即興小説まとめ(全37作品)

 黒い粘体はそこにあった。
 黒い粘体はもうしばらく前から球形をとってその場に浮いていた。
 広がる床以外には何もない空間に粘体はいた。
 暗い空を写した床は仄かに光を発してはいるがやはり暗く、粘体自身もまた黒い。
 粘体の表面には時折、さざ波が走る。波はすぐ終わることもあれば、長く続くこともあった。
 粘体は長時間、球形のまま浮いていた。波がいくつも表面を走った。粘体は動かなかった。
 幾度目かのさざ波のあと、暗かった空に稲妻が走り、激しい雨が降り出した。雨に打たれた粘体の表面には大きな波がたった。
 ひときわ大きい雷が鳴ったとき、粘体はべちゃ、と床に落ちた。
 丸かった形は落ちたとたんに崩れ、床に広がってゆく。
 粘体はそのまま雨の中で小さく震えていた。
 ずっとずっと震えていた。

 雨がやむ気配はまだない。
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