the Goblet of Fire
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愛するラインへ
元気に過ごしているかい?最近、少し暖かくなってきたね。お前には昔から言っているけれど、この時期は特に変質者が増えるんだよ。お陰でパパは大忙しだ。暗くなってから、1人で出歩いたりしないように気をつけなさい。
ところで、クリスマス休暇は忙しくてそれどころではないと言っていたけれど、イースター休暇は家に帰って来られるのかい?お友達のハーマイオニーを連れて来たって良いんだよ。頼むから、顔を見せておくれ。楽しみにしているよ。じゃあ、身体に気をつけて。
パパより
追伸
ダンスパーティーの写真をありがとう。お前の右側でニヤついているのがパートナーかい?気をつけなさい。友達の兄貴なんて立場の男は、現実以上に良く見えるものだ。
──────────────────
ラインは父から送られてきた手紙を読んで、小さく溜め息をついた。イースター休暇も家には帰らないことを伝えたら、父はがっかりするだろうか──父の顔を想像すると胸がチクチクとしたが、やはり今回もそれどころではない。それに、ダンスパーティーの写真は送らなければ良かった。なんだか面倒なことになってしまった。
見上げると、壁の時計の針は6時半を指している。朝の談話室は閑散としていて、手紙を書くのにうってつけの環境だった。とりあえず、今日中に渡さないといけないものから取り掛かろう──
1通目の手紙はスラスラと書き上がった。"フレッドへ"と宛名を書いて、リボンのかかった包みに括りつける。
問題は2通目の手紙だった。こちらは3日前から書いたり消したりを繰り返していて、一向に完成する気配がない。ぐちゃぐちゃになった便箋を前にして、ラインは頭を抱えた。もっと、可愛い文字が書けたら良いのに……それに、やっぱりプレゼントが物足りない気がする……
「どうして、ジョージのプレゼントの方が大きいの?」
いきなり頭上から声が降ってきたので、ラインは飛び上がった。
「ほら、書いてあるじゃない。約束していたチョコレートが入っているのよ」
いつのまにか、ロンとハーマイオニーが手元の便箋を覗き込んでいた。その後ろで、ハリーが笑いを堪え切れずに肩を震わせている。とんでもない人達だ。彼らの辞書には、デリカシーという言葉が載っていないのだろうか……
「大変──もう朝食の時間?」
ラインはさりげなく、便箋を鞄の中にしまった。
「そうよ。貴方ったら、声を掛けたのに気が付かないんだもの」
ハーマイオニーに咎められて、ラインは苦笑した。魔法を使う時も、これくらい集中出来たら良いのに……
――――
「ねぇ、ハーマイオニー、もし良かったら夏休みに家へ泊まりに来ない?」
ラインが尋ねると、ハーマイオニーはベーコンを切り分けていた手を止め、嬉しそうにニッコリした。
「えぇ、もちろん。行くに決まってるわ」
「僕らは行っちゃ駄目なの?」
ロンが怪訝そうに眉を顰めたので、ラインは父から送られてきた手紙を彼に見せることにした。
「わぁ……君のパパって、君の事をすっごく愛してるんだね……」
「男の子を家に招くと、面倒な事になるかもしれなくて……ごめんね」
面倒な事というのは、質問責めにあったり、長いご高説を賜ったりすることだ。ラインは生クリームとフルーツがたっぷり載ったホットケーキを頬張りながら、友人に釈明した。
「そう言えば、貴方のお父様って、お仕事は何をしていらっしゃるの?」
ハーマイオニーがモゴモゴと言った。ベーコンを噛み切れなかったようだ。
「父は警察官よ。普段は家にいる日の方が少ないわ」
小さい頃、父が仕事で帰って来ない日には、近所に住む祖母が家に泊まりに来てくれた。父の留守は寂しかったけれど、祖母お手製のキャラメルパイはラインの大好物になった。ホグワーツの屋敷しもべ妖精達が作るキャラメルパイとはまた違う、素朴な美味しさだった。
懐かしい味に想いを馳せていると、突然、首の後ろにくすぐったさを感じて肩がビクッと跳ねた。パッと後ろを振り向くと、そこにはニヤリと笑うジョージの顔があった。
「今日は尻尾を生やしたのか?」
ポニーテールの毛先をツンツンと引っ張る彼の仕草を見て、ラインは思わず笑ってしまった。なんだか、小さな男の子みたいだ。
「貴方のお父様って、婿入りなのね?先進的だわ」
着席した双子が友人達から誕生日を祝われているのを眺めていると、隣から感心したような声が聞こえた。いつのまにか、ハーマイオニーが父から送られてきた手紙を読んでいる。
「マーリン家は代々そうだよ。家名を残すためなんだ」
ハーマイオニーの質問にネビルが答えたので、皆が意外そうな顔をした。
「たまたま、ムーディが貸してくれた本に書いてあって」
ネビルは周りを見回すと、罰が悪そうな顔でそう付け加えた。ラインは"ムーディ"という単語を聞いた途端に暗い気持ちになった。先日の強烈な個人授業を思い出したからだ。しかしあの日以降、ほぼ毎日行われていた闇の魔術に対する防衛術の個人授業は週に1回だけになった。おまけにその授業は15時から始まるので、夕食の前に教室を出ることが出来る。ハーマイオニーはこのことを喜んだが、ラインは嬉しい気持ちになれなかった。ストーカーに追いかけられなくなったことは良かったけれど、急に方針転換をしたムーディ先生に対して不気味さを感じていたからだ。
――――
「じゃあ……下降する時は下を向くのね?」
「そうだよ。身体が箒と並行になるように意識するんだ」
廊下を歩きながら、ラインは友人を質問攻めにしていた。1限にフーチ先生の授業が待ち構えているからだ。他の科目はもう2年生の内容まで学習が進んでいたりするのに、飛行訓練はまだ1年生と一緒に授業を受けていた。むしろ、大多数の1年生よりも出来が悪い自覚があった。
「ライン、君の言いたい事は分かるよ」
釈然としない思いが顔に現れていたのか、ハリーが苦笑しながら言った。
「理由を説明するのは難しいけど……とにかく、大丈夫なんだ。頭を下に向けたって落ちたりしないよ。また、君の練習を見てあげられたら良いんだけど」
地下室へ向かう友人達を見送り、ラインは溜め息をついた。ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は未だにラインの自主練習に同行することを禁止されている。マクゴナガル先生に嘆願してみたこともあるが──「何かが起こる時、それは、いつもあの3人が関わる時です!」──ピシャリと却下されてしまった。
「ねぇ、その髪型──もしかして、私に憧れてるってこと?」
トイレで手を洗っていると、陽気な声が聞こえてきた。顔を上げると、鏡越しにニヤリと笑う女性と目が合った。ドレッドヘアをポニーテールに結い上げている。
「本当……貴方みたいになれたら、どんなに良いか……」
「じゃあ、髪を細かくカールさせるべきね」
アンジェリーナ・ジョンソンはそう言うと、豪快に笑いながら蛇口を捻った。流れ出た水が太陽に照らされて、キラキラと光って見える。
「誰にだって、苦手な事の1つや2つくらいあるわよ」
アンジェリーナはラインの心境を見透かしたように言った。
「得意な事でカバーすれば良いだけ」
ラインは彼女の笑顔を羨望の眼差しで見つめた。その眩しさに目を細めていると、ふと、彼女に聞きたかった事を思い出した。
「ねぇアンジェリーナ、聞いても良いかしら──今日はフレッドの誕生日でしょ?何かプレゼントを渡す?」
「もちろん渡すわよ……私にしかあげられないものをね」
アンジェリーナの微笑みが妖艶に見えたので、ラインは胸がドキドキとした。
「何が欲しいか、直接、ジョージに聞いてみたら良いわ。きっと喜ぶから」
彼女はそう言うと、ラインの頭にポンと手を置いてから立ち去った。ラインは鏡に向き直ると、早鐘を打つ胸を押さえて、ドレッドヘアが自分に似合うかどうかを真剣に考え始めた。
──────────────────
ジョージへ
お誕生日おめでとう。いつも側で笑わせてくれてありがとう。大切な貴方が幸せな一年を送れますように。
ライン
──────────────────
なんとか推敲を終えた手紙とプレゼントを手に、ラインは3階の廊下をウロウロとしていた。フレッドは夕食後に談話室で捕まえたが、ジョージの姿が見当たらなかったからだ。
「こんなところまで会いに来てくれるなんて、随分と熱心なファンがいるもんだなぁ」
その声に振り向くと、訪ね人がトイレの扉から顔を出していた。鉄製のバケツと柄の長いブラシを手に持ち、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
「そこで待ってて。こいつらを片付けたら、晴れて自由の身なんだ。全く──魔法を使っちゃいけないなんて、ムーディの奴も考えるよな」
彼の連日のトイレ掃除は今日で最後らしい。ラインは彼に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。元はと言えば、彼が罰則を受けることになったのは自分が原因だからだ。せっかくの誕生日に3階のトイレを全部磨いて回っていたなんて、気の毒過ぎる。ジョージが用具入れから出てくると、ラインはすぐさま謝罪を切り出した。
「私のせいで、ごめ──」
「ストップ、ストップ」
ジョージは両手を挙げて、ラインの言葉を遮った。
「前にも言っただろ?俺は自分のしたいことをしただけさ」
その言葉に頷くと、ジョージはニッコリした。ラインは気を取り直して、小脇に抱えていた包みを彼に差し出した。
「ジョージ、お誕生日おめでとう」
「わお……最高だぜ……良いこともあるもんだ」
彼は嬉しそうにプレゼントを受け取ると、しばらくの間、じっと手紙を見つめていた。何も喋らない彼の横顔を眺めながら、ラインはふつふつと後悔の念が湧いてくるのを感じた。やっぱり"大切な貴方"なんて、書かない方が良かったかもしれない。誕生日プレゼントに添えるメッセージとしては重すぎた気がする。それよりまさか、彼に対する気持ちまでバレてしまったなんていうことは……
「お、前に言ってたチョコレートだ!」
楽しげな声が聞こえてきて、ラインのネガティブな思考は中断させられた。顔を上げると、ジョージが熊の形をしたチョコレートを口に放り込むところだった。普段と変わらない彼の様子を見て、ラインはほっと溜め息をついた。
「それと、これは何だ?」
「マグルのジョークグッズよ。何かの参考になるかもしれないと思って」
「君──本当に良いセンスしてるよ。奴らは俺らに無い視点を持ってるからな」
ジョージは感心したように言うと、包みからヘリウムガスとブーブークッションを取り出して興味深げに眺めた。
「それでね……貴方には本当にお世話になっているから、プレゼントがこれだけじゃ足りないんじゃないかと思ってて……」
「おいおい、誰の入れ知恵だ?」
ジョージが笑い出したので、ラインは全てを見透かされているような気がして恥ずかしい気持ちになった。
「何か他に欲しいものがあれば、教えて欲しいの」
勢いのまま言い切ると、ジョージは笑顔を顔に残したまま、黙り込んでしまった。ラインは不意に訪れた静寂に困惑した。彼は真剣に欲しいものを考えているのだろうか……それとも、自分は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか……ジョージの顔色を伺っていると、突然、カチリと目が合った。
「それって、何でも良いのかい?」
「う、うん。何でも」
ラインはそう言った後すぐに、条件反射で返事をしてしまったことを深く後悔した。あまりに高価な物は無理だし、スネイプ先生に膝カックンをして来いみたいな無茶振りも無理だ。失敗した。
「じゃあ……君とキスしたい」
ラインはジョージが何を言ったのか、理解出来なかった。頭の中で言われた言葉を復唱しているうちに、彼の手が腰に回り、ぐいと引き寄せられた。呆然と瞬きを繰り返していると、大きな手がそっと後頭部に触れた。徐々に彼の真剣な顔が近付いてきたので、ラインの思考は完全に停止した。心臓は壊れそうなくらい早く動いているのに、身体が硬直したように動かない。唇に熱っぽい吐息がかかったのを感じて、ラインは堪らずに瞼を閉じた。
それから10秒が経ったのか、1分が経ったのか分からない。突然、額をパチンと弾かれた。驚いて目を開けると、目の前にこれでもかという程ニヤついているジョージの顔があった。
「今日が何の日か、忘れちまったか?」
「……わ、忘れてた」
「ほっぺたで目玉焼きが焼けそうだな」
ジョージは真っ赤になったラインの頬を見て、至極満足そうに笑った。しかしラインは笑うことも出来なければ、彼を睨むことも出来なかった。今日はエイプリルフールで、大抵の冗談が許される日だと気が付いた途端、周りの景色が色を失ったように見えた。ただ、からかわれただけなのに……ほんの少しだけ、期待してしまった。恥ずかしさと悲しさで頭の中がぐちゃぐちゃになって、今にも涙が溢れてしまいそうだった。
「──おい、どこに行くんだ?」
気が付くと、足が勝手に動き出していた。早く柔らかいベッドに潜り込みたい一心で、ラインは彼に背を向けた。
「待てよ、どうした?一緒に帰ろう」
ジョージの声には珍しく焦燥の色が浮かんでいた。彼の手がこちらに伸びてきたけれど、ラインはそれをするりと避けた。
「なんでもない──1人で帰れる」
ラインはそう言うと駆け出した。ジョージが自分を呼ぶのが聞こえたが、振り向くことは出来なかった。どうしても誤魔化せないくらい、涙が溢れてしまっていたからだ。それに、彼には泣いている理由を説明する事が出来ない。とにかく、今は1人になりたかった。
愛するラインへ
元気に過ごしているかい?最近、少し暖かくなってきたね。お前には昔から言っているけれど、この時期は特に変質者が増えるんだよ。お陰でパパは大忙しだ。暗くなってから、1人で出歩いたりしないように気をつけなさい。
ところで、クリスマス休暇は忙しくてそれどころではないと言っていたけれど、イースター休暇は家に帰って来られるのかい?お友達のハーマイオニーを連れて来たって良いんだよ。頼むから、顔を見せておくれ。楽しみにしているよ。じゃあ、身体に気をつけて。
パパより
追伸
ダンスパーティーの写真をありがとう。お前の右側でニヤついているのがパートナーかい?気をつけなさい。友達の兄貴なんて立場の男は、現実以上に良く見えるものだ。
──────────────────
ラインは父から送られてきた手紙を読んで、小さく溜め息をついた。イースター休暇も家には帰らないことを伝えたら、父はがっかりするだろうか──父の顔を想像すると胸がチクチクとしたが、やはり今回もそれどころではない。それに、ダンスパーティーの写真は送らなければ良かった。なんだか面倒なことになってしまった。
見上げると、壁の時計の針は6時半を指している。朝の談話室は閑散としていて、手紙を書くのにうってつけの環境だった。とりあえず、今日中に渡さないといけないものから取り掛かろう──
1通目の手紙はスラスラと書き上がった。"フレッドへ"と宛名を書いて、リボンのかかった包みに括りつける。
問題は2通目の手紙だった。こちらは3日前から書いたり消したりを繰り返していて、一向に完成する気配がない。ぐちゃぐちゃになった便箋を前にして、ラインは頭を抱えた。もっと、可愛い文字が書けたら良いのに……それに、やっぱりプレゼントが物足りない気がする……
「どうして、ジョージのプレゼントの方が大きいの?」
いきなり頭上から声が降ってきたので、ラインは飛び上がった。
「ほら、書いてあるじゃない。約束していたチョコレートが入っているのよ」
いつのまにか、ロンとハーマイオニーが手元の便箋を覗き込んでいた。その後ろで、ハリーが笑いを堪え切れずに肩を震わせている。とんでもない人達だ。彼らの辞書には、デリカシーという言葉が載っていないのだろうか……
「大変──もう朝食の時間?」
ラインはさりげなく、便箋を鞄の中にしまった。
「そうよ。貴方ったら、声を掛けたのに気が付かないんだもの」
ハーマイオニーに咎められて、ラインは苦笑した。魔法を使う時も、これくらい集中出来たら良いのに……
――――
「ねぇ、ハーマイオニー、もし良かったら夏休みに家へ泊まりに来ない?」
ラインが尋ねると、ハーマイオニーはベーコンを切り分けていた手を止め、嬉しそうにニッコリした。
「えぇ、もちろん。行くに決まってるわ」
「僕らは行っちゃ駄目なの?」
ロンが怪訝そうに眉を顰めたので、ラインは父から送られてきた手紙を彼に見せることにした。
「わぁ……君のパパって、君の事をすっごく愛してるんだね……」
「男の子を家に招くと、面倒な事になるかもしれなくて……ごめんね」
面倒な事というのは、質問責めにあったり、長いご高説を賜ったりすることだ。ラインは生クリームとフルーツがたっぷり載ったホットケーキを頬張りながら、友人に釈明した。
「そう言えば、貴方のお父様って、お仕事は何をしていらっしゃるの?」
ハーマイオニーがモゴモゴと言った。ベーコンを噛み切れなかったようだ。
「父は警察官よ。普段は家にいる日の方が少ないわ」
小さい頃、父が仕事で帰って来ない日には、近所に住む祖母が家に泊まりに来てくれた。父の留守は寂しかったけれど、祖母お手製のキャラメルパイはラインの大好物になった。ホグワーツの屋敷しもべ妖精達が作るキャラメルパイとはまた違う、素朴な美味しさだった。
懐かしい味に想いを馳せていると、突然、首の後ろにくすぐったさを感じて肩がビクッと跳ねた。パッと後ろを振り向くと、そこにはニヤリと笑うジョージの顔があった。
「今日は尻尾を生やしたのか?」
ポニーテールの毛先をツンツンと引っ張る彼の仕草を見て、ラインは思わず笑ってしまった。なんだか、小さな男の子みたいだ。
「貴方のお父様って、婿入りなのね?先進的だわ」
着席した双子が友人達から誕生日を祝われているのを眺めていると、隣から感心したような声が聞こえた。いつのまにか、ハーマイオニーが父から送られてきた手紙を読んでいる。
「マーリン家は代々そうだよ。家名を残すためなんだ」
ハーマイオニーの質問にネビルが答えたので、皆が意外そうな顔をした。
「たまたま、ムーディが貸してくれた本に書いてあって」
ネビルは周りを見回すと、罰が悪そうな顔でそう付け加えた。ラインは"ムーディ"という単語を聞いた途端に暗い気持ちになった。先日の強烈な個人授業を思い出したからだ。しかしあの日以降、ほぼ毎日行われていた闇の魔術に対する防衛術の個人授業は週に1回だけになった。おまけにその授業は15時から始まるので、夕食の前に教室を出ることが出来る。ハーマイオニーはこのことを喜んだが、ラインは嬉しい気持ちになれなかった。ストーカーに追いかけられなくなったことは良かったけれど、急に方針転換をしたムーディ先生に対して不気味さを感じていたからだ。
――――
「じゃあ……下降する時は下を向くのね?」
「そうだよ。身体が箒と並行になるように意識するんだ」
廊下を歩きながら、ラインは友人を質問攻めにしていた。1限にフーチ先生の授業が待ち構えているからだ。他の科目はもう2年生の内容まで学習が進んでいたりするのに、飛行訓練はまだ1年生と一緒に授業を受けていた。むしろ、大多数の1年生よりも出来が悪い自覚があった。
「ライン、君の言いたい事は分かるよ」
釈然としない思いが顔に現れていたのか、ハリーが苦笑しながら言った。
「理由を説明するのは難しいけど……とにかく、大丈夫なんだ。頭を下に向けたって落ちたりしないよ。また、君の練習を見てあげられたら良いんだけど」
地下室へ向かう友人達を見送り、ラインは溜め息をついた。ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は未だにラインの自主練習に同行することを禁止されている。マクゴナガル先生に嘆願してみたこともあるが──「何かが起こる時、それは、いつもあの3人が関わる時です!」──ピシャリと却下されてしまった。
「ねぇ、その髪型──もしかして、私に憧れてるってこと?」
トイレで手を洗っていると、陽気な声が聞こえてきた。顔を上げると、鏡越しにニヤリと笑う女性と目が合った。ドレッドヘアをポニーテールに結い上げている。
「本当……貴方みたいになれたら、どんなに良いか……」
「じゃあ、髪を細かくカールさせるべきね」
アンジェリーナ・ジョンソンはそう言うと、豪快に笑いながら蛇口を捻った。流れ出た水が太陽に照らされて、キラキラと光って見える。
「誰にだって、苦手な事の1つや2つくらいあるわよ」
アンジェリーナはラインの心境を見透かしたように言った。
「得意な事でカバーすれば良いだけ」
ラインは彼女の笑顔を羨望の眼差しで見つめた。その眩しさに目を細めていると、ふと、彼女に聞きたかった事を思い出した。
「ねぇアンジェリーナ、聞いても良いかしら──今日はフレッドの誕生日でしょ?何かプレゼントを渡す?」
「もちろん渡すわよ……私にしかあげられないものをね」
アンジェリーナの微笑みが妖艶に見えたので、ラインは胸がドキドキとした。
「何が欲しいか、直接、ジョージに聞いてみたら良いわ。きっと喜ぶから」
彼女はそう言うと、ラインの頭にポンと手を置いてから立ち去った。ラインは鏡に向き直ると、早鐘を打つ胸を押さえて、ドレッドヘアが自分に似合うかどうかを真剣に考え始めた。
──────────────────
ジョージへ
お誕生日おめでとう。いつも側で笑わせてくれてありがとう。大切な貴方が幸せな一年を送れますように。
ライン
──────────────────
なんとか推敲を終えた手紙とプレゼントを手に、ラインは3階の廊下をウロウロとしていた。フレッドは夕食後に談話室で捕まえたが、ジョージの姿が見当たらなかったからだ。
「こんなところまで会いに来てくれるなんて、随分と熱心なファンがいるもんだなぁ」
その声に振り向くと、訪ね人がトイレの扉から顔を出していた。鉄製のバケツと柄の長いブラシを手に持ち、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
「そこで待ってて。こいつらを片付けたら、晴れて自由の身なんだ。全く──魔法を使っちゃいけないなんて、ムーディの奴も考えるよな」
彼の連日のトイレ掃除は今日で最後らしい。ラインは彼に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。元はと言えば、彼が罰則を受けることになったのは自分が原因だからだ。せっかくの誕生日に3階のトイレを全部磨いて回っていたなんて、気の毒過ぎる。ジョージが用具入れから出てくると、ラインはすぐさま謝罪を切り出した。
「私のせいで、ごめ──」
「ストップ、ストップ」
ジョージは両手を挙げて、ラインの言葉を遮った。
「前にも言っただろ?俺は自分のしたいことをしただけさ」
その言葉に頷くと、ジョージはニッコリした。ラインは気を取り直して、小脇に抱えていた包みを彼に差し出した。
「ジョージ、お誕生日おめでとう」
「わお……最高だぜ……良いこともあるもんだ」
彼は嬉しそうにプレゼントを受け取ると、しばらくの間、じっと手紙を見つめていた。何も喋らない彼の横顔を眺めながら、ラインはふつふつと後悔の念が湧いてくるのを感じた。やっぱり"大切な貴方"なんて、書かない方が良かったかもしれない。誕生日プレゼントに添えるメッセージとしては重すぎた気がする。それよりまさか、彼に対する気持ちまでバレてしまったなんていうことは……
「お、前に言ってたチョコレートだ!」
楽しげな声が聞こえてきて、ラインのネガティブな思考は中断させられた。顔を上げると、ジョージが熊の形をしたチョコレートを口に放り込むところだった。普段と変わらない彼の様子を見て、ラインはほっと溜め息をついた。
「それと、これは何だ?」
「マグルのジョークグッズよ。何かの参考になるかもしれないと思って」
「君──本当に良いセンスしてるよ。奴らは俺らに無い視点を持ってるからな」
ジョージは感心したように言うと、包みからヘリウムガスとブーブークッションを取り出して興味深げに眺めた。
「それでね……貴方には本当にお世話になっているから、プレゼントがこれだけじゃ足りないんじゃないかと思ってて……」
「おいおい、誰の入れ知恵だ?」
ジョージが笑い出したので、ラインは全てを見透かされているような気がして恥ずかしい気持ちになった。
「何か他に欲しいものがあれば、教えて欲しいの」
勢いのまま言い切ると、ジョージは笑顔を顔に残したまま、黙り込んでしまった。ラインは不意に訪れた静寂に困惑した。彼は真剣に欲しいものを考えているのだろうか……それとも、自分は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか……ジョージの顔色を伺っていると、突然、カチリと目が合った。
「それって、何でも良いのかい?」
「う、うん。何でも」
ラインはそう言った後すぐに、条件反射で返事をしてしまったことを深く後悔した。あまりに高価な物は無理だし、スネイプ先生に膝カックンをして来いみたいな無茶振りも無理だ。失敗した。
「じゃあ……君とキスしたい」
ラインはジョージが何を言ったのか、理解出来なかった。頭の中で言われた言葉を復唱しているうちに、彼の手が腰に回り、ぐいと引き寄せられた。呆然と瞬きを繰り返していると、大きな手がそっと後頭部に触れた。徐々に彼の真剣な顔が近付いてきたので、ラインの思考は完全に停止した。心臓は壊れそうなくらい早く動いているのに、身体が硬直したように動かない。唇に熱っぽい吐息がかかったのを感じて、ラインは堪らずに瞼を閉じた。
それから10秒が経ったのか、1分が経ったのか分からない。突然、額をパチンと弾かれた。驚いて目を開けると、目の前にこれでもかという程ニヤついているジョージの顔があった。
「今日が何の日か、忘れちまったか?」
「……わ、忘れてた」
「ほっぺたで目玉焼きが焼けそうだな」
ジョージは真っ赤になったラインの頬を見て、至極満足そうに笑った。しかしラインは笑うことも出来なければ、彼を睨むことも出来なかった。今日はエイプリルフールで、大抵の冗談が許される日だと気が付いた途端、周りの景色が色を失ったように見えた。ただ、からかわれただけなのに……ほんの少しだけ、期待してしまった。恥ずかしさと悲しさで頭の中がぐちゃぐちゃになって、今にも涙が溢れてしまいそうだった。
「──おい、どこに行くんだ?」
気が付くと、足が勝手に動き出していた。早く柔らかいベッドに潜り込みたい一心で、ラインは彼に背を向けた。
「待てよ、どうした?一緒に帰ろう」
ジョージの声には珍しく焦燥の色が浮かんでいた。彼の手がこちらに伸びてきたけれど、ラインはそれをするりと避けた。
「なんでもない──1人で帰れる」
ラインはそう言うと駆け出した。ジョージが自分を呼ぶのが聞こえたが、振り向くことは出来なかった。どうしても誤魔化せないくらい、涙が溢れてしまっていたからだ。それに、彼には泣いている理由を説明する事が出来ない。とにかく、今は1人になりたかった。