the Half-Blood Prince
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「君たちに頼みがあるんだ」
談話室に飛び込んでくるなり、ハリーが言った。
「僕とダンブルドアが城を留守にするあいだ、マルフォイとスネイプを見張っていてくれ」
「君はどこへ行くんだい?」
ハリーの履き古した靴下を手に押し付けられながら、ロンが聞いた。
「僕は海岸の洞窟へ分霊箱を取りに行く。それは君たちで飲んでくれ」
ロンが靴下を広げると、小さな金色の薬が入った瓶が中から出てきた。肖像画の穴から出ていくハリーの背中を、ラインは恐怖と驚きの入り混じった気持ちで見つめた。きっと、彼のような人を英雄と呼ぶのだろう。闇の帝王の分身と対峙しようという時に、自分より他人を優先するなんて、並の人間にはできないことだ。
「ハリーの言う通りにしよう」
ロンが意を決したように言った。
「僕が必要の部屋を見張る。マルフォイが城に死喰い人を侵入させるとしたら、あそこからだ」
「じゃあ、私はスネイプの部屋を見張るわ」
ハーマイオニーがロンを見つめて言った。
「私はどこを見張ればいい?」
ラインはすぐさま聞いた。
「貴方はこのまま談話室にいてちょうだい。下級生が廊下に出て行かないように見張るのよ」
「わかった」
ラインが頷くと、ハーマイオニーはほっとしたような顔をした。
「これ、『ぼた餅』の味がするね」
ラインは生まれて初めて飲んだフェリックス・フェリシスの感想を述べた。
「『ぼた餅』って、なんだい?」
「日本のお菓子のことよ。もち米で作られているの」
ロンの質問にはハーマイオニーが答えた。
「へえ、日本人ってこんな味が好きなのか」
「あら、私もこの味が好きよ」
「そうか。じゃあ、日本人はすごくいい感覚を持ってるんだな」
ロンはハーマイオニーを見つめた。ハーマイオニーは嬉しそうに顔を綻ばせた。ロンとハーマイオニーはフェリックス・フェリシスを飲み終えると、杖を握りしめてそれぞれの持ち場へ出かけていった。ラインはうきうきした気分でソファに座っていた。自分が何をするべきなのか、ラインにはちゃんと分かっていた。今なら、何だって上手くやれるはずだ。しばらくすると、男子寮の方から階段を降りてくる足音が聞こえた。ラインはにっこりと振り向いた。
「ハリーとロンがベッドに居ないんだ」
シェーマスが目を擦りながら言った。
「もう、とっくに消灯時間を過ぎてるのに」
「シェーマス、しばらくここに座っていてくれる?」
ラインは自信たっぷりに聞いた。
「それで、下級生が廊下に出て行かないように見張っていて欲しいの」
「いいけど……君はどこに行くの?」
シェーマスはわけがわからないという顔をした。
「厨房。今すぐキャンディを手に入れなくちゃ」
呆然としているシェーマスに手を振ってから、ラインは廊下に飛び出した。ラインは廊下を堂々と走った。8階のグリフィンドール寮から地下の厨房にたどり着くまで、誰にも会うことはなかった。厨房にはドビーがいて、彼はキャンディをたんまりとラインに渡してくれた。ラインはドビーにお礼を言ってから、必要の部屋に向かって走り始めた。階段を上がって玄関ホールに差しかかった時、曲がり角の向こうから足音が聞こえた。ラインは逃げも隠れもせず、大きな声で挨拶をした。
「こんばんは!」
「おっと、これは──なんということだ」
片手に杖を携えたシリウス・ブラックが、驚いたように立ち止まった。
「シリウス、どうしてこんなところにいるの?」
「ダンブルドアが留守の間、城の警備をしている。騎士団の任務でね」
シリウスが誇らしげに言った。この一年間で、彼が無実であることが、魔法界において周知の事実となったことをラインは思い出した。
「しかしライン、こんな時間に廊下をうろつくのは褒められたものじゃないぞ」
「シリウスも学生時代は夜中に寮を抜け出していたって聞いたよ。ハリーのパパと一緒にね」
「そんなこともあったかもしれない」
ラインが指摘すると、シリウスはニヤッとした。
「ジェームズと言えばだが──」
シリウスはさらりと話題を変えた。
「私とジェームズは君のお父上と面識があるぞ」
「えっ、どうして?」
ラインは驚いた。
「若い頃、ヘルメット着用義務違反でマグルの警察官に捕まったことがあってね」
「どうして、その警察官が私のパパだって分かったの?」
「その件に関しては黙秘権を行使する」
シリウスは余裕の笑みを見せた。ラインは声を上げて笑った。
「さあ、君を寮まで送って行こう。もう用事は済んだんだろう?」
ラインが腕いっぱいに抱えているキャンディを指差して、シリウスはニヤッとした。
「ううん。私、必要の部屋に行かなくちゃ」
「どうして、そこに行く必要があるんだ?」
「死喰い人が侵入してくるかもしれないから」
「なんだって?」
シリウスは仰天していた。ラインはハリーから聞いたことをシリウスに話した。この一年間、マルフォイが何かを企んでいたこと。先日、マルフォイが必要の部屋で歓声を上げていたこと。マルフォイが企みを実行するには、ダンブルドア先生が留守にしている今夜がチャンスであること──シリウスは話を聞き終えると、きっぱりと言った。
「ライン、ハーマイオニーを連れて寮へ戻りなさい。今すぐにだ」
「わかった」
ラインは頷いて、キャンディをポケットに入れた。それから廊下を走り出した。今度は階段を下り地下へ向かった。松明が灯っていても、地下の廊下は薄暗かった。角を曲がって北側の廊下に足を踏み入れた途端、ラインはあっと声を上げた。
「ハーマイオニー!」
栗色の豊かな髪の毛が、まるで強力な接着剤で貼り付けられたかのように、スネイプ先生の部屋の扉にへばり付いている。ハーマイオニーは顔を横に向けたまま、身動きが取れないようだった。
「ライン!どうしてここに来たの?」
ハーマイオニーは目を動かしてラインの姿を捉えると、すぐさま問いただした。
「シェーマスが談話室の見張りを交代してくれたの。それより、どうしてこんなことになったの?」
「私、スネイプが部屋の中にいるか確かめようとして扉に近付いたの。そうしたら、すごく強い力で髪が引っ張られて──」
「これ、なかなか意地悪な魔法だね」
ラインはハーマイオニーの髪の毛を掴み、扉から引き剥がそうと引っ張った。ハーマイオニーは痛みに顔をしかめた。
「そうだ。さっき、玄関ホールでシリウスに会ったよ。騎士団の任務で城の警備をしているんだって」
ハーマイオニーが目を見開いた。
「騎士団が城の警備をしているの?」
「うん。シリウスはそう言ってた」
「大変だわ。今すぐに寮へ戻らないと」
「シリウスにもそう言われた。でも、その前にこの髪の毛を引き剥がさないと──」
「私のことは置いて行くのよ。万が一、あなたが死喰い人に捕まってしまったら、取り返しがつかないことになるわ」
ラインはハーマイオニーの言葉を無視した。ハーマイオニーの髪の毛がびくともしないので、ラインは業を煮やして杖を取り出した。ハーマイオニーは恐怖に息を呑んだ。
「私、知っている呪文は全部試してみたわ。でも、上手くいかなかった」
「大丈夫。私、上手に魔法を使えるようになったから。見ていて」
ラインはポケットからキャンディを取り出して口に放り込んだ。そして、杖を構えた。
「エマンシパレ!解けよ!」
ラインの自信満々な声が廊下に響いた。しかし、何事も起こらない。ラインは首を傾げた。
ガチャ
突然、部屋の扉が開いた。黒いローブを羽織ったスネイプ先生が立っていた。スネイプ先生は自身の右手とラインを交互に見たあと、唐突に口を開いた。
「今、何をした?」
「ハーマイオニーの髪の毛が扉にくっついていたので、引き剥がそうとしました」
「違う」
スネイプ先生が素早く言った。
「お前が何の呪文を使ったのか聞いている」
「エマンシパレ、解放呪文です」
ラインは素直に答えた。スネイプ先生は横目でチラリと扉を見るなり、杖を振った。たちまち、ハーマイオニーの髪の毛は扉から解放された。
「グリフィンドール五十点減点。お前たちがここで何をしていたのか非常に興味深いが、お前たちと違って、我輩は暇ではない。我輩の気が変わらぬうちに寮へ戻れ」
スネイプ先生はラインとハーマイオニーを睨み付けた。そして何やら呟きながら、廊下の奥へ走っていった。
「まさか、そんなことは……破れぬ誓いは破れぬはず……」
スネイプ先生の姿が見えなくなった途端、ハーマイオニーが走り出した。ラインはハーマイオニーの後を追いかけた。2人は階段を駆け上がった。そして、グリフィンドール寮の前を通り過ぎた。
「『あなたは寮へ戻って』って言っても、無駄でしょうね?」
ハーマイオニーがラインを振り返って叫んだ。
「うん。私もロンとシリウスに加勢する!」
ラインは勇んだ。しかし、すぐに後悔した。必要の部屋の前の廊下にたどり着いた途端、あたりが真っ暗になったからだ。自分の手元さえも見えない。
「ハーマイオニー!どこにいるの?」
「しっ、大きな声を出しちゃだめ」
幸いにも、すぐ近くでハーマイオニーの声が聞こえた。
「どうしましょう。ルーモスが効かないわ」
「これ、インスタント煙幕だと思うな」
周囲の匂いをフンフンと嗅ぎながら、ラインが言った。
「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズの人気商品だよ。この暗闇はどんな呪文でも破れないから、効果が切れるのを待つしか──」
ラインはそれ以上の豆知識を披露することが出来なかった。突然、誰かに口を塞がれたからだ。誰かに腕を引っ張られて、ラインは狭いところに押し込まれた。
「痛い!暴れるな!」
ラインの蹴りが何か柔らかいものに当たった瞬間、誰かが喚いた。ラインは振り向いた。掃除用具入れの中に「輝きの手」を掲げたドラコ・マルフォイが立っていた。
「あいにく、無駄話をしている時間はない」
マルフォイの顔色はかつてないほど蒼白だった。ラインは仕方なく「その手、気持ち悪いね」を呑み込み、本題に入った。
「じゃあ、どうして、こんなところに私を連れてきたの?」
「お前のためだ」
マルフォイが偉そうに言った。しかし、ラインは聞いていなかった。外の廊下から、爆発音とハーマイオニーの悲鳴が聞こえてきたからだ。
「ハーマイオニー!」
ラインは廊下に飛び出した。しかし、すぐにマルフォイに捕まった。マルフォイはラインの肘の上あたりを掴み、引っ張って移動した。ラインが掃除用具入れに入っていた一瞬のあいだに、廊下の様子は一変していた。死喰い人が校内に侵入していた。怒号が飛び交い、瓦礫が飛び散る音が聞こえた。ラインは足をもつれさせながら階段を上った。階段の中ほどまで移動すると、インスタント煙幕の効果は薄くなった。
「いいか、よく聞け」
マルフォイが険しい顔で言った。
「僕と結婚しろ。お前に残された道はそれしかない」
「それって、前に言ってた話?」
ラインは思い出した。
「ほら、前にお菓子の部屋で、私のことが好きだって──」
「違う!」
マルフォイが怒鳴った。ラインは混乱した。
「じゃあ、どうして私と結婚したいの?」
「黙れ」
マルフォイがピシャリと言った。ラインは憤慨した。しかし、文句を言うのはやめた。階段の下から乱暴な足音が聞こえてきたからだ。
「ドラコ!どこにいる?」
マルフォイは返事をしなかった。マルフォイは再び、ラインの腕を掴んで階段を上った。階段を上り切ったところの扉を開けて外に出ると、そこは天文台の塔の屋上だった。辺りを見回すことも出来ないまま、ラインは柱の陰に押し込まれた。
「うわあ……おでこ、すごい血だね」
月明かりに照らされて、マルフォイの姿がはっきりと見えた。彼があまりにもひどい有り様だったので、ラインは怒りの感情を忘れた。マルフォイはなぜかガタガタと震え始めた。彼にラインの声は聞こえていないようだった。ラインはキャンディをポケットから取り出して口に放り込み、杖を構えた。
「エピスキー、癒え──」
「僕を殺す気か!」
すんでのところで、マルフォイはラインの手首を捻った。治癒呪文はマルフォイのおでこを逸れて、柱の向こう側へ飛んでいった。
「ダンブルドア先生!」
柱の向こう側で誰かが叫んだ。
「大丈夫ですか?いま、何が起こったんですか?」
「大丈夫じゃよ、ハリー」
ダンブルドア先生の声は弱々しかったが、面白がっているような響きだった。
「むしろ、上々じゃ。やはり甘味は百薬の長じゃのう。右手に受けた呪いまで癒えたように感じる」
「本当ですか?それじゃあ──」
ラインは柱の向こう側にいる人物が友人であることに気がついた。ラインはハリーの名前を呼ぼうとした。しかしその時、喉元に杖が突きつけられた。杖を持つマルフォイの手は激しく震えていた。
「声を出せばどうなるか分かるな?」
「ううん」
ラインは首を振った。
「私は察するのが苦手だから、ぜんぶ言葉で説明して貰わないと分からない」
マルフォイの震えが怒りの震えに変わった。
「いま声を出したら、死ぬほど痛い思いをするぞ」
マルフォイが説明した。ラインは理解した。その時、階段を踏み鳴らして駆け上がってくる音が聞こえた。
「ダンブルドアは1人だ!扉は封鎖した!追い詰めたぞ!」
しわがれた声が叫んだ。
「丸腰の老いぼれめ!」
今度は別の声が叫んだ。どうやら、死喰い人は複数人いるらしい。
「とにかく、僕と結婚すると言え」
マルフォイが切羽詰まったように言った。
「そう言わなければ──」
「だから、さっきも言ったでしょ」
ラインは怒った。
「私は言葉で説明して貰わないと分からないの。どうして、私と結婚したいの?」
マルフォイは怒りのあまり、我を忘れたようだった。彼はすっくと立ち上がり、ラインを睨み付けた。
「ドラコがいたぞ!」
死喰い人が叫んだ。足音がこちらに向かってくる。ラインは構わずに立ち上がり、マルフォイを睨み返した。今がどういう状況なのか分からないが、こいつと相性が悪いことだけは分かる。
「お前のことが好きだから、結婚したいんだ!」
マルフォイが怒鳴った。しかし、その声はラインの耳に届かなかった。銀色の仮面を着けた死喰い人が、ラインの真横に現れて叫んだからだ。
「ドラコ、ダンブルドアを殺せ!」
「私のことが、何?」
ラインも負けじと叫んだ。
「スキダ──ケダブラ!」
マルフォイが半狂乱で叫んだ。マルフォイは杖を振ったが、閃光は走らなかった。しかし、次の瞬間、ダンブルドア先生が塔の下に吹き飛んでいった。ラインは立ちすくんだ。何が起こったのか理解できなかった。すると突然、マルフォイの横にスネイプ先生が躍り出た。
「ドラコ、よくやった!」
スネイプ先生が妙に大きな声で言った。
「まさか、2つの任務を同時に遂行するとは。お前こそ、闇の帝王の最も忠実なるしもべ!」
「よし!ダンブルドアは死んだ!行くぞ!」
銀色の仮面を着けた死喰い人が勝ち誇ったように言った。
「おい、お前も来い」
突然、死喰い人がラインの腕を掴んだ。ラインは死喰い人の足を踏み付けた。
「ステューピファイ!麻痺せよ!」
透明マントを脱ぎ捨てて現れたハリーが叫んだ。死喰い人はラインの腕を掴んだまま、ばたりと地面に倒れた。地面に打ちつけられた右半身の痛みに顔をしかめながら、ラインは立ち上がった。死喰い人が2人、こちらに向かってくるのが見えた。ハリーはすでに別の死喰い人と戦っている。ラインはキャンディを口に放り込み、階段に続く扉に向けて杖を構えた。
「レダクト!粉々!」
扉がドーンと音を立てて爆発した。舞い上がる粉塵の中から、シリウスが意気揚々と飛び出してきた。シリウスはラインを押しのけて、2人の死喰い人の前に躍り出た。ラインは辺りをキョロキョロと見回した。とにかく、彼に返事をしなければ。
「つまらない!もっと骨のある奴はいないのか?」
シリウスが叫んだ。
「ペトリフィカストタルス!石になれ!」
「いいぞ!ハリー!」
シリウスが嬉しそうな雄叫びを上げた。そちらに目を向けると、銀色の仮面を着けた死喰い人たちが地面に倒れていた。ラインは再び、辺りをキョロキョロ見回した。そして、屋上の防壁のすぐ側に、目当ての人物の姿を見つけた。
「ねえ!」
ラインはマルフォイに呼びかけた。
「私、あなたとは結婚できないよ!だって、他に結婚したい人がいるもの!」
マルフォイがラインを見た。そして、ラインの後ろに、駆けてくるハリーとシリウスの姿を見つけたようだった。次の瞬間、ラインは悲鳴を上げた。スネイプ先生がマルフォイを背負って、屋上の防壁から飛び降りたからだ。
「心配ないよ、ライン」
ハリーが苦々しく言った。
「あいつはご主人様から、特別な技を習ったみたいだ」
ラインは息を呑んで夜空を見つめた。巨大なコウモリのような姿が、学校の境界を仕切る塀に向かって悠々と飛んでいた。
談話室に飛び込んでくるなり、ハリーが言った。
「僕とダンブルドアが城を留守にするあいだ、マルフォイとスネイプを見張っていてくれ」
「君はどこへ行くんだい?」
ハリーの履き古した靴下を手に押し付けられながら、ロンが聞いた。
「僕は海岸の洞窟へ分霊箱を取りに行く。それは君たちで飲んでくれ」
ロンが靴下を広げると、小さな金色の薬が入った瓶が中から出てきた。肖像画の穴から出ていくハリーの背中を、ラインは恐怖と驚きの入り混じった気持ちで見つめた。きっと、彼のような人を英雄と呼ぶのだろう。闇の帝王の分身と対峙しようという時に、自分より他人を優先するなんて、並の人間にはできないことだ。
「ハリーの言う通りにしよう」
ロンが意を決したように言った。
「僕が必要の部屋を見張る。マルフォイが城に死喰い人を侵入させるとしたら、あそこからだ」
「じゃあ、私はスネイプの部屋を見張るわ」
ハーマイオニーがロンを見つめて言った。
「私はどこを見張ればいい?」
ラインはすぐさま聞いた。
「貴方はこのまま談話室にいてちょうだい。下級生が廊下に出て行かないように見張るのよ」
「わかった」
ラインが頷くと、ハーマイオニーはほっとしたような顔をした。
「これ、『ぼた餅』の味がするね」
ラインは生まれて初めて飲んだフェリックス・フェリシスの感想を述べた。
「『ぼた餅』って、なんだい?」
「日本のお菓子のことよ。もち米で作られているの」
ロンの質問にはハーマイオニーが答えた。
「へえ、日本人ってこんな味が好きなのか」
「あら、私もこの味が好きよ」
「そうか。じゃあ、日本人はすごくいい感覚を持ってるんだな」
ロンはハーマイオニーを見つめた。ハーマイオニーは嬉しそうに顔を綻ばせた。ロンとハーマイオニーはフェリックス・フェリシスを飲み終えると、杖を握りしめてそれぞれの持ち場へ出かけていった。ラインはうきうきした気分でソファに座っていた。自分が何をするべきなのか、ラインにはちゃんと分かっていた。今なら、何だって上手くやれるはずだ。しばらくすると、男子寮の方から階段を降りてくる足音が聞こえた。ラインはにっこりと振り向いた。
「ハリーとロンがベッドに居ないんだ」
シェーマスが目を擦りながら言った。
「もう、とっくに消灯時間を過ぎてるのに」
「シェーマス、しばらくここに座っていてくれる?」
ラインは自信たっぷりに聞いた。
「それで、下級生が廊下に出て行かないように見張っていて欲しいの」
「いいけど……君はどこに行くの?」
シェーマスはわけがわからないという顔をした。
「厨房。今すぐキャンディを手に入れなくちゃ」
呆然としているシェーマスに手を振ってから、ラインは廊下に飛び出した。ラインは廊下を堂々と走った。8階のグリフィンドール寮から地下の厨房にたどり着くまで、誰にも会うことはなかった。厨房にはドビーがいて、彼はキャンディをたんまりとラインに渡してくれた。ラインはドビーにお礼を言ってから、必要の部屋に向かって走り始めた。階段を上がって玄関ホールに差しかかった時、曲がり角の向こうから足音が聞こえた。ラインは逃げも隠れもせず、大きな声で挨拶をした。
「こんばんは!」
「おっと、これは──なんということだ」
片手に杖を携えたシリウス・ブラックが、驚いたように立ち止まった。
「シリウス、どうしてこんなところにいるの?」
「ダンブルドアが留守の間、城の警備をしている。騎士団の任務でね」
シリウスが誇らしげに言った。この一年間で、彼が無実であることが、魔法界において周知の事実となったことをラインは思い出した。
「しかしライン、こんな時間に廊下をうろつくのは褒められたものじゃないぞ」
「シリウスも学生時代は夜中に寮を抜け出していたって聞いたよ。ハリーのパパと一緒にね」
「そんなこともあったかもしれない」
ラインが指摘すると、シリウスはニヤッとした。
「ジェームズと言えばだが──」
シリウスはさらりと話題を変えた。
「私とジェームズは君のお父上と面識があるぞ」
「えっ、どうして?」
ラインは驚いた。
「若い頃、ヘルメット着用義務違反でマグルの警察官に捕まったことがあってね」
「どうして、その警察官が私のパパだって分かったの?」
「その件に関しては黙秘権を行使する」
シリウスは余裕の笑みを見せた。ラインは声を上げて笑った。
「さあ、君を寮まで送って行こう。もう用事は済んだんだろう?」
ラインが腕いっぱいに抱えているキャンディを指差して、シリウスはニヤッとした。
「ううん。私、必要の部屋に行かなくちゃ」
「どうして、そこに行く必要があるんだ?」
「死喰い人が侵入してくるかもしれないから」
「なんだって?」
シリウスは仰天していた。ラインはハリーから聞いたことをシリウスに話した。この一年間、マルフォイが何かを企んでいたこと。先日、マルフォイが必要の部屋で歓声を上げていたこと。マルフォイが企みを実行するには、ダンブルドア先生が留守にしている今夜がチャンスであること──シリウスは話を聞き終えると、きっぱりと言った。
「ライン、ハーマイオニーを連れて寮へ戻りなさい。今すぐにだ」
「わかった」
ラインは頷いて、キャンディをポケットに入れた。それから廊下を走り出した。今度は階段を下り地下へ向かった。松明が灯っていても、地下の廊下は薄暗かった。角を曲がって北側の廊下に足を踏み入れた途端、ラインはあっと声を上げた。
「ハーマイオニー!」
栗色の豊かな髪の毛が、まるで強力な接着剤で貼り付けられたかのように、スネイプ先生の部屋の扉にへばり付いている。ハーマイオニーは顔を横に向けたまま、身動きが取れないようだった。
「ライン!どうしてここに来たの?」
ハーマイオニーは目を動かしてラインの姿を捉えると、すぐさま問いただした。
「シェーマスが談話室の見張りを交代してくれたの。それより、どうしてこんなことになったの?」
「私、スネイプが部屋の中にいるか確かめようとして扉に近付いたの。そうしたら、すごく強い力で髪が引っ張られて──」
「これ、なかなか意地悪な魔法だね」
ラインはハーマイオニーの髪の毛を掴み、扉から引き剥がそうと引っ張った。ハーマイオニーは痛みに顔をしかめた。
「そうだ。さっき、玄関ホールでシリウスに会ったよ。騎士団の任務で城の警備をしているんだって」
ハーマイオニーが目を見開いた。
「騎士団が城の警備をしているの?」
「うん。シリウスはそう言ってた」
「大変だわ。今すぐに寮へ戻らないと」
「シリウスにもそう言われた。でも、その前にこの髪の毛を引き剥がさないと──」
「私のことは置いて行くのよ。万が一、あなたが死喰い人に捕まってしまったら、取り返しがつかないことになるわ」
ラインはハーマイオニーの言葉を無視した。ハーマイオニーの髪の毛がびくともしないので、ラインは業を煮やして杖を取り出した。ハーマイオニーは恐怖に息を呑んだ。
「私、知っている呪文は全部試してみたわ。でも、上手くいかなかった」
「大丈夫。私、上手に魔法を使えるようになったから。見ていて」
ラインはポケットからキャンディを取り出して口に放り込んだ。そして、杖を構えた。
「エマンシパレ!解けよ!」
ラインの自信満々な声が廊下に響いた。しかし、何事も起こらない。ラインは首を傾げた。
ガチャ
突然、部屋の扉が開いた。黒いローブを羽織ったスネイプ先生が立っていた。スネイプ先生は自身の右手とラインを交互に見たあと、唐突に口を開いた。
「今、何をした?」
「ハーマイオニーの髪の毛が扉にくっついていたので、引き剥がそうとしました」
「違う」
スネイプ先生が素早く言った。
「お前が何の呪文を使ったのか聞いている」
「エマンシパレ、解放呪文です」
ラインは素直に答えた。スネイプ先生は横目でチラリと扉を見るなり、杖を振った。たちまち、ハーマイオニーの髪の毛は扉から解放された。
「グリフィンドール五十点減点。お前たちがここで何をしていたのか非常に興味深いが、お前たちと違って、我輩は暇ではない。我輩の気が変わらぬうちに寮へ戻れ」
スネイプ先生はラインとハーマイオニーを睨み付けた。そして何やら呟きながら、廊下の奥へ走っていった。
「まさか、そんなことは……破れぬ誓いは破れぬはず……」
スネイプ先生の姿が見えなくなった途端、ハーマイオニーが走り出した。ラインはハーマイオニーの後を追いかけた。2人は階段を駆け上がった。そして、グリフィンドール寮の前を通り過ぎた。
「『あなたは寮へ戻って』って言っても、無駄でしょうね?」
ハーマイオニーがラインを振り返って叫んだ。
「うん。私もロンとシリウスに加勢する!」
ラインは勇んだ。しかし、すぐに後悔した。必要の部屋の前の廊下にたどり着いた途端、あたりが真っ暗になったからだ。自分の手元さえも見えない。
「ハーマイオニー!どこにいるの?」
「しっ、大きな声を出しちゃだめ」
幸いにも、すぐ近くでハーマイオニーの声が聞こえた。
「どうしましょう。ルーモスが効かないわ」
「これ、インスタント煙幕だと思うな」
周囲の匂いをフンフンと嗅ぎながら、ラインが言った。
「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズの人気商品だよ。この暗闇はどんな呪文でも破れないから、効果が切れるのを待つしか──」
ラインはそれ以上の豆知識を披露することが出来なかった。突然、誰かに口を塞がれたからだ。誰かに腕を引っ張られて、ラインは狭いところに押し込まれた。
「痛い!暴れるな!」
ラインの蹴りが何か柔らかいものに当たった瞬間、誰かが喚いた。ラインは振り向いた。掃除用具入れの中に「輝きの手」を掲げたドラコ・マルフォイが立っていた。
「あいにく、無駄話をしている時間はない」
マルフォイの顔色はかつてないほど蒼白だった。ラインは仕方なく「その手、気持ち悪いね」を呑み込み、本題に入った。
「じゃあ、どうして、こんなところに私を連れてきたの?」
「お前のためだ」
マルフォイが偉そうに言った。しかし、ラインは聞いていなかった。外の廊下から、爆発音とハーマイオニーの悲鳴が聞こえてきたからだ。
「ハーマイオニー!」
ラインは廊下に飛び出した。しかし、すぐにマルフォイに捕まった。マルフォイはラインの肘の上あたりを掴み、引っ張って移動した。ラインが掃除用具入れに入っていた一瞬のあいだに、廊下の様子は一変していた。死喰い人が校内に侵入していた。怒号が飛び交い、瓦礫が飛び散る音が聞こえた。ラインは足をもつれさせながら階段を上った。階段の中ほどまで移動すると、インスタント煙幕の効果は薄くなった。
「いいか、よく聞け」
マルフォイが険しい顔で言った。
「僕と結婚しろ。お前に残された道はそれしかない」
「それって、前に言ってた話?」
ラインは思い出した。
「ほら、前にお菓子の部屋で、私のことが好きだって──」
「違う!」
マルフォイが怒鳴った。ラインは混乱した。
「じゃあ、どうして私と結婚したいの?」
「黙れ」
マルフォイがピシャリと言った。ラインは憤慨した。しかし、文句を言うのはやめた。階段の下から乱暴な足音が聞こえてきたからだ。
「ドラコ!どこにいる?」
マルフォイは返事をしなかった。マルフォイは再び、ラインの腕を掴んで階段を上った。階段を上り切ったところの扉を開けて外に出ると、そこは天文台の塔の屋上だった。辺りを見回すことも出来ないまま、ラインは柱の陰に押し込まれた。
「うわあ……おでこ、すごい血だね」
月明かりに照らされて、マルフォイの姿がはっきりと見えた。彼があまりにもひどい有り様だったので、ラインは怒りの感情を忘れた。マルフォイはなぜかガタガタと震え始めた。彼にラインの声は聞こえていないようだった。ラインはキャンディをポケットから取り出して口に放り込み、杖を構えた。
「エピスキー、癒え──」
「僕を殺す気か!」
すんでのところで、マルフォイはラインの手首を捻った。治癒呪文はマルフォイのおでこを逸れて、柱の向こう側へ飛んでいった。
「ダンブルドア先生!」
柱の向こう側で誰かが叫んだ。
「大丈夫ですか?いま、何が起こったんですか?」
「大丈夫じゃよ、ハリー」
ダンブルドア先生の声は弱々しかったが、面白がっているような響きだった。
「むしろ、上々じゃ。やはり甘味は百薬の長じゃのう。右手に受けた呪いまで癒えたように感じる」
「本当ですか?それじゃあ──」
ラインは柱の向こう側にいる人物が友人であることに気がついた。ラインはハリーの名前を呼ぼうとした。しかしその時、喉元に杖が突きつけられた。杖を持つマルフォイの手は激しく震えていた。
「声を出せばどうなるか分かるな?」
「ううん」
ラインは首を振った。
「私は察するのが苦手だから、ぜんぶ言葉で説明して貰わないと分からない」
マルフォイの震えが怒りの震えに変わった。
「いま声を出したら、死ぬほど痛い思いをするぞ」
マルフォイが説明した。ラインは理解した。その時、階段を踏み鳴らして駆け上がってくる音が聞こえた。
「ダンブルドアは1人だ!扉は封鎖した!追い詰めたぞ!」
しわがれた声が叫んだ。
「丸腰の老いぼれめ!」
今度は別の声が叫んだ。どうやら、死喰い人は複数人いるらしい。
「とにかく、僕と結婚すると言え」
マルフォイが切羽詰まったように言った。
「そう言わなければ──」
「だから、さっきも言ったでしょ」
ラインは怒った。
「私は言葉で説明して貰わないと分からないの。どうして、私と結婚したいの?」
マルフォイは怒りのあまり、我を忘れたようだった。彼はすっくと立ち上がり、ラインを睨み付けた。
「ドラコがいたぞ!」
死喰い人が叫んだ。足音がこちらに向かってくる。ラインは構わずに立ち上がり、マルフォイを睨み返した。今がどういう状況なのか分からないが、こいつと相性が悪いことだけは分かる。
「お前のことが好きだから、結婚したいんだ!」
マルフォイが怒鳴った。しかし、その声はラインの耳に届かなかった。銀色の仮面を着けた死喰い人が、ラインの真横に現れて叫んだからだ。
「ドラコ、ダンブルドアを殺せ!」
「私のことが、何?」
ラインも負けじと叫んだ。
「スキダ──ケダブラ!」
マルフォイが半狂乱で叫んだ。マルフォイは杖を振ったが、閃光は走らなかった。しかし、次の瞬間、ダンブルドア先生が塔の下に吹き飛んでいった。ラインは立ちすくんだ。何が起こったのか理解できなかった。すると突然、マルフォイの横にスネイプ先生が躍り出た。
「ドラコ、よくやった!」
スネイプ先生が妙に大きな声で言った。
「まさか、2つの任務を同時に遂行するとは。お前こそ、闇の帝王の最も忠実なるしもべ!」
「よし!ダンブルドアは死んだ!行くぞ!」
銀色の仮面を着けた死喰い人が勝ち誇ったように言った。
「おい、お前も来い」
突然、死喰い人がラインの腕を掴んだ。ラインは死喰い人の足を踏み付けた。
「ステューピファイ!麻痺せよ!」
透明マントを脱ぎ捨てて現れたハリーが叫んだ。死喰い人はラインの腕を掴んだまま、ばたりと地面に倒れた。地面に打ちつけられた右半身の痛みに顔をしかめながら、ラインは立ち上がった。死喰い人が2人、こちらに向かってくるのが見えた。ハリーはすでに別の死喰い人と戦っている。ラインはキャンディを口に放り込み、階段に続く扉に向けて杖を構えた。
「レダクト!粉々!」
扉がドーンと音を立てて爆発した。舞い上がる粉塵の中から、シリウスが意気揚々と飛び出してきた。シリウスはラインを押しのけて、2人の死喰い人の前に躍り出た。ラインは辺りをキョロキョロと見回した。とにかく、彼に返事をしなければ。
「つまらない!もっと骨のある奴はいないのか?」
シリウスが叫んだ。
「ペトリフィカストタルス!石になれ!」
「いいぞ!ハリー!」
シリウスが嬉しそうな雄叫びを上げた。そちらに目を向けると、銀色の仮面を着けた死喰い人たちが地面に倒れていた。ラインは再び、辺りをキョロキョロ見回した。そして、屋上の防壁のすぐ側に、目当ての人物の姿を見つけた。
「ねえ!」
ラインはマルフォイに呼びかけた。
「私、あなたとは結婚できないよ!だって、他に結婚したい人がいるもの!」
マルフォイがラインを見た。そして、ラインの後ろに、駆けてくるハリーとシリウスの姿を見つけたようだった。次の瞬間、ラインは悲鳴を上げた。スネイプ先生がマルフォイを背負って、屋上の防壁から飛び降りたからだ。
「心配ないよ、ライン」
ハリーが苦々しく言った。
「あいつはご主人様から、特別な技を習ったみたいだ」
ラインは息を呑んで夜空を見つめた。巨大なコウモリのような姿が、学校の境界を仕切る塀に向かって悠々と飛んでいた。