the Half-Blood Prince
夢小説設定
窓の外を通り過ぎるロンドンの街並みを横目に見ながら、ラインは汽車の中をのろのろと移動していた。ホグワーツ特急がキングス・クロス駅を出発してからかれこれ10分ほど経つけれど、ラインはまだ友人たちのいるコンパートメントを見つけられていない。たぶん、カバン(危険物入り)を万が一にも落とさないように、グラグラと揺れる床を慎重に踏み締めながら歩いているせいだろう。
「ふくろう試験の『優』が何科目なんて、これからは全く意味を為さない時代になる」
通りがけのコンパートメントの中から、誰かの声が聞こえてきた。ラインは耳を澄ました。つい先日、ふくろう試験の結果を受け取ったばかりのラインにとって、興味を惹かれる話題だった。
「『あの人』が僕にさせたいことは、勉強なんかじゃない。もっと次元の高い、大きなことだ」
ラインは首を伸ばしてコンパートメントの中を覗いた。1人しか喋っていないことが気になった。
「それから、僕が昨年度に取り組んでいた仕事は方針転換をすることになった。これは不本意だが仕方がない。『あの人』直々のご命令だからな」
数人の生徒たちの真ん中に、プラチナ・ブロンドの少年が陣取って演説をしている。神でも崇めるような眼差しで、他の生徒たちは彼を見つめていた。プラチナ・ブロンドの少年の正体に気付いた途端、『ふくろう試験の結果が意味を為さない時代』について、ラインはすっかり興味を失った。ラインはぷいとそっぽを向いて、再び歩き出そうとした。
「あら、噂をすれば──マーリンだわ」
マルフォイの取り巻きたちの中の誰かが言った。ラインはぎくりとして、再びコンパートメントの中を覗いた。運悪く、マルフォイとばっちり目が合った。ラインは胸の前にカバンを抱えて全速力で走り出した。
────
「あなたのほうは、いい夏休みだった?」
「うん。色々あったけどね。フレッドに振られたり、狼人間に足を齧られたり」
お気に入りのハンカチで噴き出す汗を押さえながら、ラインはハーマイオニーの質問に答えた。
「君、ラックスパートに頭をやられたんじゃないだろうな?」
サンドウィッチを齧る手を止めて、ロンが怪訝そうに聞いた。頭をぼーっとさせる透明な生物が耳に入ったかどうかをしばらく考えてから、ラインは首を振った。それから、夏休みに起きた2つの事件について友人たちに説明した。
「ああ、たしかに、フレッドは君みたいな子を選ばないだろうな」
ロンは納得したように頷いた。
「うん。フレッドはもっと色気のある女の子がいいんだって」
「でも、それって贅沢だ」
ハリーが真剣な表情で言った。ラインはカバンを開けて中をゴソゴソと探り、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズで買ったガマガエルチョコを取り出した。そして、感謝の気持ちを込めてハリーの手に握らせた。
「そもそも、あの2人って──フレッドとジョージのことだけど──どうして、女の子に人気があるんだ?あんなにめちゃくちゃなのに」
ロンが不満げに言った。彼がサンドウィッチ一切れを差し出してきたので、ラインはガマガエルチョコと交換してあげた。
「女の子はね、ちょっと悪い男の子に惹かれるものよ」
真新しい「上級ルーン文字翻訳法」の教科書を読みながら、ハーマイオニーが答えた。ラインは猛烈に頷いた。
「『ちょっと悪い男の子』って、なんだよ?」
ロンが突っかかった。ハーマイオニーは教科書から顔を上げて、ロンを見た。
「そうね、たとえば、規則を守らなかったり」
「それって、僕のこと?」
ロンが期待を込めて聞いた。
「僕、規則破りの常習犯だ」
「それに、2人ともクィディッチの選手だったし──」
ハーマイオニーはロンを無視した。
「僕もクィディッチの選手だ!」
ロンが興奮した。ちょうどその時、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルの仲良し2人組が、ラインたちのコンパートメントの外の通路を通った。コンパートメントの窓から、ラベンダーがこちらに向けて手を振った。ラインは手を振り返そうとしたが、彼女の視線の先にいるのが自分ではないことに気が付いた。
「今の、誰に手を振ったんだ?」
「うーん……たぶん……君だと思うけど」
ガマガエルチョコを頬張ったまま、ハリーがもごもご言った。ロンは窓ガラスに自分の姿を映して、髪を手櫛で整え始めた。冷戦の予防策として、ラインはハーマイオニーの手にガマガエルチョコを握らせた。ハーマイオニーはロンに軽蔑の一瞥を投げつけてから、ラインに向き直った。
「ところで、それはなに?」
「これはね、ものすごく危険な物よ」
ラインはカバンの中から、何重ものビニール袋で密閉した香水を仰々しく取り出した。
「誕生日にトンクスから貰った香水なんだけど、周りの人の食欲を増進させる成分が入っているみたい。私、これをつけた日にグレイバックに襲われたの」
ハーマイオニーはラインから香水を受け取って、パッケージの裏面を眺めた。そしてすぐに、声を上げて笑い始めた。
「これ、危険な物なんかじゃないわ。いたって普通の香水よ」
「そうなの?」
「そうよ。ただ、ちょっとユーモアがあるだけ。それに、いつか役に立つ日が来るかもしれないわ」
ハーマイオニーは含みを持たせた言い方をした。ラインは深く頷いた。いざという時、この香水は役に立つに違いない。たとえば、敵に攻撃する時とかに。
────────────────────
ライン・マーリン殿
スラグ・クラブのハロウィン・パーティーに参加してもらえれば大変嬉しい。ぜひ、親しい客人と連れ立って来ておくれ。
日時:10月31日20時〜
場所:東塔5階 スラグホーン研究室
敬具
H・E・F スラグホーン教授
────────────────────
談話室の隅のソファに沈み込み、ラインは金色のリボンが結ばれた招待状を見つめていた。スラグ・クラブというのは、今年度の魔法薬学の教授──スラグホーン先生がお気に入りの生徒を集めて作った社交クラブのことである。お気に入りの生徒というのは、秀でた才能があるとか、有名人と繋がりがあるとか、そういった生徒たちのことだ。スラグ・クラブのハロウィンパーティーに参加するべきかどうか、ラインは真剣に悩んでいた。今のところ、ラインはスラグホーン先生が期待している才能を発揮できた試しがないからだ。
「やっぱり、君にも届いた?」
顔を上げると、男子寮へ続く階段の中ほどから、ネビルが気恥ずかしげに笑いかけていた。
「うん。ネビルも招待状をもらったの?」
「そうだよ。僕のパパとママは、ちょっと有名な闇払いだったからね」
「そっか」
ラインは再び招待状を眺めた。招待されたからには行くべきなんだろうけど、気が進まない。
「あのね、スラグ・クラブのパーティーって、用意してあるスイーツが絶品なんだって。ほら、スラグホーン先生って目利きだから」
ラインは顔を上げてネビルを見た。そういうことなら、話は変わってくる。
「一緒に行こうよ。もちろん、友達として」
「うん、行こう。お互い夕食は控えめにして挑もう」
ラインはネビルと握手した。
「あーっ」
ちょうどその時、談話室の入り口の方から誰かの呻き声が聞こえた。扉を開けて、談話室に入ってきたハリーだった。
「先を越された。僕が誘おうと思ってたのに」
「僕、君に勝ったのって初めてだ」
ネビルが嬉しそうににっこりした。
「そんなことないさ。薬草学の授業で、僕は一度だって君に勝てた試しがないよ」
ラインの隣に腰掛けて、ハリーはため息をついた。
「どうしようかな。僕も誰か誘わないと」
「ハーマイオニーは?」
ラインはガマガエルチョコのパッケージを破りながら提案した。
「ハーマイオニーはマクラーゲンと行くんだ」
驚きのあまり、ラインは手を滑らせた。ガマガエルチョコはラインの指の間をすり抜けて床に着地すると、女子寮へ続く階段の方へピョーンと飛んでいった。
「なんで?」
ハリーに聞きながら、ラインはガマガエルチョコを追いかけた。そして、答えを発見した。女子寮へ続く階段の踊り場で、まるで悪魔の罠のように、ロンとラベンダー・ブラウンが密接に絡み合って立っていた。
────
「これはこれは、ミスター・ロングボトム、ミス・マーリン!」
ラインとネビルがパーティーの会場に足を踏み入れると、さっそくスラグホーン先生が現れた。
「よくぞ来てくれた。さあ、入って、入って──」
スラグホーン先生の部屋はとても広く、パーティー用の豪華な装飾が施されていた。中央のテーブルが目に入った途端、ラインは感嘆の声を上げた。みるからに上質なフルーツのタルトや、ありとあらゆる形の美しいチョコレートなど、普段の大広間ではお目にかかれないようなスイーツがずらりと並んでいたからだ。
「さて、今夜は、ご先祖様から受け継いだその素晴らしい才能を披露してくれるつもりかな?」
「いえ、そんな……私にはレッサーパンダくらいしか……」
「なるほど、よいよい。実に謙虚だ」
スラグホーン先生は満足そうににっこりすると、ラインの腕を掴んで部屋の中央の人混みへと引っ張っていった。
「さて、ミス・マーリン。こちらは私の昔の生徒で、ミンビュラス・ミンブルトニア協会、現会長のミスター・ブルトニアだ。彼は君の大叔父さんの推薦で勲二等マーリン勲章を受けていてね──」
ラインがOB訪問から解放されたのは、それから10分が経った時だった。スラグホーン先生が部屋の入り口の扉を振り向いて、大きな声を出した。
「これはこれは、よく来た──ハリー・ポッター!」
どさくさに紛れて、ラインはスラグホーン先生の隣を抜け出した。ようやく、スイーツを吟味できる。ラインは部屋の中央のテーブルに駆け寄った。どれも素晴らしい。とりあえず、全種類1個ずつ食べよう。
「ハリー、こちらは私の昔の教え子でね、『血兄弟―吸血鬼たちとの日々』の著者のミスター・ウォープルだ。それから、彼の友人で、吸血鬼のサングィニさん──」
ハリーを引き連れて、部屋中を行ったり来たりするスラグホーン先生の声を聞きながら、ラインは手始めに砂糖漬けパイナップルを頬張った。ねっとりした食感と濃厚な甘さが最高だ。ラインが幸せな気分に浸っていると、隣に誰かがやって来た。目の下に黒い隈がある、頬のこけた男の人だった。
「こんばんは。これ、食べますか?」
ラインが差し出した砂糖漬けパイナップルを、男の人は完璧に無視した。そのくせに、かなり飢えた目つきでラインに詰め寄った。
「サングィニさん、こちらをどうぞ」
どこからか現れたネビルが、肉入りパイを男の人に差し出した。男の人はネビルの手から肉入りパイを引ったくり、勢いよくかぶりついた。
「さあ、行こう。あっちにアイスクリームがあるよ」
その場に突っ立っているラインの手を、ネビルが引っ張った。ラインはハッとして、そそくさとサングィニさんから距離を取った。危なかった……また食われるところだった。
「ありがとう、ネビル」
「うん。今日は僕がしっかりしなきゃいけないと思って」
ネビルは照れくさそうに笑った。
アイスクリームを3種類ずつ皿に取ってから、2人は部屋の隅のテーブルに移動した。そこに、見知った顔が座っていたからだ。
「こんばんは」
ラインが挨拶すると、ルーナは嬉しそうににっこりした。
「こんばんは。あんたたち、いいコンビだね」
「ありがとう。ルーナは誰と一緒に来たの?」
さっそくアイスクリームを頬張りながら、ネビルが質問した。
「ハリーだよ。ほら──まだあそこにいる」
ルーナが指差した方を見ると、ハリーはいまだにスラグホーン先生に捕まっていた。ハリーが見るからにうんざりした顔をしていたので、ラインは苦笑いした。
「あのね、そろそろ、トレローニー先生はお水を飲んだ方がいいみたい」
ルーナが歌うように言ったので、ラインはギョッとした。今までルーナの影に隠れていて気が付かなかったけれど、見るからに泥酔したトレローニー先生が、ラインたちと同じテーブルに突っ伏していた。
「僕、水をもらってくるよ」
ネビルが慌てて立ち上がり、部屋の前方でわらわらと給仕している屋敷しもべ妖精たちの方へ走って行った。ラインはトレローニー先生の様子を注意深く見守った。言われてみれば、シェリー酒の匂いがぷんぷんする。
「いなづま……」
突然、トレローニー先生が何やら呟いた。
「先生、いま、何とおっしゃいましたか?」
ルーナが礼儀正しく聞き返した。
「──稲妻に撃たれた塔!」
トレローニー先生がガバッと上体を起こして叫んだ。ラインは飛び上がった。
「生き残った女の子……哀れな少年……災難」
トレローニー先生はそう言い残し、再びテーブルに突っ伏した。
「もしかして、ロッドファングの陰謀のことかな?」
ラインの耳元でルーナが囁いた。
「ほら、闇の魔術と歯槽膿漏を組み合わせる極秘作戦のことだよ」
ラインは胸を押さえながら首を傾げた。まさか、トレローニー先生の寝言に自分が登場するとは思わなかった。トレローニー先生もルーナも、まれに「真実」を述べることがあるから侮れない。今の話が「真実」だとすると、自分はどこかの「塔」に行く時に、落雷に気をつけた方がいいのかもしれない。それから、「闇の魔術」と……「歯槽膿漏」?突拍子もないキーワードが登場したので、ラインは大混乱した。
「私……ちょっと、トイレに行ってくるね」
外の空気を吸って頭を冷やそう。ラインは立ち上がった。廊下に続く扉へ向かう途中で、水の入ったグラスを持ってテーブルへ戻るネビルとすれ違った。
「あれ?」
手を洗い終えて蛇口を閉めた瞬間、ラインは気が付いた。ハンカチが無い。スラグホーン先生の部屋を出る時には、手に持っていたはずなのに。どこかで落としたのだろうか?
「まあ、いいや」
きっと、スラグホーン先生の部屋へ戻る途中で見つかるだろう。ラインはパッパッと手を振って水滴を落とした。それから扉を開けて、廊下に出た。廊下には人気がない。もう21時を過ぎているから当然だ。曲がり角を曲がった瞬間、ラインは立ち止まった。暗い廊下に、プラチナ・ブロンドが光っていたからだ。ドラコ・マルフォイが壁に背を預けて、手でクルクルと何かを弄んでいる。ラインは息を潜めて目をこらした。
「うわあ……」
マルフォイが持っているものの正体が分かって、ラインは呻いた。ラインが落としたハンカチだった。仕方がない。ハンカチは諦めよう。そして、別のルートで部屋に戻ろう。
「──おい」
ラインが踵を返した途端、怒ったような声が聞こえた。ラインは硬直した。マルフォイの足音がこちらに近づいてくる。
「ライン!」
突然、誰かが目の前に出現した。ラインは目を瞬かせた。ハリーだった。透明マントをローブのポケットに入れてから、ハリーはラインの前に立ち塞がった。
「ハンカチを返せ」
ハリーはマルフォイを睨み付けた。マルフォイは舌打ちして、ハンカチをこちらに投げてよこした。グリフィンドールの名シーカーはそれを見事にキャッチした。
「さあ、スラグホーンの部屋に戻ろう」
ハリーはラインにハンカチを手渡した。それから、廊下を進むように促した。ラインは歩きながらしげしげとハンカチを眺めた。どうして、これが私のハンカチだって、みんなが知っているんだろう?……まあ、いいや。とにかく、戻ってきてよかった。これは、フローリアン・フォーテスキューでスタンプを24個集めた人だけが貰える貴重な品物だもの。
「ライン、気をつけた方がいい」
スラグホーン先生の部屋の扉の前まで来た時、ハリーが低い声で言った。ラインは顔を上げた。
「──あいつは死喰い人だ」
「ふくろう試験の『優』が何科目なんて、これからは全く意味を為さない時代になる」
通りがけのコンパートメントの中から、誰かの声が聞こえてきた。ラインは耳を澄ました。つい先日、ふくろう試験の結果を受け取ったばかりのラインにとって、興味を惹かれる話題だった。
「『あの人』が僕にさせたいことは、勉強なんかじゃない。もっと次元の高い、大きなことだ」
ラインは首を伸ばしてコンパートメントの中を覗いた。1人しか喋っていないことが気になった。
「それから、僕が昨年度に取り組んでいた仕事は方針転換をすることになった。これは不本意だが仕方がない。『あの人』直々のご命令だからな」
数人の生徒たちの真ん中に、プラチナ・ブロンドの少年が陣取って演説をしている。神でも崇めるような眼差しで、他の生徒たちは彼を見つめていた。プラチナ・ブロンドの少年の正体に気付いた途端、『ふくろう試験の結果が意味を為さない時代』について、ラインはすっかり興味を失った。ラインはぷいとそっぽを向いて、再び歩き出そうとした。
「あら、噂をすれば──マーリンだわ」
マルフォイの取り巻きたちの中の誰かが言った。ラインはぎくりとして、再びコンパートメントの中を覗いた。運悪く、マルフォイとばっちり目が合った。ラインは胸の前にカバンを抱えて全速力で走り出した。
────
「あなたのほうは、いい夏休みだった?」
「うん。色々あったけどね。フレッドに振られたり、狼人間に足を齧られたり」
お気に入りのハンカチで噴き出す汗を押さえながら、ラインはハーマイオニーの質問に答えた。
「君、ラックスパートに頭をやられたんじゃないだろうな?」
サンドウィッチを齧る手を止めて、ロンが怪訝そうに聞いた。頭をぼーっとさせる透明な生物が耳に入ったかどうかをしばらく考えてから、ラインは首を振った。それから、夏休みに起きた2つの事件について友人たちに説明した。
「ああ、たしかに、フレッドは君みたいな子を選ばないだろうな」
ロンは納得したように頷いた。
「うん。フレッドはもっと色気のある女の子がいいんだって」
「でも、それって贅沢だ」
ハリーが真剣な表情で言った。ラインはカバンを開けて中をゴソゴソと探り、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズで買ったガマガエルチョコを取り出した。そして、感謝の気持ちを込めてハリーの手に握らせた。
「そもそも、あの2人って──フレッドとジョージのことだけど──どうして、女の子に人気があるんだ?あんなにめちゃくちゃなのに」
ロンが不満げに言った。彼がサンドウィッチ一切れを差し出してきたので、ラインはガマガエルチョコと交換してあげた。
「女の子はね、ちょっと悪い男の子に惹かれるものよ」
真新しい「上級ルーン文字翻訳法」の教科書を読みながら、ハーマイオニーが答えた。ラインは猛烈に頷いた。
「『ちょっと悪い男の子』って、なんだよ?」
ロンが突っかかった。ハーマイオニーは教科書から顔を上げて、ロンを見た。
「そうね、たとえば、規則を守らなかったり」
「それって、僕のこと?」
ロンが期待を込めて聞いた。
「僕、規則破りの常習犯だ」
「それに、2人ともクィディッチの選手だったし──」
ハーマイオニーはロンを無視した。
「僕もクィディッチの選手だ!」
ロンが興奮した。ちょうどその時、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルの仲良し2人組が、ラインたちのコンパートメントの外の通路を通った。コンパートメントの窓から、ラベンダーがこちらに向けて手を振った。ラインは手を振り返そうとしたが、彼女の視線の先にいるのが自分ではないことに気が付いた。
「今の、誰に手を振ったんだ?」
「うーん……たぶん……君だと思うけど」
ガマガエルチョコを頬張ったまま、ハリーがもごもご言った。ロンは窓ガラスに自分の姿を映して、髪を手櫛で整え始めた。冷戦の予防策として、ラインはハーマイオニーの手にガマガエルチョコを握らせた。ハーマイオニーはロンに軽蔑の一瞥を投げつけてから、ラインに向き直った。
「ところで、それはなに?」
「これはね、ものすごく危険な物よ」
ラインはカバンの中から、何重ものビニール袋で密閉した香水を仰々しく取り出した。
「誕生日にトンクスから貰った香水なんだけど、周りの人の食欲を増進させる成分が入っているみたい。私、これをつけた日にグレイバックに襲われたの」
ハーマイオニーはラインから香水を受け取って、パッケージの裏面を眺めた。そしてすぐに、声を上げて笑い始めた。
「これ、危険な物なんかじゃないわ。いたって普通の香水よ」
「そうなの?」
「そうよ。ただ、ちょっとユーモアがあるだけ。それに、いつか役に立つ日が来るかもしれないわ」
ハーマイオニーは含みを持たせた言い方をした。ラインは深く頷いた。いざという時、この香水は役に立つに違いない。たとえば、敵に攻撃する時とかに。
────────────────────
ライン・マーリン殿
スラグ・クラブのハロウィン・パーティーに参加してもらえれば大変嬉しい。ぜひ、親しい客人と連れ立って来ておくれ。
日時:10月31日20時〜
場所:東塔5階 スラグホーン研究室
敬具
H・E・F スラグホーン教授
────────────────────
談話室の隅のソファに沈み込み、ラインは金色のリボンが結ばれた招待状を見つめていた。スラグ・クラブというのは、今年度の魔法薬学の教授──スラグホーン先生がお気に入りの生徒を集めて作った社交クラブのことである。お気に入りの生徒というのは、秀でた才能があるとか、有名人と繋がりがあるとか、そういった生徒たちのことだ。スラグ・クラブのハロウィンパーティーに参加するべきかどうか、ラインは真剣に悩んでいた。今のところ、ラインはスラグホーン先生が期待している才能を発揮できた試しがないからだ。
「やっぱり、君にも届いた?」
顔を上げると、男子寮へ続く階段の中ほどから、ネビルが気恥ずかしげに笑いかけていた。
「うん。ネビルも招待状をもらったの?」
「そうだよ。僕のパパとママは、ちょっと有名な闇払いだったからね」
「そっか」
ラインは再び招待状を眺めた。招待されたからには行くべきなんだろうけど、気が進まない。
「あのね、スラグ・クラブのパーティーって、用意してあるスイーツが絶品なんだって。ほら、スラグホーン先生って目利きだから」
ラインは顔を上げてネビルを見た。そういうことなら、話は変わってくる。
「一緒に行こうよ。もちろん、友達として」
「うん、行こう。お互い夕食は控えめにして挑もう」
ラインはネビルと握手した。
「あーっ」
ちょうどその時、談話室の入り口の方から誰かの呻き声が聞こえた。扉を開けて、談話室に入ってきたハリーだった。
「先を越された。僕が誘おうと思ってたのに」
「僕、君に勝ったのって初めてだ」
ネビルが嬉しそうににっこりした。
「そんなことないさ。薬草学の授業で、僕は一度だって君に勝てた試しがないよ」
ラインの隣に腰掛けて、ハリーはため息をついた。
「どうしようかな。僕も誰か誘わないと」
「ハーマイオニーは?」
ラインはガマガエルチョコのパッケージを破りながら提案した。
「ハーマイオニーはマクラーゲンと行くんだ」
驚きのあまり、ラインは手を滑らせた。ガマガエルチョコはラインの指の間をすり抜けて床に着地すると、女子寮へ続く階段の方へピョーンと飛んでいった。
「なんで?」
ハリーに聞きながら、ラインはガマガエルチョコを追いかけた。そして、答えを発見した。女子寮へ続く階段の踊り場で、まるで悪魔の罠のように、ロンとラベンダー・ブラウンが密接に絡み合って立っていた。
────
「これはこれは、ミスター・ロングボトム、ミス・マーリン!」
ラインとネビルがパーティーの会場に足を踏み入れると、さっそくスラグホーン先生が現れた。
「よくぞ来てくれた。さあ、入って、入って──」
スラグホーン先生の部屋はとても広く、パーティー用の豪華な装飾が施されていた。中央のテーブルが目に入った途端、ラインは感嘆の声を上げた。みるからに上質なフルーツのタルトや、ありとあらゆる形の美しいチョコレートなど、普段の大広間ではお目にかかれないようなスイーツがずらりと並んでいたからだ。
「さて、今夜は、ご先祖様から受け継いだその素晴らしい才能を披露してくれるつもりかな?」
「いえ、そんな……私にはレッサーパンダくらいしか……」
「なるほど、よいよい。実に謙虚だ」
スラグホーン先生は満足そうににっこりすると、ラインの腕を掴んで部屋の中央の人混みへと引っ張っていった。
「さて、ミス・マーリン。こちらは私の昔の生徒で、ミンビュラス・ミンブルトニア協会、現会長のミスター・ブルトニアだ。彼は君の大叔父さんの推薦で勲二等マーリン勲章を受けていてね──」
ラインがOB訪問から解放されたのは、それから10分が経った時だった。スラグホーン先生が部屋の入り口の扉を振り向いて、大きな声を出した。
「これはこれは、よく来た──ハリー・ポッター!」
どさくさに紛れて、ラインはスラグホーン先生の隣を抜け出した。ようやく、スイーツを吟味できる。ラインは部屋の中央のテーブルに駆け寄った。どれも素晴らしい。とりあえず、全種類1個ずつ食べよう。
「ハリー、こちらは私の昔の教え子でね、『血兄弟―吸血鬼たちとの日々』の著者のミスター・ウォープルだ。それから、彼の友人で、吸血鬼のサングィニさん──」
ハリーを引き連れて、部屋中を行ったり来たりするスラグホーン先生の声を聞きながら、ラインは手始めに砂糖漬けパイナップルを頬張った。ねっとりした食感と濃厚な甘さが最高だ。ラインが幸せな気分に浸っていると、隣に誰かがやって来た。目の下に黒い隈がある、頬のこけた男の人だった。
「こんばんは。これ、食べますか?」
ラインが差し出した砂糖漬けパイナップルを、男の人は完璧に無視した。そのくせに、かなり飢えた目つきでラインに詰め寄った。
「サングィニさん、こちらをどうぞ」
どこからか現れたネビルが、肉入りパイを男の人に差し出した。男の人はネビルの手から肉入りパイを引ったくり、勢いよくかぶりついた。
「さあ、行こう。あっちにアイスクリームがあるよ」
その場に突っ立っているラインの手を、ネビルが引っ張った。ラインはハッとして、そそくさとサングィニさんから距離を取った。危なかった……また食われるところだった。
「ありがとう、ネビル」
「うん。今日は僕がしっかりしなきゃいけないと思って」
ネビルは照れくさそうに笑った。
アイスクリームを3種類ずつ皿に取ってから、2人は部屋の隅のテーブルに移動した。そこに、見知った顔が座っていたからだ。
「こんばんは」
ラインが挨拶すると、ルーナは嬉しそうににっこりした。
「こんばんは。あんたたち、いいコンビだね」
「ありがとう。ルーナは誰と一緒に来たの?」
さっそくアイスクリームを頬張りながら、ネビルが質問した。
「ハリーだよ。ほら──まだあそこにいる」
ルーナが指差した方を見ると、ハリーはいまだにスラグホーン先生に捕まっていた。ハリーが見るからにうんざりした顔をしていたので、ラインは苦笑いした。
「あのね、そろそろ、トレローニー先生はお水を飲んだ方がいいみたい」
ルーナが歌うように言ったので、ラインはギョッとした。今までルーナの影に隠れていて気が付かなかったけれど、見るからに泥酔したトレローニー先生が、ラインたちと同じテーブルに突っ伏していた。
「僕、水をもらってくるよ」
ネビルが慌てて立ち上がり、部屋の前方でわらわらと給仕している屋敷しもべ妖精たちの方へ走って行った。ラインはトレローニー先生の様子を注意深く見守った。言われてみれば、シェリー酒の匂いがぷんぷんする。
「いなづま……」
突然、トレローニー先生が何やら呟いた。
「先生、いま、何とおっしゃいましたか?」
ルーナが礼儀正しく聞き返した。
「──稲妻に撃たれた塔!」
トレローニー先生がガバッと上体を起こして叫んだ。ラインは飛び上がった。
「生き残った女の子……哀れな少年……災難」
トレローニー先生はそう言い残し、再びテーブルに突っ伏した。
「もしかして、ロッドファングの陰謀のことかな?」
ラインの耳元でルーナが囁いた。
「ほら、闇の魔術と歯槽膿漏を組み合わせる極秘作戦のことだよ」
ラインは胸を押さえながら首を傾げた。まさか、トレローニー先生の寝言に自分が登場するとは思わなかった。トレローニー先生もルーナも、まれに「真実」を述べることがあるから侮れない。今の話が「真実」だとすると、自分はどこかの「塔」に行く時に、落雷に気をつけた方がいいのかもしれない。それから、「闇の魔術」と……「歯槽膿漏」?突拍子もないキーワードが登場したので、ラインは大混乱した。
「私……ちょっと、トイレに行ってくるね」
外の空気を吸って頭を冷やそう。ラインは立ち上がった。廊下に続く扉へ向かう途中で、水の入ったグラスを持ってテーブルへ戻るネビルとすれ違った。
「あれ?」
手を洗い終えて蛇口を閉めた瞬間、ラインは気が付いた。ハンカチが無い。スラグホーン先生の部屋を出る時には、手に持っていたはずなのに。どこかで落としたのだろうか?
「まあ、いいや」
きっと、スラグホーン先生の部屋へ戻る途中で見つかるだろう。ラインはパッパッと手を振って水滴を落とした。それから扉を開けて、廊下に出た。廊下には人気がない。もう21時を過ぎているから当然だ。曲がり角を曲がった瞬間、ラインは立ち止まった。暗い廊下に、プラチナ・ブロンドが光っていたからだ。ドラコ・マルフォイが壁に背を預けて、手でクルクルと何かを弄んでいる。ラインは息を潜めて目をこらした。
「うわあ……」
マルフォイが持っているものの正体が分かって、ラインは呻いた。ラインが落としたハンカチだった。仕方がない。ハンカチは諦めよう。そして、別のルートで部屋に戻ろう。
「──おい」
ラインが踵を返した途端、怒ったような声が聞こえた。ラインは硬直した。マルフォイの足音がこちらに近づいてくる。
「ライン!」
突然、誰かが目の前に出現した。ラインは目を瞬かせた。ハリーだった。透明マントをローブのポケットに入れてから、ハリーはラインの前に立ち塞がった。
「ハンカチを返せ」
ハリーはマルフォイを睨み付けた。マルフォイは舌打ちして、ハンカチをこちらに投げてよこした。グリフィンドールの名シーカーはそれを見事にキャッチした。
「さあ、スラグホーンの部屋に戻ろう」
ハリーはラインにハンカチを手渡した。それから、廊下を進むように促した。ラインは歩きながらしげしげとハンカチを眺めた。どうして、これが私のハンカチだって、みんなが知っているんだろう?……まあ、いいや。とにかく、戻ってきてよかった。これは、フローリアン・フォーテスキューでスタンプを24個集めた人だけが貰える貴重な品物だもの。
「ライン、気をつけた方がいい」
スラグホーン先生の部屋の扉の前まで来た時、ハリーが低い声で言った。ラインは顔を上げた。
「──あいつは死喰い人だ」
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