リドルさんのお母様になりたい!
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私は寮生がどれだけ勉強会に参加するか考えていた。テストも遠いことだし、恐らく10人前後だろう。
リドルさんはじめ寮生に振る舞う予定のストロベリーの茶葉に軽く魔法をかける。万が一を考えて、振る舞う直前に。
これを飲んだ人が、どうかストレスのない時間を過ごせますようにと。──ただし、リドルさんの顔を思い浮かべながら。
それだけで、きっとリドルさんにだけ数倍の効力が出る、素敵な紅茶ができあがる筈で。
疾しいことだと思われたくない故に、わざと隠蔽の魔法はかけない。茶葉に魔力探知魔法をかければ私が魔法をかけたことがわかるだろうが、わかったところで別に隠していたわけではない、善意だ、次回も勉強会に参加して貰いたいからだ、と言ってしまえば、効力の低さ、副作用と悪意のなさの観点から、悪巧みをしていると考える方が難しいだろう。むしろ次回もお願いされる、まで考えられる。
私の魔力を摂取していればしているほど、当然違和感には気付きにくくなる。ただでさえ悪意や強制力のある魔法ではないから自然には気付きにくいところ、内側から私の魔力に慣れさせてしまえば、その人間の魔力探知には引っ掛からなくなる。自分の魔力探知に自分が引っ掛からないのと同じ原理だ。
そうして長い時間を掛けて、リドルさんに〝なぜかフランと一緒に居る時は安心する〟という刷り込みを作ってやる。
使用する私のユニーク魔法は少し自由度が高いものの、低位の原始的な回復魔法と変わらないジャンルだ。もしも気付かれたとしても誤魔化せば問題ない。──寮生にも振る舞っていたとなれば尚更──魔力濃度の濃さの違いは〝リドルさんは毎日勉強会に参加していたからだ〟と誤魔化せるし。
(……不備は、ないよね)
おまけに悪意もない。
ただ少し、お友達になるスピードを早めるだけだ。
「まさかリドルがフランと仲が良いなんてな」
「……」
「ふふ、最近仲良くなりましたので」
「なあリドル、どうしてフランと仲が良いことを俺に言わなかったんだ?……いや、勿論責めてる訳じゃないさ。結構お前、その日あったことを俺に言うだろ?だから……」
「トレイ、ここは勉強会だよ。お喋りがしたいなら別の場所へ行ってくれるかな」
「はいはい、仰せの通りに」
トレイさんを嗜めながら、しかし私をトレイさんとの話題に出さなかった理由がはっきりしているが故に、少々顔を赤くしてしまっているリドルさん。
この男がこの変化を見逃す筈がない。トレイさんの視線は私に注がれていた。
やはりなんというか──苦手だ。
「フラン……キミは凄いね。テスト前でも強制でもないのに、こんなに寮生が集まるなんて思わなかったよ」
「リドルさんが最近寮生にお優しいからですよ。ねえ、皆!」
私が予想より多い20数名の寮生たちへ会話を振ると、頷きと小声による同意で、静かに、しかししっかりと肯定が返ってくる。
それに少しだけ瞳孔を見開くリドルさんは、頬をりんごのように染めていて。
「はは、リドル。良かったじゃないか」
関係性を誇示するかのように口を挟んでくるトレイさんに思わずぎぃっとそちらに視線をやると、即座にトレイさんにばちりと視線を合わされて微笑まれるものだから、そっと肩を竦め微笑み返しておく。
リドルさんを助ける機会があったにも関わらず助けない選択をした癖に、どのツラを下げてリドルさんの隣に立って相棒気取りをしているのだろう、と、思うけれど。
味方になり得ない相手だとしても、敵には回さないのが賢明だ。
ねえ。私があなたの幼馴染だったら、きっともっと良い結果になってましたよ、リドルさん。
「じゃあ、俺は茶を淹れて退散するよ。お前ら、リドルに迷惑掛けるなよ」
「はい」「はい、トレイ先輩!」「はーい」
トレイさんの言葉に一斉に承諾を返す寮生たちのことを意識から消し、全力で目の前のテキストの問題に集中する。
「勉強会だからな、糖分が入り用だろう。本当は菓子でも用意してやりたかったんだが……何せ今日の今日だからな。リドルは、紅茶に砂糖は入れるか?」
「うん、頼むよ」
「お前らは砂糖を入れたければ自分で入れろよ」
再度口々に同意する寮生たち。
トレイさんが茶葉に適温の湯を注ぐのを意識の外に追いやる。気付かれる筈はないし、気にする必要もない。
「……良い香りだ」
トレイさんが淹れながら独り言ちるのがなんだかやけに耳についた。
「ほら、フラン」
「ああ、ありがとうございます」
「じゃあ、俺は薔薇の剪定でもやってるよ」
寮生全員に紅茶を配り、笑顔で去っていったトレイさんの後ろ姿を見て、何故か今更のようにどっと疲れが出た。
「……美味しい」
リドルさんが一口紅茶を飲んでそう言うのを聞いて、私はやっとほんとうの笑顔を浮かべられた気がした。
私も一口紅茶を口に運んで、
……吐き出すのを堪える。
(苦……)
紅茶を口に含んだ分と同じ量の唾液が出ている気がするレベルで苦い。
しかし他の寮生を見遣っても、違和感を訴える様子はない。
すぐさま机の下でマジカルペンを振りこの場で魔法を使用した痕跡を確認する。──驚くべきことに、魔法の残り香は、この場には無い。私は来る途中に茶葉に魔法を掛けた。
と言うことは、私の魔法はまだ効力を持ったまま、寮生はじめリドルさんへ摂取されている。
この苦さは
そう言えば私に紅茶を渡されたのは最後だったな、と思い返し、ようやく理解した。私に出す紅茶をだけ、二回茶葉に湯をくぐらせるか茶葉を増量するかをして、単純に苦く抽出しただけだ。私はリドルさんに出される紅茶に注目していたから気付かなかったのだ。
これは──どうやら、私の態度に気付いておちょくられたらしい。恥ずかしくって、目をぎゅうと瞑りながら一息に飲み干してしまう。苦!
けれど──リドルさんは、私の魔力の入った紅茶を美味しそうに飲んでいて。
トレイさんがそれに関しては邪魔をしなかったことを考えると、なんというか。〝オレには手を出すなよ〟と言っているだけで、好意的に解釈すれば、リドルさんへの手出しは許されたような気がしないでもなくから。
彼の頬をななめうしろから見て、丸くてかわいい、なんて考えるのを──あわよくば、その頬にそっと触れるのを。
彼の立場からは許してもらえたと考えていいのかな、なんて。少しだけ妄想した。
「ねえ、リドルさん」
「ん?何だい」
勉強会は自由参加自由解散な為、最後に二人だけが残った。
夕焼けに染まる薔薇の庭園は、思わず言葉を失いぼうっと眺めてしまうほどに美しい。
そんな中資料を整えているリドルさんの声と表情は心なしか優しくて、上機嫌なのが感じ取れる。
「ハグ、しませんか」
腕を開いて言う。
リドルさんはこちらを向いて、目元に紅を散らして目を逸らして、溜め息を吐いた。
「……こんな場所で」
「リドルさんの部屋か、私の部屋に移動しますか?」
その方が大仰ですし、恥ずかしそうですけど。
なんて付け足すと、それはそうだと考えたのかリドルさんは再度目を逸らす。
沈黙が薔薇の庭園を流れる。
私は溜め息に笑いを混ぜて。
「……すみません、困らせました」
「え……?」
「夕焼けって、ちょっと寂しくなりますよね。それだけなので、大丈夫です」
手を膝の上に戻すと、その手の方にリドルさんは視線をやる。
その顔が少しだけ期待を裏切られたような顔で──寂しそうに見えたから、きゅんとしてしまうけれど。でも、はっきりさせなければいけないことがあった。
わざと寂しげに目を逸らして微笑む。
「今日は、ありがとうございます。とっても楽しかった」
「……うん」
「ご迷惑をお掛けしましたか?強引かなと、思っていて」
「……いや、大丈夫だけれど」
「……すみません」
鞄を持った。けれど、立ち上がると彼より私の方が身長が大きいから、きっと威圧的に感じるだろうと、椅子に座って、膝に手を置いたまま。
肩を竦める。
「……断れなかったのですよね、私が、あなたの弱みを持っている、という形になっているから」
「……い、いや……」
そもそもわざわざ断る理由がなかったのもそうだろうけれど、ある程度は図星なのだろう。リドルさんは居心地が悪そうに居住まいを正す。
「すみません、本当に」
「……」
「ごめんなさい」
きっちりと、一度頭を下げる。リドルさんは目を見開いて、唇を軽く食む。
「……違うよ、ボクは、そんな」
優しいリドルさんに、こんなことを言うのは、憚られたけれど。でも。
「NRC、辞めようかなと、少し考えていて」
「……え?」
リドルさんは目を見開いて──そのきれいな目を見開いて、どうして、と。キミには夢があるのに──と流暢に問いかけてくる。
だから。
「──NRC卒、と言う肩書きが魔法医術士になるに有利なのは百も承知なのですが、男子校を卒業したというのを一生背負っていかないといけないとなると、そもそも生きていけるかが、不安で」
「……!」
ほんとうのことをいった。
困っている様子の演技は真に迫らなければ同情を買えないから、自分の心を揺らすために、わざと本当のことを話したつもりだったのに。それがわかっていれば、揺れないと思ったのに。
本当にぐらぐら、ゆらゆら心が揺れてしまっている感覚がする。
悲しくなってしまって、目を閉じて両手で顔を覆う。
「選択を押し付けるようですが、あなたが私の存在を疎むなら、私はいつでもあなたの前から消えます」
「……」
「お母様と呼んでいただけた時、私の今までの人生が、頑張りが、ぜんぶ報われたような気がしたんです。だって、実は昔からそれ以外、なんにも望んでいなかったんです。だからあなたにそれを……あなたに救われたと、言いたくって。あなたのことを考えていなかった」
「……」
「気持ちが悪かったですよね。どう考えても」
「いや……」
「どう考えても」
ただ置くように冷たく事実を言うと、彼の肩が揺れた。
私が本気で、心からそう思っているからこそ出た声音だったからだ。
「ただ謝るだけのつもりだったのに、自分勝手に悲しくなってあなたの前で泣いて、本当に醜い」
「……」
「……ねえ、リドルさん」
「……なんだい」
「今、私、処刑台の上に首を置いているつもりなんです」
リドルさんが、ひゅ、と、息を呑んだ。私は胸に手を当てて、にこやかに。
「一言言うだけで、あなたは私を消せる」
「やめろ」
「あなたのたった一言で、私はきっと全てに諦めをつけることができる」
「やめ」
「どうぞ、
「それ以上の侮辱は許されないぞ、フラン・フォエニコプテルス」
彼は立ち上がって、ただでさえ大きな瞳を見開いて言う。
ああ、その声は本当に美しい怒りを孕んでいて、まるで透き通るように響いて私の心に入り、私は絶望した。
「ふざけるな、ふざけるなよ、ボクの前でそんなことが許されてたまるか。
キミは今の言葉を撤回するべきだ、ミス・フラン」
「……私は、もう人生を諦められたのに」
「……」
「あなたがお母様と一言呼んでくれたから、もうそれで私の人生の給料の支払いは済んでいたのです。だから、もう、終わりで良かったのに」
「……早すぎるよ」
「だって、今までだって嫌と言うほど、これから先だってどんな目に遭うかなんて、分かりきっているではないですか。それなのに、あなたが輝いているせいで、世界に絶望させてもらえなかった」
「……」
「責任をとってほしいくらいですよ」
薔薇は輝いている。いいえ、私にはこの世界に絶望する自由すらなかった。
──お友達に、なっていただけませんか
──……いいよ