the Order of the Phoenix
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コンコン
ラインは16時半きっかりにドアをノックした。
「お入りなさい」
部屋の中からきびきびとした声がした。ドアを開けると、机の上の資料を整理していたマクゴナガル先生が顔を上げた。
「そちらにお掛けなさい」
「はい、先生」
ラインはマクゴナガル先生の正面の椅子に座ろうとして、動きを止めた。嗅ぎ覚えのある甘ったるい香りが鼻を掠めたからだ。
「ェヘン、ェヘン」
もったいぶった咳払いが聞こえた。ラインは振り向いた。案の定、部屋の隅の椅子にアンブリッジ先生が座っていた。膝の上にクリップボードを載せて、気味の悪い微笑みを浮かべている。どうして、進路指導の面談に彼女が同席するんだろう?ラインは顔をしかめながら、しぶしぶ椅子に腰掛けた。
「さて、ミス・マーリン」
マクゴナガル先生はアンブリッジ先生がそこに座っていることなど、全く意に介さない様子で話し始めた。
「学校生活はどうですか?」
ラインは顔を上げてマクゴナガル先生を見た。意外な質問だった。ラインは一瞬、闇の魔術に対する防衛術の個人授業で自分が何をされているのか、マクゴナガル先生に告げ口してやろうかと考えた。しかしそんなことをすれば、必ず報復されるに違いない。
「全ての教科で手こずっています」
ラインはもごもごと答えた。アンブリッジ先生がフンと鼻で笑った気がした。
「でも、友達が助けてくれます。それに、学食が美味しいので頑張れます」
「それは何よりです」
マクゴナガル先生は素っ気なく言った。しかし、口元が笑っていた。
「ホグワーツ卒業後、どんな職業に就きたいか考えがありますか?」
「甘い食べ物を扱う仕事がしたいです」
ラインは堂々と言った。今度こそ、アンブリッジ先生がフンと鼻で笑った。
「良いではないですか。向いていると思いますよ」
マクゴナガル先生がきっぱりと言った。
「飲食業となると、まず、どこかの店舗で修行を積むのが一般的かと思います。ダイアゴン横丁やホグズミード村、ロンドン市内にも──」
「ェヘン、ェヘン」
このとき、アンブリッジ先生が小さく咳払いをした。マクゴナガル先生は無視した。
「魔法使いが経営する飲食店があります。将来的に個人事業主になるならば──」
「ェヘン、ェヘン」
今度は無視できない音量だった。マクゴナガル先生は話すのを止めて、ようやくアンブリッジ先生を真正面から見た。
「ドローレス、何かおっしゃりたいことがあるのですか?」
「わたくし、ちょっと気になりましたの」
アンブリッジ先生が甘ったるい作り声で話し始めた。
「そもそも、先生方はミス・マーリンに学校を卒業させる気がおありなのかしら……?」
「どういう意味でしょうか?」
マクゴナガル先生が眉を吊り上げた。ラインは目を閉じて、寝室にストックしてあるお菓子の在庫を数え始めた。時間は有効活用するべきだ。たぶん──マシュマロがあと1袋しかない。
「この子は魔法省指導要領に従った順当な教育プログラムを受けていません。何科目も飛ばしています。ダンブルドア先生には何度もご忠告いたしましたが、全ての科目を正しい順序で履修しなければ、魔法省は彼女が学校教育を修了したとは認めません」
「教育の本質について、私どもと魔法省の間には意見の相違があるようです」
マクゴナガル先生が冷静に言った。
「ダンブルドア先生は、ミス・マーリンが早急に自分の身を守る術を身に付けるべきだとお考えです。生徒個人に必要な教育を──」
マクゴナガル先生とアンブリッジ先生の舌戦を右耳から左耳へ通過させながら、ラインはなんとか明日中にマシュマロを手に入れる方法がないか考え始めた。明日は金曜日だから、暖炉でマシュマロを焼きながら夜更かししたい。1袋では足りない。厨房に行けば手に入るだろうか?
「──たとえ1年生から7年生まで全ての教科書を書き写したところで、襲いかかる脅威に立ち向かい、社会で生き延びるための力は身に付きません」
マクゴナガル先生が力のこもった声で言った。
「この子に襲いかかる脅威など、何もありません!」
キンキンした声が頭に響き、ラインは目を開けた。アンブリッジ先生は作り笑顔を忘れ、醜悪なガマガエルの顔になっていた。
「ミス・マーリン!」
マクゴナガル先生の凛とした声が部屋に響いた。いきなり自分の名前が呼ばれたので、ラインは驚いて正常な意識を取り戻した。
「これで面談は終わりです。寮へお戻りなさい。それから、マシュマロは1袋で充分です。自制心を身に付けなさい」
ラインは何度も頷きながら、急いで部屋を出た。扉を閉めてからも、アンブリッジ先生のキンキン声が廊下に響いていた。仕方ない。マシュマロは1袋で我慢しよう。あんな醜いガマガエルにはなりたくないもの。
寮に戻ると、授業終わりの生徒たちが談話室に集まっていた。ラインはきょろきょろと辺りを見回して、座る場所を探した。しかし、どこのソファも空いていない。
「お嬢さん」
その時、誰かがラインの耳元で囁いた。
「暇なら、俺と1杯どうだい?」
ラインは期待に胸を躍らせながら振り返った。ジョージがニヤッと笑っていた。彼は自分に着いてくるように合図して、太った婦人の肖像画を押し開けた。ラインはほとんどスキップしながら廊下を進んだ。いつもの空き教室に辿り着くと、ジョージはローブのポケットからバタービールの瓶を2本取り出して、先生の机に腰掛けた。ラインは大喜びで彼の隣に並んで座った。
「ねえねえ、ジョージ」
「なんだよ」
ラインが待ちきれずに呼びかけると、ジョージはバタービールの瓶の蓋を2本とも開けながら、気恥ずかしげにニヤッとした。それだけでラインは最高に幸せな気持ちになった。
「ホグワーツを卒業したら、ジョージはすぐに個人事業主になるの?」
「いったい、君はどこでそんな言葉を覚えてきたんだ?」
ジョージはおかしそうに笑った。
「さっき、進路指導の面談で聞いた」
「なるほど」
ラインはバタービールを飲みながら、穴が開くほどジョージを見つめた。彼が卒業するまで、あと4ヶ月しかない。今のうちに、恋人の制服姿をしっかりと目に焼き付けておくべきだ。
「そうさ。俺たちは誰かの下につくってことが向いてないからな」
「かっこいい」
ラインは心から賞賛した。ジョージは嬉しそうにニヤニヤした。
「それで、君は将来、砂糖漬けになりたいってマクゴナガルに宣言したのか?」
「うん。『向いていると思いますよ』って言われた」
ラインが自慢げに言うと、ジョージは爆笑した。そのおかけで、彼の口の周りにバタービールの泡がくっついた。今こそ、自分が"気の利く彼女"であることをアピールするチャンスだ。ラインははりきってハンカチを取り出した。しかし、はりきりすぎて、飲みかけのバタービールの瓶を張り倒した。
「君って、本当に──」
ジョージが素早く杖を振り、机の上にこぼれたバタービールを片付けた。ラインは顔の前で手を合わせて謝罪した。
「かわいいよな」
ジョージはくつくつ笑った。ラインは謝罪の心を忘れて、訝しげな目線をジョージに向けた。本心だろうか?
「心外だぜ。愛を疑われるなんて」
大げさに悲しい顔をするジョージを眺めながら、ラインは閃いた。これはいい機会だ。ずっと気になっていたことを彼に聞いてみよう。
「ジョージって、いつから私のことを好きだったの?」
「君がマルフォイにピクシーをけしかけられて、下着姿で泣いてるのを見た時から」
「──え?」
ラインは混乱した。
「なんで?」
「男なんてそんなもんだろ」
ジョージはあっけらかんと言った。
「今だって、君がどんなものを着てるのか、気になってる」
ラインはますます混乱した。ジョージは私のキャミソールがどんなものか気になっているっていうこと?それって、どういう感情?
「泡がついてるぞ」
「え、どこに?」
「ここに決まってるだろ」
次の瞬間、視界がジョージで埋まった。ラインはすぐさま目を閉じた。だって、恥ずかしいもの。今日はバタービールの味だ。当然だ。それと、今日のジョージは唇がかさついている。キスの回数を重ねるにつれて、いつのまにか、ラインの五感は味覚以外も仕事をするようになっていた。自分の顔がとんでもなく火照っていることだって分かる。だけど、今日は首のあたりがちょっと寒い。なんでだろう?
おそるおそる目を開けて、ラインは声を失った。ジョージの手が、自分のブラウスの第2ボタンを外しているところだったからだ。ラインは弾かれたように椅子から立ち上がった。そして、逃走した。
息を切らしながら太った婦人の肖像画を押し開けると、身を隠すのにちょうどよさそうな、大きな背中が暖炉の前に見えた。ラインは無我夢中でその後ろに飛び込んだ。
「おいおい、どうしたんだ?」
ちょっと驚いたような顔をして、フレッドが振り返った。
「……逃げてきた」
「誰から?」
「……ジョージ」
「へえ?」
フレッドの口角がピクリと動き、ニヤニヤの準備運動を始めた。
「なんでだい?」
「だって……変なことするんだもん」
ラインがもごもご言うのを聞きながら、フレッドは今世紀最大のニヤニヤをお披露目した。
「変なことって、たとえば?」
ラインはフレッドを睨みつけた。間違いなく、彼はこの状況を楽しんでいる。自分がこんなに困っているというのに。ラインはそっぽを向いて、ネクタイをきつく締め直した。その時、肖像画の扉が開いて、ジョージが談話室に姿を現した。
「君って、やけに逃げ足が速いんだな。安心したぜ」
ジョージは暖炉の前まですたすたと歩いてくると、フレッドの肩越しにラインを覗き込んだ。
「来いよ。まだ残ってるぞ」
ジョージはバタービールの瓶を持ち上げて言った。ラインはためらった。理由は分からない。しかし、ラインは彼を本能的に警戒していた。これまで、彼と話すチャンスを自ら逃したことなんてなかったのに。
「……大切にしてくれよ」
その時、部屋の隅のほうから、押し殺したような声がした。ソファに座り、一部始終を見ていたシェーマスだった。
「わかってる」
ジョージはラインから目を離さずに言った。ラインは驚いた。かつてないほど、彼が真剣な顔をしていたからだ。
ラインは16時半きっかりにドアをノックした。
「お入りなさい」
部屋の中からきびきびとした声がした。ドアを開けると、机の上の資料を整理していたマクゴナガル先生が顔を上げた。
「そちらにお掛けなさい」
「はい、先生」
ラインはマクゴナガル先生の正面の椅子に座ろうとして、動きを止めた。嗅ぎ覚えのある甘ったるい香りが鼻を掠めたからだ。
「ェヘン、ェヘン」
もったいぶった咳払いが聞こえた。ラインは振り向いた。案の定、部屋の隅の椅子にアンブリッジ先生が座っていた。膝の上にクリップボードを載せて、気味の悪い微笑みを浮かべている。どうして、進路指導の面談に彼女が同席するんだろう?ラインは顔をしかめながら、しぶしぶ椅子に腰掛けた。
「さて、ミス・マーリン」
マクゴナガル先生はアンブリッジ先生がそこに座っていることなど、全く意に介さない様子で話し始めた。
「学校生活はどうですか?」
ラインは顔を上げてマクゴナガル先生を見た。意外な質問だった。ラインは一瞬、闇の魔術に対する防衛術の個人授業で自分が何をされているのか、マクゴナガル先生に告げ口してやろうかと考えた。しかしそんなことをすれば、必ず報復されるに違いない。
「全ての教科で手こずっています」
ラインはもごもごと答えた。アンブリッジ先生がフンと鼻で笑った気がした。
「でも、友達が助けてくれます。それに、学食が美味しいので頑張れます」
「それは何よりです」
マクゴナガル先生は素っ気なく言った。しかし、口元が笑っていた。
「ホグワーツ卒業後、どんな職業に就きたいか考えがありますか?」
「甘い食べ物を扱う仕事がしたいです」
ラインは堂々と言った。今度こそ、アンブリッジ先生がフンと鼻で笑った。
「良いではないですか。向いていると思いますよ」
マクゴナガル先生がきっぱりと言った。
「飲食業となると、まず、どこかの店舗で修行を積むのが一般的かと思います。ダイアゴン横丁やホグズミード村、ロンドン市内にも──」
「ェヘン、ェヘン」
このとき、アンブリッジ先生が小さく咳払いをした。マクゴナガル先生は無視した。
「魔法使いが経営する飲食店があります。将来的に個人事業主になるならば──」
「ェヘン、ェヘン」
今度は無視できない音量だった。マクゴナガル先生は話すのを止めて、ようやくアンブリッジ先生を真正面から見た。
「ドローレス、何かおっしゃりたいことがあるのですか?」
「わたくし、ちょっと気になりましたの」
アンブリッジ先生が甘ったるい作り声で話し始めた。
「そもそも、先生方はミス・マーリンに学校を卒業させる気がおありなのかしら……?」
「どういう意味でしょうか?」
マクゴナガル先生が眉を吊り上げた。ラインは目を閉じて、寝室にストックしてあるお菓子の在庫を数え始めた。時間は有効活用するべきだ。たぶん──マシュマロがあと1袋しかない。
「この子は魔法省指導要領に従った順当な教育プログラムを受けていません。何科目も飛ばしています。ダンブルドア先生には何度もご忠告いたしましたが、全ての科目を正しい順序で履修しなければ、魔法省は彼女が学校教育を修了したとは認めません」
「教育の本質について、私どもと魔法省の間には意見の相違があるようです」
マクゴナガル先生が冷静に言った。
「ダンブルドア先生は、ミス・マーリンが早急に自分の身を守る術を身に付けるべきだとお考えです。生徒個人に必要な教育を──」
マクゴナガル先生とアンブリッジ先生の舌戦を右耳から左耳へ通過させながら、ラインはなんとか明日中にマシュマロを手に入れる方法がないか考え始めた。明日は金曜日だから、暖炉でマシュマロを焼きながら夜更かししたい。1袋では足りない。厨房に行けば手に入るだろうか?
「──たとえ1年生から7年生まで全ての教科書を書き写したところで、襲いかかる脅威に立ち向かい、社会で生き延びるための力は身に付きません」
マクゴナガル先生が力のこもった声で言った。
「この子に襲いかかる脅威など、何もありません!」
キンキンした声が頭に響き、ラインは目を開けた。アンブリッジ先生は作り笑顔を忘れ、醜悪なガマガエルの顔になっていた。
「ミス・マーリン!」
マクゴナガル先生の凛とした声が部屋に響いた。いきなり自分の名前が呼ばれたので、ラインは驚いて正常な意識を取り戻した。
「これで面談は終わりです。寮へお戻りなさい。それから、マシュマロは1袋で充分です。自制心を身に付けなさい」
ラインは何度も頷きながら、急いで部屋を出た。扉を閉めてからも、アンブリッジ先生のキンキン声が廊下に響いていた。仕方ない。マシュマロは1袋で我慢しよう。あんな醜いガマガエルにはなりたくないもの。
寮に戻ると、授業終わりの生徒たちが談話室に集まっていた。ラインはきょろきょろと辺りを見回して、座る場所を探した。しかし、どこのソファも空いていない。
「お嬢さん」
その時、誰かがラインの耳元で囁いた。
「暇なら、俺と1杯どうだい?」
ラインは期待に胸を躍らせながら振り返った。ジョージがニヤッと笑っていた。彼は自分に着いてくるように合図して、太った婦人の肖像画を押し開けた。ラインはほとんどスキップしながら廊下を進んだ。いつもの空き教室に辿り着くと、ジョージはローブのポケットからバタービールの瓶を2本取り出して、先生の机に腰掛けた。ラインは大喜びで彼の隣に並んで座った。
「ねえねえ、ジョージ」
「なんだよ」
ラインが待ちきれずに呼びかけると、ジョージはバタービールの瓶の蓋を2本とも開けながら、気恥ずかしげにニヤッとした。それだけでラインは最高に幸せな気持ちになった。
「ホグワーツを卒業したら、ジョージはすぐに個人事業主になるの?」
「いったい、君はどこでそんな言葉を覚えてきたんだ?」
ジョージはおかしそうに笑った。
「さっき、進路指導の面談で聞いた」
「なるほど」
ラインはバタービールを飲みながら、穴が開くほどジョージを見つめた。彼が卒業するまで、あと4ヶ月しかない。今のうちに、恋人の制服姿をしっかりと目に焼き付けておくべきだ。
「そうさ。俺たちは誰かの下につくってことが向いてないからな」
「かっこいい」
ラインは心から賞賛した。ジョージは嬉しそうにニヤニヤした。
「それで、君は将来、砂糖漬けになりたいってマクゴナガルに宣言したのか?」
「うん。『向いていると思いますよ』って言われた」
ラインが自慢げに言うと、ジョージは爆笑した。そのおかけで、彼の口の周りにバタービールの泡がくっついた。今こそ、自分が"気の利く彼女"であることをアピールするチャンスだ。ラインははりきってハンカチを取り出した。しかし、はりきりすぎて、飲みかけのバタービールの瓶を張り倒した。
「君って、本当に──」
ジョージが素早く杖を振り、机の上にこぼれたバタービールを片付けた。ラインは顔の前で手を合わせて謝罪した。
「かわいいよな」
ジョージはくつくつ笑った。ラインは謝罪の心を忘れて、訝しげな目線をジョージに向けた。本心だろうか?
「心外だぜ。愛を疑われるなんて」
大げさに悲しい顔をするジョージを眺めながら、ラインは閃いた。これはいい機会だ。ずっと気になっていたことを彼に聞いてみよう。
「ジョージって、いつから私のことを好きだったの?」
「君がマルフォイにピクシーをけしかけられて、下着姿で泣いてるのを見た時から」
「──え?」
ラインは混乱した。
「なんで?」
「男なんてそんなもんだろ」
ジョージはあっけらかんと言った。
「今だって、君がどんなものを着てるのか、気になってる」
ラインはますます混乱した。ジョージは私のキャミソールがどんなものか気になっているっていうこと?それって、どういう感情?
「泡がついてるぞ」
「え、どこに?」
「ここに決まってるだろ」
次の瞬間、視界がジョージで埋まった。ラインはすぐさま目を閉じた。だって、恥ずかしいもの。今日はバタービールの味だ。当然だ。それと、今日のジョージは唇がかさついている。キスの回数を重ねるにつれて、いつのまにか、ラインの五感は味覚以外も仕事をするようになっていた。自分の顔がとんでもなく火照っていることだって分かる。だけど、今日は首のあたりがちょっと寒い。なんでだろう?
おそるおそる目を開けて、ラインは声を失った。ジョージの手が、自分のブラウスの第2ボタンを外しているところだったからだ。ラインは弾かれたように椅子から立ち上がった。そして、逃走した。
息を切らしながら太った婦人の肖像画を押し開けると、身を隠すのにちょうどよさそうな、大きな背中が暖炉の前に見えた。ラインは無我夢中でその後ろに飛び込んだ。
「おいおい、どうしたんだ?」
ちょっと驚いたような顔をして、フレッドが振り返った。
「……逃げてきた」
「誰から?」
「……ジョージ」
「へえ?」
フレッドの口角がピクリと動き、ニヤニヤの準備運動を始めた。
「なんでだい?」
「だって……変なことするんだもん」
ラインがもごもご言うのを聞きながら、フレッドは今世紀最大のニヤニヤをお披露目した。
「変なことって、たとえば?」
ラインはフレッドを睨みつけた。間違いなく、彼はこの状況を楽しんでいる。自分がこんなに困っているというのに。ラインはそっぽを向いて、ネクタイをきつく締め直した。その時、肖像画の扉が開いて、ジョージが談話室に姿を現した。
「君って、やけに逃げ足が速いんだな。安心したぜ」
ジョージは暖炉の前まですたすたと歩いてくると、フレッドの肩越しにラインを覗き込んだ。
「来いよ。まだ残ってるぞ」
ジョージはバタービールの瓶を持ち上げて言った。ラインはためらった。理由は分からない。しかし、ラインは彼を本能的に警戒していた。これまで、彼と話すチャンスを自ら逃したことなんてなかったのに。
「……大切にしてくれよ」
その時、部屋の隅のほうから、押し殺したような声がした。ソファに座り、一部始終を見ていたシェーマスだった。
「わかってる」
ジョージはラインから目を離さずに言った。ラインは驚いた。かつてないほど、彼が真剣な顔をしていたからだ。