the Goblet of Fire
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「貴方無しじゃ、とても彼に会えなかったわ。私の髪がこんなに素敵になるなんて!本当に感謝してる。またパーティーで会いましょう!」
ハーマイオニーはそう言うと、とびきりの笑顔で階段を降りて行った。彼女の髪を真っ直ぐにするのに、スリーク・イージーの直毛薬を5箱と3時間が必要だった。
「ライン、ちょっとここを編み込んでくれる?」
ラインはその声に頷き、鏡を睨み付けるルームメイトの元へと向かった。パーバティは代表選手のハリーと皆の前で踊るため、人一倍身嗜みに気合いが入っているようだ。美しい黒髪を手に取ると、マグルの学校に通っていた頃に友人と髪を結び合った記憶が蘇った。
ーーーー
談話室へ続く階段を降りると、誰かがピュウと口笛を吹くのが聞こえた。辺りを見回すと暖炉の前で友人達と談笑しているパートナーの姿が目に入る。ジョージはこちらに気が付くと、何度かパチパチと目を瞬かせた。
「おい、間抜けな面してないで何か言ってやれ」
フレッドに脇腹を小突かれて、彼はようやく声を発した。
「やあライン、今日は──ほっぺたが──ピグミーパフみたいだ」
何だって?今すぐに鏡を確認したい。
「お前……脳みそをクラムか誰かと交換しちまったのか?」
フレッドの声は彼に聞こえなかったようだ。ジョージはおもむろにラインの手を取り、扉へ向けて歩き出した。ラインは慣れないヒール靴で転ばないように、必死にバランスを取った。なんとか廊下へ出ると、太ったレディがご機嫌に手を振ってくれた──彼女は少々酔っぱらっているようだ。大広間へ近付くにつれて、廊下がドレスアップした生徒達で埋め尽くされる。他寮の生徒に加えて、ボーバトン生やダームストラング生の姿も増えてきた。
「おいウィーズリー、あとで俺らにもその女"貸して"くれよ──」
どこかから下品な野次が飛んで来ると、ジョージは舌打ちしながら周囲を睨め付け──杖を取り出した。ラインは仰天してしまった。彼はどうしてしまったのだろう?今日はいつもと様子が違う。まるで眼鏡の友人みたいな余裕の無さだ──
「ジョージ、相手にする価値無いわ」
彼はその言葉に溜め息をつくと、更に速度を上げて歩き出した。その態度を不安に感じていると、突然グラリと視界が傾いた。ラインはついに足を挫き、転ぶまいとすぐ側の腕にしがみついた。
「おっと────大丈夫か?」
その声に顔を上げると、バツの悪そうな顔と視線がかち合った。今日初めて、目が合った気がする。
「ありがとう、私は大丈夫よ。貴方は?」
「──正直に言うと、緊張してる」
ラインは意外な返答に驚いた。なるほど……彼は緊張していたのか。そう考えれば、先程までの行動もなんとなく辻褄が合う気がする。いつも余裕綽々な彼の意外な一面が可愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「ふふ、ダンスが苦手なの?」
そう聞くと、ジョージは頷くとも首を振るともつかない微妙な動作をした。
「大丈夫よ。音楽に合わせて揺れていれば、それなりに見えるって聞いたわ」
ジョージはそれに困ったように笑ってから、ラインの頭をポンと撫でた。なんだか、誤魔化されたような気がする。
大広間へ一歩足を踏み入れると、普段とは様子が様変わりしていた。壁はキラキラと輝く霜で覆われ、天井には星が瞬いている。ランタンのついた丸いテーブルの上にはご馳走が所狭しと並んでおり、思わず感嘆の溜息が漏れた。これこそ、小さな頃に憧れた舞踏会の会場だ。
「こういうのが好きなのかい?」
「そうなの。まるでおとぎ話の世界みたいで、すごく素敵──」
ジョージはおかしそうに笑うと、恭しい仕草で椅子を引いてラインを座らせてくれた。わぁ、なんだかお姫様になったみたい──
「じゃあ、次の休みは僕の家に遊びに来たらいいよ。小さい木の家だし、小人もいる。噛み付くけど」
退屈そうな声に振り向くと、いつのまにかロンが近くに腰掛けていた。ラインは彼のドレスローブを見て、とても気の毒な気持ちになった。
「まぁロン、そのローブ──貴方の髪色にすごく似合ってる」
「ありがと、君はいつも通り美人だね」
「お前、相手の子はどうした?」
ロンは兄の問いに首をすくめるだけで、何も答えなかった。しかし次の瞬間、パーバティに瓜二つの女の子が駆けてきて、目の前のテーブルにドンと手をついた。
「ちょっと!勝手に居なくならないでくれる?」
彼女がロンのパートナーのパドマ・パチルだろう。髪を振り乱し、今にも呪いを放ちそうなくらい怒っている。ラインは息を殺して2人を見つめた。
「さっきから聞きたかったんだけれど、貴方、私と踊る気あるの?」
「──ない」
「そう、じゃあもういいわ!」
パドマに対するロンの態度はあまりにも失礼だった。しかし友人を咎める前に、パドマは人混みに消えてしまった。ジョージは弟の愚行をポカンと眺めていたが、ラインは彼の不機嫌に思い当たる節があった。
「──なんなんだよ、敵じゃないか」
案の定、ロンの視線の先にはクラムと踊るハーマイオニーの姿があった。
「ハーマイオニーは、浅はかな女の子じゃないわ」
「どうかな、君はロックハートにお熱だったハーマイオニーを知らないから」
きっと、今の彼にはどんな言葉も響かないだろう。ラインは友人を宥めることを諦め、代表選手達のダンスを眺めることにした。クラムとハーマイオニーの横でハリーとパーバティが踊っている。なんだか、ハリーは飼い主にリードを引かれた犬のように見える。ロンは眉間に皺を寄せて彼等を見つめていたが、しばらくすると、唐突に口を開いた。
「ライン、後で僕とも踊ってくれる?」
「ロニー坊やよ。自由を手に入れる事が出来るのは、義務を果たした人間だけだ。お前はまず、パートナーのお嬢さんをエスコートしなきゃならない」
ジョージにそう咎められると、ロンの顔はみるみるうちに赤くなった──これは良くない兆候だ──しかし、彼等はラインに口を挟む間を与えなかった。
「なんだよ?説教なんてする柄じゃないだろ!」
「それは認める。でもお前のために言ってるんだ」
「そんなはずないね、独り占めしたいだけだろ?」
「それは違う。ロン、いい加減にしろ」
「どこが違うんだよ!さっきから冗談の1つもまともに言えないくらい──照れてるくせに!」
ラインは珍しく兄の顔をしているジョージを眺めるのに忙しく、ロンが肩を怒らせて人混みへ消えてしまうまで、兄弟喧嘩が終わったことに気が付かなかった。ハッとして辺りを見回すと、周りの生徒達が何事かとこちらに注目していた。
「──ロンは貴方に甘えてるのね」
「全くだ。親の顔が見てみたいぜ」
兄弟喧嘩がカンフル剤になったのか、ジョージはいつもの調子を取り戻したようだった。
ーーーー
スローテンポな曲がかかると、彼の顔が普段よりも近いことに気が付いた。ラインはキラキラと輝く瞳に見惚れたり、我に返って赤面したりと忙しない時間を過ごしていた。
「いつもより、顔が近くて恥ずかしいわ」
「嫌だったかい?」
「ううん。全然嫌じゃない」
またやってしまった──いい加減、思った事をすぐ口に出す癖を治さないと。ジョージはどう思っただろうか……ラインは彼がどんな顔をしているのか、怖くて見ることが出来なかった。
その時、突然腰をぐっと引き寄せられる感覚があった。されるがままに、互いの全身が密着する。
「もっと近づかないと、上手く踊れないなぁ」
その不敵な笑みを見て、ラインは確信した。ジョージはダンスが苦手ではない。少なくとも、パートナーをからかうくらいには余裕がある。おまけにこの距離感だと、彼が笑う度に耳に息がかかって卒倒しそうになる。
「私、貴方のファンに殺されてしまうわ!」
ジョージはそれに吹き出したけれど、身体を離そうとはしなかった。もう駄目だ。これ以上心臓に負担がかかったら、殺される前に死んでしまう。ラインは彼に休憩を提案した。
「おや、代表選手様は引くて数多じゃないのかい?」
「あー、うん……残念ながらね」
座る場所を探して歩いていると、隅の方でぐったりとしているハリーを見つけた。彼はドラゴンと戦った後より疲れているように見える。その姿を見て、ラインはすぐに事の顛末を理解した。耳を澄ませると、聞き慣れた声が廊下で言い争っているのが聞こえる。
「2人とも素直になれば、すぐ仲直りできるのにね」
それを聞いて、ハリーは力無く笑った。ジョージは何故か来賓席の方をじっと見つめている。
「ライン、ここで少し待っててくれるかい?奴を見つけた」
ジョージはそう言うと、来賓席へ向けて一目散に駆けて行った。彼は誰を見つけたんだろう?分からないけれど、なんだか大切なことのようだ。ラインは椅子に腰掛けて、ふーっと息を吐き出した。慣れない服装だし、大勢の人が集まっているし、今日はずっと緊張していた気がする。凝り固まった身体を伸ばしていると、どこかから朗らかな声が聞こえてきた。
「こんばんは、ハリー、ライン」
ラインが手を振ると、豊かな赤毛の少女がこちらに向かって歩いてきた。ジニーはハリーをチラリと見てから──腰掛けた。
「こんばんは、ジニー。今日は大人っぽいのね」
それを聞いて、ジニーは嬉しそうにはにかんだ。
「やあジニー、ネビルはどうしたの?」
「ネビルはスプラウト先生と踊ってるわ」
彼女はそう言うと、突然自分の靴についた埃が気になり出したようだった。しかしハリーがネビルの姿を見ようと首を回すと──ネビルはスプラウト先生に手を引かれてクルクルと回っていた──顔を上げて、チラチラとハリーの横顔を眺めた。ラインはそれを見て、胸がキュッと締め付けられるように感じた。彼女の気持ちが手に取るように分かったからだ。
その時だった。グルグルと大きな音を立ててお腹が鳴った──すごく恥ずかしい。ハリーがこちらを振り向いてニヤリとしたので、ジニーの肩が跳ねた。そういえば、今日は昼食を少なめにしたんだった。ドレスが入らなくなると困るから……
「わぁ──ごめんなさい。私、2人の分も食べ物を取ってくるわね」
ラインはそう言って立ち上がると、そそくさと歩き出した。我ながら、スマートな気の遣い方だったと思う。壁際のテーブルには、沢山の豪勢なクリスマス料理が並べられていて、あちらこちらと目移りしてしまう。七面鳥のフォルムをまじまじと見つめていた時、大きなクリスマスツリーの向こうから、良く知る双子の声が聞こえてきた。
「──クソ、また逃げやがった。あのペテン師め」
「奴が魔法省の役人なんて許されてたまるかよ、世の中狂ってるぜ」
彼等は思いつく限りの悪態をついているようだった。しかも魔法省のお役人を相手に──何事だろう?しかし突然、片方が思い出したように声色を変えた。
「お前──何した?」
「何だよ、いきなり」
相方の突然の変貌に、もう片方が恐ろしげな声を出した。
「茹でダコみたいな顔させやがって。言い訳が通用しなくなるぞ」
「何もしてない、ただ踊ってただけだ。それに妹っていうのは言い訳じゃない」
「はぁ、そうかよ。じゃあ教えてやるけど──お前、今にも喰っちまいそうな顔してたぞ」
茹でダコ──?何のことだろうか。ラインの意識は2人の会話の途中で、目の前のアイスクリームに移っていた。クランベリーソースがたっぷりとかかっていて、美味しそうだ。アイスクリームをコーンに盛り付けていると、広間の中央でハリーとジニーが踊っているのが目に入った。昼食を少なめにした甲斐があった。なんだか、自分の事のように嬉しくなる。もう少し、2人きりにしてあげよう。
そういえば、先程言い争っていた2人はどうなっただろうか?──辺りを見回すと、クラムと何やら楽しそうに話しているハーマイオニーの姿を見つけた。良かった。しかし、ロンの姿がどこにも見当たらない。大広間にはいないようだ。先程の様子を思い出すと心配になって、ラインは彼を探しに廊下へ出てみることにした。
大広間から出た途端、辺りが暗くなる。いつのまにか生徒達の姿も見えなくなり、衣擦れの音さえ聞こえそうな静けさになった。キョロキョロとしながら廊下を歩いていると、ふと、自分以外の足音が、同じ速度で後ろを付いてくることに気が付いた。
「──やあ、偶然じゃないか」
聞き覚えのある声だ。ラインは身体を強張らせて振り向いた。
「ナイトはどうした?はぐれちまったのか?」
黒いローブに身を包んだ大柄な男が、薄ら笑いを浮かべながらこちらに近付いてくる。彼はパートナーが見つからなかったのだろうか?いつもの取り巻きを引き連れている。
「こんばんは、フリント。私、残念だけど──今急いでるの」
そう言うと同時に駆け出したが、慣れないヒールのせいで上手く走れない。どうしよう、こんな靴履いてくるんじゃなかった──後悔しようが、時は既に遅く、石畳のわずかな段差に足を取られて前につんのめる。バニラアイスが床に広がり、クランベリーソースが壁に飛び散った。
「嘘をつくな。ちょっと付き合えよ」
顔を上げると、血走った目がこちらを見つめていた。荒い鼻息が耳にかかり、背筋が凍りつく。もう逃げるのは無理だ。でも、どうにかしなきゃ──その時、曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。
「こんばんは!ムーディ先生、良い月夜ですね」
フリントはその声を聞いて、見るからに青ざめた。トロールのような彼も、白イタチになるのは頂けないのだろうか?彼は取り巻きに目配せをすると反対側へ走り去り、ラインはその場に放心状態で取り残された。
「大丈夫かい?あいつら、最低だ」
駆け寄って来たロンが、蒼白な顔でこちらを見つめている。
「あと、それ仕舞ってくれる?」
彼はおずおずとラインの右手を指差して、そう付け足した。ラインはハッとして頷き、杖をドレスに仕舞い込んだ。いつのまに取り出していたんだっけ……
「君の声が聞こえて、僕とっさにムーディの名前を呼んだんだ──いいセンスだろ?」
「本当に冴えてたわ、お陰で助かった……ありがとう」
そう言うと、ロンはわずかに微笑んだ。彼の手を借りて立ち上がると、酷使された足首がガクガクと震えた。今日はせっかく幸せな気分だったのに……ラインは溜め息をついて、大広間へ向けて歩き出した。
「君って、本当にハリーと似てる。いつも面倒事に巻き込まれるところとか」
しばらくすると、ロンがぽつりぽつりと話し始めた。
「そうね。でも良い友人に恵まれるところも似たみたい」
「僕、全然いい奴じゃないよ。今日も色んな人を傷付けた」
「でも、それを後悔してるでしょ?」
そう言うと、ロンはしばらく何かを考えるように黙り込んだ。
「僕──これからパドマに謝ってくる」
「ふふ、そうすると思ってた」
ラインは友人に向けて微笑んだ。大広間に戻ると、一目散にこちらへ駆け寄って来るジョージの姿が見えた。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「僕、ジョージの義務を肩替わりしてあげた。これから自分の義務を果たしてくる」
ロンはそれだけ言うと、覚悟を決めたように人混みへと消えて行った。
「さっきより顔色が悪いな」
ジョージはラインの顔を覗き込むと、自分のローブを脱いで肩にかけてくれた。
「それと、本当に──今更なんだけど」
まだ言ってなかったよな──彼は絞り出すようにそう続けると、何度かパチパチと目を瞬かせた。
「今日の君──すごく綺麗だ」
その瞬間、全てが報われたように感じた。ガクガクの足も、お腹の音も、フリントさえ、もうどうだって良い。彼さえ綺麗だと思ってくれているなら、ピグミーパフだって構わない。
ハーマイオニーはそう言うと、とびきりの笑顔で階段を降りて行った。彼女の髪を真っ直ぐにするのに、スリーク・イージーの直毛薬を5箱と3時間が必要だった。
「ライン、ちょっとここを編み込んでくれる?」
ラインはその声に頷き、鏡を睨み付けるルームメイトの元へと向かった。パーバティは代表選手のハリーと皆の前で踊るため、人一倍身嗜みに気合いが入っているようだ。美しい黒髪を手に取ると、マグルの学校に通っていた頃に友人と髪を結び合った記憶が蘇った。
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談話室へ続く階段を降りると、誰かがピュウと口笛を吹くのが聞こえた。辺りを見回すと暖炉の前で友人達と談笑しているパートナーの姿が目に入る。ジョージはこちらに気が付くと、何度かパチパチと目を瞬かせた。
「おい、間抜けな面してないで何か言ってやれ」
フレッドに脇腹を小突かれて、彼はようやく声を発した。
「やあライン、今日は──ほっぺたが──ピグミーパフみたいだ」
何だって?今すぐに鏡を確認したい。
「お前……脳みそをクラムか誰かと交換しちまったのか?」
フレッドの声は彼に聞こえなかったようだ。ジョージはおもむろにラインの手を取り、扉へ向けて歩き出した。ラインは慣れないヒール靴で転ばないように、必死にバランスを取った。なんとか廊下へ出ると、太ったレディがご機嫌に手を振ってくれた──彼女は少々酔っぱらっているようだ。大広間へ近付くにつれて、廊下がドレスアップした生徒達で埋め尽くされる。他寮の生徒に加えて、ボーバトン生やダームストラング生の姿も増えてきた。
「おいウィーズリー、あとで俺らにもその女"貸して"くれよ──」
どこかから下品な野次が飛んで来ると、ジョージは舌打ちしながら周囲を睨め付け──杖を取り出した。ラインは仰天してしまった。彼はどうしてしまったのだろう?今日はいつもと様子が違う。まるで眼鏡の友人みたいな余裕の無さだ──
「ジョージ、相手にする価値無いわ」
彼はその言葉に溜め息をつくと、更に速度を上げて歩き出した。その態度を不安に感じていると、突然グラリと視界が傾いた。ラインはついに足を挫き、転ぶまいとすぐ側の腕にしがみついた。
「おっと────大丈夫か?」
その声に顔を上げると、バツの悪そうな顔と視線がかち合った。今日初めて、目が合った気がする。
「ありがとう、私は大丈夫よ。貴方は?」
「──正直に言うと、緊張してる」
ラインは意外な返答に驚いた。なるほど……彼は緊張していたのか。そう考えれば、先程までの行動もなんとなく辻褄が合う気がする。いつも余裕綽々な彼の意外な一面が可愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「ふふ、ダンスが苦手なの?」
そう聞くと、ジョージは頷くとも首を振るともつかない微妙な動作をした。
「大丈夫よ。音楽に合わせて揺れていれば、それなりに見えるって聞いたわ」
ジョージはそれに困ったように笑ってから、ラインの頭をポンと撫でた。なんだか、誤魔化されたような気がする。
大広間へ一歩足を踏み入れると、普段とは様子が様変わりしていた。壁はキラキラと輝く霜で覆われ、天井には星が瞬いている。ランタンのついた丸いテーブルの上にはご馳走が所狭しと並んでおり、思わず感嘆の溜息が漏れた。これこそ、小さな頃に憧れた舞踏会の会場だ。
「こういうのが好きなのかい?」
「そうなの。まるでおとぎ話の世界みたいで、すごく素敵──」
ジョージはおかしそうに笑うと、恭しい仕草で椅子を引いてラインを座らせてくれた。わぁ、なんだかお姫様になったみたい──
「じゃあ、次の休みは僕の家に遊びに来たらいいよ。小さい木の家だし、小人もいる。噛み付くけど」
退屈そうな声に振り向くと、いつのまにかロンが近くに腰掛けていた。ラインは彼のドレスローブを見て、とても気の毒な気持ちになった。
「まぁロン、そのローブ──貴方の髪色にすごく似合ってる」
「ありがと、君はいつも通り美人だね」
「お前、相手の子はどうした?」
ロンは兄の問いに首をすくめるだけで、何も答えなかった。しかし次の瞬間、パーバティに瓜二つの女の子が駆けてきて、目の前のテーブルにドンと手をついた。
「ちょっと!勝手に居なくならないでくれる?」
彼女がロンのパートナーのパドマ・パチルだろう。髪を振り乱し、今にも呪いを放ちそうなくらい怒っている。ラインは息を殺して2人を見つめた。
「さっきから聞きたかったんだけれど、貴方、私と踊る気あるの?」
「──ない」
「そう、じゃあもういいわ!」
パドマに対するロンの態度はあまりにも失礼だった。しかし友人を咎める前に、パドマは人混みに消えてしまった。ジョージは弟の愚行をポカンと眺めていたが、ラインは彼の不機嫌に思い当たる節があった。
「──なんなんだよ、敵じゃないか」
案の定、ロンの視線の先にはクラムと踊るハーマイオニーの姿があった。
「ハーマイオニーは、浅はかな女の子じゃないわ」
「どうかな、君はロックハートにお熱だったハーマイオニーを知らないから」
きっと、今の彼にはどんな言葉も響かないだろう。ラインは友人を宥めることを諦め、代表選手達のダンスを眺めることにした。クラムとハーマイオニーの横でハリーとパーバティが踊っている。なんだか、ハリーは飼い主にリードを引かれた犬のように見える。ロンは眉間に皺を寄せて彼等を見つめていたが、しばらくすると、唐突に口を開いた。
「ライン、後で僕とも踊ってくれる?」
「ロニー坊やよ。自由を手に入れる事が出来るのは、義務を果たした人間だけだ。お前はまず、パートナーのお嬢さんをエスコートしなきゃならない」
ジョージにそう咎められると、ロンの顔はみるみるうちに赤くなった──これは良くない兆候だ──しかし、彼等はラインに口を挟む間を与えなかった。
「なんだよ?説教なんてする柄じゃないだろ!」
「それは認める。でもお前のために言ってるんだ」
「そんなはずないね、独り占めしたいだけだろ?」
「それは違う。ロン、いい加減にしろ」
「どこが違うんだよ!さっきから冗談の1つもまともに言えないくらい──照れてるくせに!」
ラインは珍しく兄の顔をしているジョージを眺めるのに忙しく、ロンが肩を怒らせて人混みへ消えてしまうまで、兄弟喧嘩が終わったことに気が付かなかった。ハッとして辺りを見回すと、周りの生徒達が何事かとこちらに注目していた。
「──ロンは貴方に甘えてるのね」
「全くだ。親の顔が見てみたいぜ」
兄弟喧嘩がカンフル剤になったのか、ジョージはいつもの調子を取り戻したようだった。
ーーーー
スローテンポな曲がかかると、彼の顔が普段よりも近いことに気が付いた。ラインはキラキラと輝く瞳に見惚れたり、我に返って赤面したりと忙しない時間を過ごしていた。
「いつもより、顔が近くて恥ずかしいわ」
「嫌だったかい?」
「ううん。全然嫌じゃない」
またやってしまった──いい加減、思った事をすぐ口に出す癖を治さないと。ジョージはどう思っただろうか……ラインは彼がどんな顔をしているのか、怖くて見ることが出来なかった。
その時、突然腰をぐっと引き寄せられる感覚があった。されるがままに、互いの全身が密着する。
「もっと近づかないと、上手く踊れないなぁ」
その不敵な笑みを見て、ラインは確信した。ジョージはダンスが苦手ではない。少なくとも、パートナーをからかうくらいには余裕がある。おまけにこの距離感だと、彼が笑う度に耳に息がかかって卒倒しそうになる。
「私、貴方のファンに殺されてしまうわ!」
ジョージはそれに吹き出したけれど、身体を離そうとはしなかった。もう駄目だ。これ以上心臓に負担がかかったら、殺される前に死んでしまう。ラインは彼に休憩を提案した。
「おや、代表選手様は引くて数多じゃないのかい?」
「あー、うん……残念ながらね」
座る場所を探して歩いていると、隅の方でぐったりとしているハリーを見つけた。彼はドラゴンと戦った後より疲れているように見える。その姿を見て、ラインはすぐに事の顛末を理解した。耳を澄ませると、聞き慣れた声が廊下で言い争っているのが聞こえる。
「2人とも素直になれば、すぐ仲直りできるのにね」
それを聞いて、ハリーは力無く笑った。ジョージは何故か来賓席の方をじっと見つめている。
「ライン、ここで少し待っててくれるかい?奴を見つけた」
ジョージはそう言うと、来賓席へ向けて一目散に駆けて行った。彼は誰を見つけたんだろう?分からないけれど、なんだか大切なことのようだ。ラインは椅子に腰掛けて、ふーっと息を吐き出した。慣れない服装だし、大勢の人が集まっているし、今日はずっと緊張していた気がする。凝り固まった身体を伸ばしていると、どこかから朗らかな声が聞こえてきた。
「こんばんは、ハリー、ライン」
ラインが手を振ると、豊かな赤毛の少女がこちらに向かって歩いてきた。ジニーはハリーをチラリと見てから──腰掛けた。
「こんばんは、ジニー。今日は大人っぽいのね」
それを聞いて、ジニーは嬉しそうにはにかんだ。
「やあジニー、ネビルはどうしたの?」
「ネビルはスプラウト先生と踊ってるわ」
彼女はそう言うと、突然自分の靴についた埃が気になり出したようだった。しかしハリーがネビルの姿を見ようと首を回すと──ネビルはスプラウト先生に手を引かれてクルクルと回っていた──顔を上げて、チラチラとハリーの横顔を眺めた。ラインはそれを見て、胸がキュッと締め付けられるように感じた。彼女の気持ちが手に取るように分かったからだ。
その時だった。グルグルと大きな音を立ててお腹が鳴った──すごく恥ずかしい。ハリーがこちらを振り向いてニヤリとしたので、ジニーの肩が跳ねた。そういえば、今日は昼食を少なめにしたんだった。ドレスが入らなくなると困るから……
「わぁ──ごめんなさい。私、2人の分も食べ物を取ってくるわね」
ラインはそう言って立ち上がると、そそくさと歩き出した。我ながら、スマートな気の遣い方だったと思う。壁際のテーブルには、沢山の豪勢なクリスマス料理が並べられていて、あちらこちらと目移りしてしまう。七面鳥のフォルムをまじまじと見つめていた時、大きなクリスマスツリーの向こうから、良く知る双子の声が聞こえてきた。
「──クソ、また逃げやがった。あのペテン師め」
「奴が魔法省の役人なんて許されてたまるかよ、世の中狂ってるぜ」
彼等は思いつく限りの悪態をついているようだった。しかも魔法省のお役人を相手に──何事だろう?しかし突然、片方が思い出したように声色を変えた。
「お前──何した?」
「何だよ、いきなり」
相方の突然の変貌に、もう片方が恐ろしげな声を出した。
「茹でダコみたいな顔させやがって。言い訳が通用しなくなるぞ」
「何もしてない、ただ踊ってただけだ。それに妹っていうのは言い訳じゃない」
「はぁ、そうかよ。じゃあ教えてやるけど──お前、今にも喰っちまいそうな顔してたぞ」
茹でダコ──?何のことだろうか。ラインの意識は2人の会話の途中で、目の前のアイスクリームに移っていた。クランベリーソースがたっぷりとかかっていて、美味しそうだ。アイスクリームをコーンに盛り付けていると、広間の中央でハリーとジニーが踊っているのが目に入った。昼食を少なめにした甲斐があった。なんだか、自分の事のように嬉しくなる。もう少し、2人きりにしてあげよう。
そういえば、先程言い争っていた2人はどうなっただろうか?──辺りを見回すと、クラムと何やら楽しそうに話しているハーマイオニーの姿を見つけた。良かった。しかし、ロンの姿がどこにも見当たらない。大広間にはいないようだ。先程の様子を思い出すと心配になって、ラインは彼を探しに廊下へ出てみることにした。
大広間から出た途端、辺りが暗くなる。いつのまにか生徒達の姿も見えなくなり、衣擦れの音さえ聞こえそうな静けさになった。キョロキョロとしながら廊下を歩いていると、ふと、自分以外の足音が、同じ速度で後ろを付いてくることに気が付いた。
「──やあ、偶然じゃないか」
聞き覚えのある声だ。ラインは身体を強張らせて振り向いた。
「ナイトはどうした?はぐれちまったのか?」
黒いローブに身を包んだ大柄な男が、薄ら笑いを浮かべながらこちらに近付いてくる。彼はパートナーが見つからなかったのだろうか?いつもの取り巻きを引き連れている。
「こんばんは、フリント。私、残念だけど──今急いでるの」
そう言うと同時に駆け出したが、慣れないヒールのせいで上手く走れない。どうしよう、こんな靴履いてくるんじゃなかった──後悔しようが、時は既に遅く、石畳のわずかな段差に足を取られて前につんのめる。バニラアイスが床に広がり、クランベリーソースが壁に飛び散った。
「嘘をつくな。ちょっと付き合えよ」
顔を上げると、血走った目がこちらを見つめていた。荒い鼻息が耳にかかり、背筋が凍りつく。もう逃げるのは無理だ。でも、どうにかしなきゃ──その時、曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。
「こんばんは!ムーディ先生、良い月夜ですね」
フリントはその声を聞いて、見るからに青ざめた。トロールのような彼も、白イタチになるのは頂けないのだろうか?彼は取り巻きに目配せをすると反対側へ走り去り、ラインはその場に放心状態で取り残された。
「大丈夫かい?あいつら、最低だ」
駆け寄って来たロンが、蒼白な顔でこちらを見つめている。
「あと、それ仕舞ってくれる?」
彼はおずおずとラインの右手を指差して、そう付け足した。ラインはハッとして頷き、杖をドレスに仕舞い込んだ。いつのまに取り出していたんだっけ……
「君の声が聞こえて、僕とっさにムーディの名前を呼んだんだ──いいセンスだろ?」
「本当に冴えてたわ、お陰で助かった……ありがとう」
そう言うと、ロンはわずかに微笑んだ。彼の手を借りて立ち上がると、酷使された足首がガクガクと震えた。今日はせっかく幸せな気分だったのに……ラインは溜め息をついて、大広間へ向けて歩き出した。
「君って、本当にハリーと似てる。いつも面倒事に巻き込まれるところとか」
しばらくすると、ロンがぽつりぽつりと話し始めた。
「そうね。でも良い友人に恵まれるところも似たみたい」
「僕、全然いい奴じゃないよ。今日も色んな人を傷付けた」
「でも、それを後悔してるでしょ?」
そう言うと、ロンはしばらく何かを考えるように黙り込んだ。
「僕──これからパドマに謝ってくる」
「ふふ、そうすると思ってた」
ラインは友人に向けて微笑んだ。大広間に戻ると、一目散にこちらへ駆け寄って来るジョージの姿が見えた。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「僕、ジョージの義務を肩替わりしてあげた。これから自分の義務を果たしてくる」
ロンはそれだけ言うと、覚悟を決めたように人混みへと消えて行った。
「さっきより顔色が悪いな」
ジョージはラインの顔を覗き込むと、自分のローブを脱いで肩にかけてくれた。
「それと、本当に──今更なんだけど」
まだ言ってなかったよな──彼は絞り出すようにそう続けると、何度かパチパチと目を瞬かせた。
「今日の君──すごく綺麗だ」
その瞬間、全てが報われたように感じた。ガクガクの足も、お腹の音も、フリントさえ、もうどうだって良い。彼さえ綺麗だと思ってくれているなら、ピグミーパフだって構わない。