長編・番外編

日曜日の朝、談話室で作業をするのが好きだ。静かな空間を独り占めすることができるから。天気が良ければ、尚良い。窓際のソファに座ると、明るい気持ちになれるから。
 
「おはよう──君はいつも早起きだなぁ」

階段の上から欠伸混じりの声が降ってきたので、[#dn=1#]はにんまりした。やっぱり、早起きは三文の徳だ。
 
「また、ニフラーを誘惑する気か?」

ジョージは朝日に目を細めながら、[#dn=1#]の隣に腰を下ろした。柔らかいソファが深く沈み込み、ほんの少しだけ、2人の距離は縮まった。

「爪がキラキラしていると、気分が上がるの」
「へえ、君がニフラーだったのか」

[#dn=1#]はくすりと笑いながら、小瓶の口で筆を扱いた。なんだか、ジョージはまだ眠そうだ。時折り、目を擦りながら、目の前で行われる作業をぼんやりと眺めている。そういえば、彼がこんな時間に起きてくるのは珍しい。
 


 

「それで、完成かい?」

10本の指にマニキュアを塗り終えると、ジョージが口を開いた。
 
「ううん。しっかり乾くまで、このまま待つの」
「なるほど──じゃあ、待っている間、老け薬の講義でもしてやろうか」

彼は机の上に投げ出された魔法薬学のレポートを指差して、ニヤリと笑った。どうやら、後回しにしていたことがばれてしまったようだ。

「……ありがとう。ぜひとも、お願いします」
 
[#dn=1#]はジョージを拝んだ。老け薬の調合と効能について、もうこれ以上、羊皮紙の余白を埋めることが出来ずに困っていたのだ。彼が優秀なことは知っていたし──授業態度は褒められたものじゃないけれど──彼なら、実体験もバッチリだし。助かった。

「イモリの脾臓とバナナのことはもう書いたの。あとは──」

[#dn=1#]の言葉はそこで止まった。突然、耳にふわふわとした何かが触れるのを感じたからだ。パッと顔を上げると、目の前に、妙に澄ましたジョージの顔があった。

「耳に埃が付いてた」
「……ありがとう」
「あとは──オレンジ色の蛇を入れすぎた場合の対処法について、書いたらいい」
「なるほど、さすが」

[#dn=1#]は彼の表情を不思議に思いながら、羊皮紙へと視線を戻した。

「──ちょっと!」

たちまち、膝にむず痒さを感じた。今度こそ、現行犯逮捕だ。[#dn=1#]は自身の膝を羽根ペンでくすぐっているジョージを睨み付けた。彼は悪びれる様子もなく、ニヤリと笑い、今度はの首すじをくすぐり始めた。抵抗しよう[#dn=1#]にも、マニキュアが乾くまでは手が使えない。[#dn=1#]が身を捩って、どうにか羽根ペンから逃れようと奮闘すると、ジョージはますますニヤついた。

「待って──本当にだめ──」
「何がだめなんだ?」

突然、頭上から声が降ってきた。

「俺、目がおかしくなっちまったのかな──なんだか、2人とも喜んでるように見えるぞ」

振り向くと、フレッドが見下ろしていた。彼は相棒と全く同じ表情で、ソファの背もたれに肘をつき、羽根ペンをクルクルと弄んでいる。その指摘が図星だったので、[#dn=1#]はいたたまれない気持ちになった。彼の言う通り、ジョージに構ってもらえて満更でもない気分だった。


「お前も、勉強を手伝ってやる気になったのか?」

ジョージがあからさまに迷惑そうな顔で言った。
 
「いいや、俺はこっちを手伝ってやろうと思って──」

フレッドが言い終える前に、バシッという音がした。次の瞬間、羽根ペンが彼の手を離れて床に転がった。

「──スケベ野郎め」
「わお、自覚があったのか」
 
フレッドが言ったあと、奇妙な沈黙が訪れた。ジョージはばつの悪そうな顔をして押し黙り、フレッドは声も出せないほど笑っている。[#dn=1#]はいまだに、どうして、自分はこんなにも"分かりやすい"のかを考えていた。もしかして、「だめ」なんて言いながら、顔がにやけていたのだろうか……
 
「──俺くらい顔が良ければ、大抵のことは許されるんだよ」

ジョージの声によって、[#dn=1#]の意識は現実に引き戻された。なるほど、彼は確信犯だったのか。確かに、[#dn=1#]は彼の笑顔を見ると、どんな悪戯でも許してあげたい気持ちになる。きっと、皆も同じ気持ちなんだろう。

ジョージは小さく溜め息をつくと、腹が減った──と呟いて、スタスタと廊下へ出て行ってしまった。[#dn=1#]は名残惜しい気持ちでその背中を見つめた。もう少し、話していたかったな……

「俺たちの顔がそっくりだって、あいつに教えてやった方がいいかな?」
「うん、その方が親切かもね」

心底愉快そうに相棒を追いかけていくフレッドを見送りながら、[#dn=1#]は素敵なことを思い付いた。また来週も、この時間に、ここでマニキュアを塗ってみよう。上手くいけば、キラキラに釣られて、赤毛のニフラーが遊びにきてくれるかもしれない。
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