。

 ばったを取ろうよって家に押しかけてきて、団地の草原まで一緒に歩いた。草むらを踏んで跳ねまわる君を顔をしかめて見ていた。虫取りなんて子供っぽいと思いながらも、君がしつこく誘うから付き合って一緒に走った。
 せっかくたくさん取れたばったを、一日の終わりに君は放した。キャッチアンドリリースは基本だよ、と君が笑うから、あんなばった全部カマキリに食べられてしまえばいいのにと思った。

 海に行こうよって手を引っ張られて、水着を持って海に向かった。水に濡れるのを嫌がる僕に、それじゃあ遊んでる僕を見ててよと言って君は海に入ったけど、飽きたのかすぐに戻ってきて貝殻を探し始めた。色んな貝殻があるんだよと言う君に知ってるよと返して、これは何の貝だろうと言うから貝の種類を答えたらひどく喜ばれてじわりと気持ちが悪くなった。

 星を見ようねって電話をかけてきて、待ち合わせに応じて屋上に向かった。流れ星がまるであの小説みたいだってはしゃぐ君が、銀河鉄道に乗っても途中で降りずにずっと一緒に終点まで行こうねと言った。

 ふとした瞬間に、神社で一生懸命祈っていた君の顔を思い出して吐き気がする。
 僕は神様が嫌いだ。神様は何もしてくれない。いてもせいぜい見てるだけ。僕が苦しもうが、誰が苦しもうが、助けてくれることはない。それはきっと君が苦しんでいたって同じなのに、君はあまりにも熱心に祈っていたから、いっそ僕が神様になって君を助けてあげればいいんじゃないかなんて気になって、でも僕は君の事が嫌いだから、そんな日は一生来ないと思っていた。来なくていいと思っていた、
 そう思えていたのに。

 君は夏にいなくなった。
 遠く、途中で汽車から降りて。

 君との思い出は全て夏ばかり。思い出させるかのように夏ばかり。
 夏が好きだった君が、僕は嫌いで、大嫌いで、笑顔が脳裏に染み付いて、頭が痛い。
 ずっと毎年、夏になる度、頭が痛くてたまらない。きっとずっと、これからもずっと、頭が痛くてたまらない。

 ああ。今年もまた、夏が始まる。


(おわり)
118/190ページ
    スキ