the Goblet of Fire
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ラインはぼんやりと教科書の挿し絵を眺めていた。その生き物は小枝のような身体をしていて、頭のてっぺんに葉っぱが生えている。つぶらな瞳が愛くるしい。思わず"キス"したくなるくらいだ……
──自分の棲む木に危険が迫った時には、細長く鋭い指を駆使して敵の目玉をくり抜く──
隣の文章を読んで、ラインは溜め息をついた。怒ると反撃してくるなんて、可愛いじゃないか。なんだか、からかいたくなる。もしかして……ジョージには自分がボウトラックルのように見えていたのだろうか?
「やあ──君がこの時間に図書室にいるなんて、珍しいね」
ラインの迷走する思考は爽やかな声に中断させられた。顔を上げると、端正な顔がこちらに微笑みかけている。近くで勉強していた女の子達が数人、チラチラと彼に視線を送り始めた。
「それじゃあ、もう消灯後に出歩かなくても良くなったんだね?」
「そうなの。夕食を食べた後はずっと寮で過ごしてるわ」
「そうか──本当に良かった。心配していたから」
個人授業の日時が変更されたことを伝えると、セドリックは安心したように息を吐き出した。ラインはその様子を見て、彼はあの日以来、ずっと自分のことを気にかけてくれていたのだろうと思った。
「でも犯人が分かっていないんだったら、これからも気をつけないといけないよ」
セドリックが眉を顰めて言った。
「また困った事があれば、僕に教えて。すぐに助けに行くよ──湖の中じゃなければね」
「ふふ、ありがとう」
優しい冗談を聞いて、ラインは胸がぽかぽかと暖かくなるのを感じた。窓から差し込む夕日が、まるでスポットライトのように彼の笑顔を照らしている。天は二物を与えずと言うけれど、それはもしかしたら、彼に嫉妬した人が作った言葉なのかもしれない。
セドリックが去った後、ラインはいくつかの視線がまだこちらに向いていることに気が付いた。
「──ねぇ、その席、いつも私が座っている席なんだけど」
その声に振り向くと、上級生らしき女の子がこちらを見下ろしている。彼女の冷たい目を見て、ラインは自分に向けられていた視線の意味を理解した。ぽかぽかとしていた胸がスッと冷えていく。
「ごめんなさい、移動します」
きっと、彼女はこの席に座りたいわけではない。それは分かっていたけれど、ラインはすぐさま教科書を鞄に詰め込んで立ち上がった。
「……ちょっと目立つ男の子に構って貰えるからって、調子に乗らないで」
すれ違い様に、女の子がボソッと呟いた。それは小さな声だったけれど、はっきりとラインに聞こえる声だった。
随分と理不尽な言いがかりだと思った。この学校に編入してから、調子に乗れるような精神状態だったことは一度も無いからだ。素敵な人に話しかけたいけれど、話しかけられないもどかしさは良く分かる。でも、それは誰かを攻撃して良い理由にはならないはずだ。
言い返したかったけれど、何も言えなかった。それが火に油を注ぐことだと分かっていたし、これ以上傷付くのも怖かった。
────
ラインは葛藤していた。夕食後のデザートにジャム・タルトを食べたいけれど、それが載っている大皿に手を伸ばせば、必然的にジョージの座っている方向を向くことになってしまう……朝食の時も昼食の時も、彼がこちらをチラチラと伺っていることに、ラインは気が付いていた。彼に昨日のことを謝りたいけれど、どうしてあんな態度を取ったのかと理由を聞かれたら、何と答えたら良いのか分からない。まさか「貴方のことが好きだから、からかわれて悲しかったの」なんて言うわけにはいかないし……
「ライン、ジャムタルトがあるよ。取ろうか?」
ネビルが朗らかに言った。彼とラインは食の好みが良く似ていて、彼もそのことを知っている。いつのまにか、彼との間には"美味しそうなものを見つけたら、その情報を共有する"という協定が結ばれていた。
「ううん、今日はやめておく……」
ラインの声が尻すぼみになったので、ネビルが不思議そうな顔をした。ネビルの座っている方向に顔を向けた途端、こちらを見ていたジョージとばっちり目が合ってしまったのだ。彼が立ち上がるのが見えたので、ラインの心臓は早鐘を打ち出した。"ちょっと目立つ男の子"にはジョージも含まれているのだろうか?夕食時の大広間で──大勢の目の前で彼に話しかけられてしまったら、また悪口を言われてしまうかもしれない。
「私、ちょっとお手洗いに行ってくる」
ラインはハーマイオニーに耳打ちすると、慌てて立ち上がった。ジョージから遠ざかるように移動する。しかし数歩進んだところで、誰かに行く手を阻まれた。
「ハニー、俺は悲しかったぜ。あからさまにプレゼントに優劣をつけられて」
通路の真ん中に仁王立ちしたフレッドが言った。
「ごめんなさい、貴方は甘い物が得意じゃないと思っていたから。今度、同じチョコレートを──」
「違う違う、そっちじゃないさ。俺は"私、貴方の為なら何でもするわ"なんて言われてないぞ」
「そんな言い方、してない」
ラインが眉根を寄せると、フレッドはニヤリとした。
「ハグくらいしてもらわないと、納得できない」
そのしたり顔を見て、ラインは自分がまんまと彼の策略に嵌まっていることに気が付いた。彼は相棒のために、自分をこの場に引き留めようとしているのだろう。しかも彼がラインに向かって両手を広げているせいで、周りの生徒達が何事かとこちらに注目している。間違いない。こういうのが、悪口を言われてしまう原因だ。ラインはフレッドの腕をかいくぐり、逃げるように駆け出した。
幸いにも、女子トイレには誰もいなかった。手洗い場の鏡の中から、青白い顔をした自分がこちらを見つめている。きっとジョージは自分と話そうとしてくれていたのに、避けるなんて、ひどいことをしてしまった。昨日だって楽しく話していた相手が突然不機嫌になり、訳が分からなかっただろうし……もう、嫌われてしまったかもしれない……しんと静まり返った空間に、大きな溜め息が響く。もうこのまま、寮へ帰ってしまおうか……しかしその時、廊下からいくつかの足音が聞こえてきたので、ラインは自分がこの場にいることが不自然に見えないように慌てて蛇口を捻った。
「ねぇ──ちょっと話さない?」
気がつくと、上級生らしき女の子達に取り囲まれていた。その中心には、図書館で言いがかりをつけてきた女の子の姿がある。彼女達の表情を見て、ラインは自身の行く末を悟った。
「ちょっと仲が良いからって、調子に乗らないでよ」
「先祖が有名なだけで、自分は何にも出来ないくせに」
「男に媚びを売るしか、脳がないわけ?」
1人の女の子が出入口を塞ぐように立っているため、この場から逃げ出すことは出来ない。刺々しい声が壁に反響して、ぐるぐるとラインを取り囲んだ。
「悲劇のヒロインみたいな顔しちゃって」
「ママのところに帰りなさいよ」
出来ることなら、今すぐにそうしたい。既にボロボロだった心に、ナイフのような言葉が追い討ちをかける。何か言い返そうと口を開けば、涙まで一緒に出てきてしまいそうで、ラインはただ床を睨みつけることしか出来なかった。
「ねぇ、恥ずかしくないの?」
新しい声が聞こえてきた。目線を上げると、ブロンドのパーマヘアを靡かせた女の子がトイレへ踏み入ってくるところだった。ラインは彼女が誰なのかを認識した途端、絶望した。また1つ、自分を非難する声が増えたと思ったからだ。
「下級生相手に寄ってたかって──みっともない」
ラインは耳を疑った。さらに、目も疑った。彼女の冷たい眼差しがラインを取り囲む女の子達に向けられたからだ。
「何よ、ペニー。貴方こそ、この子を恨んでるんじゃないの?ジョージを取られたじゃない」
「見くびらないでよ。私は事実と感情を分けて考えることが出来るの。それに──」
尊大な微笑みを湛えた美しい顔が、辺りをぐるりと見回した。
「この私が、過去に執着すると思う?」
ペニーはしばらく皆の反応を楽しそうに眺めた後、今週末はデートの予定が3件も入っているのよね──と付け加えた。女の子達は悔しそうな顔をしていたが、誰も何も言い返せないようだった。久しぶりに訪れた静寂の中で、ラインは呆気に取られながらペニーを見つめた。
「そこの鏡を見てみなさいよ。悪口言う時の女って、本当に醜い顔してるから。トロールさえ寄って来ないわよ」
「……何よ。ちょっと人気があるからって、偉そうに」
図書館で言いがかりをつけてきた女の子は真っ赤な顔でペニーを睨み付けると、捨て台詞とともにトイレを出ていった。他の女の子達も逃げるように後へ続く。その内の何人かが恥じ入ったような表情をしていたのが印象的だった。
「ただの負け惜しみよ。気にする必要ないわ」
「…………ありがとう」
ラインは呆然としたまま、なんとか声を絞り出した。悪口を言われたことにもショックを受けていたが、それ以上に、ペニーが自分を庇ってくれたことが衝撃的だった。自分は彼女のことを酷く傷付けてしまったはずなのに……
微動だにしないラインを横目に、ペニーはいそいそとポケットの中を探り始めた。
「──これをくれるの、貴女だったのね」
ペニーの手に握られている物を見た途端、ラインは自我を取り戻した。それが見覚えのあるお菓子の包装紙だったからだ。しかし、ペニーと熊の形のチョコレートの繋がりが分からない。どうして、彼女がそれを持っているんだろう?ラインが必死に頭を回転させていると、ペニーが言った。
「妹の友達になってくれて、ありがとう」
そのはにかんだような笑顔を見た途端、全てが繋がった。兄弟とは不思議なものだ。性格は全く違うのに、本質が同じなのだから。思えば、彼女のその髪色も、聡明な眼差しも、ホグワーツ特急で自分を庇ってくれた女の子にそっくりだった。
「──貴方がマリーのお姉さんだったのね」
「そうよ。あの子は内気だから、友達が出来るか心配だったの」
ラインは胸がいっぱいになった。マリーとは歳が離れているし、面と向かって関係性を確認したことも無かった。でも、彼女はちゃんと、自分のことを友達だと思ってくれていたのだ。その事実は冷え切った心を暖かく包み込んでくれた。
「もっと堂々としていた方がいいわよ、私みたいに。その方が妬まれにくいわ」
ペニーはそう言って悪戯っぽく笑った。チャーミングスマイル賞をあげたいくらい、素敵な笑顔だった。でも、今のラインはよく分かっていた。彼女は本当に美人だけれど、それは彼女の魅力のほんの一部に過ぎないのだ。
「でも一番良いのは、自分のことをよく知りもしない相手の言うことなんて、気にしないことよ」
ラインはその言葉に何度も頷いた。彼女の言う通りだ。どんなに沢山の人から誤解されようと、大切な人に分かって貰えさえすればそれで良い。だからこそ、大切な人とすれ違っている場合では無い。明日ジョージに会ったら、素直に謝ろう。あと、マリーにはチョコレートをどっさりとプレゼントしてあげよう。ラインはそう心に決めた。
──自分の棲む木に危険が迫った時には、細長く鋭い指を駆使して敵の目玉をくり抜く──
隣の文章を読んで、ラインは溜め息をついた。怒ると反撃してくるなんて、可愛いじゃないか。なんだか、からかいたくなる。もしかして……ジョージには自分がボウトラックルのように見えていたのだろうか?
「やあ──君がこの時間に図書室にいるなんて、珍しいね」
ラインの迷走する思考は爽やかな声に中断させられた。顔を上げると、端正な顔がこちらに微笑みかけている。近くで勉強していた女の子達が数人、チラチラと彼に視線を送り始めた。
「それじゃあ、もう消灯後に出歩かなくても良くなったんだね?」
「そうなの。夕食を食べた後はずっと寮で過ごしてるわ」
「そうか──本当に良かった。心配していたから」
個人授業の日時が変更されたことを伝えると、セドリックは安心したように息を吐き出した。ラインはその様子を見て、彼はあの日以来、ずっと自分のことを気にかけてくれていたのだろうと思った。
「でも犯人が分かっていないんだったら、これからも気をつけないといけないよ」
セドリックが眉を顰めて言った。
「また困った事があれば、僕に教えて。すぐに助けに行くよ──湖の中じゃなければね」
「ふふ、ありがとう」
優しい冗談を聞いて、ラインは胸がぽかぽかと暖かくなるのを感じた。窓から差し込む夕日が、まるでスポットライトのように彼の笑顔を照らしている。天は二物を与えずと言うけれど、それはもしかしたら、彼に嫉妬した人が作った言葉なのかもしれない。
セドリックが去った後、ラインはいくつかの視線がまだこちらに向いていることに気が付いた。
「──ねぇ、その席、いつも私が座っている席なんだけど」
その声に振り向くと、上級生らしき女の子がこちらを見下ろしている。彼女の冷たい目を見て、ラインは自分に向けられていた視線の意味を理解した。ぽかぽかとしていた胸がスッと冷えていく。
「ごめんなさい、移動します」
きっと、彼女はこの席に座りたいわけではない。それは分かっていたけれど、ラインはすぐさま教科書を鞄に詰め込んで立ち上がった。
「……ちょっと目立つ男の子に構って貰えるからって、調子に乗らないで」
すれ違い様に、女の子がボソッと呟いた。それは小さな声だったけれど、はっきりとラインに聞こえる声だった。
随分と理不尽な言いがかりだと思った。この学校に編入してから、調子に乗れるような精神状態だったことは一度も無いからだ。素敵な人に話しかけたいけれど、話しかけられないもどかしさは良く分かる。でも、それは誰かを攻撃して良い理由にはならないはずだ。
言い返したかったけれど、何も言えなかった。それが火に油を注ぐことだと分かっていたし、これ以上傷付くのも怖かった。
────
ラインは葛藤していた。夕食後のデザートにジャム・タルトを食べたいけれど、それが載っている大皿に手を伸ばせば、必然的にジョージの座っている方向を向くことになってしまう……朝食の時も昼食の時も、彼がこちらをチラチラと伺っていることに、ラインは気が付いていた。彼に昨日のことを謝りたいけれど、どうしてあんな態度を取ったのかと理由を聞かれたら、何と答えたら良いのか分からない。まさか「貴方のことが好きだから、からかわれて悲しかったの」なんて言うわけにはいかないし……
「ライン、ジャムタルトがあるよ。取ろうか?」
ネビルが朗らかに言った。彼とラインは食の好みが良く似ていて、彼もそのことを知っている。いつのまにか、彼との間には"美味しそうなものを見つけたら、その情報を共有する"という協定が結ばれていた。
「ううん、今日はやめておく……」
ラインの声が尻すぼみになったので、ネビルが不思議そうな顔をした。ネビルの座っている方向に顔を向けた途端、こちらを見ていたジョージとばっちり目が合ってしまったのだ。彼が立ち上がるのが見えたので、ラインの心臓は早鐘を打ち出した。"ちょっと目立つ男の子"にはジョージも含まれているのだろうか?夕食時の大広間で──大勢の目の前で彼に話しかけられてしまったら、また悪口を言われてしまうかもしれない。
「私、ちょっとお手洗いに行ってくる」
ラインはハーマイオニーに耳打ちすると、慌てて立ち上がった。ジョージから遠ざかるように移動する。しかし数歩進んだところで、誰かに行く手を阻まれた。
「ハニー、俺は悲しかったぜ。あからさまにプレゼントに優劣をつけられて」
通路の真ん中に仁王立ちしたフレッドが言った。
「ごめんなさい、貴方は甘い物が得意じゃないと思っていたから。今度、同じチョコレートを──」
「違う違う、そっちじゃないさ。俺は"私、貴方の為なら何でもするわ"なんて言われてないぞ」
「そんな言い方、してない」
ラインが眉根を寄せると、フレッドはニヤリとした。
「ハグくらいしてもらわないと、納得できない」
そのしたり顔を見て、ラインは自分がまんまと彼の策略に嵌まっていることに気が付いた。彼は相棒のために、自分をこの場に引き留めようとしているのだろう。しかも彼がラインに向かって両手を広げているせいで、周りの生徒達が何事かとこちらに注目している。間違いない。こういうのが、悪口を言われてしまう原因だ。ラインはフレッドの腕をかいくぐり、逃げるように駆け出した。
幸いにも、女子トイレには誰もいなかった。手洗い場の鏡の中から、青白い顔をした自分がこちらを見つめている。きっとジョージは自分と話そうとしてくれていたのに、避けるなんて、ひどいことをしてしまった。昨日だって楽しく話していた相手が突然不機嫌になり、訳が分からなかっただろうし……もう、嫌われてしまったかもしれない……しんと静まり返った空間に、大きな溜め息が響く。もうこのまま、寮へ帰ってしまおうか……しかしその時、廊下からいくつかの足音が聞こえてきたので、ラインは自分がこの場にいることが不自然に見えないように慌てて蛇口を捻った。
「ねぇ──ちょっと話さない?」
気がつくと、上級生らしき女の子達に取り囲まれていた。その中心には、図書館で言いがかりをつけてきた女の子の姿がある。彼女達の表情を見て、ラインは自身の行く末を悟った。
「ちょっと仲が良いからって、調子に乗らないでよ」
「先祖が有名なだけで、自分は何にも出来ないくせに」
「男に媚びを売るしか、脳がないわけ?」
1人の女の子が出入口を塞ぐように立っているため、この場から逃げ出すことは出来ない。刺々しい声が壁に反響して、ぐるぐるとラインを取り囲んだ。
「悲劇のヒロインみたいな顔しちゃって」
「ママのところに帰りなさいよ」
出来ることなら、今すぐにそうしたい。既にボロボロだった心に、ナイフのような言葉が追い討ちをかける。何か言い返そうと口を開けば、涙まで一緒に出てきてしまいそうで、ラインはただ床を睨みつけることしか出来なかった。
「ねぇ、恥ずかしくないの?」
新しい声が聞こえてきた。目線を上げると、ブロンドのパーマヘアを靡かせた女の子がトイレへ踏み入ってくるところだった。ラインは彼女が誰なのかを認識した途端、絶望した。また1つ、自分を非難する声が増えたと思ったからだ。
「下級生相手に寄ってたかって──みっともない」
ラインは耳を疑った。さらに、目も疑った。彼女の冷たい眼差しがラインを取り囲む女の子達に向けられたからだ。
「何よ、ペニー。貴方こそ、この子を恨んでるんじゃないの?ジョージを取られたじゃない」
「見くびらないでよ。私は事実と感情を分けて考えることが出来るの。それに──」
尊大な微笑みを湛えた美しい顔が、辺りをぐるりと見回した。
「この私が、過去に執着すると思う?」
ペニーはしばらく皆の反応を楽しそうに眺めた後、今週末はデートの予定が3件も入っているのよね──と付け加えた。女の子達は悔しそうな顔をしていたが、誰も何も言い返せないようだった。久しぶりに訪れた静寂の中で、ラインは呆気に取られながらペニーを見つめた。
「そこの鏡を見てみなさいよ。悪口言う時の女って、本当に醜い顔してるから。トロールさえ寄って来ないわよ」
「……何よ。ちょっと人気があるからって、偉そうに」
図書館で言いがかりをつけてきた女の子は真っ赤な顔でペニーを睨み付けると、捨て台詞とともにトイレを出ていった。他の女の子達も逃げるように後へ続く。その内の何人かが恥じ入ったような表情をしていたのが印象的だった。
「ただの負け惜しみよ。気にする必要ないわ」
「…………ありがとう」
ラインは呆然としたまま、なんとか声を絞り出した。悪口を言われたことにもショックを受けていたが、それ以上に、ペニーが自分を庇ってくれたことが衝撃的だった。自分は彼女のことを酷く傷付けてしまったはずなのに……
微動だにしないラインを横目に、ペニーはいそいそとポケットの中を探り始めた。
「──これをくれるの、貴女だったのね」
ペニーの手に握られている物を見た途端、ラインは自我を取り戻した。それが見覚えのあるお菓子の包装紙だったからだ。しかし、ペニーと熊の形のチョコレートの繋がりが分からない。どうして、彼女がそれを持っているんだろう?ラインが必死に頭を回転させていると、ペニーが言った。
「妹の友達になってくれて、ありがとう」
そのはにかんだような笑顔を見た途端、全てが繋がった。兄弟とは不思議なものだ。性格は全く違うのに、本質が同じなのだから。思えば、彼女のその髪色も、聡明な眼差しも、ホグワーツ特急で自分を庇ってくれた女の子にそっくりだった。
「──貴方がマリーのお姉さんだったのね」
「そうよ。あの子は内気だから、友達が出来るか心配だったの」
ラインは胸がいっぱいになった。マリーとは歳が離れているし、面と向かって関係性を確認したことも無かった。でも、彼女はちゃんと、自分のことを友達だと思ってくれていたのだ。その事実は冷え切った心を暖かく包み込んでくれた。
「もっと堂々としていた方がいいわよ、私みたいに。その方が妬まれにくいわ」
ペニーはそう言って悪戯っぽく笑った。チャーミングスマイル賞をあげたいくらい、素敵な笑顔だった。でも、今のラインはよく分かっていた。彼女は本当に美人だけれど、それは彼女の魅力のほんの一部に過ぎないのだ。
「でも一番良いのは、自分のことをよく知りもしない相手の言うことなんて、気にしないことよ」
ラインはその言葉に何度も頷いた。彼女の言う通りだ。どんなに沢山の人から誤解されようと、大切な人に分かって貰えさえすればそれで良い。だからこそ、大切な人とすれ違っている場合では無い。明日ジョージに会ったら、素直に謝ろう。あと、マリーにはチョコレートをどっさりとプレゼントしてあげよう。ラインはそう心に決めた。