即興小説まとめ(全37作品)
「噛めない」
Pがそう言ったので、俺はPの方を見た。Pは両手で掴んだたい焼きを睨んでいる。
「きみ、このたい焼きをかじってみてくれないか」
「なぜだ」
Pは困ったように眉を下げた。
「外皮が硬すぎるのか、噛みちぎれないんだ」
そう言いながら外装ごとたい焼きを差し出してくる。俺はそれを受け取った。片手に持ち直して歯を立ててみる。がちん、という歯ごたえがあった。そのまま力を入れてみるも、一向に歯が進まない。
「確かに硬い」
そうだろう、とP。
「このたい焼きは僕たちにどういう食べ方をしてほしいのか、それが問題だと思うんだ」
「どういう食べ方をしてほしいのか?」
俺はPにたい焼きを返しながら聞き返す。
「そう。どういう食べ方を意図してこれは作られたのだろうか」
Pはたい焼きを口にくわえた。
「僕の計算では、このたい焼きは飴のように舐めて食べられることを想定されているとみた」
たい焼きをくわえたまま、もごもご喋るP。
「行儀が悪い」
「ごめん」
Pはたい焼きを持ち替えてぺろりと舐めた。
「やっぱりそうだ。甘い。これは飴の食べ方を想定されていた」
ぺろぺろと舐める。
噛みちぎられていないためあんこの露出もしていない綺麗なたい焼きを、俺とPはその日食べた。
あれはチョコだったんじゃないか、とPが言い始めたのは例によって今日の帰り道だった。
「噛み砕けないほどの硬さから飴かと思ったが、思い出してみれば冷たかったような気もするんだ。よく冷やしたチョコは噛み砕けなかったりするだろ? それにほら、昨日はバレンタインデーだった。たい焼き屋がびっくり企画をしていてもおかしくはない」
人差し指をぴんと立ててPは主張した。
坂を下りて並木道を抜けると、いつもの商店街に入る。たい焼き屋があるのは商店街の終頃だ。
「今日もたい焼きを買うのか」
「もちろんさ。昨日のものとの味の違いを確かめなければね。僕の計算によると、今日はイベントの翌日だから一般営業のはずなんだ」
はずなんだ、と言うところでPは両手を広げてみせる。その手が道端の放置自転車を少しかすめた。
「通行の邪魔になるぞ」
ああ、すまないとP。
商店街の店の脇には自転車が並べて停めてある。駅が近いからか、この商店街を自転車置き場の代用として利用する者もいるようだ。
「楽しみで仕方がないね。語りにも熱が入るというものだ」
「語り、ね。お前は俺を壁とでも思っているのかね」
「まさか。壁は喋らないじゃないか。きみを壁だなんて思えるわけがないさ」
Pは心外だ、とでも言うように笑う。俺は少し黙って、道中の本屋にちらと目を向けた。色とりどりの雑誌の並びを追う。歩く速さの関係で誌名まではわからない。
そうか、と誰に向けるでもなく言う。Pが今日は僕が奢るよ、と財布を出した。
たい焼きの焼ける甘い香りが風に乗ってやってくる。今日の空は晴れだった。
(おわり)
Pがそう言ったので、俺はPの方を見た。Pは両手で掴んだたい焼きを睨んでいる。
「きみ、このたい焼きをかじってみてくれないか」
「なぜだ」
Pは困ったように眉を下げた。
「外皮が硬すぎるのか、噛みちぎれないんだ」
そう言いながら外装ごとたい焼きを差し出してくる。俺はそれを受け取った。片手に持ち直して歯を立ててみる。がちん、という歯ごたえがあった。そのまま力を入れてみるも、一向に歯が進まない。
「確かに硬い」
そうだろう、とP。
「このたい焼きは僕たちにどういう食べ方をしてほしいのか、それが問題だと思うんだ」
「どういう食べ方をしてほしいのか?」
俺はPにたい焼きを返しながら聞き返す。
「そう。どういう食べ方を意図してこれは作られたのだろうか」
Pはたい焼きを口にくわえた。
「僕の計算では、このたい焼きは飴のように舐めて食べられることを想定されているとみた」
たい焼きをくわえたまま、もごもご喋るP。
「行儀が悪い」
「ごめん」
Pはたい焼きを持ち替えてぺろりと舐めた。
「やっぱりそうだ。甘い。これは飴の食べ方を想定されていた」
ぺろぺろと舐める。
噛みちぎられていないためあんこの露出もしていない綺麗なたい焼きを、俺とPはその日食べた。
あれはチョコだったんじゃないか、とPが言い始めたのは例によって今日の帰り道だった。
「噛み砕けないほどの硬さから飴かと思ったが、思い出してみれば冷たかったような気もするんだ。よく冷やしたチョコは噛み砕けなかったりするだろ? それにほら、昨日はバレンタインデーだった。たい焼き屋がびっくり企画をしていてもおかしくはない」
人差し指をぴんと立ててPは主張した。
坂を下りて並木道を抜けると、いつもの商店街に入る。たい焼き屋があるのは商店街の終頃だ。
「今日もたい焼きを買うのか」
「もちろんさ。昨日のものとの味の違いを確かめなければね。僕の計算によると、今日はイベントの翌日だから一般営業のはずなんだ」
はずなんだ、と言うところでPは両手を広げてみせる。その手が道端の放置自転車を少しかすめた。
「通行の邪魔になるぞ」
ああ、すまないとP。
商店街の店の脇には自転車が並べて停めてある。駅が近いからか、この商店街を自転車置き場の代用として利用する者もいるようだ。
「楽しみで仕方がないね。語りにも熱が入るというものだ」
「語り、ね。お前は俺を壁とでも思っているのかね」
「まさか。壁は喋らないじゃないか。きみを壁だなんて思えるわけがないさ」
Pは心外だ、とでも言うように笑う。俺は少し黙って、道中の本屋にちらと目を向けた。色とりどりの雑誌の並びを追う。歩く速さの関係で誌名まではわからない。
そうか、と誰に向けるでもなく言う。Pが今日は僕が奢るよ、と財布を出した。
たい焼きの焼ける甘い香りが風に乗ってやってくる。今日の空は晴れだった。
(おわり)