the Order of the Phoenix
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石畳の床を見つめて、ラインはしゃくりあげた。狭くて暗い隠し通路の湿っぽさは、今の気分にぴったりだ。言いたいことが沢山あるのに涙が止まらない。
「君のせいじゃないさ」
ジョージの大きな手がラインの背中を優しく撫でた。
「いつも言ってるだろ。俺は自分のしたいことをしただけだ」
でも、もしラインが自分の力でアンブリッジ先生をやっつけていたら、ジョージは退学処分になんてならなかったはずだ。本当なら、あと2ヶ月で、彼はホグワーツを卒業するはずだったのに。
「むしろ、君のおかげで経歴に箔がついたな」
ティッシュで鼻をかむラインを眺めながら、ジョージがニヤッと笑った。
「恋人を助けて退学処分になるなんて、最高にかっこいいだろ?一生自慢できるぜ」
「たしかに」
ラインは顔を上げた。涙の止まったラインを見て、ジョージは嬉しそうに笑った。
「俺は君のそういうところに惚れてるんだ」
そうなんだ。キャミソールのセンスじゃなかったんだ。ラインの脳みそが情報を更新している間に、ジョージは背負っていた大きなカバンに手を突っ込み、中をゴソゴソと探り出した。
「これ、君にやるよ」
ジョージは小さな包みをラインに手渡した。とても軽い。包み紙を開けて中を覗くとキラキラと光るものが見えた。
「わあ、鏡だ。小さくてかわいい」
中に入っていたものは、一辺が5センチにも満たない、いびつな形をした鏡だった。縁が丸くなめらかに削ってある。
「これはお宝だぜ。手に入れるのに相当苦労した。ダングに頼み込んで、出世払いにしてもらったんだ」
「すごい」
ラインは感心した。マンダンガスが出世払いに合意してくれたことがすごいと思った。それはつまり、ジョージがこれから取り組む事業が必ず成功するという意味だろうから。
「ただの鏡じゃないんだぜ。これは両面鏡だ。俺が対の鏡の片方を持ってる。この鏡に向かって呼びかければ、君はいつでもどこでも俺と話すことができる」
ジョージは得意げな顔で、ズボンのポケットから小さい鏡を取り出した。ラインにくれたものより縁がギザギザしている。ラインはみるみるうちに元気を取り戻した。
「困ったことがあればすぐに呼んでくれ。困ったことがなくても、毎晩、君がベッドに入ったら話しかけてくれよ」
ラインは満面の笑みで頷いた。彼が毎晩、自分と話したいと思ってくれていることが何よりのプレゼントだった。
「ターゲットが部屋に入ったぞ」
隠し通路の突き当たりにある古ぼけたタペストリーの向こうから、フレッドが顔を出した。
「よし。作戦開始だ」
ジョージは自分の鏡をズボンのポケットにしまってから、大きなカバンを背中に背負い上げた。別れの気配を感じ取って、ラインの瞳は再び潤んだ。しかし、ラインはもらった鏡をぎゅっと握りしめて泣くのを堪えた。だって、恋人に最後に見せる顔が不細工な泣き顔だなんて悔しいから。
「ありがとな、ライン。君のおかげで最高の学校生活だったぜ」
ジョージはラインを抱き寄せてキスした。それからタペストリーをめくって、もう一度こちらを振り返ってから、外の廊下へ飛び出して行った。
ドーン!
地面が揺れた。誰かの叫び声が聞こえる。廊下へ出ると、花火のドラゴンが何匹も口から炎を吐き出していた。床一面で次々と暴発しているネズミ花火を飛び越えながら、ラインはジョージを追いかけた。
「アクシオ!箒よ、来い!」
ジョージが叫んだ。子猫の絵が飾られた扉の中から、ガチャンと大きな音がした。アンブリッジ先生の悲鳴とともに、フレッドとジョージの箒が扉を突き破り、持ち主めがけて飛び出してきた。2本ともアンブリッジ先生が箒を拘束するのに使った、重い鎖と鉄の杭を引きずっている。双子は意気揚々と箒にまたがり、廊下を猛スピードで飛び回った。背負っているカバンから爆竹を取り出して、廊下にばら撒いているようだ。騒ぎを聞きつけた生徒たちが続々と廊下に集まってくる。ラインはどさくさに紛れて、まだ爆発していない爆竹を1本、アンブリッジ先生の部屋に蹴り入れた。
「今すぐに──これを──始末しなさい!」
金切り声を上げているアンブリッジ先生の足元で、ラインが蹴り入れた爆竹が爆発した。アンブリッジ先生は焦げガマガエルになった。
「ただいま実演中の商品は『デラックス火遊びセット』でございます!」
フレッドが聴衆に向けて大声で言った。
「この性悪ガマガエルを城から追い出し、真の英雄になりたい方は、ダイアゴン横丁93番地までお越しください!」
ジョージがアンブリッジ先生を指差して叫んだ。
「天下無双の品揃え、新進気鋭の悪戯専門店、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』の新店舗でございます!」
双子は声高らかに宣伝をしてから、廊下の中央の窓に向けて杖を振り、空へ飛び出した。湧き上つ生徒たちの中で、ラインは割れんばかりの拍手を彼らに送った。大好きな背中が遠ざかっていく。やがて、赤毛は夕焼けの空に溶け込んで見えなくなった。燃えるような赤色とギラギラした金色の混ざり合った、2人の門出にぴったりな空の色だった。
────
ジャムの空き瓶に入った鮮やかなブルーの火を見つめながら、ラインはぼんやりしていた。なんだか、心にぽかんと大きな穴が開いてしまったようだった。ハーマイオニーはふくろう試験の勉強で忙しいと言って、マシュマロパーティーに付き合ってくれないし。自分も勉強するべきだと分かっているけれど、今日はとてもそんな気分になれなかった。
「あれ、まだ起きていたの?」
どこかから、遠慮がちな声が聞こえた。顔を上げると、男子寮に続く階段の上にハリーが立っていた。
「うん。貴方も食べる?」
ラインは火で炙ったマシュマロの刺さった串を持ち上げて、ハリーに見せた。ハリーはそれを見て安心したように微笑むと、階段を降りてきてラインの隣に腰掛けた。
「ありがとう。おいしいよ」
焼きマシュマロを頬張りながら、ハリーはにっこりしてみせた。ラインはいい気になって、もう1袋、マシュマロの大袋を取り出した。
「それ、ジョージから貰ったの?」
ラインが机の上に置いて眺めていた両面鏡を指差して、ハリーがニヤッと笑った。
「うん」
ラインは照れ笑いした。その隙に、ハリーはさりげなくラインの手からマシュマロの大袋を没収した。
「どうして分かったの?」
「僕もその鏡を持っているから」
ハリーはなぜか困ったように眉を下げた。
「去年のクリスマスにシリウスから貰ったんだ。『私を必要とする時に使って欲しい』って言われたけど、僕はたぶん使わないよ。だって、シリウスは"出てきちゃう"だろ?」
ラインは神妙な面持ちで頷いた。ハリーに助けを求められたら、シリウスは間違いなく、安全な場所から飛び出してくるだろう。だって、シリウスはハリーのためなら、自分の命を危険に晒すことさえ躊躇わないから。ラインは両面鏡をランプの光にかざして、しげしげと眺めた。それからこっそり考えた。つまり……これを貰えるということは、シリウスがハリーを想うのと同じくらい、ジョージも自分のことを大切に想ってくれているということだろうか?ラインはこじつけた。
「実は、僕、先月チョウとデートしたんだ」
ラインの脳みそがピンク色に染まっていることを敏感に察知したハリーが、浮いた話に興じることに同意してくれた。
「そうなの?すごい」
ラインは興奮した。しかし、すぐに冷静になった。
「あれ……でも、チョウはセドリックと付き合っていたんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。だけど、彼らは喧嘩した」
ハリーが苦笑いしながら言った。
「DAの練習の時、セドリックはいつも君のことばかり構ってただろ。チョウはそれが気に食わなかったんだ」
ラインは突如として強烈な罪悪感に苛まれた。チョウが怒るのは当然のことだ。もしジョージが他の女の子の相手ばかりしていたら、自分だって気に食わないだろう。
「私……どうして気が付かなかったんだろう」
「仕方ないさ。君は他のことで精一杯だったよ」
ハリーは肩をすくめてみせた。
「結局、僕は当て馬だったみたいだしね」
「当て馬?」
「僕とデートした翌週には、チョウはセドリックと仲直りしていたよ」
ラインはいたたまれない気持ちになった。
「僕にはもう少し、可憐すぎない人が向いてるのかもしれない」
溜め息をついたハリーに焼きマシュマロを差し出してから、ラインは自分のマシュマロを火にかざして炙った。恋って本当に難しい。そもそも自分の好きな人が、自分を好きになってくれること自体が奇跡のようなものだ。晴れて恋人になったとしても、好きだからこそ嫉妬したり、そのせいで喧嘩したり、次々に障壁が立ちはだかる。突然、遠距離になったりするし。ラインは両面鏡を見つめて溜め息をついた。
「寂しい?」
ハリーが気遣うようにラインを見た。
「うん。でも、ジョージにはまた会えるから」
表面がほんのりと焦げたマシュマロを火から離しながら、ラインは自分を納得させるように言った。それからしばらくの間、2人は黙って焼きマシュマロを味わった。
「君もママに会いたくなる時がある?」
しばらくすると、ハリーがぽつりと言った。
「うん。ある。パパと喧嘩した時とかね」
「君、パパと喧嘩するの?」
ハリーは意外そうに笑った。
「パパが私のお菓子を勝手に食べちゃった時とか」
「なるほど。君らしいや」
おかしそうに笑うハリーを見て、ラインは眉を寄せた。笑い事ではない。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。5歳の時、並んでテレビを見ていた父がラインの皿からポップコーンを3つ掴んで食べたこと。9歳の時、ラインが冷蔵庫にいれて半分取っておいたプリンを父が勝手に食べたこと。そして昨年、ジャンケンに勝った父が自分を差し置いてマカロンのキャラメル味を獲得したこと。それらのことを思い出した途端、ラインはふつふつと怨念が湧いてくるのを感じた。次の休みに帰省する時、絶対にポップコーンとプリンとキャラメル味のマカロンを買っておいてもらわなければ気がすまない。
「でも、君はパパを尊敬してるだろ?」
鬼の形相になっているラインを見かねて、ハリーが言った。
「だって……君のパパは誰かを宙吊りにして、パンツの色をからかったりしないだろうし」
「パンツ?」
ラインは鬼から人間に戻った。
「ライン……ライン……」
その時、どこかから自分を呼ぶ声が聞こえた。辺りを見回すと、机の上で見慣れた赤色がキラリと光った。
「ジョージ!」
両面鏡の中にジョージの顔が映っている。ラインはジャムの空き瓶に自分の顔を映して、いそいそと前髪を撫で付けた。
「じゃあ、僕はもう寝るよ」
ハリーは小声で言いながら立ち上がった。
「僕はおできまみれになりたくないからね」
ラインはハリーに手を振ってから、満を持して両面鏡を手に取った。
「久しぶり」
「数時間ぶりだろ」
鏡の中からこちらに笑いかけているジョージは、自信と達成感に満ち溢れた顔をしていた。
「新居はどう?」
「最高だぜ。もう荷物も解き終わったし、明日店舗に品出しすれば、俺たちの城の完成さ」
「さすが」
ラインは感心した。ジョージが退学を言い渡されたのは昨日のことなのに、彼はもう新生活に順応している。器用な人だ。
「やっぱりロンドンは活気があるな。この時間になっても外が明るいし、ピザのデリバリーだって取れる」
「いいなあ」
社会人ってかっこいい。ラインが恋人に惚れ惚れしていると、鏡の中で、誰かがジョージを押しのけて言った。
「ライン、気をつけろ」
フレッドだった。
「こいつ、枕を2つ用意してるぜ」
鏡の中の景色が変化した。『G』と描かれたプレートの飾られたドアが押し開けられて、こじんまりとした部屋が映った。簡素な造りの机と椅子、それにベッドと使い込まれたトランクが置いてある。ベッドの上にはキルトの毛布と同じ柄の枕が2つ置いてあった。
「1人で2つ使ったっていいだろ」
「へえ。お前、夜になると頭が2つになるのか?」
「返せよ」
鏡の中の景色がグラグラと揺れた。一瞬だけ、フレッドのニヤニヤ顔が映った。そのあとすぐに痛そうな呻き声が聞こえて、ジョージの顔が鏡の中に戻ってきた。
「俺らにとっちゃ、初めての1人部屋なんだ。それで──俺はインテリアにこだわろうと思ったわけだ」
ジョージが言った。なんとなく言い訳がましい響きだった。もしかしたら、彼は寂しいのかもしれない。フレッドと一緒に寝たくなった時のために、彼の枕を用意してあるのかも。ラインは微笑ましい気持ちになってにっこりした。
「ところで」
ジョージがきっぱりと話題を変えた。
「さっき、誰と話してたんだ?俺が君の名前を呼んだ時、誰か隣にいただろ」
「ハリーよ。マシュマロパーティーに付き合ってもらっていたの」
ラインが答えると、ジョージはちょっと安心したような顔になった。
「へえ。何の話してたんだ?」
ラインはハリーとの会話を思い出そうとした。最後の話題は何だったっけ?えっと、確か──
「──パンツ」
「なんだって?」
ジョージが大きな声を出した。すぐ近くでフレッドが爆笑している。ラインはほっとした。彼らは本当に、退学になったことなんて全然気にしていないのだ。彼らはいつだって、どこにいたって、人生の楽しみ方を知っているから。そして、自分は彼らのそういうところが大好きなのだ。
「君のせいじゃないさ」
ジョージの大きな手がラインの背中を優しく撫でた。
「いつも言ってるだろ。俺は自分のしたいことをしただけだ」
でも、もしラインが自分の力でアンブリッジ先生をやっつけていたら、ジョージは退学処分になんてならなかったはずだ。本当なら、あと2ヶ月で、彼はホグワーツを卒業するはずだったのに。
「むしろ、君のおかげで経歴に箔がついたな」
ティッシュで鼻をかむラインを眺めながら、ジョージがニヤッと笑った。
「恋人を助けて退学処分になるなんて、最高にかっこいいだろ?一生自慢できるぜ」
「たしかに」
ラインは顔を上げた。涙の止まったラインを見て、ジョージは嬉しそうに笑った。
「俺は君のそういうところに惚れてるんだ」
そうなんだ。キャミソールのセンスじゃなかったんだ。ラインの脳みそが情報を更新している間に、ジョージは背負っていた大きなカバンに手を突っ込み、中をゴソゴソと探り出した。
「これ、君にやるよ」
ジョージは小さな包みをラインに手渡した。とても軽い。包み紙を開けて中を覗くとキラキラと光るものが見えた。
「わあ、鏡だ。小さくてかわいい」
中に入っていたものは、一辺が5センチにも満たない、いびつな形をした鏡だった。縁が丸くなめらかに削ってある。
「これはお宝だぜ。手に入れるのに相当苦労した。ダングに頼み込んで、出世払いにしてもらったんだ」
「すごい」
ラインは感心した。マンダンガスが出世払いに合意してくれたことがすごいと思った。それはつまり、ジョージがこれから取り組む事業が必ず成功するという意味だろうから。
「ただの鏡じゃないんだぜ。これは両面鏡だ。俺が対の鏡の片方を持ってる。この鏡に向かって呼びかければ、君はいつでもどこでも俺と話すことができる」
ジョージは得意げな顔で、ズボンのポケットから小さい鏡を取り出した。ラインにくれたものより縁がギザギザしている。ラインはみるみるうちに元気を取り戻した。
「困ったことがあればすぐに呼んでくれ。困ったことがなくても、毎晩、君がベッドに入ったら話しかけてくれよ」
ラインは満面の笑みで頷いた。彼が毎晩、自分と話したいと思ってくれていることが何よりのプレゼントだった。
「ターゲットが部屋に入ったぞ」
隠し通路の突き当たりにある古ぼけたタペストリーの向こうから、フレッドが顔を出した。
「よし。作戦開始だ」
ジョージは自分の鏡をズボンのポケットにしまってから、大きなカバンを背中に背負い上げた。別れの気配を感じ取って、ラインの瞳は再び潤んだ。しかし、ラインはもらった鏡をぎゅっと握りしめて泣くのを堪えた。だって、恋人に最後に見せる顔が不細工な泣き顔だなんて悔しいから。
「ありがとな、ライン。君のおかげで最高の学校生活だったぜ」
ジョージはラインを抱き寄せてキスした。それからタペストリーをめくって、もう一度こちらを振り返ってから、外の廊下へ飛び出して行った。
ドーン!
地面が揺れた。誰かの叫び声が聞こえる。廊下へ出ると、花火のドラゴンが何匹も口から炎を吐き出していた。床一面で次々と暴発しているネズミ花火を飛び越えながら、ラインはジョージを追いかけた。
「アクシオ!箒よ、来い!」
ジョージが叫んだ。子猫の絵が飾られた扉の中から、ガチャンと大きな音がした。アンブリッジ先生の悲鳴とともに、フレッドとジョージの箒が扉を突き破り、持ち主めがけて飛び出してきた。2本ともアンブリッジ先生が箒を拘束するのに使った、重い鎖と鉄の杭を引きずっている。双子は意気揚々と箒にまたがり、廊下を猛スピードで飛び回った。背負っているカバンから爆竹を取り出して、廊下にばら撒いているようだ。騒ぎを聞きつけた生徒たちが続々と廊下に集まってくる。ラインはどさくさに紛れて、まだ爆発していない爆竹を1本、アンブリッジ先生の部屋に蹴り入れた。
「今すぐに──これを──始末しなさい!」
金切り声を上げているアンブリッジ先生の足元で、ラインが蹴り入れた爆竹が爆発した。アンブリッジ先生は焦げガマガエルになった。
「ただいま実演中の商品は『デラックス火遊びセット』でございます!」
フレッドが聴衆に向けて大声で言った。
「この性悪ガマガエルを城から追い出し、真の英雄になりたい方は、ダイアゴン横丁93番地までお越しください!」
ジョージがアンブリッジ先生を指差して叫んだ。
「天下無双の品揃え、新進気鋭の悪戯専門店、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』の新店舗でございます!」
双子は声高らかに宣伝をしてから、廊下の中央の窓に向けて杖を振り、空へ飛び出した。湧き上つ生徒たちの中で、ラインは割れんばかりの拍手を彼らに送った。大好きな背中が遠ざかっていく。やがて、赤毛は夕焼けの空に溶け込んで見えなくなった。燃えるような赤色とギラギラした金色の混ざり合った、2人の門出にぴったりな空の色だった。
────
ジャムの空き瓶に入った鮮やかなブルーの火を見つめながら、ラインはぼんやりしていた。なんだか、心にぽかんと大きな穴が開いてしまったようだった。ハーマイオニーはふくろう試験の勉強で忙しいと言って、マシュマロパーティーに付き合ってくれないし。自分も勉強するべきだと分かっているけれど、今日はとてもそんな気分になれなかった。
「あれ、まだ起きていたの?」
どこかから、遠慮がちな声が聞こえた。顔を上げると、男子寮に続く階段の上にハリーが立っていた。
「うん。貴方も食べる?」
ラインは火で炙ったマシュマロの刺さった串を持ち上げて、ハリーに見せた。ハリーはそれを見て安心したように微笑むと、階段を降りてきてラインの隣に腰掛けた。
「ありがとう。おいしいよ」
焼きマシュマロを頬張りながら、ハリーはにっこりしてみせた。ラインはいい気になって、もう1袋、マシュマロの大袋を取り出した。
「それ、ジョージから貰ったの?」
ラインが机の上に置いて眺めていた両面鏡を指差して、ハリーがニヤッと笑った。
「うん」
ラインは照れ笑いした。その隙に、ハリーはさりげなくラインの手からマシュマロの大袋を没収した。
「どうして分かったの?」
「僕もその鏡を持っているから」
ハリーはなぜか困ったように眉を下げた。
「去年のクリスマスにシリウスから貰ったんだ。『私を必要とする時に使って欲しい』って言われたけど、僕はたぶん使わないよ。だって、シリウスは"出てきちゃう"だろ?」
ラインは神妙な面持ちで頷いた。ハリーに助けを求められたら、シリウスは間違いなく、安全な場所から飛び出してくるだろう。だって、シリウスはハリーのためなら、自分の命を危険に晒すことさえ躊躇わないから。ラインは両面鏡をランプの光にかざして、しげしげと眺めた。それからこっそり考えた。つまり……これを貰えるということは、シリウスがハリーを想うのと同じくらい、ジョージも自分のことを大切に想ってくれているということだろうか?ラインはこじつけた。
「実は、僕、先月チョウとデートしたんだ」
ラインの脳みそがピンク色に染まっていることを敏感に察知したハリーが、浮いた話に興じることに同意してくれた。
「そうなの?すごい」
ラインは興奮した。しかし、すぐに冷静になった。
「あれ……でも、チョウはセドリックと付き合っていたんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。だけど、彼らは喧嘩した」
ハリーが苦笑いしながら言った。
「DAの練習の時、セドリックはいつも君のことばかり構ってただろ。チョウはそれが気に食わなかったんだ」
ラインは突如として強烈な罪悪感に苛まれた。チョウが怒るのは当然のことだ。もしジョージが他の女の子の相手ばかりしていたら、自分だって気に食わないだろう。
「私……どうして気が付かなかったんだろう」
「仕方ないさ。君は他のことで精一杯だったよ」
ハリーは肩をすくめてみせた。
「結局、僕は当て馬だったみたいだしね」
「当て馬?」
「僕とデートした翌週には、チョウはセドリックと仲直りしていたよ」
ラインはいたたまれない気持ちになった。
「僕にはもう少し、可憐すぎない人が向いてるのかもしれない」
溜め息をついたハリーに焼きマシュマロを差し出してから、ラインは自分のマシュマロを火にかざして炙った。恋って本当に難しい。そもそも自分の好きな人が、自分を好きになってくれること自体が奇跡のようなものだ。晴れて恋人になったとしても、好きだからこそ嫉妬したり、そのせいで喧嘩したり、次々に障壁が立ちはだかる。突然、遠距離になったりするし。ラインは両面鏡を見つめて溜め息をついた。
「寂しい?」
ハリーが気遣うようにラインを見た。
「うん。でも、ジョージにはまた会えるから」
表面がほんのりと焦げたマシュマロを火から離しながら、ラインは自分を納得させるように言った。それからしばらくの間、2人は黙って焼きマシュマロを味わった。
「君もママに会いたくなる時がある?」
しばらくすると、ハリーがぽつりと言った。
「うん。ある。パパと喧嘩した時とかね」
「君、パパと喧嘩するの?」
ハリーは意外そうに笑った。
「パパが私のお菓子を勝手に食べちゃった時とか」
「なるほど。君らしいや」
おかしそうに笑うハリーを見て、ラインは眉を寄せた。笑い事ではない。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。5歳の時、並んでテレビを見ていた父がラインの皿からポップコーンを3つ掴んで食べたこと。9歳の時、ラインが冷蔵庫にいれて半分取っておいたプリンを父が勝手に食べたこと。そして昨年、ジャンケンに勝った父が自分を差し置いてマカロンのキャラメル味を獲得したこと。それらのことを思い出した途端、ラインはふつふつと怨念が湧いてくるのを感じた。次の休みに帰省する時、絶対にポップコーンとプリンとキャラメル味のマカロンを買っておいてもらわなければ気がすまない。
「でも、君はパパを尊敬してるだろ?」
鬼の形相になっているラインを見かねて、ハリーが言った。
「だって……君のパパは誰かを宙吊りにして、パンツの色をからかったりしないだろうし」
「パンツ?」
ラインは鬼から人間に戻った。
「ライン……ライン……」
その時、どこかから自分を呼ぶ声が聞こえた。辺りを見回すと、机の上で見慣れた赤色がキラリと光った。
「ジョージ!」
両面鏡の中にジョージの顔が映っている。ラインはジャムの空き瓶に自分の顔を映して、いそいそと前髪を撫で付けた。
「じゃあ、僕はもう寝るよ」
ハリーは小声で言いながら立ち上がった。
「僕はおできまみれになりたくないからね」
ラインはハリーに手を振ってから、満を持して両面鏡を手に取った。
「久しぶり」
「数時間ぶりだろ」
鏡の中からこちらに笑いかけているジョージは、自信と達成感に満ち溢れた顔をしていた。
「新居はどう?」
「最高だぜ。もう荷物も解き終わったし、明日店舗に品出しすれば、俺たちの城の完成さ」
「さすが」
ラインは感心した。ジョージが退学を言い渡されたのは昨日のことなのに、彼はもう新生活に順応している。器用な人だ。
「やっぱりロンドンは活気があるな。この時間になっても外が明るいし、ピザのデリバリーだって取れる」
「いいなあ」
社会人ってかっこいい。ラインが恋人に惚れ惚れしていると、鏡の中で、誰かがジョージを押しのけて言った。
「ライン、気をつけろ」
フレッドだった。
「こいつ、枕を2つ用意してるぜ」
鏡の中の景色が変化した。『G』と描かれたプレートの飾られたドアが押し開けられて、こじんまりとした部屋が映った。簡素な造りの机と椅子、それにベッドと使い込まれたトランクが置いてある。ベッドの上にはキルトの毛布と同じ柄の枕が2つ置いてあった。
「1人で2つ使ったっていいだろ」
「へえ。お前、夜になると頭が2つになるのか?」
「返せよ」
鏡の中の景色がグラグラと揺れた。一瞬だけ、フレッドのニヤニヤ顔が映った。そのあとすぐに痛そうな呻き声が聞こえて、ジョージの顔が鏡の中に戻ってきた。
「俺らにとっちゃ、初めての1人部屋なんだ。それで──俺はインテリアにこだわろうと思ったわけだ」
ジョージが言った。なんとなく言い訳がましい響きだった。もしかしたら、彼は寂しいのかもしれない。フレッドと一緒に寝たくなった時のために、彼の枕を用意してあるのかも。ラインは微笑ましい気持ちになってにっこりした。
「ところで」
ジョージがきっぱりと話題を変えた。
「さっき、誰と話してたんだ?俺が君の名前を呼んだ時、誰か隣にいただろ」
「ハリーよ。マシュマロパーティーに付き合ってもらっていたの」
ラインが答えると、ジョージはちょっと安心したような顔になった。
「へえ。何の話してたんだ?」
ラインはハリーとの会話を思い出そうとした。最後の話題は何だったっけ?えっと、確か──
「──パンツ」
「なんだって?」
ジョージが大きな声を出した。すぐ近くでフレッドが爆笑している。ラインはほっとした。彼らは本当に、退学になったことなんて全然気にしていないのだ。彼らはいつだって、どこにいたって、人生の楽しみ方を知っているから。そして、自分は彼らのそういうところが大好きなのだ。
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