the Order of the Phoenix
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ラインはソワソワしながら、暖炉の前を行ったり来たりしていた。見上げると、壁の時計の針は16時58分を指している。
「ライン、もうすぐ来るわよ。楽しみだね」
ダイニングテーブルに座る魔女がラインに向けてニッコリした。今日の彼女の髪色は強烈な紫色だ。確か、昨日はお人形みたいなブロンドヘアだったし、一昨日は風船ガムのピンク色だった。彼女の向かい側に座る父はテーブルの上に新聞を広げているが、10分前から一度もページを捲る音が聞こえてこない。
時計の針が17時を指した時、部屋のどこかから微かな音が聞こえてきた。まるで、遠くで竜巻が起こっているような音だ。音はだんだん大きくなり、しまいには部屋の床や壁をガタガタと震わせ始めた。ラインはそそくさと後退りして、魔女の隣を陣取った。父は何でもない風を装うのを止めて、ついに新聞から顔を上げた。
次の瞬間、ゴーッという音とともに、エメラルド・グリーンの炎が暖炉に燃え上がった。炎の中にゆらゆらと人の影が揺れている。しばらくして炎が消えると、そこににっこりとした顔が現れた。
「ハーマイオニー!」
ラインは友人に駆け寄ろうとしたが、すんでのところで思いとどまった。その前にしなければいけないことを思い出したからだ。
「じゃあ……質問に答えてくれる?ビクトール・クラムが、貴方をダンスパーティーに誘った場所は?」
ハーマイオニーはぱっと頬を赤らめたが、はっきりとした声で答えた。
「ホグワーツの図書室よ」
ラインは今度こそ、友人に駆け寄ろうとした。しかし、今度はハーマイオニーがそれを制した。
「ライン、私も貴方が本人かどうか、確かめないといけないわ。私たちのお気に入りの小説の中で、貴方が一番好きなシーンは?」
「3巻で、エシャロット先生が主人公にお母さんとの思い出を話すシーン」
ラインの答えを聞くと、ハーマイオニーは満面の笑みを浮かべて部屋の中へ足を踏み出した。
「──ねぇ、エシャロット先生って誰?」
楽しげな声が響いた。ハーマイオニーは仰天した表情で足を止め、声の主を見つめた。
「──トンクス!どうしてここに?私てっきり、護衛って隠密にしているものだと──」
「そのつもりだったんだけどね。ほら、私って"静かにする"ことが苦手でしょ?ルーカスにばれちゃったのよ」
「ルーカスって?」
「ルーカス・マーリンだ。よく来たね、ハーマイオニー」
父がにっこりしながら立ち上がり、ハーマイオニーに手を差し出した。ハーマイオニーは驚いた顔のまま、父と握手した。
「私としては、娘を守ってくれさえすれば、手段は何だって構わないんだ。それに、トンクスは"静かにする'"こと以外は非常に優秀だからね──」
父が苦笑いしながら、ハーマイオニーに説明した。
ニンファドーラ・トンクスがラインの前に現れたのは、夏休みが始まって7日目の昼下がりだった。硬い表情の父に伴われて、彼女は玄関ポーチに立っていた。
「よっ、ライン!」
父の態度など気にも留めない様子で、こちらに向かって陽気に手を挙げている女性を、ラインは恐々と見つめた。
「ライン、この女性に見覚えはあるか?」
ラインは彼女から最大限に距離を取り、首を横に振った。
「父さんも無い」
それを聞いて、トンクスはぷっと吹き出した。
「──毎日、外見を変えているようだからね。でも君、西側の路地を通る度に、角のゴミ箱に躓くだろう?」
「嘘、ばれてた?あのゴミ箱、もうちょっと奥に下げられないのかしら」
トンクスがバツの悪そうな顔で言った。
「先程、窓からこの家の中を覗いていらっしゃったので、話を聞かせて頂いたんだ。彼女が言うには、校長先生からお前の護衛をするように依頼されたそうだ。本当かどうか、確かめられるか?」
「もし、私が嘘をついていたらどうするの?」
トンクスが楽しそうに聞いた。
「署に連行する」
「わあ、それって最高」
たとえ彼女が嘘をついていると判明したところで、自分と父になす術など無いことをラインは分かっていた。しかし、彼女が自分達に危害を加えるつもりがないことも既に分かっていた。悪人にはどうやっても醸し出すことが出来ないであろう、底抜けに明るく爽やかな雰囲気を彼女が纏っていたからだ。
「ライン、何か私に質問してみてくれる?何でも良いよ。貴方の味方しか答えられないことを聞いてみて」
「えっと……じゃあ、ホグワーツの朝食のメニューの中で、私が1番初めに食べるものは何でしょう?」
質問してから、ラインは自身の幼稚さを猛烈に恥じた。もっと、何かまともで賢そうなことを──例えば、心に残ったダンブルドア先生の言葉とか──そういうことを聞けば良かった。ダンブルドア先生だって、こんな馬鹿げた質問には答えられないだろう。
「フルーツと生クリームを通常の倍量トッピングしたパンケーキでしょ?ちなみに、キャラメルパイが出てきた日はそれも初めに確保しておく」
トンクスが得意げに答えたので、ラインは絶句してしまった。
「あ、待って。やっぱりトッピングは4倍かな。ハーマイオニーは倍だって言ってたけど、ロンは貴方が普通の人の4倍は載せるって言ってたな──」
ラインが彼女を信用するために、それ以上の質問は必要なかった。友人達の言葉を知っていることが、彼女が味方であることの何よりの証明だった。
先学期末のショックから立ち直れないまま、まるまる1週間も家の中に引きこもっていたラインにとって、トンクスの存在は大きな救いになった。彼女が護衛を担当してくれる日は、忠誠の術で守られたこの家から出て、近所のパン屋まで朝食を買いに行くことが出来たし、流行りのアイスクリームを食べに街へ出掛けることも出来た。そして、家の暖炉を煙突飛行ネットワークに繋いでもらい、友人を招いてパジャマパーティーをすることだって出来るのだ。
────
「じゃあハーマイオニーも、今は『不死鳥の騎士団』の本部に住んでいるの?」
「そうよ。パパとママは夏休みを一緒に過ごせないことにがっかりしてたけど、私、こう言ったの。O.W.L試験に真剣な生徒は皆、休みの間も大人の魔法使いに勉強を見てもらうって。二人とも私に良い成績を取ってほしいから、納得してくれたわ」
夜勤へ向かう父を見送った後、ラインとハーマイオニーは早速、ダイニングテーブルの上にピザとポテト、そして沢山のお菓子を広げていた。ラインはハーマイオニーの持ってきた歯磨き糸楊枝型ミント菓子を横目に見ながら、砂糖たっぷりの糖蜜パイに齧り付き始めた。
「貴方のところにも、ハリーから手紙がくる?」
ハーマイオニーが沈んだ表情で聞いた。
「うん。1週間に1度は送ってくれるわ」
「やっぱり、例のあのことについて、何か新しい情報がないか知りたがってる?彼、カンカンなのよ。私たちが何も教えないから。でも、私たち──私とロンのことだけど──ダンブルドア先生に、本部で知ったことを彼に教えないように誓わせられて」
ハーマイオニーが溜め息をついた。
どうして、ダンブルドア先生はハリーに何にも知って欲しくないのだろう?きっと、何か理由があるのだろうけれど……ハリーが怒るのも無理はないと、ラインは思った。彼がいなければ、誰もヴォルデモートの復活を知らなかったのに、自分だけ魔法界と完全に切り離されて──おまけに、愛想が良いとは言い難い親戚の家に閉じ込められて──蚊帳の外なんて、良い気はしないだろう。
この間ハリーが送ってきた手紙には、何と書いてあったっけ……手紙の内容を思い出しながら、ラインは友人の優しい気遣いに気が付いた。
「私、例のあのことについて、ハリーから何も聞かれたことないわ。もしかしたら、ハリーは私が怖いことを思い出さないように気を遣ってくれているのかも」
「じゃあ、ハリーの手紙には何が書いてあるの?」
「セキセイインコの水上スキーの話とか」
「……セキセイインコの何ですって?」
その時、困惑した表情のハーマイオニーの肩越しに、トンクスがソファから立ち上がるのが見えた。
「私、この人のこと好きだな」
トンクスはラインが貸した本を手に持ったまま、ラインとハーマイオニーが座るダイニングテーブルの方へ歩いてきた。案の定、彼女は途中のゴミ箱に躓いた。
「この人?」
「エシャロット先生よ。ほら、この台詞とか最高。やっぱり、苦労してきた人って他人に優しく出来るのね」
トンクスが感慨深そうに言った。
「実は吸血鬼なのに、自分の欲求を抑えてるところとか、誰に対しても紳士的なところとか、本当に素敵よね──」
エシャロット先生の魅力を並べ立てるトンクスの横顔を見て、ラインはあることに気が付いた。たぶん今、彼女の頭の中に浮かんでいる人物はエシャロット先生ではない。消灯前の談話室でジニーがよくこの顔をしているし、自分だってそうなのだろう。この顔をする女の子は──魔女もマグルも関係ない──間違いなく、好きな人のことを考えている。
「ねえ、トンクスは好きな人っている?」
ラインが聞くと、トンクスは少し驚いたような顔をした後、すぐにニヤリとした。
「うん。ちょっと気になってる人はいるよ」
「わあ、職場の人とか?」
「そうだね、同僚かな。年上なの」
「あら、同じじゃない」
ハーマイオニーがラインを見てクスクス笑い始めた。
「貴方の場合は──2つ年上」
「2つ?そんなの誤差よ。こっちは13歳上なんだから」
思わぬ暴露をされて、耳まで赤くなったラインを励ますように、トンクスが言った。ラインはクスクス笑いが止まらなくなったハーマイオニーを睨み付けながら、トンクスの好きな人について考えた。13歳年上の苦労人、そして誰にでも紳士的──なんだか、近いうちに人物を特定出来てしまいそうな情報だ。しかし、トンクスの恋人候補としては少し意外なプロフィールだと思った。なんとなく、トンクスの隣が似合うのは、全身にタトゥーを入れたハードロックのボーカルのような人物だと思っていたからだ。
「ねえ、2つ年上の彼ってハンサムなの?」
トンクスがニヤニヤしながら聞いた。
「あら、貴方も知っている人よ。トンクス」
「えーっ!」
ラインの代わりにハーマイオニーが答えると、トンクスは興奮して声を張り上げた。
「じゃあ、あの2人のどっちかっていうこと?あの2人って、どっちとかあるの?」
「もちろん、あるわよね?貴方にとびきり優しくしてくれる──」
ラインはそこでようやく、ハーマイオニーの足を踏ん付けることに成功した。さて、どうやって彼女に反撃してやろうか──そんなことを必死に考えていたのに、窓の外に燃えるような赤色の夕陽が見えた途端、頭の中がその一色に塗り潰された。
もう、3週間も会っていない。ジョージが話しかけてくれない。笑いかけてくれない。姿さえ見えない。夏休みに入ってから、ラインは心にぽかんと穴が開いてしまったように感じていた。父が腕を振るった手料理にも、トンクスの上質な変顔にも、セキセイインコの水上スキーにも、その穴は埋められなかった。
うっかり気を抜いた時、ラインはその穴の中に落ちてしまうことがあった。その穴の中には、あのトランクの中で感じた恐怖と絶望が詰め込まれていて、二度と這い上がることが出来ないような気持ちになる。唯一、その穴の存在を忘れられる時は、ジョージがくれた手紙を読んでいる時だった。伸びる耳のこととか、右の鼻の穴の調子が出ないこととか、他愛もないことが書かれた手紙だったけれど、ラインはそれを何度も繰り返し読んでいた。今のラインにとって、その手紙は何よりの宝物だった。
「大変だわ、もうこんな時間」
トンクスが慌てて立ち上がった。
「トンクス、もう行っちゃうの?」
「このあと、本部で会議があるのよ」
本部という言葉に、ラインはピクリと反応した。ジョージの手紙の漠然としたヒントから察すると、彼も本部に住んでいるらしい。たぶんウィーズリーおじさん、ウィーズリーおばさんが不死鳥の騎士団のメンバーだから、家族みんなで本部に住んでいるのだろう。もし、自分も本部に連れて行って欲しいと言ったら、トンクスは何と言うだろうか──?
「うわ……もう来てる」
トンクスが窓を開けて外を覗き、苦り切った表情をした。開かれた窓から風が吹き込み、酒臭さとむっとするタバコの臭いが家の中に入ってきた。
「全く、ラインの時だけ真面目にやるんだから……ハリーの時も、同じくらい真面目にやってくれれば良いのに」
「誰が来てるの?」
「交代の護衛の人よ。でも、大丈夫。貴方の前に姿を現すことはないわ。絶対に"隠密に"護衛するように言ってあるから」
トンクスはそう言って窓を閉めると、しっかりと鍵をかけた。
「じゃあライン、また3日後に会おう。パジャマパーティー、楽しんでね」
次の瞬間、バシッという大きな音が鳴り響き、トンクスはあっという間に「姿くらまし」してしまった。ラインは名残惜しい気持ちで、彼女のいなくなった空間を見つめた。
「──『私も本部に連れて行って』って、言えば良かったのに」
ハーマイオニーが半ば呆れ、半ば同情するような目でラインを見た。
「だって……急に会いに行ったら、迷惑だと思われるかもしれないじゃない」
もう、ラインは友人が自分の心を読むことに慣れっこになっていた。世の中に、自分ほど「閉心術」に不向きな人間はいないだろう。こんなに心を読まれてばかりいたら、そのうちジョージにも気持ちがばれてしまうかもしれない。そうなる前に、なんとか対策しなければ……
ハーマイオニーの「やれ、やれ」という態度に気が付かないふりをしながら、ラインは再び、糖蜜パイに齧り付いた。
「ライン、もうすぐ来るわよ。楽しみだね」
ダイニングテーブルに座る魔女がラインに向けてニッコリした。今日の彼女の髪色は強烈な紫色だ。確か、昨日はお人形みたいなブロンドヘアだったし、一昨日は風船ガムのピンク色だった。彼女の向かい側に座る父はテーブルの上に新聞を広げているが、10分前から一度もページを捲る音が聞こえてこない。
時計の針が17時を指した時、部屋のどこかから微かな音が聞こえてきた。まるで、遠くで竜巻が起こっているような音だ。音はだんだん大きくなり、しまいには部屋の床や壁をガタガタと震わせ始めた。ラインはそそくさと後退りして、魔女の隣を陣取った。父は何でもない風を装うのを止めて、ついに新聞から顔を上げた。
次の瞬間、ゴーッという音とともに、エメラルド・グリーンの炎が暖炉に燃え上がった。炎の中にゆらゆらと人の影が揺れている。しばらくして炎が消えると、そこににっこりとした顔が現れた。
「ハーマイオニー!」
ラインは友人に駆け寄ろうとしたが、すんでのところで思いとどまった。その前にしなければいけないことを思い出したからだ。
「じゃあ……質問に答えてくれる?ビクトール・クラムが、貴方をダンスパーティーに誘った場所は?」
ハーマイオニーはぱっと頬を赤らめたが、はっきりとした声で答えた。
「ホグワーツの図書室よ」
ラインは今度こそ、友人に駆け寄ろうとした。しかし、今度はハーマイオニーがそれを制した。
「ライン、私も貴方が本人かどうか、確かめないといけないわ。私たちのお気に入りの小説の中で、貴方が一番好きなシーンは?」
「3巻で、エシャロット先生が主人公にお母さんとの思い出を話すシーン」
ラインの答えを聞くと、ハーマイオニーは満面の笑みを浮かべて部屋の中へ足を踏み出した。
「──ねぇ、エシャロット先生って誰?」
楽しげな声が響いた。ハーマイオニーは仰天した表情で足を止め、声の主を見つめた。
「──トンクス!どうしてここに?私てっきり、護衛って隠密にしているものだと──」
「そのつもりだったんだけどね。ほら、私って"静かにする"ことが苦手でしょ?ルーカスにばれちゃったのよ」
「ルーカスって?」
「ルーカス・マーリンだ。よく来たね、ハーマイオニー」
父がにっこりしながら立ち上がり、ハーマイオニーに手を差し出した。ハーマイオニーは驚いた顔のまま、父と握手した。
「私としては、娘を守ってくれさえすれば、手段は何だって構わないんだ。それに、トンクスは"静かにする'"こと以外は非常に優秀だからね──」
父が苦笑いしながら、ハーマイオニーに説明した。
ニンファドーラ・トンクスがラインの前に現れたのは、夏休みが始まって7日目の昼下がりだった。硬い表情の父に伴われて、彼女は玄関ポーチに立っていた。
「よっ、ライン!」
父の態度など気にも留めない様子で、こちらに向かって陽気に手を挙げている女性を、ラインは恐々と見つめた。
「ライン、この女性に見覚えはあるか?」
ラインは彼女から最大限に距離を取り、首を横に振った。
「父さんも無い」
それを聞いて、トンクスはぷっと吹き出した。
「──毎日、外見を変えているようだからね。でも君、西側の路地を通る度に、角のゴミ箱に躓くだろう?」
「嘘、ばれてた?あのゴミ箱、もうちょっと奥に下げられないのかしら」
トンクスがバツの悪そうな顔で言った。
「先程、窓からこの家の中を覗いていらっしゃったので、話を聞かせて頂いたんだ。彼女が言うには、校長先生からお前の護衛をするように依頼されたそうだ。本当かどうか、確かめられるか?」
「もし、私が嘘をついていたらどうするの?」
トンクスが楽しそうに聞いた。
「署に連行する」
「わあ、それって最高」
たとえ彼女が嘘をついていると判明したところで、自分と父になす術など無いことをラインは分かっていた。しかし、彼女が自分達に危害を加えるつもりがないことも既に分かっていた。悪人にはどうやっても醸し出すことが出来ないであろう、底抜けに明るく爽やかな雰囲気を彼女が纏っていたからだ。
「ライン、何か私に質問してみてくれる?何でも良いよ。貴方の味方しか答えられないことを聞いてみて」
「えっと……じゃあ、ホグワーツの朝食のメニューの中で、私が1番初めに食べるものは何でしょう?」
質問してから、ラインは自身の幼稚さを猛烈に恥じた。もっと、何かまともで賢そうなことを──例えば、心に残ったダンブルドア先生の言葉とか──そういうことを聞けば良かった。ダンブルドア先生だって、こんな馬鹿げた質問には答えられないだろう。
「フルーツと生クリームを通常の倍量トッピングしたパンケーキでしょ?ちなみに、キャラメルパイが出てきた日はそれも初めに確保しておく」
トンクスが得意げに答えたので、ラインは絶句してしまった。
「あ、待って。やっぱりトッピングは4倍かな。ハーマイオニーは倍だって言ってたけど、ロンは貴方が普通の人の4倍は載せるって言ってたな──」
ラインが彼女を信用するために、それ以上の質問は必要なかった。友人達の言葉を知っていることが、彼女が味方であることの何よりの証明だった。
先学期末のショックから立ち直れないまま、まるまる1週間も家の中に引きこもっていたラインにとって、トンクスの存在は大きな救いになった。彼女が護衛を担当してくれる日は、忠誠の術で守られたこの家から出て、近所のパン屋まで朝食を買いに行くことが出来たし、流行りのアイスクリームを食べに街へ出掛けることも出来た。そして、家の暖炉を煙突飛行ネットワークに繋いでもらい、友人を招いてパジャマパーティーをすることだって出来るのだ。
────
「じゃあハーマイオニーも、今は『不死鳥の騎士団』の本部に住んでいるの?」
「そうよ。パパとママは夏休みを一緒に過ごせないことにがっかりしてたけど、私、こう言ったの。O.W.L試験に真剣な生徒は皆、休みの間も大人の魔法使いに勉強を見てもらうって。二人とも私に良い成績を取ってほしいから、納得してくれたわ」
夜勤へ向かう父を見送った後、ラインとハーマイオニーは早速、ダイニングテーブルの上にピザとポテト、そして沢山のお菓子を広げていた。ラインはハーマイオニーの持ってきた歯磨き糸楊枝型ミント菓子を横目に見ながら、砂糖たっぷりの糖蜜パイに齧り付き始めた。
「貴方のところにも、ハリーから手紙がくる?」
ハーマイオニーが沈んだ表情で聞いた。
「うん。1週間に1度は送ってくれるわ」
「やっぱり、例のあのことについて、何か新しい情報がないか知りたがってる?彼、カンカンなのよ。私たちが何も教えないから。でも、私たち──私とロンのことだけど──ダンブルドア先生に、本部で知ったことを彼に教えないように誓わせられて」
ハーマイオニーが溜め息をついた。
どうして、ダンブルドア先生はハリーに何にも知って欲しくないのだろう?きっと、何か理由があるのだろうけれど……ハリーが怒るのも無理はないと、ラインは思った。彼がいなければ、誰もヴォルデモートの復活を知らなかったのに、自分だけ魔法界と完全に切り離されて──おまけに、愛想が良いとは言い難い親戚の家に閉じ込められて──蚊帳の外なんて、良い気はしないだろう。
この間ハリーが送ってきた手紙には、何と書いてあったっけ……手紙の内容を思い出しながら、ラインは友人の優しい気遣いに気が付いた。
「私、例のあのことについて、ハリーから何も聞かれたことないわ。もしかしたら、ハリーは私が怖いことを思い出さないように気を遣ってくれているのかも」
「じゃあ、ハリーの手紙には何が書いてあるの?」
「セキセイインコの水上スキーの話とか」
「……セキセイインコの何ですって?」
その時、困惑した表情のハーマイオニーの肩越しに、トンクスがソファから立ち上がるのが見えた。
「私、この人のこと好きだな」
トンクスはラインが貸した本を手に持ったまま、ラインとハーマイオニーが座るダイニングテーブルの方へ歩いてきた。案の定、彼女は途中のゴミ箱に躓いた。
「この人?」
「エシャロット先生よ。ほら、この台詞とか最高。やっぱり、苦労してきた人って他人に優しく出来るのね」
トンクスが感慨深そうに言った。
「実は吸血鬼なのに、自分の欲求を抑えてるところとか、誰に対しても紳士的なところとか、本当に素敵よね──」
エシャロット先生の魅力を並べ立てるトンクスの横顔を見て、ラインはあることに気が付いた。たぶん今、彼女の頭の中に浮かんでいる人物はエシャロット先生ではない。消灯前の談話室でジニーがよくこの顔をしているし、自分だってそうなのだろう。この顔をする女の子は──魔女もマグルも関係ない──間違いなく、好きな人のことを考えている。
「ねえ、トンクスは好きな人っている?」
ラインが聞くと、トンクスは少し驚いたような顔をした後、すぐにニヤリとした。
「うん。ちょっと気になってる人はいるよ」
「わあ、職場の人とか?」
「そうだね、同僚かな。年上なの」
「あら、同じじゃない」
ハーマイオニーがラインを見てクスクス笑い始めた。
「貴方の場合は──2つ年上」
「2つ?そんなの誤差よ。こっちは13歳上なんだから」
思わぬ暴露をされて、耳まで赤くなったラインを励ますように、トンクスが言った。ラインはクスクス笑いが止まらなくなったハーマイオニーを睨み付けながら、トンクスの好きな人について考えた。13歳年上の苦労人、そして誰にでも紳士的──なんだか、近いうちに人物を特定出来てしまいそうな情報だ。しかし、トンクスの恋人候補としては少し意外なプロフィールだと思った。なんとなく、トンクスの隣が似合うのは、全身にタトゥーを入れたハードロックのボーカルのような人物だと思っていたからだ。
「ねえ、2つ年上の彼ってハンサムなの?」
トンクスがニヤニヤしながら聞いた。
「あら、貴方も知っている人よ。トンクス」
「えーっ!」
ラインの代わりにハーマイオニーが答えると、トンクスは興奮して声を張り上げた。
「じゃあ、あの2人のどっちかっていうこと?あの2人って、どっちとかあるの?」
「もちろん、あるわよね?貴方にとびきり優しくしてくれる──」
ラインはそこでようやく、ハーマイオニーの足を踏ん付けることに成功した。さて、どうやって彼女に反撃してやろうか──そんなことを必死に考えていたのに、窓の外に燃えるような赤色の夕陽が見えた途端、頭の中がその一色に塗り潰された。
もう、3週間も会っていない。ジョージが話しかけてくれない。笑いかけてくれない。姿さえ見えない。夏休みに入ってから、ラインは心にぽかんと穴が開いてしまったように感じていた。父が腕を振るった手料理にも、トンクスの上質な変顔にも、セキセイインコの水上スキーにも、その穴は埋められなかった。
うっかり気を抜いた時、ラインはその穴の中に落ちてしまうことがあった。その穴の中には、あのトランクの中で感じた恐怖と絶望が詰め込まれていて、二度と這い上がることが出来ないような気持ちになる。唯一、その穴の存在を忘れられる時は、ジョージがくれた手紙を読んでいる時だった。伸びる耳のこととか、右の鼻の穴の調子が出ないこととか、他愛もないことが書かれた手紙だったけれど、ラインはそれを何度も繰り返し読んでいた。今のラインにとって、その手紙は何よりの宝物だった。
「大変だわ、もうこんな時間」
トンクスが慌てて立ち上がった。
「トンクス、もう行っちゃうの?」
「このあと、本部で会議があるのよ」
本部という言葉に、ラインはピクリと反応した。ジョージの手紙の漠然としたヒントから察すると、彼も本部に住んでいるらしい。たぶんウィーズリーおじさん、ウィーズリーおばさんが不死鳥の騎士団のメンバーだから、家族みんなで本部に住んでいるのだろう。もし、自分も本部に連れて行って欲しいと言ったら、トンクスは何と言うだろうか──?
「うわ……もう来てる」
トンクスが窓を開けて外を覗き、苦り切った表情をした。開かれた窓から風が吹き込み、酒臭さとむっとするタバコの臭いが家の中に入ってきた。
「全く、ラインの時だけ真面目にやるんだから……ハリーの時も、同じくらい真面目にやってくれれば良いのに」
「誰が来てるの?」
「交代の護衛の人よ。でも、大丈夫。貴方の前に姿を現すことはないわ。絶対に"隠密に"護衛するように言ってあるから」
トンクスはそう言って窓を閉めると、しっかりと鍵をかけた。
「じゃあライン、また3日後に会おう。パジャマパーティー、楽しんでね」
次の瞬間、バシッという大きな音が鳴り響き、トンクスはあっという間に「姿くらまし」してしまった。ラインは名残惜しい気持ちで、彼女のいなくなった空間を見つめた。
「──『私も本部に連れて行って』って、言えば良かったのに」
ハーマイオニーが半ば呆れ、半ば同情するような目でラインを見た。
「だって……急に会いに行ったら、迷惑だと思われるかもしれないじゃない」
もう、ラインは友人が自分の心を読むことに慣れっこになっていた。世の中に、自分ほど「閉心術」に不向きな人間はいないだろう。こんなに心を読まれてばかりいたら、そのうちジョージにも気持ちがばれてしまうかもしれない。そうなる前に、なんとか対策しなければ……
ハーマイオニーの「やれ、やれ」という態度に気が付かないふりをしながら、ラインは再び、糖蜜パイに齧り付いた。