短編小説

 昔々あるところに、一人の語り部がいました。
 語り部はたいそう真面目な若者で、彼方の世界からやってくる救世主たちを守るために日夜物語を紡ぎ続けていました。
 ある日、語り部の元に新しい救世主が現れました。
 救世主は明るく前向きな性格の女の子でした。
 彼方の世界からやってきたその子は、語り部に恋をしました。
 語り部もまた、夏の日差しのようなその子に惹かれていきました。
 世界を救った女の子は、神様への報酬に語り部を望みました。神様はそれを承諾し、語り部を連れた女の子は元の世界に帰っていきました。
 この世界から語り部がいなくなったことに困った神様は、新しい語り部を探しました。
 そうして選ばれた新しい語り部が、

 俺だよ。まだるっこしい語りはやめだ。語り部本人に関することなんぞ、語っても語らなくても誰も困らない。それなら、語り口だって自由だろう。そもそも俺の仕事は異世界から来た救世主の存在証明だけだしな。それさえできてれば、何をしたって問題ないわけだ。
 当時の俺は、一週間後に結婚式を控えていた。カミサマとやらはそんな俺を恋人からも家族からも故郷からも引き離し、連れ去って語り部に仕立て上げたわけだ。一番素質があったなんていう理不尽な理由でな。
 ああ、誤解するなよ。カミサマは恨んじゃいない。あいつは機械みたいなもんだし、恨んだって仕方ない。
 俺が許せないのは、役目を放棄し救世主とやらにのこのこ着いていった先代語り部だけだ。
 あいつが役目を全うしてさえいれば、俺は故郷も家族も婚約者も捨てずにすんだ。救世主たちのために何年も何百年も生き続けるなんていうくだらん生活だってしなくてすんだ。
 まっとうな「人間らしい」生活をして、まっとうに死んでいただろう。
 幸せを望んでいたわけじゃない。ただ俺は普通の人間のように生きたかった。自分の素質なんぞを恨まなくてもいい、普通の暮らしがしたかった。
 あいつが投げ出しさえしなければ。俺と違って、始めから語り部として作られたあいつさえ。
 許せなかった。一言言ってやりたかった。だから、やって来る救世主の出自には気を配って、あいつが去った世界から来ている奴に出会ったならば苦情の一つでも言伝しようかと思っていた。
 だが、物事はそううまくはいかない。世界は星の数ほどあり、やって来る救世主の出自も様々だ。あいつと同じ世界どころか、救世主の出自が被ることすらまれだった。
 救世主が出現している間、俺は毎日真面目に職務をこなした。
 救世主はある日突然やって来て、世界を救い、それから去って行く者も残る者もいた。ただ確かに言えるのは、世界を救った救世主たちは皆、それ以降の俺との接触を拒んだことだ。
 救済というのは義務のようなものだ。抗えぬ声に導かれて毎日動き続けることは、楽ではないだろう。声が自分の意志と反するときは余計に。
 救済中のことを思い出すから、という者もいれば、そもそも俺のことを神の犬扱いして最初からあまり接触したがらなかった者もいた。まあ、それらの理由にとやかく言うつもりもない。語り部の俺としては職務を全うするだけだったし、俺個人としては、あいつの情報さえ手に入れられればいいわけだからな。
 そんなわけで、救世主たちとは初接触時にちょっと記憶を覗かせてもらった後送り出し、バックアップ、「語り」を始めるというルーティンで接していた。



 ある日のことだ。
 一人の救世主が職務を全うし、今後のことを尋ねるために俺はそいつの元を訪れていた。
「救済完了おめでとうございます」
「ありがとう! 色々あったけど楽しかったなあ」
 前向きな感想だ。
 この救世主は発言通りポジティブな性格で、救済中に苦難に陥った際も神に頼らず仲間たちを勇気づけ、支援しながら救済を成し遂げたという奴だ。
 大変珍しいことに、こいつは先代が向かった世界の出身だ。だがくまなく記憶を探しても先代の影は見つからず、やむなく諦め救済の旅に送り出し、語りを終えてこの場にいるわけだが。
「それで、これからどうなさいますか?」
「どうするって?」
「そうですね。まずは、この世界を去るか、留まるかの方向性を示していただきましょう」
「留まるなんてできるのか? 絶対帰らなきゃいけないものかと思ってた」
「できますよ。ただし、その場合は存在をこの世界に馴染ませていただくことになりますが」
「馴染んだらどうなるんだ?」
「語り部の語りが必要なくなります」
 こう言うと、救世主たちは例外なく嬉しそうな顔をするのだが、
「それは」
 今回の救世主はなぜか暗い顔をした。
「寂しいな」
「寂しい?」
 言っている意味がわからない。存在証明をされずとも存在し続けられるようになる。いちいち語り部なんぞに語ってもらわなくても揺らがぬ存在を手に入れられるのだ、喜ぶところじゃないのか。
「俺、あんたの語り結構好きだったからさ……それが聴けなくなるのは惜しい」
「聴いてたんですか?」
 語り部の語りは、救世主が聴くことを目的としたものではない。世界への語りだ。
 聴こうと思えば救世主でも聴くことができるが、聴覚を邪魔せぬように常に一つ下のレイヤーで語られている。
「もちろん聴いてたさ。自分のことが語られてるとか面白いじゃん」
 それをこいつは聴いていたというのか。
「俺、元の世界ではストーリーテリングやってたんだよね」
「ストーリーテリング?」
 聞き覚えのない単語だ。まあ、向こうの世界の言葉だろうから、聞き覚えがないのは当然なのだが。
「本を読み聞かせるとかはよくあるんだけど、そうじゃなくて、物語を覚えて、台本とか何も見ずに人前でそらで語るやつ。なぜか見て読むのとは全く違う風になるんだよなあ。うん。面白かったよ」
「では、それをするために元の世界にお帰りになるという?」
「なんでそうなるんだよ。俺はここに残るよ」
「それはまた。なぜですか?」
「だって楽しいじゃん、この世界。景色は綺麗だし、みんな優しいし、お前の語りは心地いいし」
「しかし、留まるならば私の語りはなくなりますが」
「語ってよ。俺の話じゃなくていい、過去の救世主の話でもいいからさ。これからしばらく暇なんだろ?」
 なぜ知っているんだ。
 救世主が救済を成し遂げた後、しばらくは世界の危機がやってこないことになっているから、俺は実質暇になる。
 しばらく、というのがどのくらいになるか決まっているわけではないが、人一人が生きて死ぬくらいの時間はある。
 それを自分に割け、ということか?
「どうかな? もちろんお前が嫌だってんなら頼まないけど」
「……いいでしょう」
 元の世界に戻るなら先代への言伝を預けるつもりだったのだが、本人が希望せぬなら仕方ない。私情を優先して無理に戻らせても役目に反する。
「やったあ」
「ただし、次の救世主様がいらっしゃった場合、私はそちらに注力するのでなしになりますが」
「大丈夫、次の救世主の語りも聴くから」
「……そうですか」
 妙なことになった。
 しかしまあ、記憶を覗いた時はわからなかった先代への手がかりもあるかもしれないし、ここは利用させてもらうことにしよう。
 とその時の俺は思ったわけだ。



「そのとき聖女は……」
「救世主様! 隣村に大量のハイイロオオカミが」

「勇者は大きく剣を振りかぶり……」
「救世主様! 海から甲殻種の大群が上陸し、向かってきています」

「そして剣士が振り返ると……」
「救世主様! ハーピーの編隊がこちらに向かってきているという知らせが」

 救世主への俺の語りはアクシデントの発生によって頻繁に中断された。
 おかしい。救世主が仕事を終えた後はしばらく平和が続き、魔物も沈静化するはずなのだが。
 始めはまだ救済が終わっていないということかと考えたが、救世主の存在はもう世界に沈着しているし、救済も完了しているはずだ。
 そういえば、神も現れない。まあそれは別にいい。救世主が望みを口にするつもりがまだないからとも考えられる。救世主の望みが固まるまで神は現れない、これまでにも何回かそういうことはあった。
 やはり問題は危機が幾度も訪れることだ。
 ひょっとして神は全てを把握していて、語り部である俺が気にしても仕方ないことではあるのかもしれないが、こう何度も語りが中断されては語るものも語れない。
「救世主様」
「何だよ改まって」
「こう危機が頻発するのは異常事態です。何かお心当たりは?」
「異常事態なのか? 日常かと思ってたけど」
「救済中はこれが日常でもおかしくはありません。ですが、救済後もこういった事態が続くのは異常です」
「ふうん。でも、対処できてるんならいいんじゃないのか?」
「しかし、原因を究明しないことには、いつまで経っても危機が続くやも」
「続いたら対処すればいいじゃないか。そのために俺がいるんだろう?」
「救世主様は救済を終えた身。あまり働かせるわけには参りません。システムにも反します」
「まあまあ。俺もみんなの役に立てるのは嬉しいし、今問題が起きていないんならそれでいいじゃないか」
「しかし、そうすると私の語りを聴かせられません」
 あまり働かせていては、俺の語りが聴かせられない。こいつは俺の語りが聴きたいと言った。俺はそれを承諾した。救済を終えたのに救済に働かせていて語りをろくに聴かせられないというのは、契約に違反しているのでは?
「そんなこと気にしてたの、お前」
「ええ」
「語り続けてくれてれば俺、聴くからさ」
「……」
 それではいつもと同じだ。世界に聴かせているのと同じ。それはあまりにも。
 自然、視線が下に落ちる。
「あ、ごめん……何かまずいこと言ったかな」
「いえ……」
 だが、こいつには言わなければ伝わらなさそうだ。
「世界の語り部としてではない、あなたの語り部としてあなたに語る場合は、やはり対面で語りたいものですが。あなたはいかがですか」
 しぱ、と目を瞬かせる救世主。
 一拍置いて、その表情がぱあっと明るくなった。
「……そうだな! 俺もその方がいい」
「そうでしょう」
「危機が続いている原因を探そう」
 そう言うと、救世主は片手を上げて俺の方に差し出した。
「……何ですか?」
「ハイタッチだよハイタッチ。こう、手をぱちんとするやつ。気合いを入れるときとかにする」
「なるほど」
 俺はぎこちなく片手を上げて、救世主の手と合わせた。
 ぺち、という音がした。



 原因を探す、とはいえ、手がかりゼロからのスタートだ。
 救済が終わったのに危機が続いていることについての可能性としては、神に問題があるか、世界自体に問題があるか、救世主に問題があるか、そのくらいだ。
 神はまだ現れていないが、神に問題があったら解決しようがないのでひとまずパス。世界に問題があれば神が動いているはずなので、世界と神は結局セットだ。残るは救世主に問題がある場合だが、こんな前向きハッピー救世主のこいつに問題なぞあるのだろうか。だが一番手近な可能性なので、まずはそこから攻めつつ、世界についても調べていくのがいいのではないかということになった。
「破ッ」
 救世主の攻撃でマールゥトカゲの群れに穴が空く。
 空いた穴に飛び込んで、剣を滑らせる救世主。十数匹ほどのトカゲが消滅した。
 俺はそれを少し離れたところから見ている。
 救世主にあるかもしれない問題と世界にあるかもしれない問題を見つけ出すには、救世主に貼り付いて危機の起きているところを回るのがいいだろうということになったのだ。
 危機の起こっている地帯に救世主が向かうときは俺も一緒に向かい、戦闘に参加する。と言っても、積極的に戦うわけではなく、あくまで目的は観察だ。
 例によって世界に働きかけているので、俺の周囲に魔物は寄ってこない。
 そこからじっくり救世主と周囲を見るというわけだ。
「せいッ」
 救世主が流れるように剣を振る。その端からトカゲが消滅してゆく。
 一瞬、救世主の周囲に空間ができる。振り切った剣が太陽光を反射して、きらめく。
 残ったトカゲが救世主目掛けて突撃してくる。
 いち、に、さん。ゆっくり三度、剣先がすべる。触れる先から霧散するトカゲたち。
 また空間が空く。今度は少し広い。草原にはぽつぽつとトカゲが残っているだけだ。
 敗走する気配はなく、その全てが唸り声を上げて突撃準備をしている。
「波ッ」
 救世主が上段から剣を振り下ろすと、四方八方に群青の衝撃波が飛び散った。
 衝撃波たちは広がっていき、それらの全てが過たずトカゲを捕らえる。
 二匹、一匹、最後のトカゲが消える。草原には俺と救世主の二人以外何もいなくなった。
 救世主がゆっくりと剣を鞘に収める。
 カチ、という音。
「どうだった?」
 ふ、と世界が戻ってくるような感覚。
 救世主がこちらを見ていた。
「いいのではないでしょうか」
 曖昧に答える俺。
「何かおかしなとことかあった? 気付いた点とか」
「いえ……」
 完璧に近い戦闘だった。完璧すぎた。思わず魅入ってしまうほど。
「ない、のが困ったところでしょう」
「そっかあ……」
 救世主は一瞬残念そうな顔をしたが、
「でもまあ、また一つ危機を解決できたから、いいか!」
 笑顔になって伸びをした。
「帰ろうぜ! 今日泊まる村はベーコンにノムギをひいた生地を合わせたやつがおいしいらしい」
「ええ」
 語り部は特に何も摂取せずとも存在を維持できる身体であるのだが、最近はこいつに付き合って物を食べることが多かった。
「村を救ってくださりありがとうございます、救世主様」
 村の前で待っていた村長が救世主に礼を言う。
「いいってことよ」
「食事の用意ができております。お代はいりませぬ、この村からのほんの気持ちと思ってくだされば」
「本当か! ありがとう! 行こうぜ、語り部」
 救世主はそう行って俺の腕を掴み、走り出す。
「特産品だー! これだよこれが食べたかったんだ」
 ナイフとフォークを取り、料理を口に入れると目を輝かせる。
 もぐもぐと口が動き、飲み込むとこちらを見る。
「めっちゃおいしい! お前も食べろよ語り部」
「ええ」
 俺はフォークとナイフを手に持ち、料理を端から切って口に入れる。
「どう? どう?」
 頬を紅潮させてこちらの反応を伺う救世主。
「……おいしいですね」
 おそらく、こういう感覚をおいしいと言うのだ。随分長く忘れていた感覚であったため、自信はなかったが。
「だろ! いやあ今日は来てよかったなあ」
 料理目的で来たわけではなく、危機が起こったから訪れただけだというのに、呑気な奴だ。
 だが、くるくる表情を変えるこの救世主を見ていると、とうに縁が切れたと思っていた食事という行為もなんだか楽しいような気がしてくるのだ。
 救世主を見ると、料理を夢中で口に運んでいるところだった。
 俺はそれを数秒見てから自分の皿に目を戻し、ベーコンを口に入れた。



「ここ、結構寒いな」
 救世主の吐く息が白い。
 今日は炭鉱にワイルドワームの大群が出て鉱夫を襲うというので向かっている。
 ワイルドワームは本来非戦闘的な性格で人間を襲ったりはしないのだが、危機ゆえということだろう。危ないので炭鉱は俺達以外立ち入り禁止になっていた。
 救世主と行動するのにも大分慣れたが、問題は一向に見つからない。
 だいたいの危機はこいつが剣一本で難なく収めてしまうのだ。
 救世主補正のかかった救世主の相手になる魔物などそういない。それは必然的に格下の相手との戦闘が続くということでもあった。
 現にこいつは俺と共に行動し始めてから一度も自己強化を使っていない。その程度で戦える相手というのもあったが、それなりに力を出してもらわないと見つかる問題も見つからない。
 だが、相手に釣り合う以上の力を出させても逆に土地を荒廃させたりしてしまうかもしれないと思って、その提案ができないでいた。
「いた」
 救世主が立ち止まる。
「開けた空間に固まってるな。俺達を待ってたみたいに」
「近付く間に気付かれて通路での戦闘になると不利でしょう。どうされますか?」
「一気に近付くしかないな」
「え? ちょっ」
「口閉じてろ、大事な舌を噛むとことだからな」
 救世主は俺を小脇に抱えると、跳んだ。
 文字通り、跳んだのだ。
 地を踏み切り、鋭角に通路を跳ぶ。代わり映えのしない周囲の景色が猛スピードで飛び去るのが見えた。
 抱えられているのが俺じゃなければ喜んで語る場面なのだが、そこは残念だ。
 そう考える間に、救世主の言っていた開けた空間とやらに着いた。
 すた、と着地し、俺を隅に置いてまた跳ぶ。
 部屋の中央に固まっていたワームの群れ目掛けて、抜刀する救世主。
 一閃。大半が消滅する。
 今回も難易度の低い戦いになるか。
 そう思いながら、近くの岩に腰掛けた。

 ワームとの戦いは思ったより長引いた。
 一匹一匹は大したことないのだが、何せ数が多い。倒す側から湧いてくる。
 だがそれもそろそろ終わるだろう。湧いてくるスピードが落ちている。
 だいぶ隙間の空いたワームの群れは、しかし戦闘意欲を失わずに救世主目掛け殺到する。
 敗北が濃厚なのに、妙だなと思う。
 このワームは先にも述べたとおり、非戦闘的な性格だ。明らかに勝てない相手からは敗走するはず。それがこんな風に向かってくるというのはやはり異常だ。
「殲滅剣ッ」
 救世主の振り下ろした剣から衝撃波がほとばしる。
 それを受けて、ほとんどのワームが消滅した。
 残りのワームは恐れをなしたのか、壁に潜り込んでゆく。
 敗走か。ということは、元々の性格を完全に変えてしまうほどの異常というわけではない――
「語り部!」
 呼ばれて、顔を上げる。
 ぴしり、と。
 上下左右の壁に亀裂が走っていた。
 咄嗟に語りを発動させようとする。が、
「保て」
 救世主の一言で、崩落が止まった。
 これ、は。
「今のうちに脱出を」
 救世主が手を差し伸べる。
「……」
「早く!」
 救世主は強引に俺の手を取り、走り出した。
 地上に出ると同時に、坑道は崩落した。
「あー、これは怒られるな。どうやって言い訳しよう」
「……先ほどの」
「語り部?」
「……あなたが先ほど使った力は、救世主のものではない」
「え?」
「あなたが使えるはずがないのです。どうして……」
「でも俺、ずっと使ってたぜ? 物を丈夫にしたり、仲間の能力を上げたりする力だろ? 強化とか支援とかそういう類いの力じゃないのか?」
「いいえ。直接目で見て気付きましたが、それは世界に働きかける力……語り部の力です」
「でも俺、語り部じゃないぜ? それがどうして」
 そう、語り部はこの世界に一人しかセットされていないはず。こいつが語り部であれるはずがないのだ。俺にはまだ語り部の力があるから、神が力を委譲したわけでもない。ということは、こいつが元々語り部の力を持っていたということで、外から来たこいつが語り部の力を持っているということは、
「あなたのお父上のご出身はどちらです」
「え? 外国ってことは知ってるけど、詳しくは知らされてないな……すごく遠いしもう縁を切ったからって一度も連れてってもらったことないし。それが何か関係あるのか?」
「お母上のお名前はもしや――と言いませんか?」
「ええ、何で知ってるんだ? 語り部物知りすぎるだろ!」
 すごい、と両手を胸の前で組む救世主――
 先代の息子。
 俺をこんな風にした先代の。
 そういえば、この世界とあちらの世界では時間の流れ方が違ったのだった。
 なんで今更、とか、こいつがどうして、とか、様々な感情が胸をよぎってゆく。
 できることなら、嘘であってほしい。
 それに、
「母さんのことを知ってるってことは母さんの話も知ってるのか? 母さんも救世主だったとか? 今度語ってくれよ。しかし俺に語り部の力があったとはなあ。お前と一緒なのか? それって何だか嬉しいな! なあ、俺がお前の仕事を手伝えたりするのか?」
「……そうですね、そのときが来たら」
「やった!」
 目を輝かせて俺を見るこいつに、今俺が抱いている感情の欠片でも見せようという気にはなれなかった。
「……帰りましょうか」
「そうだな! 鉱山主のおっちゃんへの言い訳一緒に考えてくれよ」
 おそらく、世界に一人しかセットされない語り部が二人存在しているという異常に世界は反応しているのだと思う。
 純正ではない、半分の語り部を、消そうとしているのかもしれない。
 だが、こいつにはそれに対応する力がある。なんと言っても救世主だ。こいつが言っていた通り、危機が起こったらその都度対処していけばいい。それが――
「語り部!」
 突然突き飛ばされ、たたらを踏む。
 俺の前に立ちはだかった救世主から、赤いものが散った。
 くずおれる救世主。
 遠く、ゴーレムが去って行くのが見える。周囲に落下した岩の塊。その一つに、救世主が、
「はは……無事で、よかった」
「救世主……――」
 存在が薄れかけている。どう見ても致命傷だ。語っても、意味がない。
 「委譲」すれば。
 頭の中にその言葉が閃く。
 語り部の権限を委譲すれば、半分語り部のこいつの存在を世界に強引に認めさせられるはずだ。
 俺が語り部でなくなって、こいつが正式な語り部になれば、バランスは元通り。狙われることもない。
 十分すぎるほど素質はある。そのせいでこんなことになっているのだし。委譲すること自体は簡単なはず。
 そうと決まれば、迷いはなかった。
「語り部、権限を委譲します。対象は救世主、――」
『承認』
 神の声。こんな時には出てくるんだな。
 視界がくらむ。
 薄れかけていた救世主の存在が確かなものになり、代わりに俺の存在が薄れてゆくのがわかる。
「――」
 救世主が驚いたような顔で自分の身体と俺を交互に見る。
 結局、これは復讐なのだろう。役目を放棄した先代への、世代をまたいだ復讐。
 恨んでくれ。永遠の命なぞを与えたことを。それが俺への唯一の報酬だ。
「語り、部――」
 さよならだ、と吐いた言葉は救世主に届いていただろうか。
 力が抜けて、発語できていたかどうかすらわからないけれど。
 そうして俺は、





 ふ、と意識が浮上したのは元語り部。
 元救世主の膝の上で目を覚ました。
「起きたか! よかった! このまま目覚めなかったらどうしようかと思ったぜ」
「どういうことだ、俺は……」
「救世の報酬さ、神様にお前の生存を願ったんだ。望む限り生きられるように」
「それは……なんてことを」
「いい案だろ? 完璧だぜ」
 元語り部はため息をついた。
「なるほどな」
 嬉しそうな元救世主に語り部は言葉を投げる。
「恨んでいるか?」
「なんで?」
「永遠の命とは永遠の孤独だ。語り部なんてろくな存在じゃない。俺を恨んでくれるのか?」
「いや? むしろ嬉しいぜ。俺、語るの好きだって言ったろ。これから好きなだけ語れる、しかも自分が形にした物語をさ。夢みたいじゃないか。それに」
「それに?」
「お前と一緒に生きられるんだぞ。永遠の命も悪くない」
「は」
 元語り部は絶句する。
「なんで俺と」
「なんでも何もないだろ。お前の語りは心地いい。俺の仕事がないときは、俺のために語ってくれよ」
「だが、俺はもう語り部じゃない」
「そんなこと関係ないだろ。語り部じゃなくても語ることはできる」
 元語り部は黙り込んだ。
「おーい?」
「……まあ」
 いいだろう、と元語り部。その顔は何かを諦めたかのように、だが少し、待ち望んでいた雪解けが訪れたかのように。
「やった!」
 元救世主は片手を元語り部に差し出す。
 元語り部も片手を上げて、元救世主の手と合わせた。
 ぱち、という音がした。


 
 とまあ、こんな感じでこの物語は終わるわけだが。
 俺がこっそり一レイヤー下で流していたこの物語を、お前は当然聴いていたんだろうな。
 わかっているよ。
 続きか? 続きはお前と一緒に作るんだろう。
 ……笑うなよ。俺が馬鹿みたいだろ。
 さあ、終わりだ終わりだ。子供はもう寝る時間だろう。え、子供じゃない? 知るかよ。最後はこの言葉で締めると決まってるんだ。

「そうして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
 めでたし、めでたし」


(おわり)
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