短編小説

 小さな嘘を吐いた。
「君がいないと生きていけないよ」
「……」
 言葉こそ返さないが、君の心が動いたのは仕草でわかった。食べかけのパンの袋をぎゅ、と握りしめた君。
 僕の方はというと、缶コーヒーを持った手が少し震えていることを悟られないのに必死だった。
「そういうわけ。だから、生きてる意味がないなんて言わないで欲しいんだ。君が存在しているってだけで僕は救われているんだから」
「……ありがとう」
 礼を言った君の声は震えていた。
 そのまま二人とも無言で昼食を食べ終え、教室に帰って友達と談笑する君にはもう「生きてる意味が見つからないんだ」と言った空気の面影もなかった。

「痛い、な……」
 帰り道の側溝にしゃがみこんで底を見る。子供の頃はよくこうやってザリガニを探したものだけど、今はどこに行ったのか見つからない。
「君がいないと生きていけない、か」
 本当は、君がいなくたって僕は生きていける。だけど、僕がそう言わなかったことで君が死んでしまったら嫌だから、それだけの理由で嘘を吐いた。
 側溝には何もいない。草原や少しの畑があるからと言ってもここは都会、自然豊かなわけでもないし、たくさんの生き物がいるわけでもない。そういった有様は、なんだか僕の性格と似ていた。
 人と話すときに笑顔だったり、少し優しくしたりするからと言っても僕は基本冷たい性格だし、優しさのバリエーションも少なくて、本当に優しい人間には叶わない。そう、君、みたいな。
 君は優しくて、優しすぎて、色々なことを背負いこむせいできっと疲れてしまうのだろう。なんでも上辺だけの僕とは違う。
 人と仲良くできないのが嫌だから、愛想よくして、優しくして、自分から離れていって、遠くに行きすぎて、わからなくなってしまった。
 結局、僕は君のことが羨ましいのかもしれない。素直に悩みを吐ける君。
『生きている意味が見つからないんだ』
 それは結局は僕のこと。いつまでも、誰にも心を許せずに、砂利のような違和感を抱えたままで、生き続けるのだろう。
 ああ、それでも。
『何かあったらいつでも言ってね』
 君は僕の一番の友達。君がいないと、息もできない。


(おわり)
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