the Goblet of Fire
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シューシューとヤカンを沸かすような音が聞こえる。大鍋からモクモクと煙が上がり、透き通るような水色だった液体はあっという間に濁っていく。最終的に真っ黒になったそれは、鍋底にへばり付いて固まった──教科書通りに調合したのに──しかし今日はマシな方だ。同じ机の生徒もろとも全身タールまみれにならずに済んだのだから。
教壇に立つ男がこちらを一瞥する。ラインは今更失敗を取り繕う気にもならず、彼が漆黒のローブを翻してこちらへ向かってくるのをぼんやりと眺める──今日はやけに目の下の隈が濃い気がする。少し働きすぎなのでは?スネイプ先生の顔色を見るたびに、自分の寝不足など大した事無いと思い知らされる──
「あいにく、我が輩にその手は通用しない」
突如、頭上から冷ややかな声が降って来た。いつのまにか、隣にスネイプ先生が立っている。彼は大層不機嫌な顔でこちらを見下ろしていた。
「君に誘惑出来るのは、せいぜいトロールくらいなものだろう」
スネイプ先生は嘲笑うような目でそう言った。ラインは慌てて傾げていた首を真っ直ぐに戻した──そんなつもりは無かったのに。どうしてそんなに捻くれた捉え方をするのだろう──彼は鍋底から黒い物体を摘み上げると、舐めるように観察を始めた。
「全ての撹拌を、教科書の半分に」
暫くするとスネイプ先生はそう言い残して教壇へ戻っていった。彼の言った通りに調合すると、美しいエメラルド色の完璧な水薬が出来上がった。ラインは少々腹を立てたまま、羽ペンを走らせる──性格があれでなければ、良い先生なのに──
ーーーー
「あの、少し良いかな」
昼食を食べるために大広間へ向かっているところだった。魔法薬学の疲れを引き摺りながら歩いていると、ハッフルパフのローブを着た生徒に肩を叩かれた。ラインが振り向くと、彼は廊下の端に手招きした。
「君、ダンスパーティーのパートナーはもう決まった?もし良ければ、僕と行かないか?」
少し気取ったような話し方と表情に覚えがあった。確か彼は始業式の時にも話しかけてくれた気がする。
「僕は6歳からダンスを嗜んでいるんだ。だから、君を完璧にエスコート出来る」
彼の目は真っ直ぐラインを見ていて、邪な好奇心で誘ったわけではないとはっきり分かった──しかし、互いにほとんど知らない相手とダンスを踊るのは少し尻込みしてしまう。なにより自分と参加すれば、彼まで好奇の目に晒されてしまうかもしれない。
「ありがとう……誘って貰えてすごく嬉しい。でも──」
彼を傷付けない断り文句を必死に考えていると、近くの教室から授業を終えた生徒達がぞろぞろと出てきた。1番最後に出てきた大柄な生徒は2人を見ると立ち止まり、意地の悪い笑みを浮かべた。彼は確かスリザリンのクィディッチチームのキャプテン──フリントだ。今日も数人の取り巻きを引き連れている。
「おいマーリン、どれだけ男を侍らせれば気が済むんだ?」
その言葉を聞いて、彼のことは無視しようと決めた。スリザリンに友好的な人間はいないのだろうか……
気を取り直してハッフルパフの男の子に向き直り、口を開きかけたところだった。
「俺と参加すれば良いじゃないか」
突如フリントがハッフルパフの男の子をぐいと押しのけた。ラインは想定外の展開に驚いたが、ふと、彼にトロールの血が流れていると友人が言っていた事を思い出す。
「俺なら、あの記事について否定してやることも出来る」
それが好意なのか悪意なのかは分からない。しかしどちらにせよ、答えは1つだ。大柄な生徒に囲まれて威圧感を感じるが、毅然とした態度を取ろうと心に決める。
「貴方に手助けして貰わなくても大丈夫よ。ありがとう。それに今は彼と話していたの」
「──俺とは行きたくないと?」
その言葉にはっきりと頷くと、フリントの顔にさっと赤みが差した。プライドを傷付けてしまったようだ。しかしこればかりは仕方ない。
「随分と生意気だな」
いきなり強い力で手首を掴まれて、思わず後退りする。背中を壁に打ち付けた上に、掴まれた手首がキリキリと痛む。
「痛い……離して」
出た声は思ったより弱々しく、途端に情けなくなる。毅然とした態度はどこへやら──どうやってこの場を切り抜けようか必死に頭を回転させていると、突然視界が赤色で埋め尽くされた。
「おい、離せよ。嫌がってるのが分からないのか?そんな脳みそだから留年するんだ」
途端にフリントの顔は赤を通り越して黒くなった。彼はパッと手を離したが、鼻息は荒く、今にも殴りかかりそうな顔をしている。
「ついでに言わせて貰うと、24日はもう俺が予約済みだ──悪いな。ほら、散った散った!」
火薬のような香りが鼻腔をくすぐる。フリントは暫くジョージを睨みつけていたが、やがて取り巻きを引き連れていなくなった。最初の男の子はいつのまにか姿が見えなくなっていた。
「大丈夫か?痛かっただろ」
ジョージはラインの手を取って、それをよく見ようと顔に近づけた。途端に手が熱を持ち始める。断じてフリントに掴まれたせいではない。しばらくすると彼は可笑しそうに笑い始めた。
「おいおい、バジリスクにでも睨まれたのか?」
ラインはようやく声と身体の自由を取り戻した。
「ありがとう、本当に、何てお礼を言ったら良いのか」
「当然のことをしたまでさ。それに悪かったな──勝手に一緒に行くなんて言っちまって」
「ううん、嬉しかった」
事態に気が付いたのは、それを口にした後だった。何と言う事だ──思わず本音が溢れてしまった。ハッとしてジョージを見上げると、彼は複雑そうな顔をしていた。
「知ってるぞ、それは君がやんわりと誘いを断る時の常套句だろ?」
「違う、本当に嬉しかったの。でも私と一緒に参加したりしたら、貴方まで何か言われるんじゃないかって──」
ラインは彼がこの言葉を否定してくれることを願っていた。自分の悪評に彼を巻き込むと分かっていながら──己の身勝手さにほとほと呆れ返る。
「見くびってくれるなよ、もし俺が他人からの評価を気にする奴だったら、去年のO.W.L試験で10科目はパスしてないとおかしいだろ?」
ジョージはそう言ってニヤリと笑った。ラインはそれを聞いて、全ての悩み事が吹き飛んだように感じた。
「それに1人で放っておけるわけないだろ──こんなに可愛い妹分」
ジョージが不自然に付け足した言葉を聞いて、高揚した気持ちがしおしおと萎んでいく。しかし彼とパーティーに参加出来る事実は変わらない。
「ありがとう、本当に嬉しい」
「じゃあ決まりだ」
ジョージはにっこりと笑って、ラインの頭をポンと撫でた。
「君のこと探してたんだ。昨日フレッドが余計な事言っただろ」
大広間に向かって歩きながら、ジョージは困ったように笑った。ラインは彼が罰則を受けた事をようやく思い出した。
「謝ってくれるなよ、俺は自分のしたい事をしたまでだ。それに罰則なんて日々のローテーションに組み込まれてるんだ──ふくろう小屋の清潔は間違いなく俺らによって保たれてるね」
ラインは喉元まで出た謝罪の言葉を飲み込んで、いつか彼に恩返しすることを心に決めた。
――――
「やあライン、僕とダンスパーティーに行きたいなら、そう言ってくれれば良かったのに!」
夕食を食べ終えて、魔法薬学のレポートを前に頭を抱えているところだった。早々にシャワーを浴びたらしいロンが不自然に大きな声で話しかけてくる。
「さっきハッフルパフの奴が話してたの聞いたぜ、マーリンはウィーズリーと行くんだって」
「あぁロン、ごめんなさい。違うのよ」
小声でそう言いながら、ロンを必死に手招きする。彼がこれ以上辱しめを受ける前になんとか事態を収拾しなければ──
「ねぇ、いつからウィーズリーは貴方だけになったのかしら?」
その願いもむなしく、ハーマイオニーが談話室の向こうを顎でしゃくった。彼女は近頃ロンの前で不機嫌を隠そうとしない。暖炉の前で、弟の視線に気付いたジョージがウインクをした。
「げ、マジかよ……いつの間に?」
ロンは肩を落とし、信じられないといった顔でラインを見る。ジョージの隣でフレッドが腹を抱えて笑っている。
「貴方って本当、自分のことばっかり!」
ハーマイオニーはそう言うと立ち上がり、乱暴に教科書を引っ掴んで寝室へ上がってしまった。ラインはロンへ曖昧に笑いかけてから、小さく溜息をついた──いつか彼女が素直になれる日は来るのだろうか。
教壇に立つ男がこちらを一瞥する。ラインは今更失敗を取り繕う気にもならず、彼が漆黒のローブを翻してこちらへ向かってくるのをぼんやりと眺める──今日はやけに目の下の隈が濃い気がする。少し働きすぎなのでは?スネイプ先生の顔色を見るたびに、自分の寝不足など大した事無いと思い知らされる──
「あいにく、我が輩にその手は通用しない」
突如、頭上から冷ややかな声が降って来た。いつのまにか、隣にスネイプ先生が立っている。彼は大層不機嫌な顔でこちらを見下ろしていた。
「君に誘惑出来るのは、せいぜいトロールくらいなものだろう」
スネイプ先生は嘲笑うような目でそう言った。ラインは慌てて傾げていた首を真っ直ぐに戻した──そんなつもりは無かったのに。どうしてそんなに捻くれた捉え方をするのだろう──彼は鍋底から黒い物体を摘み上げると、舐めるように観察を始めた。
「全ての撹拌を、教科書の半分に」
暫くするとスネイプ先生はそう言い残して教壇へ戻っていった。彼の言った通りに調合すると、美しいエメラルド色の完璧な水薬が出来上がった。ラインは少々腹を立てたまま、羽ペンを走らせる──性格があれでなければ、良い先生なのに──
ーーーー
「あの、少し良いかな」
昼食を食べるために大広間へ向かっているところだった。魔法薬学の疲れを引き摺りながら歩いていると、ハッフルパフのローブを着た生徒に肩を叩かれた。ラインが振り向くと、彼は廊下の端に手招きした。
「君、ダンスパーティーのパートナーはもう決まった?もし良ければ、僕と行かないか?」
少し気取ったような話し方と表情に覚えがあった。確か彼は始業式の時にも話しかけてくれた気がする。
「僕は6歳からダンスを嗜んでいるんだ。だから、君を完璧にエスコート出来る」
彼の目は真っ直ぐラインを見ていて、邪な好奇心で誘ったわけではないとはっきり分かった──しかし、互いにほとんど知らない相手とダンスを踊るのは少し尻込みしてしまう。なにより自分と参加すれば、彼まで好奇の目に晒されてしまうかもしれない。
「ありがとう……誘って貰えてすごく嬉しい。でも──」
彼を傷付けない断り文句を必死に考えていると、近くの教室から授業を終えた生徒達がぞろぞろと出てきた。1番最後に出てきた大柄な生徒は2人を見ると立ち止まり、意地の悪い笑みを浮かべた。彼は確かスリザリンのクィディッチチームのキャプテン──フリントだ。今日も数人の取り巻きを引き連れている。
「おいマーリン、どれだけ男を侍らせれば気が済むんだ?」
その言葉を聞いて、彼のことは無視しようと決めた。スリザリンに友好的な人間はいないのだろうか……
気を取り直してハッフルパフの男の子に向き直り、口を開きかけたところだった。
「俺と参加すれば良いじゃないか」
突如フリントがハッフルパフの男の子をぐいと押しのけた。ラインは想定外の展開に驚いたが、ふと、彼にトロールの血が流れていると友人が言っていた事を思い出す。
「俺なら、あの記事について否定してやることも出来る」
それが好意なのか悪意なのかは分からない。しかしどちらにせよ、答えは1つだ。大柄な生徒に囲まれて威圧感を感じるが、毅然とした態度を取ろうと心に決める。
「貴方に手助けして貰わなくても大丈夫よ。ありがとう。それに今は彼と話していたの」
「──俺とは行きたくないと?」
その言葉にはっきりと頷くと、フリントの顔にさっと赤みが差した。プライドを傷付けてしまったようだ。しかしこればかりは仕方ない。
「随分と生意気だな」
いきなり強い力で手首を掴まれて、思わず後退りする。背中を壁に打ち付けた上に、掴まれた手首がキリキリと痛む。
「痛い……離して」
出た声は思ったより弱々しく、途端に情けなくなる。毅然とした態度はどこへやら──どうやってこの場を切り抜けようか必死に頭を回転させていると、突然視界が赤色で埋め尽くされた。
「おい、離せよ。嫌がってるのが分からないのか?そんな脳みそだから留年するんだ」
途端にフリントの顔は赤を通り越して黒くなった。彼はパッと手を離したが、鼻息は荒く、今にも殴りかかりそうな顔をしている。
「ついでに言わせて貰うと、24日はもう俺が予約済みだ──悪いな。ほら、散った散った!」
火薬のような香りが鼻腔をくすぐる。フリントは暫くジョージを睨みつけていたが、やがて取り巻きを引き連れていなくなった。最初の男の子はいつのまにか姿が見えなくなっていた。
「大丈夫か?痛かっただろ」
ジョージはラインの手を取って、それをよく見ようと顔に近づけた。途端に手が熱を持ち始める。断じてフリントに掴まれたせいではない。しばらくすると彼は可笑しそうに笑い始めた。
「おいおい、バジリスクにでも睨まれたのか?」
ラインはようやく声と身体の自由を取り戻した。
「ありがとう、本当に、何てお礼を言ったら良いのか」
「当然のことをしたまでさ。それに悪かったな──勝手に一緒に行くなんて言っちまって」
「ううん、嬉しかった」
事態に気が付いたのは、それを口にした後だった。何と言う事だ──思わず本音が溢れてしまった。ハッとしてジョージを見上げると、彼は複雑そうな顔をしていた。
「知ってるぞ、それは君がやんわりと誘いを断る時の常套句だろ?」
「違う、本当に嬉しかったの。でも私と一緒に参加したりしたら、貴方まで何か言われるんじゃないかって──」
ラインは彼がこの言葉を否定してくれることを願っていた。自分の悪評に彼を巻き込むと分かっていながら──己の身勝手さにほとほと呆れ返る。
「見くびってくれるなよ、もし俺が他人からの評価を気にする奴だったら、去年のO.W.L試験で10科目はパスしてないとおかしいだろ?」
ジョージはそう言ってニヤリと笑った。ラインはそれを聞いて、全ての悩み事が吹き飛んだように感じた。
「それに1人で放っておけるわけないだろ──こんなに可愛い妹分」
ジョージが不自然に付け足した言葉を聞いて、高揚した気持ちがしおしおと萎んでいく。しかし彼とパーティーに参加出来る事実は変わらない。
「ありがとう、本当に嬉しい」
「じゃあ決まりだ」
ジョージはにっこりと笑って、ラインの頭をポンと撫でた。
「君のこと探してたんだ。昨日フレッドが余計な事言っただろ」
大広間に向かって歩きながら、ジョージは困ったように笑った。ラインは彼が罰則を受けた事をようやく思い出した。
「謝ってくれるなよ、俺は自分のしたい事をしたまでだ。それに罰則なんて日々のローテーションに組み込まれてるんだ──ふくろう小屋の清潔は間違いなく俺らによって保たれてるね」
ラインは喉元まで出た謝罪の言葉を飲み込んで、いつか彼に恩返しすることを心に決めた。
――――
「やあライン、僕とダンスパーティーに行きたいなら、そう言ってくれれば良かったのに!」
夕食を食べ終えて、魔法薬学のレポートを前に頭を抱えているところだった。早々にシャワーを浴びたらしいロンが不自然に大きな声で話しかけてくる。
「さっきハッフルパフの奴が話してたの聞いたぜ、マーリンはウィーズリーと行くんだって」
「あぁロン、ごめんなさい。違うのよ」
小声でそう言いながら、ロンを必死に手招きする。彼がこれ以上辱しめを受ける前になんとか事態を収拾しなければ──
「ねぇ、いつからウィーズリーは貴方だけになったのかしら?」
その願いもむなしく、ハーマイオニーが談話室の向こうを顎でしゃくった。彼女は近頃ロンの前で不機嫌を隠そうとしない。暖炉の前で、弟の視線に気付いたジョージがウインクをした。
「げ、マジかよ……いつの間に?」
ロンは肩を落とし、信じられないといった顔でラインを見る。ジョージの隣でフレッドが腹を抱えて笑っている。
「貴方って本当、自分のことばっかり!」
ハーマイオニーはそう言うと立ち上がり、乱暴に教科書を引っ掴んで寝室へ上がってしまった。ラインはロンへ曖昧に笑いかけてから、小さく溜息をついた──いつか彼女が素直になれる日は来るのだろうか。