the Deathly Hallows
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ラインは鏡を見つめた。繊細な渦巻き模様の額縁の中から、寝ぐせ頭の自分がこちらを見つめ返している。窓から差し込む朝日に照らされて、ラインは自身の首と肩の真ん中あたりに、赤い歯型がくっきりと浮かび上がっているのを見た。
「……悪い」
部屋の奥の方から、ぼそっと言う声が聞こえた。ラインは鏡越しに視線を巡らせて、ベルベットのソファに座ったドラコ・マルフォイが、自分を見ていることに気がついた。しかし、ラインと目が合うと、彼の顔はすぐに下を向いてしまった。靴に埃でもついていたのだろうか?
「ううん。いいよ。だって、あの蛇から私を守ろうとしてくれたんでしょ?」
ラインは鏡の前を離れて、マルフォイの座っているソファに向かってずんずん歩いた。
「いや──違う」
ラインがソファの前に到着すると、マルフォイは観念したように顔を上げた。彼の革靴はピカピカだった。
「僕は自分が任務に取り組んでいることを蛇にアピールするために、お前を利用しただけだ」
「ふうん」
ラインはマルフォイの言葉を鵜吞みにはしなかった。ラインはマルフォイの目を真っ直ぐに見た。
「あのね、『素直』が秘訣だよ」
ラインがにっこりすると、マルフォイは眉をひそめた。
「あと、出来ないことは出来ないって言った方がいいよ。へんてこな呪文を作り出すより、その方が上手くいくよ」
昨年の6月に彼が天文台の塔で叫んだ呪文を思い出して、ラインは言った。マルフォイの耳が赤くなったので、ラインは思わず吹き出した。彼には「スキダ・ケダブラ」がへんてこな呪文だという自覚があったんだ。
「僕が誰だか分かっているのか?」
マルフォイは失態を取り繕うように、険しい表情でラインに迫った。しかし、ラインは全く恐怖を感じなかった。マルフォイは自身のシャツの左の袖をまくり上げた。ラインはその腕に、どくろと蛇の刺青が入っているのを見た。
「あ、それって──」
ラインが目を見開くと、マルフォイは満足げにフンと鼻を鳴らした。
「『食べられる闇の印』のマークだ!」
ラインはウィーズリー・ウィザード・ウィーズのスイーツコーナーの陳列棚──派手なポップに「食べると誰でも吐き気がします!」と書いてある。奇天烈な商品ばかりだけれど、どれも基本的に味は美味しい──を思い浮かべた。すると、ラインのお腹はぐうと鳴った。マルフォイは途端に呆れ顔になった。彼は大きなため息をつき、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
部屋の扉が閉まる直前、何か小さな生き物が部屋の中に入ってきた。ところどころ毛がハゲた小さなネズミだった。ハゲネズミは部屋の入り口で立ち止まり、ラインをじっと見つめた。
「もしかして、あなたもお腹が空いているの?」
ラインはネズミに向かって話しかけた。
「ごめんね。いまは何もないよ。地下牢に行けば、何か貰えるかもしれないけれど──」
言い終える前に、ラインは悲鳴を上げた。ハゲネズミの身体から、人間の頭と手足がにょきにょとと生えてきたからだ。次の瞬間、ハゲネズミがいたところに、小柄で髪の毛のハゲた男が現れた。男はハァハァと浅い息遣いをしながら、ラインににじり寄った。
「き──きみを一目見たくて……」
男はキーキーとネズミ声で喋った。
「へへ……ママにそっくりだ……」
その瞬間、ラインは頭を稲妻に撃ち抜かれたように感じた。ラインはテーブルの上に置いてあるランプを掴み、男に向かって力いっぱい投げつけた。男は飛び退いてランプを避けた。男はキーキーと叫んだ。
「聞いてくれ──僕のせいじゃないんだ!」
ラインは本棚から手当たり次第に本を取り出し、男に向かって投げつけた。ピーター・ペティグリューは、ネズミのようなすばしっこさでそれを避けた。
「母を人質に取られて、逆らえなかったんだ!それに、僕がやらなくたって──どうせ、君のママは殺されていた!」
ピーターの声はラインにほとんど聞こえていなかった。ラインは脳みそをぐつぐつと沸騰させたまま、とにかくピーターを傷付けることだけを考えていた。
「それに、僕は、君のママの最期の願いを叶えた!君の魔力だけ、魔力だけだ──命までは奪わなかった!」
「あなたのせいで!」
投げたものが何ひとつピーターに命中しなかったので、ラインは怒鳴ることにした。
「私はママの手作りケーキを食べることが出来なかった!ママと一緒にお洋服を選ぶことも、嫌なことがあった時に抱きしめてもらうことも──」
「君が魔力を取り戻した時、君をこちら側に取り込めばいいと、あのお方に進言したのは僕だ!」
「人殺しの言葉なんて聞きたくない!」
ラインは感情に任せて怒鳴った。その瞬間、壁際に置いてある黒いマホガニーの椅子がビュンと飛び上がった。椅子は宙をふっ飛び、ピーターに激突した。ピーターは床に倒れた。頭から血を流し、動かなくなったピーターを見て、ラインはわっと泣き出した。
「気を失っているだけだ。心配ない」
しばらくすると、声が聞こえた。ラインはのろのろと顔を上げた。ピーターの頭の横に、大きな銀の皿を持ったマルフォイが立っていた。彼はピーターを足で蹴って廊下に出した。それから、彼は部屋の扉をバタンと閉めた。ピーターの姿は見えなくなったが、ラインの涙は止まらなかった。
「おい、これを見ろ」
奇妙な表情でラインを見つめながら、マルフォイは手に持った銀の皿を差し出した。生クリームとフルーツで飾り付けられた豪華なパンケーキが、そこに鎮座していた。
「ママに会いたい」
ラインはパンケーキをチラチラと見ながら泣きじゃくった。もう涙の引っ込みがつかなくなっていた。マルフォイはため息をついて皿をテーブルの上に置くと、ラインの横にしゃがみ込んだ。
「よし──よし」
ラインの背中に手を添えて、マルフォイが言った。驚きのあまり、ラインの涙はぴたりと止まった。
「いま、『よしよし』って言ったの?」
「……おまえみたいな子供を泣き止ませる時の、定番の台詞だろう」
マルフォイが気まずそうな顔で言った。ラインは笑った。それから、ラインはマルフォイの目をじっと見た。マルフォイの目が、案外きれいだと思ったからだ。同じ色だけれど、なんとなく、ベラトリックスの目とは雰囲気が違う気がした。しかし、ラインがそのことを伝える前に、部屋の扉が開いた。
「おや──おや」
部屋の入り口にゆったりと立ち、ベラトリックスが不気味な笑みを浮かべていた。
「お取り込み中に悪いねえ。でも、そろそろ時間だよ。二人ともついておいで」
子どもをあやすような口調とは裏腹に、ベラトリックスは有無を言わせない力強さでラインの腕を引っ張り、立ち上がらせた。右腕をベラトリックスにがっしりと掴まれたまま、ラインは客間に連行された。マルフォイがこわばった表情で後ろをついて歩いてくるのを、ラインはちらりと見た。客間に入ると、中央の机に羊皮紙が一枚置いてあり、その周りにルシウス・マルフォイと数人の死喰い人が集まっていた。
「さあ、お嬢ちゃん。ここにサインをするんだ。生涯にわたって、ドラコと添い遂げるという覚悟を証明するためにね」
ベラトリックスが机の上の羊皮紙を指差した。ラインは羊皮紙をまじまじと見た。そして、羊皮紙の左上に「婚姻届」という文字が書いてあることに気が付いた。
「私、ここに名前は書けないよ。だって、他に結婚したい人がいるもの」
ラインはきっぱりと首を振った。なぜかマルフォイが机の下でラインの足を踏んづけた。ハーマイオニーみたいなことをするなとラインは思った。
「──なるほど」
ベラトリックスがゆっくりと言った。彼女の片方の眉毛がピクリと動くのをラインは見た。
「もう少し説得が必要なんだね。いいだろう──人質を連れてきな」
ベラトリックスが、扉の近くに立っている若い死喰い人に命令した。若い死喰い人はローブを翻して部屋を出て行った。しばらく待ち時間がありそうだと思ったので、ラインは先ほどピーターが言ったことを考えることにした。しかし、ラインは瞬時に、ピーターに情状酌量の余地は全くないという結論を導き出した。
「君はもっとたんぱく質を摂りなさい。身体を鍛えれば、おのずと精神も健康に──」
廊下から聞き慣れた声が聞こえてきた。ラインは扉の方を見た。案の定、若い死喰い人に連れられて、父が部屋の入り口に現れた。警察官の制服のままだ。きっと、捕らえられた時から着替えさせてもらっていないのだろう。
「こら!懐柔されるんじゃないよ!」
父の話を聞きながらしきりに頷いている若い死喰い人を、ベラトリックスが叱りつけた。
「──見つけたぞ!」
部屋の中に足を踏み入れた途端、父が叫んだ。ラインは父にぶんぶんと手を振った。しかし、父は手を振り返してくれなかった。どうやら、彼が見つけたのは娘ではなかったようだ。
「パパ、誰を見つけたの?」
「こいつだ!パパは若い頃、こいつを追っていた!」
父はグレイバックを指差した。それから、ラインを二度見した。
「おまえ、どうして、こんなところにいるんだ?」
「パパを助けに来たんだよ!」
ラインは胸を張って言った。しかし、すぐに本題を思い出した。
「それより、どうして、マグルの警察官が死喰い人を追っていたの?」
「当時、ロンドンで子供の失踪事件が立て続けに起きていた。パパは優秀な新人だったからな、事件現場でこいつの足跡を見つけたんだ。人間にしては、やけに大きな足跡だと思った」
父はグレイバックを睨め付けながら説明した。
「しかし、パパは深入りしすぎた。つまり、そちらの世界の『忘却術士』に記憶を消されそうになった」
「どうして、パパは記憶を消されなかったの?」
ラインは夢中になって尋ねた。父はラインに向かって優しく微笑んだ。
「その『忘却術士』がママだったからだ」
ラインは首を傾げた。どうして、忘却術士がママだと、記憶を消されなくて済むのだろう?
「君たちには、意味が分かるだろう?」
父は、おじさん死喰い人たちが並んでいるあたりに向かって、意味ありげに笑いかけた。ラインはルシウス・マルフォイが吐きそうな顔をしているのを見た。
「いいや、分からない。どうやって、マグルが魔女を口説いた?」
おじさん死喰い人のうちの一人が、反抗的な表情で聞いた。父は哀れみの目でおじさん死喰い人を見た。
「マグルを侮るなよ──彼女が私に惚れたんだ」
父が渾身のドヤ顔を披露したところで、バシッという大きな音がした。全員が部屋の中央を見た。得意げな顔をした死喰い人と、縄で縛られた見慣れた顔の捕虜3人がそこにいた。
「ハ──」
「しっ!」
ハーマイオニーがラインを睨んだので、ラインはすんでのところで友人の名前を叫ぶのをやめた。
「ディーンの森で、ついに、ポッターの一味を捕らえました!」
得意げな顔の死喰い人が、ベラトリックスに向かって言った。
「よくやった、スカビオール。しかし……こいつは……本当にポッターか?」
「間違いありません。この『穢れた血』の娘の顔が日刊予言者新聞に載っていました。ポッターと一緒に旅をしていると──」
ハーマイオニーとロンの間に囚われている捕虜の顔を見て、ラインは首を傾げた。どうして、ハリーだけが、顔を何十か所もハチに刺されてしまったのだろう?まさか、甘いものを欲するあまり、ハチの巣に顔を突っ込んだのだろうか?
「あのお方を呼び出す前に、こいつがポッターであることを完全に確かめたい」
ラインがハリーを哀れんでいる間に、ベラトリックスは結論を出した。
「さあ──お嬢ちゃん」
ベラトリックスがラインを振り向いた。ラインは固まった。
「さっき、こいつらが部屋に現れた時、誰かの名前を叫びかけただろう?誰の名前を呼ぼうとしたんだい?」
「……えっと」
ラインはしどろもどろになった。もし、本物のハリーだとばれてしまったら、ベラトリックスはヴォルデモートをここに呼び出すだろう。どう考えてもそれはまずい。どう言い繕えばいいのだろう?ラインは助けを求めてハーマイオニーを見た。しかし、ベラトリックスにとって、その行動は答えを示すも同然だった。
「この娘は、お嬢ちゃんのお友達なんだね?そうなんだろう?」
ラインは何も言わないと心に決めて、唇をきゅっと結んだ。
「答えろ」
ベラトリックスが冷たい声で言った。ベラトリックスは杖を取り出し、ラインにずいと近づいた。ラインは後退りした。すると、目の前にプラチナブロンドが割り込んだ。
「待った」
ベラトリックスとラインの間に立ちはだかり、マルフォイが言った。
「本物のポッターなら、額に傷があるはずだ」
それから数分間、マルフォイは難しい顔でハリーの額を観察していた。しかし、彼はなかなか結論を出さなかった。ラインは、ベラトリックスが徐々に苛立っていくのを感じ取った。杖で机をトントンと叩き始めたベラトリックスに向かって、ラインはおずおずと話しかけた。
「……ねえ、もしかして、彼に早く会いたくて焦っているの?」
マルフォイとベラトリックスとハーマイオニーが、同時に、恐ろしい形相でラインを見た。しかし、ラインの喋り始めた口は止まらなかった。
「でも、そんなに怖い顔をしていたら、せっかくの美人が台無し──」
ラインが言い終える前に、ベラトリックスは杖を振り上げた。その瞬間、パンと乾いた音が部屋に響いた。ラインはそれが何の音なのかを理解して身をすくめた。ベラトリックスは不思議そうにあたりを見回した。そして、自分の杖が中央から真っ二つに割れて、あっけなく絨毯の上に転がっているのを発見した。
「──『マグルを侮るな』と言っただろう」
ピストルの銃口をベラトリックスに向けたまま、父が言った。
「殺せ!」
ベラトリックスが甲高い声で叫んだ。死喰い人たちが動き出した。その時だった。
パチン
指を鳴らす小気味のよい音が聞こえた。死喰い人たちの手から一斉に杖が吹き飛んだ。部屋の入り口を指さして、ベラトリックスは発狂した。
「おまえ──よくも──ご主人様に歯向かったな!」
「我々は、ご主人様を自分で選ぶ!」
死喰い人たちの杖を両腕いっぱいに抱えて、ドビーがキーキー声で叫んだ。杖を失ったベラトリックスは、しもべ妖精に向けて小刀を投げつけた。しかし、再びパチンと指を鳴らす音がして、小刀は空中で跡形もなく消えた。
「さあ、みなさま、手を繋いで!」
食用ガエルの声が言った。ラインは右手で父の腕を掴み、反対側の手でクリーチャーと手繋いだ。ドビーは捕虜たち3人の繋がれている縄を掴んだ。しもべ妖精に導かれて、「姿くらまし」しながら、ラインは不思議に思った。暗闇に入り込む直前、マルフォイが父親と揉み合っている姿を見た気がしたからだ。
「……悪い」
部屋の奥の方から、ぼそっと言う声が聞こえた。ラインは鏡越しに視線を巡らせて、ベルベットのソファに座ったドラコ・マルフォイが、自分を見ていることに気がついた。しかし、ラインと目が合うと、彼の顔はすぐに下を向いてしまった。靴に埃でもついていたのだろうか?
「ううん。いいよ。だって、あの蛇から私を守ろうとしてくれたんでしょ?」
ラインは鏡の前を離れて、マルフォイの座っているソファに向かってずんずん歩いた。
「いや──違う」
ラインがソファの前に到着すると、マルフォイは観念したように顔を上げた。彼の革靴はピカピカだった。
「僕は自分が任務に取り組んでいることを蛇にアピールするために、お前を利用しただけだ」
「ふうん」
ラインはマルフォイの言葉を鵜吞みにはしなかった。ラインはマルフォイの目を真っ直ぐに見た。
「あのね、『素直』が秘訣だよ」
ラインがにっこりすると、マルフォイは眉をひそめた。
「あと、出来ないことは出来ないって言った方がいいよ。へんてこな呪文を作り出すより、その方が上手くいくよ」
昨年の6月に彼が天文台の塔で叫んだ呪文を思い出して、ラインは言った。マルフォイの耳が赤くなったので、ラインは思わず吹き出した。彼には「スキダ・ケダブラ」がへんてこな呪文だという自覚があったんだ。
「僕が誰だか分かっているのか?」
マルフォイは失態を取り繕うように、険しい表情でラインに迫った。しかし、ラインは全く恐怖を感じなかった。マルフォイは自身のシャツの左の袖をまくり上げた。ラインはその腕に、どくろと蛇の刺青が入っているのを見た。
「あ、それって──」
ラインが目を見開くと、マルフォイは満足げにフンと鼻を鳴らした。
「『食べられる闇の印』のマークだ!」
ラインはウィーズリー・ウィザード・ウィーズのスイーツコーナーの陳列棚──派手なポップに「食べると誰でも吐き気がします!」と書いてある。奇天烈な商品ばかりだけれど、どれも基本的に味は美味しい──を思い浮かべた。すると、ラインのお腹はぐうと鳴った。マルフォイは途端に呆れ顔になった。彼は大きなため息をつき、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
部屋の扉が閉まる直前、何か小さな生き物が部屋の中に入ってきた。ところどころ毛がハゲた小さなネズミだった。ハゲネズミは部屋の入り口で立ち止まり、ラインをじっと見つめた。
「もしかして、あなたもお腹が空いているの?」
ラインはネズミに向かって話しかけた。
「ごめんね。いまは何もないよ。地下牢に行けば、何か貰えるかもしれないけれど──」
言い終える前に、ラインは悲鳴を上げた。ハゲネズミの身体から、人間の頭と手足がにょきにょとと生えてきたからだ。次の瞬間、ハゲネズミがいたところに、小柄で髪の毛のハゲた男が現れた。男はハァハァと浅い息遣いをしながら、ラインににじり寄った。
「き──きみを一目見たくて……」
男はキーキーとネズミ声で喋った。
「へへ……ママにそっくりだ……」
その瞬間、ラインは頭を稲妻に撃ち抜かれたように感じた。ラインはテーブルの上に置いてあるランプを掴み、男に向かって力いっぱい投げつけた。男は飛び退いてランプを避けた。男はキーキーと叫んだ。
「聞いてくれ──僕のせいじゃないんだ!」
ラインは本棚から手当たり次第に本を取り出し、男に向かって投げつけた。ピーター・ペティグリューは、ネズミのようなすばしっこさでそれを避けた。
「母を人質に取られて、逆らえなかったんだ!それに、僕がやらなくたって──どうせ、君のママは殺されていた!」
ピーターの声はラインにほとんど聞こえていなかった。ラインは脳みそをぐつぐつと沸騰させたまま、とにかくピーターを傷付けることだけを考えていた。
「それに、僕は、君のママの最期の願いを叶えた!君の魔力だけ、魔力だけだ──命までは奪わなかった!」
「あなたのせいで!」
投げたものが何ひとつピーターに命中しなかったので、ラインは怒鳴ることにした。
「私はママの手作りケーキを食べることが出来なかった!ママと一緒にお洋服を選ぶことも、嫌なことがあった時に抱きしめてもらうことも──」
「君が魔力を取り戻した時、君をこちら側に取り込めばいいと、あのお方に進言したのは僕だ!」
「人殺しの言葉なんて聞きたくない!」
ラインは感情に任せて怒鳴った。その瞬間、壁際に置いてある黒いマホガニーの椅子がビュンと飛び上がった。椅子は宙をふっ飛び、ピーターに激突した。ピーターは床に倒れた。頭から血を流し、動かなくなったピーターを見て、ラインはわっと泣き出した。
「気を失っているだけだ。心配ない」
しばらくすると、声が聞こえた。ラインはのろのろと顔を上げた。ピーターの頭の横に、大きな銀の皿を持ったマルフォイが立っていた。彼はピーターを足で蹴って廊下に出した。それから、彼は部屋の扉をバタンと閉めた。ピーターの姿は見えなくなったが、ラインの涙は止まらなかった。
「おい、これを見ろ」
奇妙な表情でラインを見つめながら、マルフォイは手に持った銀の皿を差し出した。生クリームとフルーツで飾り付けられた豪華なパンケーキが、そこに鎮座していた。
「ママに会いたい」
ラインはパンケーキをチラチラと見ながら泣きじゃくった。もう涙の引っ込みがつかなくなっていた。マルフォイはため息をついて皿をテーブルの上に置くと、ラインの横にしゃがみ込んだ。
「よし──よし」
ラインの背中に手を添えて、マルフォイが言った。驚きのあまり、ラインの涙はぴたりと止まった。
「いま、『よしよし』って言ったの?」
「……おまえみたいな子供を泣き止ませる時の、定番の台詞だろう」
マルフォイが気まずそうな顔で言った。ラインは笑った。それから、ラインはマルフォイの目をじっと見た。マルフォイの目が、案外きれいだと思ったからだ。同じ色だけれど、なんとなく、ベラトリックスの目とは雰囲気が違う気がした。しかし、ラインがそのことを伝える前に、部屋の扉が開いた。
「おや──おや」
部屋の入り口にゆったりと立ち、ベラトリックスが不気味な笑みを浮かべていた。
「お取り込み中に悪いねえ。でも、そろそろ時間だよ。二人ともついておいで」
子どもをあやすような口調とは裏腹に、ベラトリックスは有無を言わせない力強さでラインの腕を引っ張り、立ち上がらせた。右腕をベラトリックスにがっしりと掴まれたまま、ラインは客間に連行された。マルフォイがこわばった表情で後ろをついて歩いてくるのを、ラインはちらりと見た。客間に入ると、中央の机に羊皮紙が一枚置いてあり、その周りにルシウス・マルフォイと数人の死喰い人が集まっていた。
「さあ、お嬢ちゃん。ここにサインをするんだ。生涯にわたって、ドラコと添い遂げるという覚悟を証明するためにね」
ベラトリックスが机の上の羊皮紙を指差した。ラインは羊皮紙をまじまじと見た。そして、羊皮紙の左上に「婚姻届」という文字が書いてあることに気が付いた。
「私、ここに名前は書けないよ。だって、他に結婚したい人がいるもの」
ラインはきっぱりと首を振った。なぜかマルフォイが机の下でラインの足を踏んづけた。ハーマイオニーみたいなことをするなとラインは思った。
「──なるほど」
ベラトリックスがゆっくりと言った。彼女の片方の眉毛がピクリと動くのをラインは見た。
「もう少し説得が必要なんだね。いいだろう──人質を連れてきな」
ベラトリックスが、扉の近くに立っている若い死喰い人に命令した。若い死喰い人はローブを翻して部屋を出て行った。しばらく待ち時間がありそうだと思ったので、ラインは先ほどピーターが言ったことを考えることにした。しかし、ラインは瞬時に、ピーターに情状酌量の余地は全くないという結論を導き出した。
「君はもっとたんぱく質を摂りなさい。身体を鍛えれば、おのずと精神も健康に──」
廊下から聞き慣れた声が聞こえてきた。ラインは扉の方を見た。案の定、若い死喰い人に連れられて、父が部屋の入り口に現れた。警察官の制服のままだ。きっと、捕らえられた時から着替えさせてもらっていないのだろう。
「こら!懐柔されるんじゃないよ!」
父の話を聞きながらしきりに頷いている若い死喰い人を、ベラトリックスが叱りつけた。
「──見つけたぞ!」
部屋の中に足を踏み入れた途端、父が叫んだ。ラインは父にぶんぶんと手を振った。しかし、父は手を振り返してくれなかった。どうやら、彼が見つけたのは娘ではなかったようだ。
「パパ、誰を見つけたの?」
「こいつだ!パパは若い頃、こいつを追っていた!」
父はグレイバックを指差した。それから、ラインを二度見した。
「おまえ、どうして、こんなところにいるんだ?」
「パパを助けに来たんだよ!」
ラインは胸を張って言った。しかし、すぐに本題を思い出した。
「それより、どうして、マグルの警察官が死喰い人を追っていたの?」
「当時、ロンドンで子供の失踪事件が立て続けに起きていた。パパは優秀な新人だったからな、事件現場でこいつの足跡を見つけたんだ。人間にしては、やけに大きな足跡だと思った」
父はグレイバックを睨め付けながら説明した。
「しかし、パパは深入りしすぎた。つまり、そちらの世界の『忘却術士』に記憶を消されそうになった」
「どうして、パパは記憶を消されなかったの?」
ラインは夢中になって尋ねた。父はラインに向かって優しく微笑んだ。
「その『忘却術士』がママだったからだ」
ラインは首を傾げた。どうして、忘却術士がママだと、記憶を消されなくて済むのだろう?
「君たちには、意味が分かるだろう?」
父は、おじさん死喰い人たちが並んでいるあたりに向かって、意味ありげに笑いかけた。ラインはルシウス・マルフォイが吐きそうな顔をしているのを見た。
「いいや、分からない。どうやって、マグルが魔女を口説いた?」
おじさん死喰い人のうちの一人が、反抗的な表情で聞いた。父は哀れみの目でおじさん死喰い人を見た。
「マグルを侮るなよ──彼女が私に惚れたんだ」
父が渾身のドヤ顔を披露したところで、バシッという大きな音がした。全員が部屋の中央を見た。得意げな顔をした死喰い人と、縄で縛られた見慣れた顔の捕虜3人がそこにいた。
「ハ──」
「しっ!」
ハーマイオニーがラインを睨んだので、ラインはすんでのところで友人の名前を叫ぶのをやめた。
「ディーンの森で、ついに、ポッターの一味を捕らえました!」
得意げな顔の死喰い人が、ベラトリックスに向かって言った。
「よくやった、スカビオール。しかし……こいつは……本当にポッターか?」
「間違いありません。この『穢れた血』の娘の顔が日刊予言者新聞に載っていました。ポッターと一緒に旅をしていると──」
ハーマイオニーとロンの間に囚われている捕虜の顔を見て、ラインは首を傾げた。どうして、ハリーだけが、顔を何十か所もハチに刺されてしまったのだろう?まさか、甘いものを欲するあまり、ハチの巣に顔を突っ込んだのだろうか?
「あのお方を呼び出す前に、こいつがポッターであることを完全に確かめたい」
ラインがハリーを哀れんでいる間に、ベラトリックスは結論を出した。
「さあ──お嬢ちゃん」
ベラトリックスがラインを振り向いた。ラインは固まった。
「さっき、こいつらが部屋に現れた時、誰かの名前を叫びかけただろう?誰の名前を呼ぼうとしたんだい?」
「……えっと」
ラインはしどろもどろになった。もし、本物のハリーだとばれてしまったら、ベラトリックスはヴォルデモートをここに呼び出すだろう。どう考えてもそれはまずい。どう言い繕えばいいのだろう?ラインは助けを求めてハーマイオニーを見た。しかし、ベラトリックスにとって、その行動は答えを示すも同然だった。
「この娘は、お嬢ちゃんのお友達なんだね?そうなんだろう?」
ラインは何も言わないと心に決めて、唇をきゅっと結んだ。
「答えろ」
ベラトリックスが冷たい声で言った。ベラトリックスは杖を取り出し、ラインにずいと近づいた。ラインは後退りした。すると、目の前にプラチナブロンドが割り込んだ。
「待った」
ベラトリックスとラインの間に立ちはだかり、マルフォイが言った。
「本物のポッターなら、額に傷があるはずだ」
それから数分間、マルフォイは難しい顔でハリーの額を観察していた。しかし、彼はなかなか結論を出さなかった。ラインは、ベラトリックスが徐々に苛立っていくのを感じ取った。杖で机をトントンと叩き始めたベラトリックスに向かって、ラインはおずおずと話しかけた。
「……ねえ、もしかして、彼に早く会いたくて焦っているの?」
マルフォイとベラトリックスとハーマイオニーが、同時に、恐ろしい形相でラインを見た。しかし、ラインの喋り始めた口は止まらなかった。
「でも、そんなに怖い顔をしていたら、せっかくの美人が台無し──」
ラインが言い終える前に、ベラトリックスは杖を振り上げた。その瞬間、パンと乾いた音が部屋に響いた。ラインはそれが何の音なのかを理解して身をすくめた。ベラトリックスは不思議そうにあたりを見回した。そして、自分の杖が中央から真っ二つに割れて、あっけなく絨毯の上に転がっているのを発見した。
「──『マグルを侮るな』と言っただろう」
ピストルの銃口をベラトリックスに向けたまま、父が言った。
「殺せ!」
ベラトリックスが甲高い声で叫んだ。死喰い人たちが動き出した。その時だった。
パチン
指を鳴らす小気味のよい音が聞こえた。死喰い人たちの手から一斉に杖が吹き飛んだ。部屋の入り口を指さして、ベラトリックスは発狂した。
「おまえ──よくも──ご主人様に歯向かったな!」
「我々は、ご主人様を自分で選ぶ!」
死喰い人たちの杖を両腕いっぱいに抱えて、ドビーがキーキー声で叫んだ。杖を失ったベラトリックスは、しもべ妖精に向けて小刀を投げつけた。しかし、再びパチンと指を鳴らす音がして、小刀は空中で跡形もなく消えた。
「さあ、みなさま、手を繋いで!」
食用ガエルの声が言った。ラインは右手で父の腕を掴み、反対側の手でクリーチャーと手繋いだ。ドビーは捕虜たち3人の繋がれている縄を掴んだ。しもべ妖精に導かれて、「姿くらまし」しながら、ラインは不思議に思った。暗闇に入り込む直前、マルフォイが父親と揉み合っている姿を見た気がしたからだ。