the Order of the Phoenix
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愛するラインへ
元気にしているかい?パパは一人ぼっちで寂しいクリスマスを過ごしたよ。頼むから、イースター休暇は顔を見せておくれ。
ところで、最近パパは仕事が忙しいよ。どうしてかって?指名手配犯がいきなり10人も増えたからね。あろうことか、そいつらに関してパパが与えられた情報は顔写真と名前だけだ。誰が何の事件に関わったのかも分からないし、上司からは何の説明もない。そして摩訶不思議なことに、パパの同僚たちは誰一人としてそのことに疑問を抱いていない。これで決まりだ。そちらの世界のお偉いさんに会ったら言っておいてくれ。私どもの頭の中を勝手に引っ掻き回すなとね。
とにかく、しばらくの間は1人で学校の外に出掛けないこと。身を守るために万全の対策をしなさい。
パパより
追伸
赤毛の彼は元気かい?
────────────────────
父から送られてきた手紙を読みながら、ラインは青くなったり赤くなったりした。
「間違いないわ。この記事のことよ」
横で手紙を覗き込んでいたハーマイオニーが、日刊予言者新聞の一面を指差して言った。
『アズカバンから集団脱獄──かつての死喰い人、結集か?』
大見出しの下には10枚の白黒写真が載っている。アントニン・ドロホフ、オーガスタス・ルックウッド、ベラトリックス・レストレンジ……
ラインは彼らがアズカバン送りになった罪状を読み始めたが、すぐに読むのを止めた。朝食を食べながら読みたい内容ではなかったからだ。ラインはピーナッツバターへ手を伸ばし、それをこんもりとトーストに塗り付けた。
「マグルに警告する判断力がファッジに残っていてよかったわ。貴方のお父様は本当にお気の毒だけど……」
しばらくの間、ハーマイオニーは脱獄した死喰い人たちの写真を睨み付けていたが、やがて勢いよく立ち上がった。
「どこに行くの?」
「私──手紙を出してくる」
ラインはピーナッツバター・トーストを齧りながら、扉へ向かって駆けていくハーマイオニーの背中を呆然と見つめた。
アズカバンから脱獄した10人は、例のあの人の陣営に加わったに違いない。それはつまり、例のあの人の力が再び強くなってきているということだ。ダンブルドア先生がいる限りホグワーツは安全だと言われてきたけれど、それはたぶん間違っている。だって、自分は昨年トランクの中に閉じ込められた。例のあの人はまだ自分に興味を持っているだろうか?そのことを考え始めた途端、ラインはトーストの味が分からなくなった。これは良くない。ピーナッツバターの無駄遣いだ。何か別のことを考えよう。
ラインはテーブルの中央に視線を向けた。そこに好きな人が座っているからだ。ジョージはベーコンとスクランブルエッグを交互に口の中へ放り込みつつ、何やら真剣な顔でフレッドと話し込んでいる。
「ダングから連絡があった」
「手に入ったのか?」
「ああ。ただ、一辺が5センチらしい」
「小さいな」
突如、2人がこちらを振り向いた。ジョージとばっちり目が合ったので、ラインは驚いてトーストを取り落とした。
「──な、なに?」
「君の顔のサイズの話さ」
フレッドがウィンクしながら言った。悪い気はしない。ラインは照れ笑いした。
────
ラインは脇目も振らず、競歩のような早歩きで廊下を突き進んでいた。一刻も早く、寮に帰ってベッドに潜りこみたい。今日もまた、何の意味もない、ガマガエルのいやらしいニタニタ笑いと皮膚を刻まれる痛みに耐えるだけの45分間を過ごした。しかしながら、ラインの考えた作戦は完璧だった。あらかじめ心臓の真上あたりの皮膚にマートラップの触手液を塗っておくのだ。そうすれば、文字が皮膚に刻み込まれた次の瞬間には痛みが引くし、傷痕も残りにくい。ピクルスのような酸っぱい匂いを身に纏わなければならないところが難点だけれど、ガマガエルの部屋では問題ない。なぜならば、彼女の香水の匂いの方が強烈だから。
息を切らしながら最初の角を曲がった瞬間、ラインは急停止した。数メートル先の廊下に、キャラメル色の小さな物体がふわふわと浮いているのを見つけたからだ。ラインはじりじりとそれに近寄った。鼻から大きく息を吸い込んで、ラインは確信した。あれはキャラメルパイだ。
「──いくらなんでも、あれに引っかかるほど馬鹿だとは思えない」
ラインは息を潜めた。廊下の中ほどの階段の上から声が聞こえてきたからだ。
「お前たちは引っかかったじゃないか」
「あの時、僕たちは2年生だった」
「2年生だろうが1年生だろうが、普通の人間は引っかからない」
何やら言い争っているようだ。
「クランベリーもスニーカーも、いまいちだった」
「何が言いたい?」
「ドラコ、君が本気だと思えない。あの豚みたいな鼻の屋敷しもべ妖精の方が、よほど本気であいつを始末しようと──」
「うるさい!僕のやっていることに口を出すな。お前もゴイルも言われたとおりのことだけやっていろ」
声の主が誰なのか、ラインは理解した。マルフォイ、クラッブ、ゴイル──ラインが世界一苦手な3人組だ。ラインはくるりと踵を返し、来た道を引き返そうとした。すると、廊下の向こうからこちらに向かって歩いてくる人物を見つけた。
「……ハリー!こんな時間にどうしたの?」
ラインはなるべく小さな声で言った。
「たった今、閉心術の訓練を受けてきたところだよ。最悪の気分だ」
ハリーが恨めしげに言ったので、ラインは苦笑いした。ダンブルドア先生の提案により、ハリーは年明けからスネイプ先生の個人授業を受けている。例のあの人との繋がりを断ち切るためだ。閉心術の訓練がどのように行われるかは分からないけれど、相性が悪い先生と2人きりの辛さをラインはよく知っていた。
「君の方はどうだった?」
「貴方と同じよ。最悪の気分」
ラインが顔をしかめると、ハリーは小さく笑った。
「さあ、寮へ帰ろう」
ラインはハリーの後ろについて行くのをためらった。ハリーは不思議そうな顔をして立ち止まったが、廊下の先を覗き込んで納得したようだった。
「あんな奴のために君が足止めを食らう必要はないよ。ほら──行こう」
ハリーはラインのいる場所まで戻ってくると、ラインの手を取ってスタスタと歩き出した。
「やあ、ポッター。魔法薬の補習デートでもしてきたのかい?」
案の定、階段の中ほどにドラコ・マルフォイがぽつんと座っていた。クラッブとゴイルの姿はない。2人は帰ってしまったのだろうか?
「あいにく、君には関係のないことだ。そっちこそ、いつもの屈強な彼女たちはどうしたんだ?振られたのか?」
「黙れ、ポッター。立場をわきまえろ」
マルフォイが唸った。
「もし、僕がお前の立場なら『尋問官親衛隊』に逆らうようなことは──」
ラインはマルフォイの言葉を最後まで聞くことが出来なかった。ハリーがラインの手を掴んだまま、歩く速度を緩めなかったからだ。ふわふわと浮かぶキャラメルパイを横目に、ラインはマルフォイの前を通り過ぎ、階段を上り、長い廊下を直進し、再び階段を上り、ついにグリフィンドール寮のある8階に辿り着いた。ラインはその間ずっと、自分以外の誰もキャラメルパイを気にかけなかったことについて首を捻っていた。
「もし、違ったら申し訳ないんだけど──」
談話室へ続く通路をよじ登るラインを手伝いながら、ハリーが言った。
「君、香水変えた?」
「やっぱり、臭い?」
ラインは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。もう鼻が慣れてしまっていて、自分ではマートラップの触手液の匂いが分からなくなっていた。
「ううん、そんなことないよ。もちろん」
眉を下げたラインを見て、ハリーが焦ったように言った。
「いつもの香りも素敵だけど、今日の香りは……なんていうか……すごく独創的で……」
なぜかハリーはしきりに目を瞬かせている。
「僕は好きだよ」
そうなんだ。変わった趣味だな。でも、臭いと思われていなくてよかった。ラインが感謝を込めてにっこりした瞬間、ハリーは掴んでいたラインの腕をパッと離した。
「じゃあ、僕はもう寝るよ。おやすみ」
「あ──うん。おやすみ」
ハリーを見送ろうと振り向いて、ラインは驚いた。暖炉の前のソファにどかっと腰掛けたジョージが、ハリーに向かってヒラヒラと手を振っていたからだ。
「──それで、何が好きなんだい?」
ハリーの姿が見えなくなった途端、ジョージが聞いた。唐突な質問にラインは戸惑った。
「──え?」
「ハリーは何が好きだって?」
「えっと、今日の私の香り」
ラインが答えると、ジョージの眉がピクリと動いた。
「へえ?」
「待って……こっちに来ちゃだめ」
ソファから立ち上がり、こちらに歩いてくるジョージを手で制しながら、ラインは女子寮へ続く階段に向かって後退りした。万が一にでも、ジョージに臭いと思われたくない。
「なんで俺はだめなんだよ」
「だめなものはだめ」
「そんな説明じゃ納得できない」
ジョージは不満げな顔で立ち止まると、急に何かを見つけたような顔になり、目を見開いた。
「ライン、見てみろよ。窓の外にキャラメルパイが飛んでる」
「え、どこ?」
窓に駆け寄り、夜空に目を凝らしている途中で、ラインは気が付いた。たぶん窓の外にキャラメルパイは飛んでいないし、背後に人の気配がある。
「君って……本当に隙だらけだよな」
振り向くと、目の前にジョージの顔が現れた。そばかすの数さえ数えられそうな距離だ。彼はラインの顔の横の壁にドンと手をついて、ラインが逃げ出すのを阻止した。壁ドンは憧れのシチュエーションだけど、今じゃない方がよかった。
「それじゃ、ちょっと失礼」
ジョージはラインの首元に顔を寄せた。彼の鼻先が首にくっついたので、全身がカッと熱くなった。ラインは息を止めたまま、彼のつむじを凝視した。ジョージは顔を上げると、眉をしかめながら言った。
「君……ピクルスにバニラアイスでもかけて食ったのか?」
ラインはたちまち息を吹き返した。
「ジョージなんて、もう知らない!」
ラインは感情のままに言い捨てると、ジョージの腕をかいくぐり、女子寮へ続く階段を駆け上がった。今日は散々だ。こんな日はヤケ食いしても許されるはずだ。寝室に辿り着くやいなや、ラインはトランクからカタツムリのロールケーキを取り出して、逃げ惑うカタツムリたちを次々と捕食し始めた。
愛するラインへ
元気にしているかい?パパは一人ぼっちで寂しいクリスマスを過ごしたよ。頼むから、イースター休暇は顔を見せておくれ。
ところで、最近パパは仕事が忙しいよ。どうしてかって?指名手配犯がいきなり10人も増えたからね。あろうことか、そいつらに関してパパが与えられた情報は顔写真と名前だけだ。誰が何の事件に関わったのかも分からないし、上司からは何の説明もない。そして摩訶不思議なことに、パパの同僚たちは誰一人としてそのことに疑問を抱いていない。これで決まりだ。そちらの世界のお偉いさんに会ったら言っておいてくれ。私どもの頭の中を勝手に引っ掻き回すなとね。
とにかく、しばらくの間は1人で学校の外に出掛けないこと。身を守るために万全の対策をしなさい。
パパより
追伸
赤毛の彼は元気かい?
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父から送られてきた手紙を読みながら、ラインは青くなったり赤くなったりした。
「間違いないわ。この記事のことよ」
横で手紙を覗き込んでいたハーマイオニーが、日刊予言者新聞の一面を指差して言った。
『アズカバンから集団脱獄──かつての死喰い人、結集か?』
大見出しの下には10枚の白黒写真が載っている。アントニン・ドロホフ、オーガスタス・ルックウッド、ベラトリックス・レストレンジ……
ラインは彼らがアズカバン送りになった罪状を読み始めたが、すぐに読むのを止めた。朝食を食べながら読みたい内容ではなかったからだ。ラインはピーナッツバターへ手を伸ばし、それをこんもりとトーストに塗り付けた。
「マグルに警告する判断力がファッジに残っていてよかったわ。貴方のお父様は本当にお気の毒だけど……」
しばらくの間、ハーマイオニーは脱獄した死喰い人たちの写真を睨み付けていたが、やがて勢いよく立ち上がった。
「どこに行くの?」
「私──手紙を出してくる」
ラインはピーナッツバター・トーストを齧りながら、扉へ向かって駆けていくハーマイオニーの背中を呆然と見つめた。
アズカバンから脱獄した10人は、例のあの人の陣営に加わったに違いない。それはつまり、例のあの人の力が再び強くなってきているということだ。ダンブルドア先生がいる限りホグワーツは安全だと言われてきたけれど、それはたぶん間違っている。だって、自分は昨年トランクの中に閉じ込められた。例のあの人はまだ自分に興味を持っているだろうか?そのことを考え始めた途端、ラインはトーストの味が分からなくなった。これは良くない。ピーナッツバターの無駄遣いだ。何か別のことを考えよう。
ラインはテーブルの中央に視線を向けた。そこに好きな人が座っているからだ。ジョージはベーコンとスクランブルエッグを交互に口の中へ放り込みつつ、何やら真剣な顔でフレッドと話し込んでいる。
「ダングから連絡があった」
「手に入ったのか?」
「ああ。ただ、一辺が5センチらしい」
「小さいな」
突如、2人がこちらを振り向いた。ジョージとばっちり目が合ったので、ラインは驚いてトーストを取り落とした。
「──な、なに?」
「君の顔のサイズの話さ」
フレッドがウィンクしながら言った。悪い気はしない。ラインは照れ笑いした。
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ラインは脇目も振らず、競歩のような早歩きで廊下を突き進んでいた。一刻も早く、寮に帰ってベッドに潜りこみたい。今日もまた、何の意味もない、ガマガエルのいやらしいニタニタ笑いと皮膚を刻まれる痛みに耐えるだけの45分間を過ごした。しかしながら、ラインの考えた作戦は完璧だった。あらかじめ心臓の真上あたりの皮膚にマートラップの触手液を塗っておくのだ。そうすれば、文字が皮膚に刻み込まれた次の瞬間には痛みが引くし、傷痕も残りにくい。ピクルスのような酸っぱい匂いを身に纏わなければならないところが難点だけれど、ガマガエルの部屋では問題ない。なぜならば、彼女の香水の匂いの方が強烈だから。
息を切らしながら最初の角を曲がった瞬間、ラインは急停止した。数メートル先の廊下に、キャラメル色の小さな物体がふわふわと浮いているのを見つけたからだ。ラインはじりじりとそれに近寄った。鼻から大きく息を吸い込んで、ラインは確信した。あれはキャラメルパイだ。
「──いくらなんでも、あれに引っかかるほど馬鹿だとは思えない」
ラインは息を潜めた。廊下の中ほどの階段の上から声が聞こえてきたからだ。
「お前たちは引っかかったじゃないか」
「あの時、僕たちは2年生だった」
「2年生だろうが1年生だろうが、普通の人間は引っかからない」
何やら言い争っているようだ。
「クランベリーもスニーカーも、いまいちだった」
「何が言いたい?」
「ドラコ、君が本気だと思えない。あの豚みたいな鼻の屋敷しもべ妖精の方が、よほど本気であいつを始末しようと──」
「うるさい!僕のやっていることに口を出すな。お前もゴイルも言われたとおりのことだけやっていろ」
声の主が誰なのか、ラインは理解した。マルフォイ、クラッブ、ゴイル──ラインが世界一苦手な3人組だ。ラインはくるりと踵を返し、来た道を引き返そうとした。すると、廊下の向こうからこちらに向かって歩いてくる人物を見つけた。
「……ハリー!こんな時間にどうしたの?」
ラインはなるべく小さな声で言った。
「たった今、閉心術の訓練を受けてきたところだよ。最悪の気分だ」
ハリーが恨めしげに言ったので、ラインは苦笑いした。ダンブルドア先生の提案により、ハリーは年明けからスネイプ先生の個人授業を受けている。例のあの人との繋がりを断ち切るためだ。閉心術の訓練がどのように行われるかは分からないけれど、相性が悪い先生と2人きりの辛さをラインはよく知っていた。
「君の方はどうだった?」
「貴方と同じよ。最悪の気分」
ラインが顔をしかめると、ハリーは小さく笑った。
「さあ、寮へ帰ろう」
ラインはハリーの後ろについて行くのをためらった。ハリーは不思議そうな顔をして立ち止まったが、廊下の先を覗き込んで納得したようだった。
「あんな奴のために君が足止めを食らう必要はないよ。ほら──行こう」
ハリーはラインのいる場所まで戻ってくると、ラインの手を取ってスタスタと歩き出した。
「やあ、ポッター。魔法薬の補習デートでもしてきたのかい?」
案の定、階段の中ほどにドラコ・マルフォイがぽつんと座っていた。クラッブとゴイルの姿はない。2人は帰ってしまったのだろうか?
「あいにく、君には関係のないことだ。そっちこそ、いつもの屈強な彼女たちはどうしたんだ?振られたのか?」
「黙れ、ポッター。立場をわきまえろ」
マルフォイが唸った。
「もし、僕がお前の立場なら『尋問官親衛隊』に逆らうようなことは──」
ラインはマルフォイの言葉を最後まで聞くことが出来なかった。ハリーがラインの手を掴んだまま、歩く速度を緩めなかったからだ。ふわふわと浮かぶキャラメルパイを横目に、ラインはマルフォイの前を通り過ぎ、階段を上り、長い廊下を直進し、再び階段を上り、ついにグリフィンドール寮のある8階に辿り着いた。ラインはその間ずっと、自分以外の誰もキャラメルパイを気にかけなかったことについて首を捻っていた。
「もし、違ったら申し訳ないんだけど──」
談話室へ続く通路をよじ登るラインを手伝いながら、ハリーが言った。
「君、香水変えた?」
「やっぱり、臭い?」
ラインは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。もう鼻が慣れてしまっていて、自分ではマートラップの触手液の匂いが分からなくなっていた。
「ううん、そんなことないよ。もちろん」
眉を下げたラインを見て、ハリーが焦ったように言った。
「いつもの香りも素敵だけど、今日の香りは……なんていうか……すごく独創的で……」
なぜかハリーはしきりに目を瞬かせている。
「僕は好きだよ」
そうなんだ。変わった趣味だな。でも、臭いと思われていなくてよかった。ラインが感謝を込めてにっこりした瞬間、ハリーは掴んでいたラインの腕をパッと離した。
「じゃあ、僕はもう寝るよ。おやすみ」
「あ──うん。おやすみ」
ハリーを見送ろうと振り向いて、ラインは驚いた。暖炉の前のソファにどかっと腰掛けたジョージが、ハリーに向かってヒラヒラと手を振っていたからだ。
「──それで、何が好きなんだい?」
ハリーの姿が見えなくなった途端、ジョージが聞いた。唐突な質問にラインは戸惑った。
「──え?」
「ハリーは何が好きだって?」
「えっと、今日の私の香り」
ラインが答えると、ジョージの眉がピクリと動いた。
「へえ?」
「待って……こっちに来ちゃだめ」
ソファから立ち上がり、こちらに歩いてくるジョージを手で制しながら、ラインは女子寮へ続く階段に向かって後退りした。万が一にでも、ジョージに臭いと思われたくない。
「なんで俺はだめなんだよ」
「だめなものはだめ」
「そんな説明じゃ納得できない」
ジョージは不満げな顔で立ち止まると、急に何かを見つけたような顔になり、目を見開いた。
「ライン、見てみろよ。窓の外にキャラメルパイが飛んでる」
「え、どこ?」
窓に駆け寄り、夜空に目を凝らしている途中で、ラインは気が付いた。たぶん窓の外にキャラメルパイは飛んでいないし、背後に人の気配がある。
「君って……本当に隙だらけだよな」
振り向くと、目の前にジョージの顔が現れた。そばかすの数さえ数えられそうな距離だ。彼はラインの顔の横の壁にドンと手をついて、ラインが逃げ出すのを阻止した。壁ドンは憧れのシチュエーションだけど、今じゃない方がよかった。
「それじゃ、ちょっと失礼」
ジョージはラインの首元に顔を寄せた。彼の鼻先が首にくっついたので、全身がカッと熱くなった。ラインは息を止めたまま、彼のつむじを凝視した。ジョージは顔を上げると、眉をしかめながら言った。
「君……ピクルスにバニラアイスでもかけて食ったのか?」
ラインはたちまち息を吹き返した。
「ジョージなんて、もう知らない!」
ラインは感情のままに言い捨てると、ジョージの腕をかいくぐり、女子寮へ続く階段を駆け上がった。今日は散々だ。こんな日はヤケ食いしても許されるはずだ。寝室に辿り着くやいなや、ラインはトランクからカタツムリのロールケーキを取り出して、逃げ惑うカタツムリたちを次々と捕食し始めた。