短編小説

 ある昼下がり、僕は大学図書館のカフェスペースで新聞を読んでいた。
 その日は講義が午前だけで、午後はフリーだったので図書館で勉強でもしようと思って赴いたのだ。
 僕も昔は本をよく読む子供だったのだが、大学生になってからはめっきり読まなくなった。
 昔と違って友人がいないので、本を読んでも誰とも共有できないし、そもそも本を読もうとすると文字列がばらばらになって四方八方に飛び散るような感覚に襲われるようになったからだ。
 そういうわけで本を読まなくなって久しいが、図書館という場所自体は好きだったのでたびたび行くし、気が向いたら新聞も読む。
 新聞を読むのは、学生の身としてそれくらい読まなければ未来が暗いと思っているから読むのだけれど、そんなに得意じゃなかった。
 色々な見出しが、文字が、全て僕に向かって襲いかかってくるような気分になるからだ。
 新聞に書かれていることは多すぎて、読んでも読んでも終わらなくて、読み終わる頃には一時間近く経っている、そんな状態だから、暇のあるときにしか読めない。
 色々な知識が得られるのは嫌いじゃない。でも、そのことと多すぎる文字の洪水や過ぎる時間のこととは、プラスマイナスぎりぎりのところで釣り合っているような感じだった。
 僕は新聞のページをめくる。
 半分以上読み終えていた。
 隣のテーブルで二人連れの学生がずっと会話を続けている。
 学生たちは、僕が新聞を読み始めるより前からテーブルに座って話を続けていた。
 どうすればそんなに長く会話を続けていられるのだろう。
 僕にはとてもじゃないができない。
 会話を続けようとしても、話すことが途中でなくなってしまうのだ。
 思い浮かんでくることを言えばいいのだろうが、僕が自然に思い浮かんでくる疑問などを口に出すといつも会話が止まったり変な顔をされたりするからそういうわけにもいかない。
 結果、押し黙ってしまうことになる。相手を楽しませるなんてもってのほかだ。
 僕は深く俯いた。
 自分はなんてつまらない人間なんだろう、という思いに襲われる。
 つまらない人間だから友達もできないし、みんなから無視されるんだ。
 ため息をつく。
 さっき新型AIの記事を読んで好奇心で明るい気持ちになっていたのが台無しだ。
 僕は日常のふとしたことで落ち込んでしまう。
 なんてことのない日常の一コマを見て、色々思い出しては落ち込む。
 一日の大半は落ち込んで過ごしていると言ってもいい。
 こんな風に暗いから友達もできないんだろう。
 また暗い気分になってきたので、無理矢理紙面をめくる。
 株式欄だ。
 僕は経済には全然詳しくないので、株式欄を見ても意味が全くわからない。なので、株式欄だけはいつも飛ばして読むのだ。
 もう一度紙面をめくると、家庭欄だった。
 「増え続ける不登校、引きこもる子どもたちは今」という特集が組まれている。
 僕はそれを丁寧に読んだ。
 僕は子供ではないし不登校でもないけれど、なぜかそれを他人事とは思えなかった。この特集に書かれている子供たちのことは、自分の身にも起こることのような気がして。
 僕は朝起きられなくて大学に来ないことがしょっちゅうあるし、出席数もぎりぎりだ。
 夜はきちんと寝ているはずなのに、起きられない。
 朝は頭も身体もひどく重くて、別人のよう。一限くらいいいか、と思ってしまってそのままずるずる午前の授業を休んでしまう。起きたら昼で、午前の授業を休んだ罪悪感から動けなくなって大学に行くことをやめてしまう。
 そんなことが続いている。
 今日はたまたま起きて大学に来られたけど、明日はどうかわからない。
 毎日、朝が怖いのだ。
 この特集に書かれている子供たちには、いじめとか勉強についていけないとかそういうきちんとした理由があるみたいだけど、僕にはない。
 いじめられているわけではない。友達ができなかったりたまに無視されるだけ。勉強だって頑張ればついていける。
 特に何もないのだ。朝が苦手なだけで。
 きちんとした理由がないのだから僕は不登校ではないし、引きこもりでもないのだと自分を位置づけていた。
 特集の子供たちは大変そうだし、気の毒な理由もあるのだから、ちゃんと対策してほしいし支援もしてあげてほしい、と僕は強く思った。
 思うだけだが。
 だって僕自身は不登校でもないし、引きこもりでもないのだから。
 甘えることはできない。甘えてはいけない。ちゃんとした理由のない者は誰の助けも受けられない。
 そんなことを考えていると、胸が苦しくなってきた。
 残りの紙面を流し読みして、さっと畳む。
 隣の学生たちはまだ話をしていた。
 どうしてそんなに話していられるのだろう。さっき考えたことがまた蘇る。
 僕はため息を吐き、席を立った。


(おわり)



長編『亀のゾンビサバイバルログ』(全26話番外編3話、完結済)
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