the Order of the Phoenix
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バーン!
ラインは驚いて尻餅をついた。耳をつんざくような衝撃音とともに、ド派手な紫色の三階建てバスが目の前に現れたからだ。
「ようこそ、夜の騎士バスへ。私は車掌のスタン・シャンパイクです。お嬢さん方、今日はどちらまで?」
「ロンドンのグリモールド・プレイスまでお願いします」
ハーマイオニーがてきぱきと答えた。車掌の制服を着たニキビだらけの若者は、2人のトランクを受け取りながら、ラインの顔をまじまじと見つめた。
「なあ、あんた、去年新聞に──」
「ロンドンまで、10シックルあれば足りますか?」
ハーマイオニーがやけに大きな声で聞いた。
「1人7シックルだよ。9シックル出せば熱いココアが付くし、11シックルなら湯たんぽが付いてくる」
ラインは尾てい骨をさすりながら立ち上がり、スタンの手に金貨を押し付けた。先ほどの急停止のおかげで、バスの床にはいろいろなものが転がっていた。まず、何人かの乗客。それから大鍋にカエルの卵。1人の魔法使いが悪態をつきながら足元のゴタゴタを蹴飛ばすと、カエルの卵が大鍋へホールインワンした。大鍋から気持ち悪い色の煙が立ち上がり、車内に充満していく。
「わあ……温泉卵みたいな匂いがする」
「2階に行きましょう」
ハーマイオニーはラインを振り返り、呆れた顔になった。
「ねえ、この揺れの中でそれを飲めるとでも──」
ハーマイオニーが言い切る前に、またもやバーンという大音響がして、ラインは後ろにひっくり返った。熱いココアの入ったコップがラインの手から飛び出し、悪態おじさんの頭にバシャリとかかった。ラインは謝罪の言葉を叫び、さっさと2階へ上がった。
席に座って窓の外を見ると、立ち並ぶ高層ビル群が目に飛び込んできた。いつのまにか、バスは街中の高速道路を走っている。おかしい。ラインは首を傾げた。ついさっき、ホグワーツを出発したばかりなのに……
「大丈夫かしら?」
両手で目を覆いながら、ハーマイオニーが聞いた。どの問題のことだろう?このバスの運転手のことなら、大丈夫じゃない。今すぐに運転免許を取り上げた方がいい。悪態おじさんのことなら、たぶん大丈夫。彼はココアで火傷をしたかもしれないけれど、魔法ですぐに治せる。ウィーズリーおじさんのことだって、絶対に大丈夫。だって、ロン達のパパが蛇なんかに負けるはずがない。
「貴方のお父様、貴方が帰って来るのを楽しみにしているんじゃない?」
ハーマイオニーの言葉を聞いて、ラインはハッとした。父に連絡するのをすっかり忘れていた……
────────────────────
パパへ
ちょっと早いけれど、メリークリスマス!私のお気に入りのスイーツショップ、ハニーデュークスのお菓子を同封しました。カタツムリのロールケーキはパパの好みの味だと思う。意外と俊敏に動くから気をつけて。あと、今年のクリスマス休暇も家には帰りません。友達の家に招待してもらったの。連絡するのが遅れて本当にごめんなさい。じゃあ、お仕事頑張ってね!
ラインより
────────────────────
ぐらぐらと危なっかしげに揺れるバスの中で、ラインはなんとか手紙を書き上げた。カバンにロールケーキを入れておいて本当に良かった。甘いものがあれば、父は大抵のことを許してくれる。
「勝手に仕事を頼んでごめんね。ハリーには事情を説明しておくからね」
ラインが手紙とロールケーキを脚にくくり付けるや否や、ヘドウィグは窓からビュンと飛び出していった。一刻も早く、このバスを降りたいとでも言うように。
「ピッグも外に出たいかしら?」
ハーマイオニーが真っ青な顔で聞いた。ラインは慌ててもう一つの鳥籠を覗き込んだ。友人から預かった大切なペットに辛い思いをさせるわけにはいかない。
「ううん、ピッグは大丈夫そう」
止まり木の上で、ピッグウィジョンは嬉しそうにゆらゆらしていた。鈍感力の高いところが彼の長所だ。バスがいっそう激しく揺れた時、彼が咥えていたミミズが籠の外に飛び出して、ラインの髪の毛にくっついた。どことなく自分に似ているふくろうを眺めながら、ラインはようやく息を吐き出した。
散々な学期末だった。ハリーとウィーズリー兄弟が自分の許可なしに学校から去ったことに対して、ガマガエルが癇癪を起こしたからだ。騎士団の任務中にウィーズリーおじさんが大怪我をして、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運び込まれた──なんていうことをダンブルドア先生が彼女に説明するはずもなく、彼女の怒りのはけ口として、グリフィンドール生は廊下を歩くたびに減点された。どうしてハリーまでいなくなったのかが不思議だったけれど、ロンが寄越した手紙によると、どうやらハリーはその事件の重要参考人らしい。つくづく、事件を引き寄せる男である。
────
「よく来た、2人とも」
ラインは驚いた。以前会った時に比べて、シリウスが別人のように生き生きとしていたからだ。髪はこざっぱりと短くなっているし、何より身にまとう雰囲気が幸せそうだった。
「早速だが、君たちには昼食の準備を手伝って貰わないといけない」
シリウスが嬉しそうに言った。
「今日は12人分だ。随分と賑やかなランチだろう?」
誇らしげなシリウスを見て、ラインは納得した。彼は12年もの間、1人ぼっちで戦ってきたのだ。仲間に囲まれて過ごすクリスマスが、彼にとってどれだけ嬉しいことなのか、想像に難くない。
「シリウス、ハリーはどこ?」
ハーマイオニーが聞いた。
「バックビークの部屋だろう。彼は昨日から皆を避けているようだ」
シリウスは眉を下げたが、どことなく面白がっているような口ぶりだった。
「何があったのか分からない。しかし、誰しも思春期の頃には彼のような行動を取るものだ」
ラインは納得して、へらりと笑った。しかし、ハーマイオニーは何か別のことを考えているようだった。
対照的な2人だ。シリウスは大声でクリスマス・ソングを歌いながら、巨大なチキンを炙っている。ハリーはしぶしぶキッチンに降りてきたかと思うと、ラインとハーマイオニーにぼそっと挨拶をしたきり、一言も喋らずにじゃがいもを潰している。
「せっかくのクリスマス休暇なのに、君が家に帰ってこなくて、お父上は寂しく思っているんじゃないか?」
シリウスが唐突に聞いた。
「うん。でも、パパは夜勤があるもの。それにパパもダンブルドア先生も、1人で街に行っては駄目だって言うし。家に1人ぼっちは退屈なの」
ラインがひき肉を丸めながら愚痴るのを、シリウスは嬉しそうに聞いた。
「ねえ、シリウス。もっと大きな鍋が必要だわ」
ハーマイオニーが目を拭いながら言った。目の前のまな板に玉ねぎが溢れ返っている。
「分かった。クリーチャー!」
シリウスが隣でいきなり叫んだので、ラインは飛び上がった。
「屋敷しもべ妖精を呼んでいるのよ」
ハーマイオニーが説明した。しかし、クリーチャーは呼び出しに応じなかった。
「いまいましい奴め」
シリウスは吐き捨てるように言うと、ドスドスと足音を立ててキッチンを出て行った。
「ハリー、駄目よ。こっちを手伝って」
騒ぎに便乗してさりげなくキッチンを出て行こうとしたハリーを、ハーマイオニーが呼び止めた。彼が先程まで作業していたテーブルの上には、完璧なマッシュポテトが出来上がっている。さすが、厳しい環境で修行した人間は違う。ハリーはしぶしぶハーマイオニーのところへ行き、大量の人参を手際よく刻み始めた。その様子を見て、ラインは焦った。このペースだと、ウィーズリー家がお見舞いから帰ってくるまでに自分だけ作業が終わらないかもしれない。ラインはひき肉を気持ち大きめに丸め始めた。
────
「しばらく会わないうちに、背が伸びたんじゃないか?」
「ジョージ、親戚のおじさんみたい」
ジョージはラインの頭をポンポン叩いてニヤニヤした。3日ぶりに会った彼はすこぶる機嫌が良さそうだ。
「お父様の具合はいかが?」
「そりゃもう、完璧にいつも通りさ」
「今日もマグル式の"ホーゴー"を試すとか言って、ママを怒らせてた」
ウィーズリーおばさんの方をチラチラ見ながら、ロンが小声で付け足した。
「でも、本当によかったわ。蛇の毒の解毒剤さえ見つかれば、すぐに退院出来るんでしょう?」
マッシュポテトの大皿に自分のスプーンを突っ込もうとしたロンの手を叩きながら、ハーマイオニーが言った。
「このミートボール、君が作っただろ?」
賑やかな喧騒の中で、ジョージがラインに耳打ちした。
「どうして分かるの?」
「大きさがバラバラだし、特別大きいのが1つある。大雑把な性格かつ、最後に焦って帳尻を合わせるタイプの人間が作ったに違いない」
ラインはぷいとそっぽを向いた。図星だったからだ。ジョージはゲラゲラ笑いながら、自分の皿にミートボールをこんもりと盛り付けた。
「美味しいよ、ライン」
ビルがにっこりしてくれたので、ラインの機嫌はすぐに直った。よかった。味さえ美味しければ、大きさがバラバラでも問題ないはずだ。ラインはミートボールをおかわりしようとして、目を見張った。大皿のミートボールが綺麗さっぱり無くなっていたからだ。油断していた……ここではホグワーツのように、次から次へと皿に食べ物が湧いてくるわけではないのだ……
「──油断大敵!」
突然、頭上で怒鳴り声が聞こえた。ラインは飛び上がり、ジョージの腕にしがみついた。
「どうやら昨年、わしとお前は一悶着あったらしいな」
振り返ると、マッド・アイ・ムーディが部屋の入り口に立っていた。片方の唇の端がめくれ上がっている。たぶん、彼はニヤリとしているのだろう。
コツッ、コツッ
ムーディ先生が近付いてきた。聞き覚えのある足音だ。ラインは椅子ごとズズズーッと後退りした。途中で後ろにひっくり返りそうになったので、みんながどっと笑った。
「よっ、ライン!」
ムーディ先生が立ち止まり、その後ろからトンクスがひょっこりと顔を出した。
「トンクス!」
「ふふ、驚いた?マッド・アイって案外ユーモアがあるのよね。センスは全くないけど」
トンクスにぎゅっと抱きしめられて、ラインは心底ほっとした。
「そうだ……モリー、ルーピンが夕食に寄ると言っていた」
ムーディ先生が唸るように言った。
「いいぞ!今日のディナーも満員御礼だ」
「もちろん、私も準備を手伝うわ!」
シリウスとトンクスが合いの手を入れた。トンクスの嬉しそうな顔とお気に入りのショッキングピンクの髪色を見て、ラインは1人ふむふむと納得した。
賑やかな食事が終わると、フレッドがどこからか金色のゴブストーンを持ってきた。
「ダングが貸してくれたレア物だぜ。玉が割れると中から森トロールの鼻水が噴き出すんだ」
最悪だ、絶対に負けたくない。しかしゲームを始めて3分も経たないうちに、ラインの髪の毛は森トロールの鼻水まみれになった。対戦相手のジニーが恐ろしく強かったからだ。彼女はその後も兄達を次々と打ち負かし、悠々と食堂を去っていった。
「オエッ、ネバネバしてて取れないよ」
ロンはラインと似たような有り様だった。赤毛に緑の粘液がくっついて、カピカピになっている。シャツの袖で懸命に頭を拭う弟を見かねて、ビルが杖を取り出した。
「スコージファイ、清めよ!」
ロンの髪にくっついていた森トロールの鼻水が消えた。
「ねえ、ジョージ。私にもあれやって」
ラインはゴブストーンを片付けているジョージに話しかけた。今こそ、彼に成人らしさを見せて欲しい。
「魔法を使わずにトロールの鼻水を拭うことは人格形成に役立つぞ」
ジョージがラインの髪を眺めてニヤニヤしたので、ラインは口を尖らせた。
「今日は意地悪なのね」
「おいおい、それが人にものを頼む態度か?」
ジョージはさらにニヤニヤした。彼は自分の反応を楽しんでいるに違いない。しかし、今回ばかりは仕方がない。下手に出よう。
「ジョージさん、貴方の素晴らしい魔法で汚れを落として頂けますか?」
「いいねえ。もっと可愛らしく言ってくれたら、望みを叶えてやろうじゃないか」
「ねえ、ジョージ。お願い、スコージファイして?」
ラインは首を傾げて上目遣いをした。ラインの最大限のぶりっこを見て、ジョージは爆笑した。
「スコージファイ、清めよ!」
突然、爽やかな風に頭を撫でられたような感覚があった。見上げると、ビルが杖を構えている。
「わあ──ありがとう、ビル」
「どういたしまして」
ビルは爽やかに微笑んだあと、ジョージに向けてニヤッとした。
「油断してると、横取りされるぞ」
ジョージはむくれたような顔をしている。何が横取りされるんだろう?ラインは首を傾げた。
────
夜中にトイレに行く時は、何が何でもハーマイオニーを叩き起こそう。屋敷しもべ妖精の萎びた首がかかった飾り棚がずらりと並ぶ廊下を歩きながら、ラインは決意した。全員、なんだか豚みたいな鼻をしている。ラインはドビーの顔を思い浮かべた。彼は三角帽子のようにとんがった鼻だ。どちらかと言うと、ドビーの方がハンサムだ……そんな事を考えながら階段の踊り場に差しかかった時、左側の部屋の中から声が聞こえてきた。
「俺らの読み通りだ。アーチーじいさんが引退した。今日中にふくろうを飛ばそう。93番地は横丁の中でも好立地だ。すぐに契約しないと取られちまう」
ラインは耳を澄ました。フレッドとジョージの声だ。彼らの声が今までに聞いたことのないほど真剣だったので、ラインは驚いた。
「おい……こんなチャンス2度とないぞ。ビジネスに私情を持ち込むな」
「分かってる。サインしよう」
それからしばらくの間、部屋からは何の音も聞こえてこなかった。バサバサとふくろうの羽音が聞こえた後、2人は再び話し始めた。
「なあ、あの子のことを心配してるのがお前だけだと思うか?」
「いいや。だけど──」
突然、背中にドンという衝撃を感じた。その瞬間、視界が反転した。何が起きたのか分からないまま、ラインは石造りの階段を一段、また一段とぶつかりながら転げ落ちた。ついに下の階の踊り場に打ち付けられると、痛みと衝撃で涙が溢れ出た。誰かが叫んでいる。バタバタと足音が聞こえる。最初に見えたのはシリウスの驚いた顔だった。
「ライン、大丈夫か?」
ラインは頷こうとして肩に激痛を感じ、顔をしかめた。シリウスの肩越しに、フレッドとジョージがこちらを覗き込んでいる。
「どこが痛む?」
「右の肩と足首……」
シリウスが杖を取り出して、呪文を唱えた。
「エピスキー、癒えよ」
右の肩と足首の痛みが消えた。でも、まだ身体のそこらじゅうが痛い。
「足を踏み外したのか?」
「ううん。たぶん……突き飛ばされた」
「誰に?」
シリウスが聞いた。
「分からない。けど……呪いの一種かもしれない。豚みたいな鼻だって思っちゃったから……」
シリウスが怪訝そうな顔で、後ろにいる2人を振り返った。
「この子は頭を打ったと思うか?」
「いいや、いつも通りだ」
ジョージがきっぱりと言った。シリウスは杖で階段の上の踊り場を照らし、誰かいないか確かめた。
「ひとまず、明るいところへ移動しよう。怪我の手当てをしなければいけない」
「俺が連れて行くよ」
ジョージがシリウスの前に進み出て、ラインを抱き上げた。シリウスはなぜかニヤッとした。
「ねえ、ジョージ……あとで爆発スナップしよう」
「いいぜ」
「そのあと、おばさまが作ってくれた糖蜜プディングも一緒に食べよう」
「もちろん」
「あと……」
ラインは口ごもった。
「ライン、心配するなよ。君がもう充分だって言うまで、俺が側にいてやるさ」
ジョージの目尻に浮かぶ笑い皺を見つめながら、ラインはにっこりした。それから彼の胸に頭を預けて「ありがとう」と呟いた。
「ライン、気を付けろ」
フレッドがわざとらしいヒソヒソ声で言った。
「そんなに嬉しそうな顔をしたら、君が今夜シャワーを浴びる時も、そいつは側にいたがるぜ」
「黙れ」
「なんで?」
ジョージがフレッドを睨み付けるのと、ラインがフレッドに聞くのが同時だった。
「見事な鈍感力だな」
シリウスが感心したように言った。ラインは自分が褒められているのか、けなされているのか考えた。しかし、すぐに考えるのをやめた。至近距離の今こそ絶好のチャンスだと気が付いたからだ。ラインは心ゆくまで、好きな人の顔を眺めた。眺めれば眺めるほど、耳が赤く染まるのが不思議だった。
ラインは驚いて尻餅をついた。耳をつんざくような衝撃音とともに、ド派手な紫色の三階建てバスが目の前に現れたからだ。
「ようこそ、夜の騎士バスへ。私は車掌のスタン・シャンパイクです。お嬢さん方、今日はどちらまで?」
「ロンドンのグリモールド・プレイスまでお願いします」
ハーマイオニーがてきぱきと答えた。車掌の制服を着たニキビだらけの若者は、2人のトランクを受け取りながら、ラインの顔をまじまじと見つめた。
「なあ、あんた、去年新聞に──」
「ロンドンまで、10シックルあれば足りますか?」
ハーマイオニーがやけに大きな声で聞いた。
「1人7シックルだよ。9シックル出せば熱いココアが付くし、11シックルなら湯たんぽが付いてくる」
ラインは尾てい骨をさすりながら立ち上がり、スタンの手に金貨を押し付けた。先ほどの急停止のおかげで、バスの床にはいろいろなものが転がっていた。まず、何人かの乗客。それから大鍋にカエルの卵。1人の魔法使いが悪態をつきながら足元のゴタゴタを蹴飛ばすと、カエルの卵が大鍋へホールインワンした。大鍋から気持ち悪い色の煙が立ち上がり、車内に充満していく。
「わあ……温泉卵みたいな匂いがする」
「2階に行きましょう」
ハーマイオニーはラインを振り返り、呆れた顔になった。
「ねえ、この揺れの中でそれを飲めるとでも──」
ハーマイオニーが言い切る前に、またもやバーンという大音響がして、ラインは後ろにひっくり返った。熱いココアの入ったコップがラインの手から飛び出し、悪態おじさんの頭にバシャリとかかった。ラインは謝罪の言葉を叫び、さっさと2階へ上がった。
席に座って窓の外を見ると、立ち並ぶ高層ビル群が目に飛び込んできた。いつのまにか、バスは街中の高速道路を走っている。おかしい。ラインは首を傾げた。ついさっき、ホグワーツを出発したばかりなのに……
「大丈夫かしら?」
両手で目を覆いながら、ハーマイオニーが聞いた。どの問題のことだろう?このバスの運転手のことなら、大丈夫じゃない。今すぐに運転免許を取り上げた方がいい。悪態おじさんのことなら、たぶん大丈夫。彼はココアで火傷をしたかもしれないけれど、魔法ですぐに治せる。ウィーズリーおじさんのことだって、絶対に大丈夫。だって、ロン達のパパが蛇なんかに負けるはずがない。
「貴方のお父様、貴方が帰って来るのを楽しみにしているんじゃない?」
ハーマイオニーの言葉を聞いて、ラインはハッとした。父に連絡するのをすっかり忘れていた……
────────────────────
パパへ
ちょっと早いけれど、メリークリスマス!私のお気に入りのスイーツショップ、ハニーデュークスのお菓子を同封しました。カタツムリのロールケーキはパパの好みの味だと思う。意外と俊敏に動くから気をつけて。あと、今年のクリスマス休暇も家には帰りません。友達の家に招待してもらったの。連絡するのが遅れて本当にごめんなさい。じゃあ、お仕事頑張ってね!
ラインより
────────────────────
ぐらぐらと危なっかしげに揺れるバスの中で、ラインはなんとか手紙を書き上げた。カバンにロールケーキを入れておいて本当に良かった。甘いものがあれば、父は大抵のことを許してくれる。
「勝手に仕事を頼んでごめんね。ハリーには事情を説明しておくからね」
ラインが手紙とロールケーキを脚にくくり付けるや否や、ヘドウィグは窓からビュンと飛び出していった。一刻も早く、このバスを降りたいとでも言うように。
「ピッグも外に出たいかしら?」
ハーマイオニーが真っ青な顔で聞いた。ラインは慌ててもう一つの鳥籠を覗き込んだ。友人から預かった大切なペットに辛い思いをさせるわけにはいかない。
「ううん、ピッグは大丈夫そう」
止まり木の上で、ピッグウィジョンは嬉しそうにゆらゆらしていた。鈍感力の高いところが彼の長所だ。バスがいっそう激しく揺れた時、彼が咥えていたミミズが籠の外に飛び出して、ラインの髪の毛にくっついた。どことなく自分に似ているふくろうを眺めながら、ラインはようやく息を吐き出した。
散々な学期末だった。ハリーとウィーズリー兄弟が自分の許可なしに学校から去ったことに対して、ガマガエルが癇癪を起こしたからだ。騎士団の任務中にウィーズリーおじさんが大怪我をして、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運び込まれた──なんていうことをダンブルドア先生が彼女に説明するはずもなく、彼女の怒りのはけ口として、グリフィンドール生は廊下を歩くたびに減点された。どうしてハリーまでいなくなったのかが不思議だったけれど、ロンが寄越した手紙によると、どうやらハリーはその事件の重要参考人らしい。つくづく、事件を引き寄せる男である。
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「よく来た、2人とも」
ラインは驚いた。以前会った時に比べて、シリウスが別人のように生き生きとしていたからだ。髪はこざっぱりと短くなっているし、何より身にまとう雰囲気が幸せそうだった。
「早速だが、君たちには昼食の準備を手伝って貰わないといけない」
シリウスが嬉しそうに言った。
「今日は12人分だ。随分と賑やかなランチだろう?」
誇らしげなシリウスを見て、ラインは納得した。彼は12年もの間、1人ぼっちで戦ってきたのだ。仲間に囲まれて過ごすクリスマスが、彼にとってどれだけ嬉しいことなのか、想像に難くない。
「シリウス、ハリーはどこ?」
ハーマイオニーが聞いた。
「バックビークの部屋だろう。彼は昨日から皆を避けているようだ」
シリウスは眉を下げたが、どことなく面白がっているような口ぶりだった。
「何があったのか分からない。しかし、誰しも思春期の頃には彼のような行動を取るものだ」
ラインは納得して、へらりと笑った。しかし、ハーマイオニーは何か別のことを考えているようだった。
対照的な2人だ。シリウスは大声でクリスマス・ソングを歌いながら、巨大なチキンを炙っている。ハリーはしぶしぶキッチンに降りてきたかと思うと、ラインとハーマイオニーにぼそっと挨拶をしたきり、一言も喋らずにじゃがいもを潰している。
「せっかくのクリスマス休暇なのに、君が家に帰ってこなくて、お父上は寂しく思っているんじゃないか?」
シリウスが唐突に聞いた。
「うん。でも、パパは夜勤があるもの。それにパパもダンブルドア先生も、1人で街に行っては駄目だって言うし。家に1人ぼっちは退屈なの」
ラインがひき肉を丸めながら愚痴るのを、シリウスは嬉しそうに聞いた。
「ねえ、シリウス。もっと大きな鍋が必要だわ」
ハーマイオニーが目を拭いながら言った。目の前のまな板に玉ねぎが溢れ返っている。
「分かった。クリーチャー!」
シリウスが隣でいきなり叫んだので、ラインは飛び上がった。
「屋敷しもべ妖精を呼んでいるのよ」
ハーマイオニーが説明した。しかし、クリーチャーは呼び出しに応じなかった。
「いまいましい奴め」
シリウスは吐き捨てるように言うと、ドスドスと足音を立ててキッチンを出て行った。
「ハリー、駄目よ。こっちを手伝って」
騒ぎに便乗してさりげなくキッチンを出て行こうとしたハリーを、ハーマイオニーが呼び止めた。彼が先程まで作業していたテーブルの上には、完璧なマッシュポテトが出来上がっている。さすが、厳しい環境で修行した人間は違う。ハリーはしぶしぶハーマイオニーのところへ行き、大量の人参を手際よく刻み始めた。その様子を見て、ラインは焦った。このペースだと、ウィーズリー家がお見舞いから帰ってくるまでに自分だけ作業が終わらないかもしれない。ラインはひき肉を気持ち大きめに丸め始めた。
────
「しばらく会わないうちに、背が伸びたんじゃないか?」
「ジョージ、親戚のおじさんみたい」
ジョージはラインの頭をポンポン叩いてニヤニヤした。3日ぶりに会った彼はすこぶる機嫌が良さそうだ。
「お父様の具合はいかが?」
「そりゃもう、完璧にいつも通りさ」
「今日もマグル式の"ホーゴー"を試すとか言って、ママを怒らせてた」
ウィーズリーおばさんの方をチラチラ見ながら、ロンが小声で付け足した。
「でも、本当によかったわ。蛇の毒の解毒剤さえ見つかれば、すぐに退院出来るんでしょう?」
マッシュポテトの大皿に自分のスプーンを突っ込もうとしたロンの手を叩きながら、ハーマイオニーが言った。
「このミートボール、君が作っただろ?」
賑やかな喧騒の中で、ジョージがラインに耳打ちした。
「どうして分かるの?」
「大きさがバラバラだし、特別大きいのが1つある。大雑把な性格かつ、最後に焦って帳尻を合わせるタイプの人間が作ったに違いない」
ラインはぷいとそっぽを向いた。図星だったからだ。ジョージはゲラゲラ笑いながら、自分の皿にミートボールをこんもりと盛り付けた。
「美味しいよ、ライン」
ビルがにっこりしてくれたので、ラインの機嫌はすぐに直った。よかった。味さえ美味しければ、大きさがバラバラでも問題ないはずだ。ラインはミートボールをおかわりしようとして、目を見張った。大皿のミートボールが綺麗さっぱり無くなっていたからだ。油断していた……ここではホグワーツのように、次から次へと皿に食べ物が湧いてくるわけではないのだ……
「──油断大敵!」
突然、頭上で怒鳴り声が聞こえた。ラインは飛び上がり、ジョージの腕にしがみついた。
「どうやら昨年、わしとお前は一悶着あったらしいな」
振り返ると、マッド・アイ・ムーディが部屋の入り口に立っていた。片方の唇の端がめくれ上がっている。たぶん、彼はニヤリとしているのだろう。
コツッ、コツッ
ムーディ先生が近付いてきた。聞き覚えのある足音だ。ラインは椅子ごとズズズーッと後退りした。途中で後ろにひっくり返りそうになったので、みんながどっと笑った。
「よっ、ライン!」
ムーディ先生が立ち止まり、その後ろからトンクスがひょっこりと顔を出した。
「トンクス!」
「ふふ、驚いた?マッド・アイって案外ユーモアがあるのよね。センスは全くないけど」
トンクスにぎゅっと抱きしめられて、ラインは心底ほっとした。
「そうだ……モリー、ルーピンが夕食に寄ると言っていた」
ムーディ先生が唸るように言った。
「いいぞ!今日のディナーも満員御礼だ」
「もちろん、私も準備を手伝うわ!」
シリウスとトンクスが合いの手を入れた。トンクスの嬉しそうな顔とお気に入りのショッキングピンクの髪色を見て、ラインは1人ふむふむと納得した。
賑やかな食事が終わると、フレッドがどこからか金色のゴブストーンを持ってきた。
「ダングが貸してくれたレア物だぜ。玉が割れると中から森トロールの鼻水が噴き出すんだ」
最悪だ、絶対に負けたくない。しかしゲームを始めて3分も経たないうちに、ラインの髪の毛は森トロールの鼻水まみれになった。対戦相手のジニーが恐ろしく強かったからだ。彼女はその後も兄達を次々と打ち負かし、悠々と食堂を去っていった。
「オエッ、ネバネバしてて取れないよ」
ロンはラインと似たような有り様だった。赤毛に緑の粘液がくっついて、カピカピになっている。シャツの袖で懸命に頭を拭う弟を見かねて、ビルが杖を取り出した。
「スコージファイ、清めよ!」
ロンの髪にくっついていた森トロールの鼻水が消えた。
「ねえ、ジョージ。私にもあれやって」
ラインはゴブストーンを片付けているジョージに話しかけた。今こそ、彼に成人らしさを見せて欲しい。
「魔法を使わずにトロールの鼻水を拭うことは人格形成に役立つぞ」
ジョージがラインの髪を眺めてニヤニヤしたので、ラインは口を尖らせた。
「今日は意地悪なのね」
「おいおい、それが人にものを頼む態度か?」
ジョージはさらにニヤニヤした。彼は自分の反応を楽しんでいるに違いない。しかし、今回ばかりは仕方がない。下手に出よう。
「ジョージさん、貴方の素晴らしい魔法で汚れを落として頂けますか?」
「いいねえ。もっと可愛らしく言ってくれたら、望みを叶えてやろうじゃないか」
「ねえ、ジョージ。お願い、スコージファイして?」
ラインは首を傾げて上目遣いをした。ラインの最大限のぶりっこを見て、ジョージは爆笑した。
「スコージファイ、清めよ!」
突然、爽やかな風に頭を撫でられたような感覚があった。見上げると、ビルが杖を構えている。
「わあ──ありがとう、ビル」
「どういたしまして」
ビルは爽やかに微笑んだあと、ジョージに向けてニヤッとした。
「油断してると、横取りされるぞ」
ジョージはむくれたような顔をしている。何が横取りされるんだろう?ラインは首を傾げた。
────
夜中にトイレに行く時は、何が何でもハーマイオニーを叩き起こそう。屋敷しもべ妖精の萎びた首がかかった飾り棚がずらりと並ぶ廊下を歩きながら、ラインは決意した。全員、なんだか豚みたいな鼻をしている。ラインはドビーの顔を思い浮かべた。彼は三角帽子のようにとんがった鼻だ。どちらかと言うと、ドビーの方がハンサムだ……そんな事を考えながら階段の踊り場に差しかかった時、左側の部屋の中から声が聞こえてきた。
「俺らの読み通りだ。アーチーじいさんが引退した。今日中にふくろうを飛ばそう。93番地は横丁の中でも好立地だ。すぐに契約しないと取られちまう」
ラインは耳を澄ました。フレッドとジョージの声だ。彼らの声が今までに聞いたことのないほど真剣だったので、ラインは驚いた。
「おい……こんなチャンス2度とないぞ。ビジネスに私情を持ち込むな」
「分かってる。サインしよう」
それからしばらくの間、部屋からは何の音も聞こえてこなかった。バサバサとふくろうの羽音が聞こえた後、2人は再び話し始めた。
「なあ、あの子のことを心配してるのがお前だけだと思うか?」
「いいや。だけど──」
突然、背中にドンという衝撃を感じた。その瞬間、視界が反転した。何が起きたのか分からないまま、ラインは石造りの階段を一段、また一段とぶつかりながら転げ落ちた。ついに下の階の踊り場に打ち付けられると、痛みと衝撃で涙が溢れ出た。誰かが叫んでいる。バタバタと足音が聞こえる。最初に見えたのはシリウスの驚いた顔だった。
「ライン、大丈夫か?」
ラインは頷こうとして肩に激痛を感じ、顔をしかめた。シリウスの肩越しに、フレッドとジョージがこちらを覗き込んでいる。
「どこが痛む?」
「右の肩と足首……」
シリウスが杖を取り出して、呪文を唱えた。
「エピスキー、癒えよ」
右の肩と足首の痛みが消えた。でも、まだ身体のそこらじゅうが痛い。
「足を踏み外したのか?」
「ううん。たぶん……突き飛ばされた」
「誰に?」
シリウスが聞いた。
「分からない。けど……呪いの一種かもしれない。豚みたいな鼻だって思っちゃったから……」
シリウスが怪訝そうな顔で、後ろにいる2人を振り返った。
「この子は頭を打ったと思うか?」
「いいや、いつも通りだ」
ジョージがきっぱりと言った。シリウスは杖で階段の上の踊り場を照らし、誰かいないか確かめた。
「ひとまず、明るいところへ移動しよう。怪我の手当てをしなければいけない」
「俺が連れて行くよ」
ジョージがシリウスの前に進み出て、ラインを抱き上げた。シリウスはなぜかニヤッとした。
「ねえ、ジョージ……あとで爆発スナップしよう」
「いいぜ」
「そのあと、おばさまが作ってくれた糖蜜プディングも一緒に食べよう」
「もちろん」
「あと……」
ラインは口ごもった。
「ライン、心配するなよ。君がもう充分だって言うまで、俺が側にいてやるさ」
ジョージの目尻に浮かぶ笑い皺を見つめながら、ラインはにっこりした。それから彼の胸に頭を預けて「ありがとう」と呟いた。
「ライン、気を付けろ」
フレッドがわざとらしいヒソヒソ声で言った。
「そんなに嬉しそうな顔をしたら、君が今夜シャワーを浴びる時も、そいつは側にいたがるぜ」
「黙れ」
「なんで?」
ジョージがフレッドを睨み付けるのと、ラインがフレッドに聞くのが同時だった。
「見事な鈍感力だな」
シリウスが感心したように言った。ラインは自分が褒められているのか、けなされているのか考えた。しかし、すぐに考えるのをやめた。至近距離の今こそ絶好のチャンスだと気が付いたからだ。ラインは心ゆくまで、好きな人の顔を眺めた。眺めれば眺めるほど、耳が赤く染まるのが不思議だった。