the Order of the Phoenix
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ラインはベッドに寝転がり、星空を眺めていた。開け放した窓から生温い風が吹き込んで、ペタペタと顔を撫でていく。昼間はうだるような暑さだったけれど、夜は幾分か過ごしやすい気温になった。
こんな日に限って、ラインは1人ぼっちだった。今夜はトンクスが護衛を担当してくれる予定だったのに、直前になって他の人に代わると連絡が入った。(突然、ダイニングテーブルの上に輝く銀色のうさぎが現れて、トンクスの声で喋り出したので、ラインは驚いて紅茶をひっくり返した)おまけに、父は夜勤で明日の昼まで帰って来ない。
がっかりした気持ちを誤魔化すように、ラインは明日食べる予定のケーキを思い浮かべた。父が持って来たカタログの中から1時間以上かけて吟味したものだ。チョコレートが練り込まれたスポンジの上に、たっぷりの苺とラズベリーが載っていて、とても可愛くて美味しそうな誕生日ケーキだった。
明日を待ち遠しく思いながら、カーテンを閉めるために立ち上がったラインは、夜空に何か変なものが見えることに気が付いた。奇妙な姿の生き物が、羽ばたきながらこちらへやってくる。ラインは慌てて窓を閉めようとして、思い止まった。街灯の光に照らされて、その生き物の正体が分かったからだ。
窓からふくろうが3羽舞い降りてきた。大きな灰色のふくろうは、他の2羽に脇を支えられている。ラインはすぐに気が付いた。このふくろうはウィーズリー家のふくろうだ。いつもロンやジョージからの手紙を届けてくれる。命懸けで。ウィーズリー家のふくろうはベッドの上に着陸した途端、仰向けにひっくり返って動かなくなった。しばらく、ベッドで休んでもらった方が良さそうだ。そうでないと、たぶん、帰路の途中でおしまいになってしまう。
あとの2羽はよく知っているふくろうだった。まず、ラインの頭の周りをブンブン飛び回っている豆ふくろうの名前はピッグウィジョン、ロンのふくろうだ。気が付くと、大きな包みが1つ、ベッドの上に落ちていた。たぶん、ピッグの脚に括り付けられていたものだろう。ラインがそれを拾い上げると、ピッグは嬉しそうに甲高い鳴き声を上げて、窓からブーンと飛び出していった。
もう1羽は大きな雪のように白い雌で、ハリーのふくろう、ヘドウィグだ。得意げに胸を張り、手紙の括り付けられた脚をこちらに向けてピンと突き出している。ラインが荷を解いてやると、ヘドウィグは優雅に翼を広げて、その翼でラインの頭をポンと軽く叩いてから、夜空へ飛び去った。本当に賢くて、綺麗なふくろうだ。でも、なんとなく、ヘドウィグはラインより自分の方が序列が上だと思っている気がする。
ラインはベッドに腰掛けて、まず、ヘドウィグの脚に括り付けられていた封筒を開けた。中身はハリーからの手紙だった。
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ラインへ
お誕生日おめでとう。この間は沢山の保存食のプレゼントをありがとう。おかげで、なんとかこの夏を生き延びられそうだよ。
君にも誕生日プレゼントを送りたかったんだけど、僕、マグルのお金を持っていないんだ。だから次に一緒にホグズミードに行った時、君の好きなものを買ってあげるね。
ハリーより
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ベッドサイドのテーブルに置いてある時計に目を移すと、いつのまにか、午前0時になっていた。ラインはにっこりしながら、ハリーの手紙を読み返した。ホグズミードで、彼に何を買ってもらおうかな。出来たら、ハニーデュークスの商品がいいな。それともう少ししたら、もう一度ハリーに食料を送ってあげないと。どうやら彼の叔母さんは、夕食に萎びたサラダしか出さないらしいから。
ラインはハリーの手紙を丁寧に引き出しに仕舞い込み、それからピッグが運んできた包みに取り掛かった。一番上の包み紙を破り取ると、中からブルーの紙に包まれたプレゼントと2枚の便箋が出てきた。1枚目の便箋はハーマイオニーからの手紙だった。
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ラインへ
この間は素敵なパジャマパーティーを企画してくれてありがとう。とても楽しかった!お父様にもよろしくお伝え下さい。
そして、15歳おめでとう!今年の貴方の誕生日プレゼントはロンと2人で買いました。ちなみに、私もお揃いの羽根ペンを持っています。貴方のは誕生石のペリドットが付いていて、私のはサファイアが付いているのよ。貴方の学校生活が少しでも楽しくなりますように。
ハーマイオニーより
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ラインはハーマイオニーの手紙を読み終えると、ワクワクしながらプレゼントの包み紙を破った。中身を見た途端、ラインは感嘆の声を上げた。そこにキラキラ光る綺麗な石が付いた羽根ペンと、好きな色に変えられるインクのセットが入っていたからだ。やっぱりハーマイオニーはこういうことに関して、素晴らしく良い感性をしている。ラインはしばらくの間、羽根ペンをうっとりと眺めてから、もう1枚の便箋を開いた。
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ラインへ
誕生日おめでとう。僕、君のプレゼントにピグミーパフのぬいぐるみはどうかって、ハーマイオニーに言ったんだ。そしたら、ぬいぐるみを貰うべきなのは僕の方なんじゃないかって言われてさ。
まあ、君が喜んでくれるなら何だって良いんだけど。じゃあ、また9月1日に会おう!
ロンより
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ラインは笑いながら、ハーマイオニーとロンの手紙を丁寧に引き出しに仕舞い込んだ。友人とお揃いのキラキラの羽根ペンには敵わないけれど、きっと、自分はピグミーパフのぬいぐるみでも喜んだだろう。新学期が始まったら、ロンにそう教えてあげよう。
ラインは次の包みに取り掛かろうとして、一瞬ためらった。茶色の包み紙に書かれた大きな文字が目に飛び込んできたからだ。
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※取り扱い注意──爆発物
ライン、誕生日おめでとう。中身はインスタント煙幕とおとり爆弾。効果抜群の護身用アイテム。ポケットに入れておけよ。ちなみにウィーズリー・ウィザード・ウィーズでは1つ、3ガリオンで販売中。
フレッド
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ラインは手紙を読み終えると、恐る恐る包み紙を破り取った。中から瓶に入った真っ黒の粉と、ラッパに黒い胴体がくっつき、足が生えたような奇妙な物体が出てきた。ラッパの方はラインが手に持った途端、プルプルと震え始めた。ラインは慌ててクローゼットの扉を開けて、これ以上それに刺激を与えないように注意しながら、インスタント煙幕とおとり爆弾を制服のローブのポケットに仕舞い込んだ。どちらも説明書は付いていなかったけれど、どんな効果を発揮するか想像できる。間違って落とさないように、気を付けないと……とにかく、これを使わなくて済むように祈ろう。
ラインはクローゼットの扉をしっかりと閉めてから、最後の包みを取り上げた。それはどの包みよりも小さくて、軽かった。包み紙をそっと破いて、ラインは溜め息を漏らした。中にキラキラした銀色のバースデーカードと、薄いピンク色のリップグロスが入っていたからだ。
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ラインへ
お誕生日おめでとう!この色で可愛くなれるのは15歳の特権よ。もう少し大人になったら一緒に口紅を買いに行こうね。
トンクスより
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ラインはそれを読んで、ちょっぴりバツの悪い気持ちになった。トンクスは毎回、本部に戻る前に口紅を塗り直すのだけれど、どうやらその仕草を憧れの眼差しで見つめていたことがばれていたみたいだ。けれど……それ以上に嬉しい。化粧品を貰うと、なんだか大人の女性に近づけたような気がする。リップグロスを持ち上げると、その下から小さなメモがもう1枚出てきた。
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追伸 今すぐに塗ってみて
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今すぐに?何か仕掛けでもあるのだろうか?ラインはその指示を不思議に思いながらも、ベッドサイドのテーブルの引き出しを開けて手鏡を取り出し、リップグロスを唇に塗ってみた。ほんのり血色の良くなった唇がツヤツヤと輝いていて、顔色も明るくなったように見える。ラインは嬉しい気持ちになって、鏡に向かってにっこりと笑いかけた。すると、その次の数秒間、矢継ぎ早にいろいろなことが起こった。
鉄砲でも撃ったようなバシッという大きな音が、夜の静寂を破って鳴り響いた。ラインは外の様子を確認するために立ち上がった。しかし、一歩踏み出した瞬間、サイドテーブルの角に足の小指をぶつけた。ラインは痛みに声を上げて、その場にうずくまった。
「おいおい、大丈夫か?」
あれ──?今、なんとなく、ジョージの声が聞こえた気がする。会いたい気持ちが強すぎて、ついに幻聴が聞こえるようになったのだろうか?ラインは小指をさすりながら立ち上がり、よろよろと窓に近寄った。外を覗いた途端、ラインの心臓は飛び上がった。
「いったい、どこをぶつけたんだ?」
窓の向こうで、ジョージがくつくつと笑っていた。ラインは何度か口をパクパクさせたあと、ようやく言葉を絞り出した。
「……右足の小指」
「なるほど、そりゃ痛いな」
ジョージは顔を顰めて、何かをぶつぶつと呟いた。すると、途端に小指の痛みが消えた。
「わあ……すごい……」
何が何だか分からないままのラインを見て、ジョージはまた可笑しそうに笑った。
「俺が本人だと証明出来たら、部屋に入れてくれるかい?」
ラインはこくこくと頷いて、彼に何を質問するべきか考えた。
「……一緒にホグズミードに行った時、2人でシェアして食べたケーキの種類は?」
「苺のショートケーキとミルクレープ。ちなみに、君はシュークリームも食いたそうにしてた」
ジョージがさらりと答えたので、ラインはたまらなく嬉しい気持ちになった。もう半年以上前のことなのに、覚えていてくれた。
窓を跨いで部屋の中に入ってくるジョージを見つめながら、ラインは彼が脇に何かを抱えていることに気が付いた。ピンク色のリボンがかけられた大きな紙箱だった。ジョージがにっこりしながらその紙箱をこちらに差し出してくれた瞬間、夏休みの何でもない1日は人生最高の1日に変わった。
「ライン、誕生日おめでとう」
「……ありがとう!」
ラインは紙箱を受け取りながら、視界がじわりと滲むのを感じた。彼がプレゼントを贈ってくれたことに感激していたし、何より、誕生日にジョージに会えたことが嬉しかった。
紙箱を開けた瞬間、ラインは感嘆の声を上げた。そこに、色とりどりの美味しそうなアイスクリームがずらりと並んでいたからだ。
「君が最近、アイスクリームにこだわってるって聞いたんだ」
「これ……すごい!どこのお店のアイス?」
興奮のあまりよろめくラインをベッドに座らせながら、ジョージは満足げに笑った。
「魔法界一のアイスクリームパーラー、フローリアン・フォーテスキューさ。ダイアゴン横丁に店を構えてる」
魔法使いが作ったアイスクリームと聞いて、ラインは大いに納得した。定番のバニラやチョコレートアイスの他に、キラキラと金色の星が瞬くアイスや、数秒毎にカラフルな煙を吐き出すアイスがあったからだ。それに、箱の中に保冷剤の1つも入っていないのに、溶けていない。ラインは貰った箱ごと膝の上に置いて、それぞれのアイスクリームを夢中になって眺めた。おそらく、一つ一つのアイスにテーマが決められている。例えば、この金色の星が瞬くアイスのテーマは『オリオン座』だろう。そして、こっちのカラフルな煙を吐き出すアイスのテーマはたぶん『サーカス』だ。
「気に入ったかい?」
「うん、とっても」
たった今、ラインの将来の夢は1つ増えた。このアイスクリームパーラーの店舗に行ってみたい。そして、このアイスクリームを作った人に会ってみたい。ダイアゴン横丁に店を構えているのなら、もしかしたらそれは近いうちに叶うかもしれない。楽しみだ。
少しずつ冷静になってくると、ラインの頭にはいくつかの疑問が浮かんできた。ジョージはわざわざダイアゴン横丁まで行って、このアイスを買って来てくれたのだろうか?そもそも、彼はどうやってここに来たのだろう?右足の小指を見つめながら、ラインは1つの結論に辿り着いた。
「……もしかして、『姿現し』テストに合格したの?」
ジョージはその言葉を聞くと、待ってましたと言わんばかりにニヤリとして、ズボンのポケットから杖を取り出した。
「優等でね。ちなみに、こんなことだって出来るぞ」
彼が杖を一振りすると、どこからともなく、ラインの目の前に小さなスプーンが現れた。それはふわふわと宙を移動して、ラインの右手にピタリと収まった。なるほど……成人ってすごい。
「さあ、食べてみてくれよ」
「やった!貴方もここに座って、一緒に食べましょう」
ラインは上機嫌で自分の隣を指差した。ジョージは頷いて、こちらに足を踏み出した。しかし次の瞬間、彼はつまづいて片手をドスンとベッドについた。
「おっと……誰かと思えば……エロールじいさんじゃないか」
ジョージは何事も無かったかのように、いまだにベッドに転がっている灰色のふくろうの嘴を撫でた。ラインは激しい動悸を感じた。危なかった……ついに、とどめを刺してしまうのかと思った……それにしても、いつも身軽な彼が何も無い場所で転ぶなんて、ちょっとおかしい。トンクスじゃあるまいし。何度も姿現しをして、疲れているのだろうか?いや、もしかしたら眠いのかもしれない。もう、午前0時を回っているし……
「ねぇ、少し横になって休む?」
「──え?」
ジョージは目を見開き、口を半開きにした表情のまま固まった。
「えっと、眠いのかなと思って」
「いや……全然、眠くないぜ」
「そう?あ、私、これにしようかな」
ラインは紙箱からバニラアイスの入ったカップを取り上げて、早速スプーンを差し入れた。さあ、どんな味だろう?定番の味こそ、そのお店のこだわりと個性が光るものだ。
「わあ、美味しい!」
適度な固さだったバニラアイスは口の中でふんわりと滑らかな食感に変わり、徐々に溶けて消えていった。濃厚なミルクの味わいなのに、後味はすっきりとしている。これぞ、魔法界一のアイスクリームパーラーのバニラアイスだ。
「ジョージも食べてみる?」
ラインはアイスをスプーンに乗せて、ジョージへ差し出した。
「君……今日は唇がツヤツヤしてるんだな」
「あ、分かる?さっき、リップグロスを塗ってみたの」
ジョージは目の前に差し出されたバニラアイスを完全に無視した。すごい精神力だ。
「バニラ、美味しいよ」
「ああ……うん、貰うよ」
ジョージにスプーンを渡そうとした時、ラインは太ももに冷んやりとした温度を感じた。
「わっ──冷たい」
8月の室温に耐え切れなかったバニラアイスがスプーンから溶け落ちて、太ももに水溜まりを作っていた。もったいない、ひと口ぶん損した。それに、ショートパンツなんて履くんじゃなかった。素肌に0度は冷たすぎる。
「ねぇ、ティッシュを取ってくれる?」
ラインはテーブルの上に置いてあるティッシュボックスを指差した。自分で取ろうとして立ち上がれば、太ももからアイスが流れ落ちてベッドを汚してしまうと思ったからだ。しかし、返事はない。横を見ると、ジョージはラインの太ももに落ちたアイスを見つめたまま、石像のように固まっていた。
「ジョージ?」
やっぱり、今日の彼はおかしい。いつもより頭が働いていないみたいだ。体調でも悪いのだろうか?もしかしたら、熱があるのかもしれない。ラインはジョージの額に手を伸ばした。
「わっ」
突然ジョージが機敏に動いたので、ラインは悲鳴を上げた。案の定、太もものアイスはベッドの上にこぼれ落ちた。
「君って……本当にぽけっとしてるよな」
顔の横でラインの手をしっかりと掴みながら、ジョージが呆れた声で言った。
「……悪口?」
「言うわけないだろ」
ジョージはラインの手をぐいと引っ張った。ラインはバランスを崩して、あっという間に彼の胸に倒れ込んだ。久しぶりの香りに包まれながら、ラインは確信した。彼は絶対に熱がある。だって、身体が異様に熱い。
「俺のこと、信用してくれてるんだろうけどさ……こんな風にされたら危ないだろ?」
「えっと、どういうこと?」
「だから……つまり、俺が紳士じゃなかったら──」
「その時は、お前の命は無いと思え」
突然、ドスの効いた声が聞こえた。ジョージはラインを抱きすくめていた腕をパッと離した。振り向くと、廊下に続く扉がほんの少し開いていて、その隙間から般若のような顔がこちらを睨み付けていた。
「パパ!」
父はドスドスと大きな足音を立てて、部屋の中に入ってきた。ラインもジョージもさっとベッドから立ち上がった。
「小僧、最期に何か言いたい事はあるか?」
父はずいと腕を伸ばして、ジョージの胸倉を掴んだ。
「パパ!やめてよ!」
「娘さんに誕生日プレゼントを届けに来ました。アイスクリームです。お父様の分もあります」
ジョージは早口で言い切った。父はしばらく黙ってジョージを睨み付けていたが、やがてゆっくりと息を吐き出して、口を開いた。
「……見せてみろ」
「はい?」
「アイスクリームを見せてみろ」
ジョージはパッと紙箱を開けた。紙箱の中にずらりと並ぶアイスクリームを見た途端、父はゴクリと唾を飲んだ。
「……なるほど」
「パパ、私が貰ったのよ」
「もちろん。しかし──」
「その手を離してくれるなら、1つあげる」
それを聞くと、父はしぶしぶジョージの襟元を掴んでいた手を離した。助かった……父が自分と同じ味覚を持っていて、本当に良かった。
「ねえパパ、今夜は夜勤じゃなかったの?」
「娘の誕生日だと言ったら、後輩が代わってくれた」
ラインは父とジョージとダイニングテーブルを取り囲み、2人の仲を取り持つ方法を考えていた。ジョージは借りてきた猫のように大人しくしているし、父は不機嫌な表情で、しかし大きな口を開けて、チョコレートアイスを頬張っている。
「パパ、この人がジョージよ。ほら、前に写真を送ったでしょ?ダンスパーティーの……覚えてる?」
父はわずかに顔を上げてジョージを見ると、こくりと頷いた。
「ジョージはいつも本当に優しいの。勉強を手伝ってくれたり、私が落ち込んでいたら、気晴らしに連れて行ってくれたり……今日も私のことを喜ばせようとして、サプライズで来てくれたのよ」
「──だからと言って、娘が1人きりの時に部屋に上がるのは感心しないな」
「すみません」
ジョージはアイスに手も付けず、1人頭を垂れていた。こんなにしおらしくしている彼は初めてだ。こんな時に不謹慎だけれど、ちょっと可愛いかもしれない。カップの底に残ったチョコレートアイスをスプーンでかき集めて、綺麗に食べ終えた父の表情は、先ほどより少し柔らかくなったように見えた。甘いもので懐柔される単純な性格は、自分にそっくりだ。
「……先ほど家に帰って来た時、トンクスに会ったよ。庭のベンチで眠りこけていた」
「えっ、そうなの?今日の護衛は他の人に代わるって聞いていたけど……」
「信頼出来る人間がお前と一緒にいるから、自分は寝ていても大丈夫だと言っていた」
その言葉を聞いて、ジョージは顔を上げた。父は椅子に座り直して、ジョージの目を真っ直ぐに見据えた。
「母親を亡くしたこの子を私がどれだけ大事に守り育ててきたか──分かるだろう?この"ぽけっとした仕上がり"を見れば」
「はい」
ラインは父とジョージの顔を交互に見つめた。2人とも信じられないくらい真面目な顔をしている。そんな顔で人のことをぽけっとしているとか言わないで欲しい。
「しかし、この子はもう私の手の届かないところへ行ってしまった。そちらの世界で、私はこの子を守ってやれない」
「僕が代わりに守ります」
即答したジョージの横顔を、ラインは信じられない気持ちで見つめた。そんなことを言われたら……勘違いしてしまいそうになる。まるで、彼が自分のことを1人の女の子として大切に想ってくれているような発言だ……
「マーリンに誓います」
ジョージは大真面目な顔で言った。父はそっぽを向いて、鼻でフンと笑った。しかし、ラインは父がもうジョージを嫌っていないことに気が付いた。
父の横顔がまるで、肩の荷が降りたかのような、安心したかのような──この15年間で、初めて見る柔らかい表情をしていたからだ。
こんな日に限って、ラインは1人ぼっちだった。今夜はトンクスが護衛を担当してくれる予定だったのに、直前になって他の人に代わると連絡が入った。(突然、ダイニングテーブルの上に輝く銀色のうさぎが現れて、トンクスの声で喋り出したので、ラインは驚いて紅茶をひっくり返した)おまけに、父は夜勤で明日の昼まで帰って来ない。
がっかりした気持ちを誤魔化すように、ラインは明日食べる予定のケーキを思い浮かべた。父が持って来たカタログの中から1時間以上かけて吟味したものだ。チョコレートが練り込まれたスポンジの上に、たっぷりの苺とラズベリーが載っていて、とても可愛くて美味しそうな誕生日ケーキだった。
明日を待ち遠しく思いながら、カーテンを閉めるために立ち上がったラインは、夜空に何か変なものが見えることに気が付いた。奇妙な姿の生き物が、羽ばたきながらこちらへやってくる。ラインは慌てて窓を閉めようとして、思い止まった。街灯の光に照らされて、その生き物の正体が分かったからだ。
窓からふくろうが3羽舞い降りてきた。大きな灰色のふくろうは、他の2羽に脇を支えられている。ラインはすぐに気が付いた。このふくろうはウィーズリー家のふくろうだ。いつもロンやジョージからの手紙を届けてくれる。命懸けで。ウィーズリー家のふくろうはベッドの上に着陸した途端、仰向けにひっくり返って動かなくなった。しばらく、ベッドで休んでもらった方が良さそうだ。そうでないと、たぶん、帰路の途中でおしまいになってしまう。
あとの2羽はよく知っているふくろうだった。まず、ラインの頭の周りをブンブン飛び回っている豆ふくろうの名前はピッグウィジョン、ロンのふくろうだ。気が付くと、大きな包みが1つ、ベッドの上に落ちていた。たぶん、ピッグの脚に括り付けられていたものだろう。ラインがそれを拾い上げると、ピッグは嬉しそうに甲高い鳴き声を上げて、窓からブーンと飛び出していった。
もう1羽は大きな雪のように白い雌で、ハリーのふくろう、ヘドウィグだ。得意げに胸を張り、手紙の括り付けられた脚をこちらに向けてピンと突き出している。ラインが荷を解いてやると、ヘドウィグは優雅に翼を広げて、その翼でラインの頭をポンと軽く叩いてから、夜空へ飛び去った。本当に賢くて、綺麗なふくろうだ。でも、なんとなく、ヘドウィグはラインより自分の方が序列が上だと思っている気がする。
ラインはベッドに腰掛けて、まず、ヘドウィグの脚に括り付けられていた封筒を開けた。中身はハリーからの手紙だった。
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ラインへ
お誕生日おめでとう。この間は沢山の保存食のプレゼントをありがとう。おかげで、なんとかこの夏を生き延びられそうだよ。
君にも誕生日プレゼントを送りたかったんだけど、僕、マグルのお金を持っていないんだ。だから次に一緒にホグズミードに行った時、君の好きなものを買ってあげるね。
ハリーより
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ベッドサイドのテーブルに置いてある時計に目を移すと、いつのまにか、午前0時になっていた。ラインはにっこりしながら、ハリーの手紙を読み返した。ホグズミードで、彼に何を買ってもらおうかな。出来たら、ハニーデュークスの商品がいいな。それともう少ししたら、もう一度ハリーに食料を送ってあげないと。どうやら彼の叔母さんは、夕食に萎びたサラダしか出さないらしいから。
ラインはハリーの手紙を丁寧に引き出しに仕舞い込み、それからピッグが運んできた包みに取り掛かった。一番上の包み紙を破り取ると、中からブルーの紙に包まれたプレゼントと2枚の便箋が出てきた。1枚目の便箋はハーマイオニーからの手紙だった。
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ラインへ
この間は素敵なパジャマパーティーを企画してくれてありがとう。とても楽しかった!お父様にもよろしくお伝え下さい。
そして、15歳おめでとう!今年の貴方の誕生日プレゼントはロンと2人で買いました。ちなみに、私もお揃いの羽根ペンを持っています。貴方のは誕生石のペリドットが付いていて、私のはサファイアが付いているのよ。貴方の学校生活が少しでも楽しくなりますように。
ハーマイオニーより
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ラインはハーマイオニーの手紙を読み終えると、ワクワクしながらプレゼントの包み紙を破った。中身を見た途端、ラインは感嘆の声を上げた。そこにキラキラ光る綺麗な石が付いた羽根ペンと、好きな色に変えられるインクのセットが入っていたからだ。やっぱりハーマイオニーはこういうことに関して、素晴らしく良い感性をしている。ラインはしばらくの間、羽根ペンをうっとりと眺めてから、もう1枚の便箋を開いた。
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ラインへ
誕生日おめでとう。僕、君のプレゼントにピグミーパフのぬいぐるみはどうかって、ハーマイオニーに言ったんだ。そしたら、ぬいぐるみを貰うべきなのは僕の方なんじゃないかって言われてさ。
まあ、君が喜んでくれるなら何だって良いんだけど。じゃあ、また9月1日に会おう!
ロンより
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ラインは笑いながら、ハーマイオニーとロンの手紙を丁寧に引き出しに仕舞い込んだ。友人とお揃いのキラキラの羽根ペンには敵わないけれど、きっと、自分はピグミーパフのぬいぐるみでも喜んだだろう。新学期が始まったら、ロンにそう教えてあげよう。
ラインは次の包みに取り掛かろうとして、一瞬ためらった。茶色の包み紙に書かれた大きな文字が目に飛び込んできたからだ。
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※取り扱い注意──爆発物
ライン、誕生日おめでとう。中身はインスタント煙幕とおとり爆弾。効果抜群の護身用アイテム。ポケットに入れておけよ。ちなみにウィーズリー・ウィザード・ウィーズでは1つ、3ガリオンで販売中。
フレッド
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ラインは手紙を読み終えると、恐る恐る包み紙を破り取った。中から瓶に入った真っ黒の粉と、ラッパに黒い胴体がくっつき、足が生えたような奇妙な物体が出てきた。ラッパの方はラインが手に持った途端、プルプルと震え始めた。ラインは慌ててクローゼットの扉を開けて、これ以上それに刺激を与えないように注意しながら、インスタント煙幕とおとり爆弾を制服のローブのポケットに仕舞い込んだ。どちらも説明書は付いていなかったけれど、どんな効果を発揮するか想像できる。間違って落とさないように、気を付けないと……とにかく、これを使わなくて済むように祈ろう。
ラインはクローゼットの扉をしっかりと閉めてから、最後の包みを取り上げた。それはどの包みよりも小さくて、軽かった。包み紙をそっと破いて、ラインは溜め息を漏らした。中にキラキラした銀色のバースデーカードと、薄いピンク色のリップグロスが入っていたからだ。
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ラインへ
お誕生日おめでとう!この色で可愛くなれるのは15歳の特権よ。もう少し大人になったら一緒に口紅を買いに行こうね。
トンクスより
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ラインはそれを読んで、ちょっぴりバツの悪い気持ちになった。トンクスは毎回、本部に戻る前に口紅を塗り直すのだけれど、どうやらその仕草を憧れの眼差しで見つめていたことがばれていたみたいだ。けれど……それ以上に嬉しい。化粧品を貰うと、なんだか大人の女性に近づけたような気がする。リップグロスを持ち上げると、その下から小さなメモがもう1枚出てきた。
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追伸 今すぐに塗ってみて
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今すぐに?何か仕掛けでもあるのだろうか?ラインはその指示を不思議に思いながらも、ベッドサイドのテーブルの引き出しを開けて手鏡を取り出し、リップグロスを唇に塗ってみた。ほんのり血色の良くなった唇がツヤツヤと輝いていて、顔色も明るくなったように見える。ラインは嬉しい気持ちになって、鏡に向かってにっこりと笑いかけた。すると、その次の数秒間、矢継ぎ早にいろいろなことが起こった。
鉄砲でも撃ったようなバシッという大きな音が、夜の静寂を破って鳴り響いた。ラインは外の様子を確認するために立ち上がった。しかし、一歩踏み出した瞬間、サイドテーブルの角に足の小指をぶつけた。ラインは痛みに声を上げて、その場にうずくまった。
「おいおい、大丈夫か?」
あれ──?今、なんとなく、ジョージの声が聞こえた気がする。会いたい気持ちが強すぎて、ついに幻聴が聞こえるようになったのだろうか?ラインは小指をさすりながら立ち上がり、よろよろと窓に近寄った。外を覗いた途端、ラインの心臓は飛び上がった。
「いったい、どこをぶつけたんだ?」
窓の向こうで、ジョージがくつくつと笑っていた。ラインは何度か口をパクパクさせたあと、ようやく言葉を絞り出した。
「……右足の小指」
「なるほど、そりゃ痛いな」
ジョージは顔を顰めて、何かをぶつぶつと呟いた。すると、途端に小指の痛みが消えた。
「わあ……すごい……」
何が何だか分からないままのラインを見て、ジョージはまた可笑しそうに笑った。
「俺が本人だと証明出来たら、部屋に入れてくれるかい?」
ラインはこくこくと頷いて、彼に何を質問するべきか考えた。
「……一緒にホグズミードに行った時、2人でシェアして食べたケーキの種類は?」
「苺のショートケーキとミルクレープ。ちなみに、君はシュークリームも食いたそうにしてた」
ジョージがさらりと答えたので、ラインはたまらなく嬉しい気持ちになった。もう半年以上前のことなのに、覚えていてくれた。
窓を跨いで部屋の中に入ってくるジョージを見つめながら、ラインは彼が脇に何かを抱えていることに気が付いた。ピンク色のリボンがかけられた大きな紙箱だった。ジョージがにっこりしながらその紙箱をこちらに差し出してくれた瞬間、夏休みの何でもない1日は人生最高の1日に変わった。
「ライン、誕生日おめでとう」
「……ありがとう!」
ラインは紙箱を受け取りながら、視界がじわりと滲むのを感じた。彼がプレゼントを贈ってくれたことに感激していたし、何より、誕生日にジョージに会えたことが嬉しかった。
紙箱を開けた瞬間、ラインは感嘆の声を上げた。そこに、色とりどりの美味しそうなアイスクリームがずらりと並んでいたからだ。
「君が最近、アイスクリームにこだわってるって聞いたんだ」
「これ……すごい!どこのお店のアイス?」
興奮のあまりよろめくラインをベッドに座らせながら、ジョージは満足げに笑った。
「魔法界一のアイスクリームパーラー、フローリアン・フォーテスキューさ。ダイアゴン横丁に店を構えてる」
魔法使いが作ったアイスクリームと聞いて、ラインは大いに納得した。定番のバニラやチョコレートアイスの他に、キラキラと金色の星が瞬くアイスや、数秒毎にカラフルな煙を吐き出すアイスがあったからだ。それに、箱の中に保冷剤の1つも入っていないのに、溶けていない。ラインは貰った箱ごと膝の上に置いて、それぞれのアイスクリームを夢中になって眺めた。おそらく、一つ一つのアイスにテーマが決められている。例えば、この金色の星が瞬くアイスのテーマは『オリオン座』だろう。そして、こっちのカラフルな煙を吐き出すアイスのテーマはたぶん『サーカス』だ。
「気に入ったかい?」
「うん、とっても」
たった今、ラインの将来の夢は1つ増えた。このアイスクリームパーラーの店舗に行ってみたい。そして、このアイスクリームを作った人に会ってみたい。ダイアゴン横丁に店を構えているのなら、もしかしたらそれは近いうちに叶うかもしれない。楽しみだ。
少しずつ冷静になってくると、ラインの頭にはいくつかの疑問が浮かんできた。ジョージはわざわざダイアゴン横丁まで行って、このアイスを買って来てくれたのだろうか?そもそも、彼はどうやってここに来たのだろう?右足の小指を見つめながら、ラインは1つの結論に辿り着いた。
「……もしかして、『姿現し』テストに合格したの?」
ジョージはその言葉を聞くと、待ってましたと言わんばかりにニヤリとして、ズボンのポケットから杖を取り出した。
「優等でね。ちなみに、こんなことだって出来るぞ」
彼が杖を一振りすると、どこからともなく、ラインの目の前に小さなスプーンが現れた。それはふわふわと宙を移動して、ラインの右手にピタリと収まった。なるほど……成人ってすごい。
「さあ、食べてみてくれよ」
「やった!貴方もここに座って、一緒に食べましょう」
ラインは上機嫌で自分の隣を指差した。ジョージは頷いて、こちらに足を踏み出した。しかし次の瞬間、彼はつまづいて片手をドスンとベッドについた。
「おっと……誰かと思えば……エロールじいさんじゃないか」
ジョージは何事も無かったかのように、いまだにベッドに転がっている灰色のふくろうの嘴を撫でた。ラインは激しい動悸を感じた。危なかった……ついに、とどめを刺してしまうのかと思った……それにしても、いつも身軽な彼が何も無い場所で転ぶなんて、ちょっとおかしい。トンクスじゃあるまいし。何度も姿現しをして、疲れているのだろうか?いや、もしかしたら眠いのかもしれない。もう、午前0時を回っているし……
「ねぇ、少し横になって休む?」
「──え?」
ジョージは目を見開き、口を半開きにした表情のまま固まった。
「えっと、眠いのかなと思って」
「いや……全然、眠くないぜ」
「そう?あ、私、これにしようかな」
ラインは紙箱からバニラアイスの入ったカップを取り上げて、早速スプーンを差し入れた。さあ、どんな味だろう?定番の味こそ、そのお店のこだわりと個性が光るものだ。
「わあ、美味しい!」
適度な固さだったバニラアイスは口の中でふんわりと滑らかな食感に変わり、徐々に溶けて消えていった。濃厚なミルクの味わいなのに、後味はすっきりとしている。これぞ、魔法界一のアイスクリームパーラーのバニラアイスだ。
「ジョージも食べてみる?」
ラインはアイスをスプーンに乗せて、ジョージへ差し出した。
「君……今日は唇がツヤツヤしてるんだな」
「あ、分かる?さっき、リップグロスを塗ってみたの」
ジョージは目の前に差し出されたバニラアイスを完全に無視した。すごい精神力だ。
「バニラ、美味しいよ」
「ああ……うん、貰うよ」
ジョージにスプーンを渡そうとした時、ラインは太ももに冷んやりとした温度を感じた。
「わっ──冷たい」
8月の室温に耐え切れなかったバニラアイスがスプーンから溶け落ちて、太ももに水溜まりを作っていた。もったいない、ひと口ぶん損した。それに、ショートパンツなんて履くんじゃなかった。素肌に0度は冷たすぎる。
「ねぇ、ティッシュを取ってくれる?」
ラインはテーブルの上に置いてあるティッシュボックスを指差した。自分で取ろうとして立ち上がれば、太ももからアイスが流れ落ちてベッドを汚してしまうと思ったからだ。しかし、返事はない。横を見ると、ジョージはラインの太ももに落ちたアイスを見つめたまま、石像のように固まっていた。
「ジョージ?」
やっぱり、今日の彼はおかしい。いつもより頭が働いていないみたいだ。体調でも悪いのだろうか?もしかしたら、熱があるのかもしれない。ラインはジョージの額に手を伸ばした。
「わっ」
突然ジョージが機敏に動いたので、ラインは悲鳴を上げた。案の定、太もものアイスはベッドの上にこぼれ落ちた。
「君って……本当にぽけっとしてるよな」
顔の横でラインの手をしっかりと掴みながら、ジョージが呆れた声で言った。
「……悪口?」
「言うわけないだろ」
ジョージはラインの手をぐいと引っ張った。ラインはバランスを崩して、あっという間に彼の胸に倒れ込んだ。久しぶりの香りに包まれながら、ラインは確信した。彼は絶対に熱がある。だって、身体が異様に熱い。
「俺のこと、信用してくれてるんだろうけどさ……こんな風にされたら危ないだろ?」
「えっと、どういうこと?」
「だから……つまり、俺が紳士じゃなかったら──」
「その時は、お前の命は無いと思え」
突然、ドスの効いた声が聞こえた。ジョージはラインを抱きすくめていた腕をパッと離した。振り向くと、廊下に続く扉がほんの少し開いていて、その隙間から般若のような顔がこちらを睨み付けていた。
「パパ!」
父はドスドスと大きな足音を立てて、部屋の中に入ってきた。ラインもジョージもさっとベッドから立ち上がった。
「小僧、最期に何か言いたい事はあるか?」
父はずいと腕を伸ばして、ジョージの胸倉を掴んだ。
「パパ!やめてよ!」
「娘さんに誕生日プレゼントを届けに来ました。アイスクリームです。お父様の分もあります」
ジョージは早口で言い切った。父はしばらく黙ってジョージを睨み付けていたが、やがてゆっくりと息を吐き出して、口を開いた。
「……見せてみろ」
「はい?」
「アイスクリームを見せてみろ」
ジョージはパッと紙箱を開けた。紙箱の中にずらりと並ぶアイスクリームを見た途端、父はゴクリと唾を飲んだ。
「……なるほど」
「パパ、私が貰ったのよ」
「もちろん。しかし──」
「その手を離してくれるなら、1つあげる」
それを聞くと、父はしぶしぶジョージの襟元を掴んでいた手を離した。助かった……父が自分と同じ味覚を持っていて、本当に良かった。
「ねえパパ、今夜は夜勤じゃなかったの?」
「娘の誕生日だと言ったら、後輩が代わってくれた」
ラインは父とジョージとダイニングテーブルを取り囲み、2人の仲を取り持つ方法を考えていた。ジョージは借りてきた猫のように大人しくしているし、父は不機嫌な表情で、しかし大きな口を開けて、チョコレートアイスを頬張っている。
「パパ、この人がジョージよ。ほら、前に写真を送ったでしょ?ダンスパーティーの……覚えてる?」
父はわずかに顔を上げてジョージを見ると、こくりと頷いた。
「ジョージはいつも本当に優しいの。勉強を手伝ってくれたり、私が落ち込んでいたら、気晴らしに連れて行ってくれたり……今日も私のことを喜ばせようとして、サプライズで来てくれたのよ」
「──だからと言って、娘が1人きりの時に部屋に上がるのは感心しないな」
「すみません」
ジョージはアイスに手も付けず、1人頭を垂れていた。こんなにしおらしくしている彼は初めてだ。こんな時に不謹慎だけれど、ちょっと可愛いかもしれない。カップの底に残ったチョコレートアイスをスプーンでかき集めて、綺麗に食べ終えた父の表情は、先ほどより少し柔らかくなったように見えた。甘いもので懐柔される単純な性格は、自分にそっくりだ。
「……先ほど家に帰って来た時、トンクスに会ったよ。庭のベンチで眠りこけていた」
「えっ、そうなの?今日の護衛は他の人に代わるって聞いていたけど……」
「信頼出来る人間がお前と一緒にいるから、自分は寝ていても大丈夫だと言っていた」
その言葉を聞いて、ジョージは顔を上げた。父は椅子に座り直して、ジョージの目を真っ直ぐに見据えた。
「母親を亡くしたこの子を私がどれだけ大事に守り育ててきたか──分かるだろう?この"ぽけっとした仕上がり"を見れば」
「はい」
ラインは父とジョージの顔を交互に見つめた。2人とも信じられないくらい真面目な顔をしている。そんな顔で人のことをぽけっとしているとか言わないで欲しい。
「しかし、この子はもう私の手の届かないところへ行ってしまった。そちらの世界で、私はこの子を守ってやれない」
「僕が代わりに守ります」
即答したジョージの横顔を、ラインは信じられない気持ちで見つめた。そんなことを言われたら……勘違いしてしまいそうになる。まるで、彼が自分のことを1人の女の子として大切に想ってくれているような発言だ……
「マーリンに誓います」
ジョージは大真面目な顔で言った。父はそっぽを向いて、鼻でフンと笑った。しかし、ラインは父がもうジョージを嫌っていないことに気が付いた。
父の横顔がまるで、肩の荷が降りたかのような、安心したかのような──この15年間で、初めて見る柔らかい表情をしていたからだ。