the Order of the Phoenix
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大広間へ続く階段を上りながら、ラインは思いきり息を吸い込んだ。香ばしいバター生地と甘い野菜の香りがする。たぶん、今日の夕食のデザートはかぼちゃのタルトだ。
「それで、魔法大臣の頭がかぼちゃになっちゃったんだって」
「もしかして、呪文を間違えたのかな?だって、1人で5人をやっつけたんだもの」
「そんなはずないよ。きっと、ダンブルドア先生はその方が面白いって思ったんだよ」
1年生が数人、階段の踊り場に集まってひそひそ話をしている。ラインはかぼちゃ頭のコーネリウス・ファッジを想像してニヤニヤした。しかし、すぐに真顔になった。正面の壁にかけてある物々しい額縁が目に入ったからだ。
────────────────────
魔法省令
ドローレス・ジェーン・アンブリッジ高等尋問官はホグワーツ魔法魔術学校の校長に就任した。
また、アルバス・ダンブルドア(魔法省に敵対する組織を編成し、魔法大臣の失脚を企てた容疑で指名手配中)との接触が確認された者は、余罪捜査のため魔法省への出頭が要求される。
魔法大臣コーネリウス・オズワルド・ファッジ
────────────────────
もしかしたら、1年生たちが話していたことは本当かもしれない。だって、頭がかぼちゃにでもなっていないと、こんなにトンチンカンな話は思い付かないだろう。
ガッシャーン!
突如、すさまじい衝撃音が聞こえた。しかし、ラインは動じなかった。DAの会合が明るみに出て、ダンブルドア先生が学校を去ってからというもの、ホグワーツは無法地帯になっていたからだ。アンブリッジ先生は権力を掌握したつもりのようだったが、彼女と意見の合わない生徒たちの抵抗は手強かった。
「何の音なの?」
「上の階でウィーズリーとモンタギューが揉めてる」
レイブンクローの上級生たちが階段ですれ違いざまに交わした会話を、ラインは聞き逃さなかった。ウィーズリーって、誰のことだろう?この学校にはウィーズリーが4人いるけれど、全員、なんだか揉めそうだ。ラインがあれこれ考えていると、目の前を光り輝くプラチナ・ブロンドが走り去った。そして、それから3秒も経たないうちに、燃えるような赤毛が走り去った。階段を駆け上がる2人をラインは目で追った。
「待って、ロン!」
よく知る声が聞こえた。振り向くと、ハーマイオニーが階段を上ってくるところだった。
「君はついてこなくていい!」
ロンが階段の上から叫んだ。彼は杖を握りしめている。ハーマイオニーはラインの姿を見つけると、2人を追いかけるのを諦めて立ち止まった。
「ハーマイオニー、何があったの?」
「たったいま、マルフォイが私から減点したのよ」
ラインは驚いた。ハーマイオニーが減点される理由が思い付かなかったからだ。
「どうして、マルフォイは貴方を減点したの?」
「私が『穢れた血だから』ですって」
ラインは絶句した。そんな理不尽な理由で減点することがまかり通るなんて、どうかしている。
「まったく。あんな人、相手にする価値ないのに」
ハーマイオニーはロンが走り去った方向を見つめて、溜め息をついてみせた。しかし、ラインは彼女の口元がわずかににっこりしているのを見逃さなかった。
「ハーマイオニー、ライン、逃げろ!」
突如、大声が聞こえた。見上げると、マルフォイとロンが階段を駆け下りてくる。2人とも必死の形相だ。ラインは咄嗟に足を前へ突き出した。マルフォイはラインの足につまづいて、階段を転がり落ちていった。ロンは踊り場に辿り着くと、ハーマイオニーの腕を掴んで再び駆け出した。
ドーン!
階段が揺れた。階段の上を見上げた瞬間、ラインはその正体を見た。全身が緑と金色の火花でできた巨大なドラゴンだった。火の粉を撒き散らしながらこちらへやってくる。ラインは駆け出した。いつのまにか、ロンとハーマイオニーを追い抜いて先頭を走っていた。無我夢中で足を動かして、階段の下にのびているマルフォイを飛び越えた時、花火のドラゴンが大きく口を開けた。けたたましい吠え声とともにドラゴンの口から炎が噴き出し、空中に素晴らしい文字を描いた。
──アンブリッジのクソ〜──。
「素敵な花火だったなあ」
ラインは花火のドラゴンを思い出してうっとりした。
「おかげさまで注文殺到だぜ」
ジョージは嬉しそうにニヤニヤしながら、ラインの肩を抱き寄せた。自分の首元にぐりぐりと顔を埋める恋人のつむじを眺めて、ラインはにんまりした。最近分かったことがある。どうやら、男の人も誰かに甘えたい気分の時があるらしい。ジョージにとって、その対象が自分だなんて嬉しい。2人きりの時くらい、とことん甘やかしてあげよう。ラインはふさふさした赤毛を優しく撫でた。
「君の肌って、バニラアイスみたいな匂いがするんだな」
ラインの首元に顔を埋めたまま、ジョージが言った。首筋に息がかかってくすぐったい。でも、そのくすぐったささえも愛おしい。この幸せをずっと守りたい。ラインは心からそう思った。つまり、ブラウスの襟元にバニラアイスをこぼしたことは黙っておくべきだ。
「君って、食ったら美味そうだよな。砂糖漬けだから甘いだろうし──」
ジョージは首元で喋り続けた。ラインはくすくす笑った。
「ここはマシュマロみたいに柔らかいし」
突如、ジョージの右手が信じがたい悪事を働いた。ラインは声にならない悲鳴を上げてのけぞった。
「おいおい。そんな反応されたら、まるで俺が悪いことしたみたいじゃないか」
ジョージはおかしそうに笑った。ラインは口をパクパクさせて彼を非難した。女の子のこんなところを触るなんて!
「恋人同士なら普通のことだろ」
ジョージは見事な読唇術を披露した。
「そうなの?」
「そうさ。好きな人に触れたいと思うのは当然のことだ」
ラインは考えた。たしかに、ジョージにくっついていると心地いい。もっとぴったりくっつきたいと思う時もある。もしかすると、その気持ちの延長線上にさっきみたいなことがあるのかもしれない。
「ところで」
ジョージがラインにずいと詰め寄った。
「俺に隠せるとでも思ったのか?」
「え……何のこと?」
ラインの心臓は急に早鐘を打ち始めた。心当たりがあったからだ。ラインは必死に脳みそを回転させて、なんとかこの場を切り抜ける方法がないか考えた。
「さっき、痛そうな顔しただろ」
図星だった。今、ラインの左胸はじんじんと痛んでいる。ジョージの右手が悪事を働いた時に痛みがぶり返した。
「見せてみろよ」
「見せられない」
なぜならば、『私は悲劇のヒロインではありません』という文字が皮膚に刻み込まれているから。恋人と2人きりで会う予定の前にピクルスまみれになりたくなくて、今日はマートラップの触手液を塗らずに闇の魔術に対する防衛術の個人授業に挑んだのだ。ラインはブラウスの襟元を握りしめて、じりじりと後退りした。ジョージの真面目な顔が迫ってくる。ラインの背中が冷たい石壁にくっついた時、ジョージがこちらに向かって手を伸ばした。しばらくの間、2人は揉み合った。
「大丈夫だって、何もしないさ」
ジョージはそう言いながら、ボタンを引きちぎらんばかりの勢いでラインのブラウスの襟元を開いた。
「わっ」
ラインの胸元はあっけなく外気に晒された。その瞬間、ジョージは驚いたように目を見開いた。
「……想像以上だな」
「それって、傷のこと?」
ラインの質問を無視して、ジョージは立ち上がった。
「どこに行くの?」
「君は先に寮へ戻ってくれ」
ジョージはこちらを振り向きもせず、扉を開けて廊下へ出て行った。なんだか嫌な予感がする。ラインは大急ぎでブラウスのボタンを閉めて立ち上がり、ジョージの後を追いかけた。
「待って、ジョージ」
「君はついてこなくていい」
ジョージは廊下をずんずん歩いた。ラインが息を切らしても、転びそうになっても、彼は立ち止まってくれなかった。そんなことは初めてだったので、ラインは泣きそうになった。ラインが鼻をすすっているうちに(普段と違う、奇妙な通路を歩いた気がする)2人はあっという間にピンク色の子猫の絵が飾られた扉の前にたどり着いた。
「お願い、ジョージ」
ラインは懇願した。
「そんなことやめて。今度こそ、罰則どころじゃ済まなくなっちゃう」
ラインの制止を知らんぷりして、ジョージはポケットに手を突っ込んだ。
ガチャリ
その時、部屋の扉が内側から開いた。
「あら、こんばんは。ミス・マーリン、ミスター・ウィーズリー」
花柄べったりのローブを着たアンブリッジ先生がそこに立っていた。彼女の顔に貼り付いている気味の悪いにっこり笑顔を見て、ラインは鳥肌が立った。ジョージはアンブリッジ先生を睨み付けるのに忙しそうだったので、ラインが仕方なくボソボソ言った。
「こんばんは、アンブリッジ先生」
「ミスター・ウィーズリー、こんな時間に何の用ですか?」
アンブリッジ先生はラインを無視した。
「白々しい」
ジョージが唸った。ラインは彼が臨戦態勢に入ったことを感じ取った。
「いったい、この子が何をしたって言うんだ。あんな傷、刻みやがって」
「どうして、貴方がそのことを知っているのかしら?」
例の危険極まりない、わざとらしい甘ったるい声でアンブリッジ先生が言った。ジョージがドラゴン花火をいつ取り出してもいいように、ラインは足首を回して準備運動を始めた。
「わたくしは、あなた方が『教育令第29号、不純異性交遊を禁ずる』に違反したのではないかと考えておりますわ」
ラインは首をひねった。
「ねえ、ジョージ、不純異性交遊ってなに?」
ラインがこそこそ聞くと、ジョージは唇を動かさずに「そのうち教えてやるよ」と言った。
「いいでしょう……沈黙は肯定ですから……仕方がありません。わたくしはこの学校の校長先生であり、学校をより良くするという使命があります。あなた方のような生徒を放っておけば、他の生徒へ悪影響を与えかねません。したがって、あなた方が教育令第29号に二度と違反することのないように──」
突如、アンブリッジ先生は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「どちらかを退学処分にしなければなりませんね」
ラインは耳を疑った。
「そうくると思ったぜ」
今度は目を疑う番だった。ジョージがニヤリと笑っていたからだ。ジョージはポケットから取り出した杖をアンブリッジ先生に向けた。勝利の美酒に酔いしれていたガマガエルは反応が遅れた。
バーン!
紫色の閃光が走った。アンブリッジ先生は悲鳴を上げて、額を両手で押さえた。ぼってりしたガマガエルの目が驚いたように見開かれている。ラインは自らの額を確かめるように触っているアンブリッジ先生を注意深く見つめた。
「よくもまあ──こんなことを──今すぐこれを消しなさい!」
アンブリッジ先生が金切り声を上げた。ラインはぎょっとした。ずんぐりした指の隙間から見えた彼女の額に、膿んだ紫色のおできがびっしりと並んでいたからだ。
「あいにく、反対呪文がないんでね」
ジョージが楽しそうに言った。
「でも、薬ならある。1度塗れば1週間効果が持続する」
ジョージはポケットからガラスの小瓶を取り出した。次の瞬間、アンブリッジ先生が彼に飛びかかった。しかし、ずんぐりしたガマガエルには瞬発力がなかった。ジョージは飛び退り、アンブリッジ先生は潰れたガマカエルよろしく、床にべしゃっと転がった。
「この瓶は、この子にしか開けられないように細工がしてある」
ジョージはラインの手をとり、薬の入った小瓶を握らせた。小瓶はラインの手に触れた瞬間、ぶるぶると小刻みに震えて金色の火花を散らした。
「どういう意味か分かるだろう?」
アンブリッジ先生が顔を上げた。ラインは息を呑んだ。彼女の額にびっしりと広がった紫色のおできが、はっきりとした文字を描いていたからだ。
──体罰・ダメ・絶対──。
「ミスター・ウィーズリー!」
アンブリッジ先生は唇をわなわなと震わせながら、歯を剥き出しにして叫んだ。
「退学処分です!」
ラインは薬の入った小瓶を手に握ったまま、呆然と立ち尽くした。ジョージが満足そうに笑っているのが不思議だった。
「それで、魔法大臣の頭がかぼちゃになっちゃったんだって」
「もしかして、呪文を間違えたのかな?だって、1人で5人をやっつけたんだもの」
「そんなはずないよ。きっと、ダンブルドア先生はその方が面白いって思ったんだよ」
1年生が数人、階段の踊り場に集まってひそひそ話をしている。ラインはかぼちゃ頭のコーネリウス・ファッジを想像してニヤニヤした。しかし、すぐに真顔になった。正面の壁にかけてある物々しい額縁が目に入ったからだ。
────────────────────
魔法省令
ドローレス・ジェーン・アンブリッジ高等尋問官はホグワーツ魔法魔術学校の校長に就任した。
また、アルバス・ダンブルドア(魔法省に敵対する組織を編成し、魔法大臣の失脚を企てた容疑で指名手配中)との接触が確認された者は、余罪捜査のため魔法省への出頭が要求される。
魔法大臣コーネリウス・オズワルド・ファッジ
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もしかしたら、1年生たちが話していたことは本当かもしれない。だって、頭がかぼちゃにでもなっていないと、こんなにトンチンカンな話は思い付かないだろう。
ガッシャーン!
突如、すさまじい衝撃音が聞こえた。しかし、ラインは動じなかった。DAの会合が明るみに出て、ダンブルドア先生が学校を去ってからというもの、ホグワーツは無法地帯になっていたからだ。アンブリッジ先生は権力を掌握したつもりのようだったが、彼女と意見の合わない生徒たちの抵抗は手強かった。
「何の音なの?」
「上の階でウィーズリーとモンタギューが揉めてる」
レイブンクローの上級生たちが階段ですれ違いざまに交わした会話を、ラインは聞き逃さなかった。ウィーズリーって、誰のことだろう?この学校にはウィーズリーが4人いるけれど、全員、なんだか揉めそうだ。ラインがあれこれ考えていると、目の前を光り輝くプラチナ・ブロンドが走り去った。そして、それから3秒も経たないうちに、燃えるような赤毛が走り去った。階段を駆け上がる2人をラインは目で追った。
「待って、ロン!」
よく知る声が聞こえた。振り向くと、ハーマイオニーが階段を上ってくるところだった。
「君はついてこなくていい!」
ロンが階段の上から叫んだ。彼は杖を握りしめている。ハーマイオニーはラインの姿を見つけると、2人を追いかけるのを諦めて立ち止まった。
「ハーマイオニー、何があったの?」
「たったいま、マルフォイが私から減点したのよ」
ラインは驚いた。ハーマイオニーが減点される理由が思い付かなかったからだ。
「どうして、マルフォイは貴方を減点したの?」
「私が『穢れた血だから』ですって」
ラインは絶句した。そんな理不尽な理由で減点することがまかり通るなんて、どうかしている。
「まったく。あんな人、相手にする価値ないのに」
ハーマイオニーはロンが走り去った方向を見つめて、溜め息をついてみせた。しかし、ラインは彼女の口元がわずかににっこりしているのを見逃さなかった。
「ハーマイオニー、ライン、逃げろ!」
突如、大声が聞こえた。見上げると、マルフォイとロンが階段を駆け下りてくる。2人とも必死の形相だ。ラインは咄嗟に足を前へ突き出した。マルフォイはラインの足につまづいて、階段を転がり落ちていった。ロンは踊り場に辿り着くと、ハーマイオニーの腕を掴んで再び駆け出した。
ドーン!
階段が揺れた。階段の上を見上げた瞬間、ラインはその正体を見た。全身が緑と金色の火花でできた巨大なドラゴンだった。火の粉を撒き散らしながらこちらへやってくる。ラインは駆け出した。いつのまにか、ロンとハーマイオニーを追い抜いて先頭を走っていた。無我夢中で足を動かして、階段の下にのびているマルフォイを飛び越えた時、花火のドラゴンが大きく口を開けた。けたたましい吠え声とともにドラゴンの口から炎が噴き出し、空中に素晴らしい文字を描いた。
──アンブリッジのクソ〜──。
「素敵な花火だったなあ」
ラインは花火のドラゴンを思い出してうっとりした。
「おかげさまで注文殺到だぜ」
ジョージは嬉しそうにニヤニヤしながら、ラインの肩を抱き寄せた。自分の首元にぐりぐりと顔を埋める恋人のつむじを眺めて、ラインはにんまりした。最近分かったことがある。どうやら、男の人も誰かに甘えたい気分の時があるらしい。ジョージにとって、その対象が自分だなんて嬉しい。2人きりの時くらい、とことん甘やかしてあげよう。ラインはふさふさした赤毛を優しく撫でた。
「君の肌って、バニラアイスみたいな匂いがするんだな」
ラインの首元に顔を埋めたまま、ジョージが言った。首筋に息がかかってくすぐったい。でも、そのくすぐったささえも愛おしい。この幸せをずっと守りたい。ラインは心からそう思った。つまり、ブラウスの襟元にバニラアイスをこぼしたことは黙っておくべきだ。
「君って、食ったら美味そうだよな。砂糖漬けだから甘いだろうし──」
ジョージは首元で喋り続けた。ラインはくすくす笑った。
「ここはマシュマロみたいに柔らかいし」
突如、ジョージの右手が信じがたい悪事を働いた。ラインは声にならない悲鳴を上げてのけぞった。
「おいおい。そんな反応されたら、まるで俺が悪いことしたみたいじゃないか」
ジョージはおかしそうに笑った。ラインは口をパクパクさせて彼を非難した。女の子のこんなところを触るなんて!
「恋人同士なら普通のことだろ」
ジョージは見事な読唇術を披露した。
「そうなの?」
「そうさ。好きな人に触れたいと思うのは当然のことだ」
ラインは考えた。たしかに、ジョージにくっついていると心地いい。もっとぴったりくっつきたいと思う時もある。もしかすると、その気持ちの延長線上にさっきみたいなことがあるのかもしれない。
「ところで」
ジョージがラインにずいと詰め寄った。
「俺に隠せるとでも思ったのか?」
「え……何のこと?」
ラインの心臓は急に早鐘を打ち始めた。心当たりがあったからだ。ラインは必死に脳みそを回転させて、なんとかこの場を切り抜ける方法がないか考えた。
「さっき、痛そうな顔しただろ」
図星だった。今、ラインの左胸はじんじんと痛んでいる。ジョージの右手が悪事を働いた時に痛みがぶり返した。
「見せてみろよ」
「見せられない」
なぜならば、『私は悲劇のヒロインではありません』という文字が皮膚に刻み込まれているから。恋人と2人きりで会う予定の前にピクルスまみれになりたくなくて、今日はマートラップの触手液を塗らずに闇の魔術に対する防衛術の個人授業に挑んだのだ。ラインはブラウスの襟元を握りしめて、じりじりと後退りした。ジョージの真面目な顔が迫ってくる。ラインの背中が冷たい石壁にくっついた時、ジョージがこちらに向かって手を伸ばした。しばらくの間、2人は揉み合った。
「大丈夫だって、何もしないさ」
ジョージはそう言いながら、ボタンを引きちぎらんばかりの勢いでラインのブラウスの襟元を開いた。
「わっ」
ラインの胸元はあっけなく外気に晒された。その瞬間、ジョージは驚いたように目を見開いた。
「……想像以上だな」
「それって、傷のこと?」
ラインの質問を無視して、ジョージは立ち上がった。
「どこに行くの?」
「君は先に寮へ戻ってくれ」
ジョージはこちらを振り向きもせず、扉を開けて廊下へ出て行った。なんだか嫌な予感がする。ラインは大急ぎでブラウスのボタンを閉めて立ち上がり、ジョージの後を追いかけた。
「待って、ジョージ」
「君はついてこなくていい」
ジョージは廊下をずんずん歩いた。ラインが息を切らしても、転びそうになっても、彼は立ち止まってくれなかった。そんなことは初めてだったので、ラインは泣きそうになった。ラインが鼻をすすっているうちに(普段と違う、奇妙な通路を歩いた気がする)2人はあっという間にピンク色の子猫の絵が飾られた扉の前にたどり着いた。
「お願い、ジョージ」
ラインは懇願した。
「そんなことやめて。今度こそ、罰則どころじゃ済まなくなっちゃう」
ラインの制止を知らんぷりして、ジョージはポケットに手を突っ込んだ。
ガチャリ
その時、部屋の扉が内側から開いた。
「あら、こんばんは。ミス・マーリン、ミスター・ウィーズリー」
花柄べったりのローブを着たアンブリッジ先生がそこに立っていた。彼女の顔に貼り付いている気味の悪いにっこり笑顔を見て、ラインは鳥肌が立った。ジョージはアンブリッジ先生を睨み付けるのに忙しそうだったので、ラインが仕方なくボソボソ言った。
「こんばんは、アンブリッジ先生」
「ミスター・ウィーズリー、こんな時間に何の用ですか?」
アンブリッジ先生はラインを無視した。
「白々しい」
ジョージが唸った。ラインは彼が臨戦態勢に入ったことを感じ取った。
「いったい、この子が何をしたって言うんだ。あんな傷、刻みやがって」
「どうして、貴方がそのことを知っているのかしら?」
例の危険極まりない、わざとらしい甘ったるい声でアンブリッジ先生が言った。ジョージがドラゴン花火をいつ取り出してもいいように、ラインは足首を回して準備運動を始めた。
「わたくしは、あなた方が『教育令第29号、不純異性交遊を禁ずる』に違反したのではないかと考えておりますわ」
ラインは首をひねった。
「ねえ、ジョージ、不純異性交遊ってなに?」
ラインがこそこそ聞くと、ジョージは唇を動かさずに「そのうち教えてやるよ」と言った。
「いいでしょう……沈黙は肯定ですから……仕方がありません。わたくしはこの学校の校長先生であり、学校をより良くするという使命があります。あなた方のような生徒を放っておけば、他の生徒へ悪影響を与えかねません。したがって、あなた方が教育令第29号に二度と違反することのないように──」
突如、アンブリッジ先生は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「どちらかを退学処分にしなければなりませんね」
ラインは耳を疑った。
「そうくると思ったぜ」
今度は目を疑う番だった。ジョージがニヤリと笑っていたからだ。ジョージはポケットから取り出した杖をアンブリッジ先生に向けた。勝利の美酒に酔いしれていたガマガエルは反応が遅れた。
バーン!
紫色の閃光が走った。アンブリッジ先生は悲鳴を上げて、額を両手で押さえた。ぼってりしたガマガエルの目が驚いたように見開かれている。ラインは自らの額を確かめるように触っているアンブリッジ先生を注意深く見つめた。
「よくもまあ──こんなことを──今すぐこれを消しなさい!」
アンブリッジ先生が金切り声を上げた。ラインはぎょっとした。ずんぐりした指の隙間から見えた彼女の額に、膿んだ紫色のおできがびっしりと並んでいたからだ。
「あいにく、反対呪文がないんでね」
ジョージが楽しそうに言った。
「でも、薬ならある。1度塗れば1週間効果が持続する」
ジョージはポケットからガラスの小瓶を取り出した。次の瞬間、アンブリッジ先生が彼に飛びかかった。しかし、ずんぐりしたガマガエルには瞬発力がなかった。ジョージは飛び退り、アンブリッジ先生は潰れたガマカエルよろしく、床にべしゃっと転がった。
「この瓶は、この子にしか開けられないように細工がしてある」
ジョージはラインの手をとり、薬の入った小瓶を握らせた。小瓶はラインの手に触れた瞬間、ぶるぶると小刻みに震えて金色の火花を散らした。
「どういう意味か分かるだろう?」
アンブリッジ先生が顔を上げた。ラインは息を呑んだ。彼女の額にびっしりと広がった紫色のおできが、はっきりとした文字を描いていたからだ。
──体罰・ダメ・絶対──。
「ミスター・ウィーズリー!」
アンブリッジ先生は唇をわなわなと震わせながら、歯を剥き出しにして叫んだ。
「退学処分です!」
ラインは薬の入った小瓶を手に握ったまま、呆然と立ち尽くした。ジョージが満足そうに笑っているのが不思議だった。