the Order of the Phoenix

夢小説設定

この小説の夢小説設定
主人公の名前

「君がライン・マーリンかね?」
「はい」

緊張のあまり、ラインの声はひっくり返った。年老いた試験官は励ますように微笑むと、机の上でもぞもぞと動いている亀を指差して言った。

「では、手始めにこの亀を浮遊させてもらえるかの?」
「分かりました」

ラインはローブのポケットから杖を取り出そうとして、肘を机に打ち付けた。じんじんと痺れるような痛みがラインの右肘を襲った。

「これこれ、そう堅くなるでない」

試験官はラインの背中をポンポン叩いてにっこりした。

「君が素晴らしい才能を持っていることは知っておるよ。わしは君のひいひいおじいさんのふくろう試験も担当したがね──」

ラインは年老いた試験官の年齢を計算しようとした。しかし、ラインの脳みそは余計な仕事をボイコットした。

「ひいひいおじいさんはあの山を浮遊させてみせた」

試験官は窓の外を指差した。キラキラと光る湖の向こうに、標高3000メートルはありそうな山がそびえ立っている。

「さあ、深呼吸するのじゃ。君の実力を見せておくれ」

おそらく、試験官は自分がひいひいおじいさんのような才能を見せることを期待しているのだろう。しかし、自分はこの亀を浮遊させられるかどうかも怪しい。その時、ラインをさらに落胆させる出来事が起きた。玄関ホールに続く扉から、アンブリッジ先生が大広間に入ってきたのだ。アンブリッジ先生は試験を受けている生徒たちをぐるりと見回してから、冷ややかな目線をラインに向けた。ラインは焦った。とにかく、早く試験を終わらせたい。ラインは動転したまま杖を構えた。

「ウィンガーディアム──」

呪文を唱え始めた途端、杖が不気味な震え方をした。ラインは自分のミスを悟った。

「──レビオーサ」

机の上の亀の色が変わり始めた。頭から三角形の耳が2つ飛び出して、甲羅からフサフサした尻尾が生えた。あれよあれよという間に、亀はレッサーパンダになった。ラインは目を閉じて現実逃避した。次に目を開けた時、レッサーパンダは5頭に増えていた。ラインは再び目を閉じた。次に目を開けると、レッサーパンダたちはもう、机の上に乗りきらなくなっていた。レッサーパンダたちは床へ降りて、アンブリッジ先生に向かって駆け出した。アンブリッジ先生は悲鳴を上げて杖を振り回した。アンブリッジ先生が呪文を使うたびに、なぜかレッサーパンダは増殖した。

「わざとじゃないんです!」

ラインは叫んだ。たぶん、誰にも聞こえていなかった。結局、レッサーパンダの群れを大広間から追い出すために、試験は15分間中断された。

────

昼食を食べると少し気分が落ち着いた。午前の実技試験は散々だったから、なんとしても午後の筆記試験で点数を稼ぎたい。ラインは気持ちを引き締めて、問題分を読み始めた。

問1:消失呪文における「非存在」の定義を述べよ。

ラインはさっそく頭を抱えた。消失呪文を授業で習った時、右腕の肘から先を消失したことしか覚えていない。マクゴナガル先生はなんと言っていたっけ……ラインがマクゴナガル先生の顔を思い浮かべていた時、すぐ近くで誰かが叫んだ。

「やめろ、だめだ──シリウス!」

振り向くと、ラインの左に2列、後ろに3列離れた席で、ハリーが床にうずくまっているのが見えた。試験官がハリーに駆け寄り、彼を抱きかかえるようにして大広間から連れ出した。ラインはロンとハーマイオニーが目配せしているのを見た。それ以降、ラインは試験に全く集中出来なくなった。いったい、ハリーはどうしてしまったんだろう?彼はシリウスの名前を呼んでいた……ラインはぐるぐると考えていたが、斜め前の席で、ハーマイオニーが猛烈に羽根ペンを走らせているのを見て正気を取り戻した。とりあえず、今は「非存在」の定義について考えなければ。確か、マクゴナガル先生はことわざみたいなことを言っていた気がする。ラインは頭を捻った。正面の時計を見上げると、試験が始まってから既に20分が経過していた。早く次の問題に進まないと。とりあえず、好きなことわざでも書いておこう。

解答:「棚からぼた餅」ということ

試験終了のベルが鳴った瞬間、ロンとハーマイオニーは席を立ち上がり、大広間を飛び出していった。ラインは2人を追いかけようとした。しかし、ラインが席から立ち上がろうとした時、ふさふさした何かが足首にまとわりついた。午前中に捕獲し損ねたレッサーパンダだった。ラインはレッサーパンダを抱えて、校庭に飛び出した。レッサーパンダを森に逃がしてから校内に戻ると、玄関ホールで試験から解放された生徒たちの波に飲み込まれた。ラインは荒波に揉まれながら廊下を進み、2階の廊下に流れ着いた。

「僕はこの目で見たんだ!夢なんかじゃない!」

廊下の端にある空き教室の中から、誰かの怒鳴り声が聞こえる。

「『あの人』はあなたをおびき寄せようとしているのよ」
「あいつが何を考えていようと、どうだっていい。僕は神秘部に行く。たったいま、シリウスがそこで拷問されているからだ!」

ハリーとハーマイオニーの声だ。ラインは状況を察した。たぶん、緊急事態だ。

「僕も行くさ。もちろん」

ロンも教室の中にいるようだ。ラインは教室の扉を押して開けようとした。しかし、扉はびくともしない。なんでだろう?

「シリウスが家にいるかどうか、確かめる方法はないかしら?」

突如、ラインの脳みそは冴え渡った。試験中とは段違いのひらめきだった。この前、ハリーとマシュマロパーティーをした時、彼は「シリウスから両面鏡をもらった」と言っていた。もし、シリウスが家にいたら、両面鏡で連絡が取れるはずだ。

「ねえ、ハリー!私、いいことを思いついた!」

ラインは空き教室に向かって大声で叫んだ。

「ねえってば!」

ラインは扉をドンドンと叩いた。しかし、誰も返事をしてくれない。

「いいかい、ぐずぐずしている時間はないんだ!」

再び、ハリーの怒鳴り声が聞こえた。どうやら、タイムリミットが迫っているようだ。ラインは駆け出した。廊下を全力疾走し、階段を駆け上がった。途中で踊り場のタペストリーに突っ込み、3階から8階までショートカットした。それからうたた寝している太った婦人を叩き起こして、談話室に飛び込んだ。ちょっと驚いたような顔をして、ソファに寝転んでいたシェーマスが上体を起こした。

「どうかしたの?」
「ハリーのベッドってどこ?」

シェーマスはわけがわからないという顔をした。

「君、ハリーのベッドに用事があるの?」
「うん。今すぐに行かなきゃ」

シェーマスは少し考えるような素振りをしたあと、立ち上がった。

「僕についてきて」

ラインはシェーマスの後について階段を登り、男子寮へ足を踏み入れた。それからハリーのベッドに駆け寄り、ベッドサイドのトランクをガバッと開けた。くしゃくしゃになったローブやスニーカー、箒磨きセット──ラインはハリーのトランクの中に入っているものを手当たり次第に引っ掴み、ベッドの上に放り投げた。

「君、ちょっと気をつけた方がいいよ。今にも見えちゃいそうだ」

ベッドの上に這いつくばって両面鏡を探すラインから目を背けながら、シェーマスが言った。

「今回ばかりは仕方がないの。ハリーには後で謝るから」

ラインはついにそれらしき物を探し当てた。茶色の包み紙を開くと、小さな四角い鏡がベッドの上に滑り落ちた。かなり汚れているけれど、間違いない。これは両面鏡だ。

「つまり、僕は君に意識されていなかっただけでなく、そもそも男として認識されていなかったってことかな……」

何やらぶつぶつと呟いているシェーマスに「ありがとう」と叫び、ラインは両面鏡を掴んで男子寮を飛び出した。矢のように廊下を駆けながら、ラインは両面鏡に向かって呼びかけた。

「シリウス──シリウス!」

次の瞬間、両面鏡がキラリと光った。

「誰だ?ハリーではないな?」
「私よ!今どこにいる?」

ラインは両面鏡を覗き込み、自分の顔が映るようにした。

ライン、何があった?私は家にいるよ」

両面鏡の中にシリウスの顔が映った。自分を呼び出した相手がハリーでないことに、シリウスは驚いているようだった。

「よかった。ハリーが──」

突然、背中にドンという衝撃を感じた。ラインは前につんのめって、石畳の床に顔を打ち付けた。息が止まるほどの痛みに呻いていると、誰かが乱暴にラインの身体を持ち上げた。

「悪いな、マーリン。文句は彼氏に言えよ」

ラインの身体はどこか狭いところにぎゅうぎゅうと押し込められた。胸のあたりが何かに引っかかって身動きが取れないし、視界一面が真っ暗で何も見えない。

「おい、モンタギュー。ちょっとやり過ぎなんじゃないか」
「俺だって同じことをされたんだ。やり返さないと気が済まない」

誰かが笑っている。しかし、その笑い声は徐々に遠ざかっていった。そして、全く別の音が──ガサゴソという物音といくつかの足音、そして中年の男性の声が──近付いてきた。いったい、何が起きているんだろう?ここはどこなんだろう?ラインはパニックになった。

ライン、大丈夫か?」

右肘のあたりからシリウスの声が聞こえる。たぶん、両面鏡がそこにあるのだろう。ラインは喋ろうとした。しかし、胸が圧迫されていて呻き声のようなものしか出せなかった。

「どうした?助けが必要なのか?」

ラインは再び呻いた。たぶん、鼻が折れている。ラインの呻き声を聞いて、シリウスは緊急事態と判断してくれたようだった。

「しーっ、静かに」

ラインは呻くのをやめた。すると、頭の上の方で聞こえる中年の男性の声が、よりはっきりと聞き取れるようになった。

「──ボージン、この『輝きの手』は本物かね?」
「もちろん本物でございます。だんな様」

おそらく、いま自分がいる場所はホグワーツではない。なぜならば、ホグワーツにはこんな声の人はいないから。

「いいか、ライン。そこから動かず、静かにしているんだ」

シリウスが囁いた。

「君がいる場所が分かった。これから助けに行く」

ラインは耳を疑った。

「──それから、例のネックレスを拝見したいのだが」
「承知いたしました。では、こちらへどうぞ。近々、魔法省の立ち入り調査が入りますので、店舗の奥の方にしまっております──」

誰かの足音が遠ざかっていった。それからしばらくすると、ドアの鈴が小さくチリンと鳴った。ラインは息をひそめて全神経を耳に集中させた。頭の上の方で、かすかに獣の鼻息のような音が聞こえる。

カチャリ

突然、視界に光が差し込んだ。ラインは目を瞬かせた。狭い場所からズルズルと身体が引っ張り出されていく。自由になった首を回すと、黒い犬がブラウスの襟元に噛みついていた。床に滑り落ちたラインは、とりあえず鼻を確認した。やっぱり折れている。ラインはがっかりしながら立ち上がり、息を呑んだ。目の前の棚に血塗れのドクロがぶら下がっていたからだ。辺りを見回すと、壁沿いのショーケースの中に萎びた手が陳列してあった。たぶん、ここはどこかの店の中だ。ラインは黒い犬の後ろをついて歩き、大きなキャビネットの脇を通り抜けて店の外に出た。

外の通りをぐるりと見回して、ラインは驚いた。いま自分が出てきた店──看板に「ボージン・アンド・バークス」と書いてある──だけでなく、この通りにある全ての店が、趣味の悪い商品を取り扱っているように見えたからだ。ラインは黒い犬の後を追って、そそくさと通りを抜けようとした。しかし、途中で立ち止まる羽目になった。

「お嬢ちゃん、迷子かね?」

誰かに肩を叩かれて振り返ると、漆黒のローブを深く被った老婆が、黄色い歯を剥き出しにして不気味な笑顔を浮かべていた。ラインは直感した。この人は不審者だ。

「いいえ……私は迷子ではありません……」

久しぶりに聞いた自分の声は、老婆に負けないくらいのしわがれ声だった。老婆は瞬きした。

「導かれています……彼に……」

ラインは黒い犬を指差した。タイミングよく、折れた鼻から血が垂れた。老婆はさっと後退りして、路地裏へ姿を消した。ラインは気が付いた。もしかしたら、自分も不審者なのかもしれない。

「なかなかの演技力じゃないか」

レンガの壁にもたれかかり、シリウスが楽しそうに言った。ラインは目をパチパチさせた。通りを抜けた途端に空が明るくなったような気がする。

「誰にやられた?」

シリウスがラインの鼻を指差して聞いた。

「たぶん……ジョージが恨みを買った生徒……」
「なるほど」

ラインの声はまだしわがれ声だった。シリウスが杖を振ると、ズキズキとした鼻の痛みが消えた。

「おそらく、君は姿をくらますキャビネットに突っ込まれた」

ラインはローブで鼻血を拭いながら、あーとかうーとか声を出してみた。声は元通りになっていた。

「さっきの店にあったものと、対になるキャビネットがホグワーツにあるはずだ」

そうなんだ。じゃあ、場所を覚えておこう。次にキャビネットに突っ込まれた時に自力で帰れるように。ラインは慎重に辺りを見回した。先ほどの通りを指した標識に「ノクターン横丁」と書いてある。

「少し羽を伸ばしてから帰るか?」

シリウスがニヤッとした。

「すぐそこにダイアゴン横丁がある」
「ダイアゴン横丁?」

ラインは興奮した。ダイアゴン横丁にはフローリアン・フォーテスキューがあるし、何より、ジョージのお店がある。

「でもシリウス、こんな昼間に出歩いてもいいの?」

ラインは興奮したまま聞いた。

「君を窮地から救った後に、少しばかり元気づけることについて、ダンブルドアは私を咎められないはずだ」

降り注ぐ太陽の光を浴びて、シリウスは上機嫌だった。ラインと黒い犬は、ほとんどスキップしながらダイアゴン横丁を目指して歩いた。

「お嬢ちゃん、なかなか度胸があるね」

アイスのバラエティパックが入った巨大な紙袋をラインに手渡しながら、フォーテスキューさんは苦笑した。

「その制服のまま、堂々と来た子は初めてだよ」

ラインは照れ笑いした。憧れのパティシエに褒められて嬉しかったし、右手に感じるアイス12個分の重みが幸せだった。

「あれ?」

ラインと黒い犬はスキップをやめて立ち止まった。

「臨時休業だって」

ラインはオレンジ色と紫色の「W」という文字で彩られた派手なショーウィンドウの中を覗き込んだ。入り口近くの大きな檻の中で、ピンク色のピグミーパフがくるくると動き回っている。しかし、店の明かりは消えているし、人の気配も無い。ラインはがっくりと肩を落とした。久しぶりにジョージに会えると思ったのにな。

「夏休みになったらまた来ればいい」

路地裏のレンガの壁の陰で、シリウスが励ますようににっこりした。

「さあ、家に帰ってアイスを食べよう」

ラインは気を取り直した。新発売の『ドラゴン花火』フレーバーのアイス──ウィーズリー・ウィザード・ウィーズとのコラボ商品で、食べた人の耳から花火が飛び出す──が楽しみだった。ラインはシリウスの腕に捕まって、生まれて初めて「姿あらわし」した。グリモールド・プレイスの玄関の外階段のいちばん上で、目を回したラインが下手くそなピルエットを踊っているのを見て、シリウスは声を上げて笑った。それから扉を押し開けて、2人は上機嫌に敷居を跨いだ。そして、玄関ホールにゆったりと立っているダンブルドア先生の姿を見つけた時、ラインは全てを思い出した。

「よいよい、心配しなくともよい」

ダンブルドア先生が朗らかに言った。

「全て終わった。ああ、それと、君の恋人はいまホグワーツの医務室におるぞ。運悪く、彼の弟のロナルドが脳みそのプールで酔っ払ってしまってのう」
13/13ページ
スキ