the Goblet of Fire
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今日も長い1日がやっと終わった。ラインは満身創痍の身体を引きずり、寮への帰路を急いでいた。どうしてムーディ先生の個人授業は、毎回この時間なのだろう?時刻は既に21時を回っており、廊下に人影は見当たらない。しかし教室を出てからずっと、誰かに見張られているような感覚がある。少々ムーディ・イズムに染まり過ぎただろうか。
心を落ち着かせようと頭上を見上げると、何かを察したかのように、折り紙の鳥が高度を下げてくれた。嬉しい。良く気の利く子だ。疲れている時こそ甘い物が食べたくなる。しかしラインがバスケットに手を伸ばした次の瞬間、鳥は忽然とその姿を消した。ラインは何が起きたのか理解出来ず、キョロキョロと辺りを見回した。すると今しがた歩いて来た廊下の向こうから、微かに石を打つような音が聞こえてきた──間違いない。姿こそ見えないが、誰かがそこにいる。フリントの比ではない、もっとおぞましい気配を感じる。
震える足を必死に前へ動かす。追いかけてくる気配の正体は分からない。でも、それに捕まってはいけないということだけは分かる。長い直線の廊下に差し掛かったところで一気に駆け出した。もはやグリフィンドール寮がどちらの方向かも分からない。でも、とにかく逃げなければ──
「おい──おい!どうしたんだ?」
突然、誰かに腕を掴まれた。驚きのあまり息が止まる。その手に支えられなければ派手に床に転がっていただろう。動転しながら声の主を見上げると、皆が褒めそやす端正な顔立ちがこちらを見つめていた。
「こんばんは────セドリック」
なんとか息を整えて、声を絞り出す。彼とはこれまで話したことがないが、この学校に彼のことを知らない人はいないだろう。もう1人の代表選手として、スウェーデン・ショート・スナウト種と戦っていた姿が記憶に新しい。
「この廊下の先には、厨房とハッフルパフ寮しかないよ」
そう言われて辺りを見回すと、目の前には見たことのない石段があった。夢中で走るうちに普段使わない廊下へ迷い込んでしまったようだ。辺りは静まり返っており、自分と彼の息遣い以外は何も聞こえない。例の気配はいつのまにか消えていた。
「大丈夫かい?──君は何かから逃げているように見えた」
ラインはその問いに頷くか迷った。姿の見えない誰かに追いかけられていた、などと言えば、正気じゃないと思われるだろうか?しかし彼の真っ直ぐな瞳に射抜かれると、そんな疑問を抱くことは失礼なことだと思えてきた。
「──何者だろう、物騒だな」
一部始終を聞き終えたセドリックは、厳しい表情で辺りを見回した。ラインは彼が自分の話を信じてくれたことに安堵していた──そういえば、昨年は殺人鬼が校内をうろついていたと聞いた。一昨年は大蛇が徘徊していたらしいし。もしかしたらホグワーツの生徒達にとって、何者かに追いかけ回されるのは、それほど珍しいことではないのかもしれない──なんという治安の悪さだ。戸惑いと恐怖が顔に現れていたのか、セドリックはこちらに向き直ると、ふっと表情を緩めた。
「──安心して、こんなに怯えてる女の子を1人で帰らせるわけないだろう?」
「そんな──悪いわ──貴方の帰り道も心配よ」
セドリックはそれを聞くと、おかしそうに笑い出した。
「大丈夫さ。僕は君より少しばかり歳上だし、この城にも詳しいんだ」
彼は来た道と逆方向を指差して微笑むと、ラインに歩くように促した。時刻はもう22時近いというのに、彼の周りにだけ、爽やかな朝の風が吹いているようだった。
「貴方も寮に帰るところだったの?」
「そうだよ。風呂に入ってきたところなんだ」
こんな時間まで──?セドリックはなんだか嬉しそうな顔をしていた。長風呂が趣味なのだろうか。
「そうだ───ハリーは元気かい?」
ラインには彼の聞きたいことが分かった。ハリーはまだ卵の謎を解けていない。しかしライバル選手にその事を伝えて良いのだろうか──ラインはしばらく逡巡していたが、セドリックの濁りのない瞳と視線がかち合った瞬間、ためらいは消えた。彼はそれを聞いて笑ったり、安心材料にしたりする人ではないはずだ。
「えぇ、元気よ。でも──貴方みたいに晴れやかな気分ではないみたい」
「そうか」
セドリックはそれを聞くと、何かを考えるように黙り込んた。ラインは彼と横並びで歩きながら、ふと先程までの息切れが収まっていることに気が付いた。自分の足より、彼の足の方がゆっくりと動いていることにも。ラインは、この時初めて、"歩調を合わせる"ことがとても優しい気遣いなのだと知った。
「人のことをとやかく言う奴らは暇なんだ。気にすることはないよ」
周りの景色が見慣れたものに変わってきた頃、セドリックがふいにそう言った。
「君のことを応援してる人間も沢山いるって伝えたくて」
真意をはかりかねて顔を見上げると、彼はそう言ってにっこりと微笑んだ。胸のあたりがじんわりと暖かくなる。悪口ばかりが大きく聞こえるけれど、彼のように自分を見守ってくれている人達も確かにいるのだ。ラインは優しい言葉を噛み締めながら、無事に8階の廊下に辿り着くことが出来た。
「ここまでで、もう大丈夫。本当にありがとう──今度お礼をさせて」
「当然の事をしただけさ。さあ行って。君が中に入るまで見届けるよ」
肖像画をくぐりながら廊下を振り返ると、セドリックがこちらに手を振っているのが見えた。爽やかな笑顔に見送られて、ラインは彼にサインをねだる女子生徒達の気持ちを完全に理解した。間違いなく彼は完璧だ。もし出来るなら、来世は彼のような人間に生まれて、多くの人々に幸せを分け与えたい。ブロマイドも売りたい。
「──ライン!」
談話室へ足を踏み入れると、弾かれたようにソファから立ち上がる人影が見えた。その動きに合わせて栗色の髪の毛がふわりと広がる。彼女の肩越しにハリーとロンがこちらを見つめているのが見える。
「貴方がなかなか帰って来ないから、ハリー達を起こしたの」
暖炉の火が消えた談話室で、パジャマにストールを羽織っただけの彼女は寒そうに見えた。心配そうに眉を曇らせるその顔を見て、どっと後悔が押し寄せる。
「あの、ハーマイオニー、ごめんなさい──この間のこと」
「───何のこと?」
確信を持った響きだった。ハーマイオニーは首を傾げたが、口元が微かに笑っていた──良かった。この聡い友人に伝わらないわけがないのだ。
「誰かに追いかけられていた?」
ハリーとハーマイオニーの声が重なる。ラインは友人達と身を寄せ合ってソファに座り、彼らに今夜の一部始終を説明していた。
「またフリントじゃないのか?」
「ううん、違うと思う。なんていうか、もっと──禍々しい気配だった」
「うーん……君とセドリックが厨房の辺りにいるところからしか見てないからなぁ」
ロンはそう言うと、難しい表情で机に目を落とした。
「え、見てたって──どうやって?」
「──これ、僕の父さん達が作ったんだ」
ハリーは机の上の羊皮紙を手に取り、ラインに差し出した。目を凝らしてよく見ると、黄ばんだ紙切れに見えていたそれは、どうやら地図のようだった。その地図上には小さな点がいくつも動いていて、1つ1つに人物の名前が書いてある──すごい発明品だ。すごいけれど、プライバシーも何もあったものじゃない──ラインが目を丸くすると、3人は顔を見合わせて笑った。
「フィルチが知らない抜け道も載ってるんだ」
「──すごいのね」
誇らしげなハリーの横で、ラインは無意識にある人の名前を探していた──寝室にはいないようだ。フレッドの名前はそこにあるのに。トイレかな──そこまで考えたところで、ラインは正気に戻った。辞めよう。これではまるでストーカーだ。それにもし、彼がこっそり誰かと会っているのを見つけてしまったら──
「この抜け道を使えば、ムーディの部屋から寮まで最短距離で帰れる」
友人の声に顔を上げる。ハリーの指差した箇所を凝視すると、3階の廊下から城の内部に向けて、細い通路のようなものが伸びていた。
「ドラゴン遣いのヘンリーの肖像画をくすぐるんだ。彼が笑うと扉が開く。でも、もし良ければ、僕たち──」
「ありがとう、明日からその道を使って帰ることにする」
ラインはそれ以上何も言わない友人の優しさに漬け込み、一方的に会話を締めくくった。友人達まで危険な目に遭わせる訳にはいかない。それに"何か"が起こる時──それは彼ら3人が関わる時だ。間違いない。
ラインはベッドに横になって眠ろうと試みた。しかし目を閉じると、あの気配がやってくるのではないかという恐怖に駆られる。いったい何者だったのだろう?そして目的は何なのだろうか──
この日を境に、ラインは誰かに追いかけられる夢ばかりを見るようになった。
心を落ち着かせようと頭上を見上げると、何かを察したかのように、折り紙の鳥が高度を下げてくれた。嬉しい。良く気の利く子だ。疲れている時こそ甘い物が食べたくなる。しかしラインがバスケットに手を伸ばした次の瞬間、鳥は忽然とその姿を消した。ラインは何が起きたのか理解出来ず、キョロキョロと辺りを見回した。すると今しがた歩いて来た廊下の向こうから、微かに石を打つような音が聞こえてきた──間違いない。姿こそ見えないが、誰かがそこにいる。フリントの比ではない、もっとおぞましい気配を感じる。
震える足を必死に前へ動かす。追いかけてくる気配の正体は分からない。でも、それに捕まってはいけないということだけは分かる。長い直線の廊下に差し掛かったところで一気に駆け出した。もはやグリフィンドール寮がどちらの方向かも分からない。でも、とにかく逃げなければ──
「おい──おい!どうしたんだ?」
突然、誰かに腕を掴まれた。驚きのあまり息が止まる。その手に支えられなければ派手に床に転がっていただろう。動転しながら声の主を見上げると、皆が褒めそやす端正な顔立ちがこちらを見つめていた。
「こんばんは────セドリック」
なんとか息を整えて、声を絞り出す。彼とはこれまで話したことがないが、この学校に彼のことを知らない人はいないだろう。もう1人の代表選手として、スウェーデン・ショート・スナウト種と戦っていた姿が記憶に新しい。
「この廊下の先には、厨房とハッフルパフ寮しかないよ」
そう言われて辺りを見回すと、目の前には見たことのない石段があった。夢中で走るうちに普段使わない廊下へ迷い込んでしまったようだ。辺りは静まり返っており、自分と彼の息遣い以外は何も聞こえない。例の気配はいつのまにか消えていた。
「大丈夫かい?──君は何かから逃げているように見えた」
ラインはその問いに頷くか迷った。姿の見えない誰かに追いかけられていた、などと言えば、正気じゃないと思われるだろうか?しかし彼の真っ直ぐな瞳に射抜かれると、そんな疑問を抱くことは失礼なことだと思えてきた。
「──何者だろう、物騒だな」
一部始終を聞き終えたセドリックは、厳しい表情で辺りを見回した。ラインは彼が自分の話を信じてくれたことに安堵していた──そういえば、昨年は殺人鬼が校内をうろついていたと聞いた。一昨年は大蛇が徘徊していたらしいし。もしかしたらホグワーツの生徒達にとって、何者かに追いかけ回されるのは、それほど珍しいことではないのかもしれない──なんという治安の悪さだ。戸惑いと恐怖が顔に現れていたのか、セドリックはこちらに向き直ると、ふっと表情を緩めた。
「──安心して、こんなに怯えてる女の子を1人で帰らせるわけないだろう?」
「そんな──悪いわ──貴方の帰り道も心配よ」
セドリックはそれを聞くと、おかしそうに笑い出した。
「大丈夫さ。僕は君より少しばかり歳上だし、この城にも詳しいんだ」
彼は来た道と逆方向を指差して微笑むと、ラインに歩くように促した。時刻はもう22時近いというのに、彼の周りにだけ、爽やかな朝の風が吹いているようだった。
「貴方も寮に帰るところだったの?」
「そうだよ。風呂に入ってきたところなんだ」
こんな時間まで──?セドリックはなんだか嬉しそうな顔をしていた。長風呂が趣味なのだろうか。
「そうだ───ハリーは元気かい?」
ラインには彼の聞きたいことが分かった。ハリーはまだ卵の謎を解けていない。しかしライバル選手にその事を伝えて良いのだろうか──ラインはしばらく逡巡していたが、セドリックの濁りのない瞳と視線がかち合った瞬間、ためらいは消えた。彼はそれを聞いて笑ったり、安心材料にしたりする人ではないはずだ。
「えぇ、元気よ。でも──貴方みたいに晴れやかな気分ではないみたい」
「そうか」
セドリックはそれを聞くと、何かを考えるように黙り込んた。ラインは彼と横並びで歩きながら、ふと先程までの息切れが収まっていることに気が付いた。自分の足より、彼の足の方がゆっくりと動いていることにも。ラインは、この時初めて、"歩調を合わせる"ことがとても優しい気遣いなのだと知った。
「人のことをとやかく言う奴らは暇なんだ。気にすることはないよ」
周りの景色が見慣れたものに変わってきた頃、セドリックがふいにそう言った。
「君のことを応援してる人間も沢山いるって伝えたくて」
真意をはかりかねて顔を見上げると、彼はそう言ってにっこりと微笑んだ。胸のあたりがじんわりと暖かくなる。悪口ばかりが大きく聞こえるけれど、彼のように自分を見守ってくれている人達も確かにいるのだ。ラインは優しい言葉を噛み締めながら、無事に8階の廊下に辿り着くことが出来た。
「ここまでで、もう大丈夫。本当にありがとう──今度お礼をさせて」
「当然の事をしただけさ。さあ行って。君が中に入るまで見届けるよ」
肖像画をくぐりながら廊下を振り返ると、セドリックがこちらに手を振っているのが見えた。爽やかな笑顔に見送られて、ラインは彼にサインをねだる女子生徒達の気持ちを完全に理解した。間違いなく彼は完璧だ。もし出来るなら、来世は彼のような人間に生まれて、多くの人々に幸せを分け与えたい。ブロマイドも売りたい。
「──ライン!」
談話室へ足を踏み入れると、弾かれたようにソファから立ち上がる人影が見えた。その動きに合わせて栗色の髪の毛がふわりと広がる。彼女の肩越しにハリーとロンがこちらを見つめているのが見える。
「貴方がなかなか帰って来ないから、ハリー達を起こしたの」
暖炉の火が消えた談話室で、パジャマにストールを羽織っただけの彼女は寒そうに見えた。心配そうに眉を曇らせるその顔を見て、どっと後悔が押し寄せる。
「あの、ハーマイオニー、ごめんなさい──この間のこと」
「───何のこと?」
確信を持った響きだった。ハーマイオニーは首を傾げたが、口元が微かに笑っていた──良かった。この聡い友人に伝わらないわけがないのだ。
「誰かに追いかけられていた?」
ハリーとハーマイオニーの声が重なる。ラインは友人達と身を寄せ合ってソファに座り、彼らに今夜の一部始終を説明していた。
「またフリントじゃないのか?」
「ううん、違うと思う。なんていうか、もっと──禍々しい気配だった」
「うーん……君とセドリックが厨房の辺りにいるところからしか見てないからなぁ」
ロンはそう言うと、難しい表情で机に目を落とした。
「え、見てたって──どうやって?」
「──これ、僕の父さん達が作ったんだ」
ハリーは机の上の羊皮紙を手に取り、ラインに差し出した。目を凝らしてよく見ると、黄ばんだ紙切れに見えていたそれは、どうやら地図のようだった。その地図上には小さな点がいくつも動いていて、1つ1つに人物の名前が書いてある──すごい発明品だ。すごいけれど、プライバシーも何もあったものじゃない──ラインが目を丸くすると、3人は顔を見合わせて笑った。
「フィルチが知らない抜け道も載ってるんだ」
「──すごいのね」
誇らしげなハリーの横で、ラインは無意識にある人の名前を探していた──寝室にはいないようだ。フレッドの名前はそこにあるのに。トイレかな──そこまで考えたところで、ラインは正気に戻った。辞めよう。これではまるでストーカーだ。それにもし、彼がこっそり誰かと会っているのを見つけてしまったら──
「この抜け道を使えば、ムーディの部屋から寮まで最短距離で帰れる」
友人の声に顔を上げる。ハリーの指差した箇所を凝視すると、3階の廊下から城の内部に向けて、細い通路のようなものが伸びていた。
「ドラゴン遣いのヘンリーの肖像画をくすぐるんだ。彼が笑うと扉が開く。でも、もし良ければ、僕たち──」
「ありがとう、明日からその道を使って帰ることにする」
ラインはそれ以上何も言わない友人の優しさに漬け込み、一方的に会話を締めくくった。友人達まで危険な目に遭わせる訳にはいかない。それに"何か"が起こる時──それは彼ら3人が関わる時だ。間違いない。
ラインはベッドに横になって眠ろうと試みた。しかし目を閉じると、あの気配がやってくるのではないかという恐怖に駆られる。いったい何者だったのだろう?そして目的は何なのだろうか──
この日を境に、ラインは誰かに追いかけられる夢ばかりを見るようになった。