リドルさんのお母様になりたい!
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深夜、私はフラミンゴに姿を変えて彼の部屋の窓を突いた。
こんこんこんこん。ノックの音に、少し時間が経ってから、リドルさんは虚な瞳で、赤い頬で、身体を少し庇う様子を見せながら窓を開けてくれた。
彼は微笑む。
「いつまたお母様が来るかわからないよ。その姿だと、大怪我させられてしまうかも」
「リドルさん、私がポムフィオーレに適性があった理由、ご存知ですか」
リドルさんは虚な瞳のままふるふると首を振る。
「愛の為に必要な毒なれば」
「……」
虚な瞳が、疲れた瞳が、脱力したそうな身体が、それでも立って、一羽のフラミンゴを映している。
「私のユニーク魔法は、私の愛の感情を紅い液体にして出す魔法です」
「……」
「あなたを愛している」
「……」
「あなたが決めてください」
私はずっと黙って立って溜めていた。ずっとずっとずっと黙って聞いて溜めていた。あなたの為の愛情を。本当は家の中へドアを蹴破って入ってやってあんな奴首を締めてやれたあんな女私がどうにでもしてやれた心の底からしてやりたかった。
でも私は我慢した。我慢して、それを溜めていた。喉が焼けるようだった。リドルさんを愛していたからだ。
「差し上げます。白い薔薇を、私の愛で、紅く塗りました」
羽根の付け根に刺していた薔薇を一輪、差し出した。
深く深く深く深く赤い赤い赤い赤い、薔薇を。
「あなたが決めるんです」
「……」
「薔薇の砂糖漬けなんて、喜ばない人の居ないくらい素敵なプレゼント。お母様もきっと、お喜ばれになります」
「……」
「これは食用薔薇です。私の愛が塗ってあるので、愛に飢えていたリドルさんが食べてしまったとしても、それは仕方がない。きっと美味しいです。とっても楽になれる味だと思います」
「……」
「ああ、あなたがそれをご所望なら、一緒に薔薇を啄むのも素敵ですね。私もちょうど、疲れ切って、味が気になっていたところで。むしろ、あなたが食べる選択をするなら、その前に私に味見をさせて欲しいくらいです。あなたがそれを望まぬなら、やりませんが」
「……」
「あなたが決めるんです」
「……」
「あなたが」
「……」
「どうか、どうか、どうか、ご自身が一番幸せになれる道を選んでください」
「……」
「お話を聞いてくれてありがとうございました。お疲れ様です、リドルさん」
「……キミは」
「……はい」
リドルさんは本当に疲れた顔をしていた。しかし、それでも再度笑みを浮かべて。
「キミの幸せになれる道は、なんだい」
そんなの、決まっていた。
フラミンゴの姿になっていたから、表情が読まれ辛くて助かる。──いや、そう思ったけれど、どうせ彼には筒抜けだ。
「……あ、あそびましょう。リドルさんと、いっぱいいっぱい遊びたい。美味しいご飯食べていっぱい寝て、あと映画観て、大人になったらお酒とか飲んで、海とかお花畑とか行って、ぶどう狩りとかいちご狩りとか、あとついでにもみじ狩りもしましょう。ハグとキスなんか、嫌になるまでやりましょう。それで、……それで、私たち、誰かを助ける才能があるから」
「……」
「苦しんでいる誰かの助けになりましょう。悲しんでいる誰かの助けになりましょう。その為の勉強もしましょう。2人でやりましょう。勉強するときの紅茶は、交互に淹れましょう」
「……」
「傷を負った誰かの傷を癒やして、患った誰かの病を取り除いて、……ああ、それでも時には何もしてやれない時があるでしょう。そんな方の、せめて手を握って、温めて差し上げましょう。ハグでもいい」
「……」
「……」
やわらかな沈黙が、辺りを包んでいた。
「勿論、私1人ではできません。けれど、あなたが決めてください」
「……」
「私の幸福を考えて自分で選択をしなかったら、私は一生あなたを恨みます。軽蔑もします」
「……それは、嫌だな」
「あなたは、自由です。どこまでも自由です。私も自由です。あなたも私も、真面目で、優しくて、頑張り屋で、優秀ですよね?だからきっと、2人で出来ないことなんて、この世にはありませんよ」
「……」
「あなたの未来を決める権限が、今あなたにはある」
リドルさんは眉を下げた。
「携帯を取り上げられてしまったから、暫く連絡できそうもない」
「時々来ます。用がある時はカーテンを開けておいてください」
「うん」
ありがとうとリドルさんは言った。私はそんなことを言われる覚えがなかったので首を振った。リドルさんは薔薇を大切そうに持って、最後に私に微笑みを残して、自室のカーテンを閉めた。
このまま消えてしまいたかった。
私は1人だ。
私はフラミンゴの姿で家の近くまで長い距離を飛び、家の前で変身を解き収納魔法から荷物を出した。
一呼吸吐き、明るい声と表情を心掛け、扉を開ける。
「ただいま、エイダン」
「ああフラン、おかえり。きみの手料理が恋しかったよ」
「あら、じゃあご期待に答えて、今から作ってあげるわね。でもその前に、見てほしい物があるの」
「なんだい?」
私はお父さんに、性別転換薬の瓶を見せる。
善意だった。
「……私の女性の姿が、どれくらいお母さん……フラマに似ているか、教えて欲しいの」
「あ、あ……ああ……ああ!」
お父さんは、衝撃を受けた後に笑みを浮かべる。頬は紅潮している。愛する人のかけらに触れるかもしれないと、期待しているのだろう。
私が荷物を置いてソファに座り、瓶の蓋を歯で開けてそれを一息にごくりと飲み込むと、ぼん!といつものように音がして。
私はお父さんの方へと視線を向ける。
「身長はあまり変わらないんだけど……胸があって、身体付きも結構違うから……」
お父さんは私の顔を覗き込む。
「す……凄い、フラマ、フラマに生き写しだ」
変身薬を飲む前と飲んだ後では、当然顔も少し変わる。その小さな変化が、お父さんにとってはあまりにも重い意味を持ったみたいだった。
キスをされる。抱き締められる。
「フラマ……フラマが帰ってきたみたいだ」
「よかったね、エイダン」
「ありがとう……ありがとう……ねえ、……あれが欲しい、だめかな」
父の求めているものはすぐにわかった。苦笑して、キスをして、愛を口移ししてやる。この人に対してそんなにそれをしてやる気分じゃなかったから、勢いよくブロットが溜まったのがわかった。ごくごくと私のそれを飲み下す父も、昔は愛おしく可愛らしく思えていたのに、いつからか醒めた目で見るようになってしまった。
「はあ……愛しているよ、愛している」
お父さんは私をハグして、頬を肩に擦り付ける。彼は泣いていた。胸がぐっと押し込められる様な気持ちになり、私は彼の頭を撫でてやった。
「エイダン、寂しかったわね」
「寂しかった……寂しかったさ……!」
「かわいそうに」
私が撫でてやっていると、彼は荒い息のまま、私のワンピースの裾から手を入れ、下着を脱がそうとする。
何をしているのだろう。と、一瞬意味がわからなかった。
一生分からなくて良かったのに、私はそれの意図に気付いてしまった。
そう、なるのか。と、思った。
「フラマ……フラマ、寂しかった!フラマ……愛しているよ、フラマ」
彼の必死な声に、一瞬頭が真っ白になる。真っ白になった後、まあいいか、と思ってしまい、私は彼に身を預けた。
もう、なんでも、どうでもいい気分だ。けらけら笑い出したいくらいだ。
どうせ血も繋がっていないのだから、どうだっていい。どうだって。
新年のホリデーが終わっても、リドルさんはNRCに来なかった。
理事長が家に連絡したらしいが要を得なかったそうで、一時的にトレイ先輩が寮長となり、私が副寮長となった。
トレイさんもケイトくんも私の顔色を伺いながら、しかししっかりと寮を回していた。
私は名ばかりで、何もできていない。
エースくんがニヤニヤしながら決闘を申し込んで来たのを、気が立っていた私は受け入れた。
彼でストレス解消をしたのを後からすごく反省し、ごめんねごめんねと謝罪をし治癒魔法をかけチェリーパイを買ってきて渡したが、エースくんの不貞腐れた様子は今日までずっと続いている。もしかしたら愛想を尽かされたかもしれない。
そして私には、ある習慣ができた。
「……行ってきます」
「ああ」「うん」
トレイ先輩とケイト先輩に見守られながら、鏡を通り抜けフラミンゴの姿になりリドルさんの家へと飛び立つ。身体強化を掛ければ1時間と少しで行って帰って来れるが、家の中の様子を探る為に耳や目を凝らしてしまうので、結局往復で3時間前後くらいにはなる。
流石にフラミンゴは目立つので、最低限隠蔽魔法を掛けながらではないといけないのが辛い。やはりブロットに限界が来て、帰って来るころには吐き気がする。
「毎日行かなくても良いんじゃん?これまでカーテン一回も開いてたこと無いんでしょ?」
「いや、でも……彼の選択を尊重してこっちから接触しない分、あっちから接触したい時にはすぐに応えてあげないと」
私は彼を待っていた。彼の選択を、一番早く知りたかった。それがどんな結果であっても、私は、私だけは受け入れてあげるのだから。
しかし、何の音沙汰も無いまま春のホリデーがやって来て。
私はアズールさんに以前の貸しの支払いに性別転換薬をくださいとお願いして、呆れた顔をされながら何本かそれを貰って。
実家に帰った。
誰からも腫れ物に触る様な扱いをされる学校に居るよりは、実家の方が楽だった。いや、実際腫れ物なのだろうが。
それに、ただ心配しているだけよりは、自分もリドルさんと同じ苦しみを味わっていると信じていた方が、少しだけ心の慰めになるのだ。
家の前で性別転換薬を飲み、扉を開ける。
「ただいま、エイダン」
「ああ、フラマ、きみが帰って来るのが待ち遠しかったよ!学校の勉強はどうだい?」
「退屈よ。どうして人間ってやつは、椅子に座って同じ服を着ないと勉強ができないと思っているのかしら?パジャマ姿で寝転んだって、勉強はできるのに」
「ああ、ああ、フラマ。きみの自由さを人間の枠に閉じ込めているのは僕にとってもすごく苦しいことなんだ。でも、きみは魔法医術士になるのだから、わかっておくれ」
「わかっているわよ。ただ、人間のおかしな習性が不思議なだけ」
聞き齧った母親の性格のピースを掻き集めて、必死にそれを模す。満足げな、陶酔する様な父親を見てこれは正解なのだと安心する。
所作だって、視線のやり方だって、想像して、考えて。
父はいよいよ私を母親の名前でしか呼ばなくなった。私は、私は、それで良いのかどうかわからなかった。ただ、自然に、今までずっと全力で母親を模して父と生活をしていたものだから、その癖が抜けなくて、ただの惰性でやってしまっているだけだった。
性別転換薬まで使って、母のふりをしながら父に抱かれて。
それが嫌なのかどうかすら、自分では判断出来なかった。ただ、父の満足気な顔を見て、これで良いのだ、と感じた。子どもって、そういうものだ。
ただ。
「フラマ、お風呂の準備をしておいたから入れるよ」
「食事はトマトのパスタで良いかい?好きだっただろう、フラマ」
私と2人だったら私にやらせていた家事を父が率先してやるようになったのだけは、苦しかった。
苦しくて、ああまだ私は私だ、と認識できて、少しだけ安心した。