短編小説

 膝の上で猫がのどを鳴らしている。
 縁側に座ってお茶を脇に置いて、日差しはちょうどいいくらいで風が吹いていて、庭の木の葉がさらさら揺れる。
 こんなのどかな日は滅多にない。
 貴重な一日だ。
 私はこの一日にありがたみを感じ、平身低頭、感謝を忘れず、謙虚を忘れず、明日からの労働の日々も全身全霊頑張らなければならない。その気持ちを、くつろいでいるときも忘れてはいけない。
 常に仕事のことを考え、いつでも仕事の続きができるよう頭と心の準備をし、忘れ物はないか、目覚ましはセットしているか、一秒おきに思い出せるように努力する。
 そうでもしないと忘れっぽい私は仕事のことを頭から放り出してしまうから、怠け者の休日を送ってしまうから、いつもいつも考える。
 猫がのどを鳴らしている。
 明日の持ち物は進行中の業務の書類と、ペンケースと、IDカードと、財布と、
 日差しがぽかぽか照っている。
 目覚ましは6時半にセットしてあるから、それが鳴る前に起きなければいけなくて、朝食は携帯栄養食を食べて、身だしなみを整えて、
 風が木の葉を揺らしている。
 締め切りが三日後に迫っていて、他の案件もいくつか抱えていて、その締め切りはそのさらに二日後三日後、忘れないように頭に入れて常に反芻していなければまた、
 きぃんという音がする。耳鳴りだ。
 私は立ち上がろうとして、猫はにゃあと鳴いて膝の上から逃げていった。
 ああ。
 日が陰る。
 休日が終わってしまう。
 じい、とセミの声。
 私は縁側で一人、はいいろを見上げていた。


(おわり)
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