リドルさんのお母様になりたい!
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「リドルさんリドルさん」
「なんだい?」
「私、Eカップでした」
「……っ〜〜、……破廉恥だよ……」
「あはは、リドルさん、やっと注意しましたね。私が嬉しくてはしゃいでるの見て、注意したら可哀想で注意できないリドルさん、とっても優しくて可愛かった」
「……もう。行くよ」
すぐブラジャーを付けて来たいので最初に下着屋さんに行かせてくださいと言うと、私服もとってもかっこよくてかわいいリドルさんは「わかった。外で待っているね」と言った。私が「一緒に選ばないんですか?」と言うと、彼は少し考えた後に、「少し早いかな」と言った。照れている顔ではなかったので、本気で自分には少し早いと思ったのだろう。笑いそうになったが、私はわかりましたと言って、サイズを測って貰って、とりあえず無難なデザインのものを三つ買った。
「思ったよりはやかったね」
「別に誰に見せる訳でもないですし」
「……確かにそうか」
「でも嬉しいな、本当に嬉しい。水着……もう時期じゃないですよね。はやくリドルさんに私のプロポーションを見せたい」
「……ふ、……服の上からでも、スタイルが良いのは、わかるよ……」
「えへへ、リドルさん、だぁいすき」
リドルさんの手をとり、手を繋ぐ。リドルさんは唇を少しだけ尖らせ、ほんの少しだけ頬を染めた。
「キミがお店に居る間になんとなく品揃えを見ていたのだけれど……あそこら辺が品のいい婦人服だ」
「ありがとうございます。見に行きましょう。リドルさんのお洋服も見てあげたいな」
「はは、良いけれど……それは次回の楽しみにしておくのも良いかもしれないね」
リドルさんが素敵なことを言うのでぎゅううと抱き締めたくなる。けれど手を握り直すだけで我慢した。
「そう言えばリドルさん、マドルどこで稼いでるんですか?」
「ん?……学園長や生徒から時々頼み事を受けて、それの謝礼の形式の一つとして貰っているかな」
「おお、流石……私はオンラインで動物言語……もちろん主に鳥類です……の翻訳をやっています。意外とペットが何言っているかを知りたいという依頼が多くて、本当のことを言ってあげるか困る時があるんですよ」
「あはは、はは」
「中には口の悪い鳥さんもいらっしゃいましてね、愛嬌たっぷりの動きと瞳をしながら、裏腹にとんでもないことを言っていたりして」
「はははは、面白いね」
「リドルさんは最近は学園長に何を頼まれたんですか?」
「ん?最近はそうだね……彼の私用の魔法鍋の修繕とか」
「……お金払ってるから良いですけど……」
「でもそれなりに勉強になったよ。解析してみると何重にも魔法が掛かっていた。薬草を炒って煎じる専用の鍋だったらしく、本来は薬草を投じるだけで風魔法と炎魔法と水魔法がバランスよく発動してくれる作りになっていて……しかし魔法の序列が崩れてしまったらしくて、炎魔法が強すぎて鍋の中に入れた薬草が燃え尽きてそこに風魔法が入って吹き飛ばして後に水が入る……というとんでもない故障の仕方をしていてね」
「なるほど……すごい面白い故障の仕方ですね。故障した鍋が薬草を入れたら突然焼き尽くしてカラカラのそれを吹き飛ばして……その後に何か謝罪でもするようにチョロチョロ水をくれるところ見たら、流石に笑いを抑えられないです」
「はは、ははは……故障した鍋がごめんねって水を……そう考えると笑えるな、ははは……!」
リドルさんと私は談笑をしながら服を物色する。サイズあるかしら、と少し心配していたが、普通にあってよかった。
「これなんてキミに似合いそうだ」
リドルさんは服のセンスが良くって、リドルさんが取り上げた服は全部すごく可愛くてお洒落で、迷いに迷った。下着も買ったし、身長があまり変わらなかったおかげで元々持っていた服を使えるし、一着だけと決めているのに。
「ボクにプレゼントさせておくれ」
「……いいんですか?」
「それをしたくて今日ここに来たのさ」
リドルさんは本当に格好いい。しかし格好いい仕草の全てが同時に可愛くて愛おしくて、苦しいくらいだ。
暫くお店を物色した後、リドルさんがかわいい切り替えワンピースを「これにする」というものだから、私はそれに合うアウターとパステルブルーのスニーカーを買った。
泣いてしまいたいくらい大満足だった。彼にそれらのワンピースを持って貰って2人で坂を登っている最中も、口のむにむにが止まらない。
「リドルさん、また今度の休日も麓に来ましょうね。今度、リドルさんの選んでくれたこれを着て来ます」
「うん、いいよ。すごく楽しみだな……そういえばマジフト大会が近いけれど、……キミはどうする?飛行術も得意だっただろう」
「うーん、更衣室を何回も使いたくないので、欠員が出ない限りは……」
「去年は確か……先輩に譲ったんだったか」
「はい。去年もやはり、更衣室を使う回数を減らしたくて」
「……まあ、大体メンバーは決まっているし、大丈夫だろう」
私の部屋の前でそっと彼と触れるだけのキスをして。
……100点満点中、120点のデートをしてしまった。
買ってもらったワンピースをハンガーに掛けてひとしきり眺めてにまにましてから、ラウンジに行く為にメイクを整え直していると、こんこんこんこん、とノックをされた。
「はい」
「フラン、リドルだ。……アズールの所へ行く前に、少しお願いがあって」
「……」
私は扉を開けリドルさんを招き入れる。
要件がわかっている分、あまり気は乗らなかった。
「……昨日のことですよね」
「うん。ちゃんと、……言わせて欲しい。……これは、ボクが心から望んでいることなんだ。どうかさせて欲しい」
「……本当に、……本当に嫌ですけど、……あなたの為に、それを呑み込んで差し上げましょう」
「ありがとう」
リドルさんは花が咲くように顔を綻ばせる。かわいい。
「……もう二度と戻るつもりはないので」
「うん。わかっているよ。ありがとう」
「では薬の効果が切れるまで……お茶でもしていましょうか」
「うん。あ……キミのユニーク魔法も、……もう終わりじゃないか」
「そうですね。飲みたいですか?」
「……うん。紅茶にも入れてほしいし、キスもしてほしい」
「ふふ、よくばり」
そんなかわいいことを言うなら、もう要らない!って叫ぶまであげますからねとリドルさんのご所望通りに、淹れた紅茶に魔法をじっくり掛け、おまけにリドルさんから貰った薔薇の砂糖漬けも一つ入れてリドルさんに渡した。赤くて赤くて紅い。
自分も中で薔薇の咲く紅茶を飲んでほうっと息を吐き、あたたかい紅茶の湯気で頬を染めているリドルさんにキスをした。すぐに離しもう一度口付け、少量ずつ流し込んでやると、リドルさんの目がきもちよさそうにとろとろしてくる。
「……すき」
うわごとのように呟かれたリドルさんの言葉があんまりにも私の心に直接響いたものだから、私はリドルさんの舌や唇をふにふにと甘噛みして尚も口付けた。リドルさんもぐっぐっと頭を押し付けてくるのがかわいい。
「……そろそろ、ですね」
「……うん」
私たちは手を握り合って、少しだけ笑って、その時を待っていた。
まだかな、と紅茶を口に含もうとした時にぼん!となったので、驚いてしまった。あまり身長が変わっていないお陰で紅茶を溢さずに済んだけれど。
……胸囲が増えたせいで突然ブラジャーが苦しくなって存在を主張して来て、最悪だ。
両手を後ろに回してブラジャーのホックを外すと、リドルさんが少しだけ緊張した面持ちでこちらを見ている。
リドルさんは私の顔へ手を伸ばし、頬を撫でた。
「……最初はあまり変わらないと思ったけれど、こう見ると、結構違うね」
「……あまり見ないでください」
「ううん、どっちもとても好きだよ。それに、ボクが最初に好きになったのはこちらだ。キミにとっては偽りの、恥ずべき姿だったかもしれないけれど、ボクにとってはキミをはじめて見た時のキミの姿だったのだから、愛さずには居られないよ」
「……あなた、両性愛者だったりして」
「何を根拠にそんなことを。キミを女性ではないと思ったことなんて、一回も無いんだ、本当に。キミはずっとボクにとって可愛いレディーだったんだ」
「……」
反応に困るが、リドルさんはにこにこしている。
「ね、フラン。今日一緒に出掛けて、わかっただろう?ボクはずっとキミのことを女の子だと思ってたんだよ」
「……」
確かに、考えてみればそうだった。彼は、本当にいつもの彼だった。あんまりにも自然で、自分が女性の身体になれていることを忘れたくらいだった。
そんな。
どうして、そんなことができるんだろう。
「……今だってそうさ」
リドルさんは私の額と唇にキスをしてくれる。涙が出そうだった。
「……外見より中身、と」
「うん。勿論だよ」
「そこまで徹底して出来るの、すごいです」
「徹底なんてしてないよ。キミが本当に可愛いから、自然にそうなったんだ」
「……」
「ねえフラン、だから、これからもしも変身薬が事故で解けたことがあったとしても、キミはキミを怖がらないで」
「!」
そういうことだったのか、と思う。
例えば不良品を渡されて効果が短かったりだとか、いろいろな理由で突然変身が解けることは考えられる。その時に私が怖がらないように、嫌がる私を押し切ってまでこの時間をとったのか、と。
なんて、なんて愛に溢れた人だろうか。
「どれだけキミがその姿のキミを認められなくたって、ボクにとってはどちらもかわいいキミなんだよ。だから、ボクのことを好いてくれているなら、その分で前より少しだけ、その姿のことを怖がらないで欲しいんだ」
「……」
「大丈夫だからね」
ありがとうございます、と捨て置いて、私は閉店直前のラウンジへと向かった。
彼は送ってくれようとしたが、私がいいと言うと、わかったと言って帰ってくれた。
何回試してみても、私のあのユニーク魔法はいっそ面白いくらいに使えなかった。
ユニーク魔法を新しく作るか、今出来る中からユニーク魔法と呼べるものを探してしまうか迷う。二年にもなってユニーク魔法が無いなんて、と嘆いていた友人を大変だなあとまるで他人事のように考えていたけれど。
「……あと使える人をあまり知らなくて私が使えるのだと、フラミンゴになるとか、そのレベルなのですけれど」
「……」「……」
「でもちゃんと実用性があるのがいいなあ……うーん……治癒魔法の勉強したいと思ってたし、そっちで少し捻ったのを出してみようかしら」
「……あの、フランちゃん」
「なんだろ」
「……やった?」
ケイトくんが伺うように問いかけて来るので、私はにんまりと笑い大きく頷いた。
「えっ……い、……違和感無っ!」
「身長があまり変わらなかったんだな……」
「でもねでもね、ここだけの話、胸、結構あるんですよ」
「……」「……」
「黙らないでくださいよ……すみません……」
私は居た堪れなくなって、レタスを口にいっぱい詰め込んだ。ごめんなさい。やっぱりちょっと自慢したいんです。
特に何か騒ぎになることも追求されることもなく授業が終わり、なんだ、と思った。この調子だと、卒業まで言わなければ気付かれないかもしれない。案外みんな他人のことなんて見ていないのだ。
「トレイさんが怪我……それに事件の可能性がある……」
「うん。ボク達で犯人探しをしているんだ。キミも協力してくれないかな」
そうリドルさんに誘われたのは、放課後、フラミンゴの先輩方と遊んでいる時だった。
「ボクはもう寮の方に戻るから、ボクの代わりに」
「良いですけど……」
「今からサバナクロー行くんだ!フランちゃん、ハーツラビュルとサバナクローに適性あったんでしょ?じゃあ意外と合ってるかも!」
「いえ、私はサバナクローじゃなくてポムフィオーレですよ。どうしてサバナクロー……?」
「あ!ごめんごめん。フランちゃんがフラミンゴの鳥人とのハーフだって知ってるから、ハーツ以外のどっかの寮にも適性あったって聞いて勝手にサバナだと思っちゃってた!……うんうん、フランちゃんめっちゃオシャレだし、ポムフィオーレでも違和感ナイナイ!」
「フラン先輩、ポムフィオーレにも適性あったんスか!カッケーっす!」
「カッケーかなぁ……」
デュースくんの言葉に首を捻り、リドルさんに手を振ってケイトくん達に同行し、サバナクローの方へ赴いた。
サバナクローに到着してすぐ、私は見覚えのある顔を見つけ会釈した。いつかの勉強会の時に責任を取った人だ。すると私に気付いた彼は動揺した様に肩を揺らすので、くすくすと笑う。すると彼は何か覚悟を決めたように私の方へ来て、私と一緒に歩きながら。
「ここはお前みたいな奴の来る場所じゃない、戻れ」
「あら、他のハーツラビュル生よりは適性があるかと自分では思うんですが……」
「悪いこと言わねぇから戻れってんだよ」
肩を掴まれる。私は思わずケイトくんの方へ視線をやった。
「んだぁコイツ……フラン先輩に気安く触ってんじゃねぇぞゴラァ!?」
「デュースくん、気持ちはすごい嬉しいし格好いいけど大丈夫待って」
「……うん、こっちはこっちでやっとくから、フランちゃんは寮の方リドルくんと監視しといて!」
「ぅはぁーい……」
「えぇ〜先輩帰っちゃうんスか?ちょっと話したいことあったのに」
「エースくん、フランちゃんと話すのはまたの機会に、ね」
「はぁーい」
「なんで私だけなんだぁ〜」
私は最後に小言を呟き、しかしケイトくんの判断に従う。この先輩からは悪意が感じられないから。
「でも、心配してくださったんですよね。ありがとうございます」
「……」
「先輩はマジフト大会、ご出場なされます?」
「……お前は」
「私はできれば参加したくないので、他の参加したい生徒に枠を譲りたいですね」
「……それが賢明だ」
なるほどサバナクローで何かが起こっているのだな、と察する。一連の事件もサバナクローが一枚噛んでいる──いやもしかしたら首謀がサバナクローなのだろう。
「また私が危ない場所に知らずに行ってたらよかったら教えてくださいね。ありがとうございます」
「……」
「でも皆……大丈夫かなぁ」
ハーツラビュルの門の前で肩を離されたので、ありがとうございますと言って寮に戻り、トレイ先輩の元へ赴いた。
「そうか……フランを行かせたら鳥から話を聞けると思ったのだけれど」
トレイさんの部屋に居たリドルさんが腕を組んで眉を顰める。
「でもこれは、絶対にサバナクロー関連ではあると思います。……トレイさんも災難でしたね、お疲れ様です」
「ああ、トレイはボ」「リドル!!!」
トレイさんが突然大声を出すのでびくっと2人して肩を震わせる。
「そ、そうだったね……ごめん、トレイ」
「え、な、何……」
「お前は知らない方がいいことだ」
「ああ、はい……なら聞かないでおきます」
私は頷いて、なんだか守られているなぁと。
私がことの全容を知ったのは、マジフト大会が終わってはや1週間が経過してからだった。
ずっと何か隠されている雰囲気があったけれど、マジフト大会も楽しくテレビで観ていたから特に心配もしていなかった。……裏でそんなことが起こっていたなんて。
「えっ……あの時のトレイさんの怪我って、リドルさんを庇って……」
「うーん、そうなんだよね。トレイくん、絶対フランには言うなー!って」
「だってお前、最初はリドルが狙われたって、……最初は俺が庇ったが、リドルにまだ危害が加わる可能性があるって知ったらどうしてた?」
「え……こ……、ろします……」
沈黙が流れる。
私も自分で何を言っているのかとびっくりした。
慌てて手のひらを前に出して振る。
「あ、いや、それくらい怒るってことで、本当に出来はしないです!」
「……最初にリドルを庇った時も、お前の顔がチラついたよ。ここでリドルに怪我させたらお前にどんな目に遭わされるかと」
「え……じゃあトレイくん、けーくんに色々口止めしてたのは、身体に慣れてないフランちゃんのことを心配してたとかじゃなくて……」
「どちらかと言うと、感情に慣れてないフランと、犯人を心配して、だな」
「……いやでも本当、知ってたら暴走してたと思います。本当にありがとうございます」
「本当、肝が冷えたぞ。……あ、これは全員に言ってるが、リドルに危害を加えようとした生徒の名前もフランに知らせるなよ」
「あ……その方がありがたいです。知ってて思わず攻撃しちゃったら怖いので」
「いやオレらの方が怖いけどね!?」
「冗談じゃなく、結構自分でもどうにもできないレベルまできてて、どうしようかなって」
私はストローでオレンジジュースを吸う。ストローをぱ、と口から離して。
「……リドルさんのお母様に会ったら、私何かしちゃわないかしら」
「……」「……」
「何かっていうか、何するかは自分なのでわかるんですが」
「……わかっちゃうんだ」「……」
2人は黙るけれど、私はそれが本当に、心の底から心配だった。
「リドルさんが悲しむようなことはしたくないんですけど」
「なんか……ねぇ、トレイくん」「登場人物全員のことが心配なの、おかしいだろ……」
私は苦笑するが、私にとっても全く笑いごとではないのだ。
「愛が重いっていうか深いっていうか……もうすぐ付き合って1ヶ月じゃん?おめでとー」
「……?誰と誰が?付き合って?」
「え……リドルくんとフランちゃんが……ヤバいトレイくんこれオレ嫌な予感する」「ああ、安心しろ。俺も嫌な予感がする」「何も安心できなくてワロ」
「……あの、ご心配なさっている通り、私は付き合っていると認識していませんが」
リドルさんが周囲にいないか目で確認してから小声で言う。
「……多分、リドルは、お前と自分が付き合ってると思ってるぞ」
「そうじゃないかと思ってました」
「思ってたんだ……」
「いや、女性の身体になってからも普通にキスしてるので……付き合っているとも思っていないのにそんなことができる人だと思っていないので」
「ああ、その憶測は正しいよ。──で?そこまで理解してて、お前が自分とリドルと付き合ってないと思う、俺たちにそれを言う──理由はなんだ?」
トレイさんはこちらの瞳を覗き込むようにして言う。
恋人になろうとわざわざ明言しなくたって恋人にはなれる。そんなことはわかっている。だから、私がリドルさんと恋人ではないと主張する理由はちゃんと存在する。
「あの人はお母様を捨てておられないのです」
その上で──と私は続ける。
「彼、私を、お母様に紹介できるのかしら。紹介した上で、私と付き合っていると言い続けられるのかしら」
2人の表情が強張る。
無理だろう。知っていた。だから、家族になれないなりにもお互いのために、せめて傷を舐め合うことは出来るからと、曖昧な関係のままキスだったりハグだったりをしているんだ。
「私は彼が私をお母様に紹介すると言ったら、全力で止めます」
「……いや、偉いよ、フランちゃん」
ケイトくんはしんみりした表情で言う。トレイさんは度し難いといった険しい表情だ。
「私は負けたんです」
「……」「……」
「そして彼はいつか、お母様の紹介したお嬢さんと恋人を経て結婚するのでしょう」
「……」「……」
「……でも、それでも、彼を少しでも、幸せにしてあげたい」
「……フランちゃんはそれでいいの」
ケイトくんは問い掛ける。当たり前だった。
「私は私の全力を以って彼を幸せにしたいだけです」
「……いやー、吹っ切れてんね」
「何か手伝えることがあったら言っていいからな。手伝ってやるかは、勿論別だが」
汗を浮かべながらそれでも笑みを保っているトレイさんのその言葉は、あんまりにも頼もしかった。
「フランさん、少しお話宜しいでしょうか」
「はい」
魔法史の授業の後、アズールさんに話し掛けられてこっくりと頷く。
「あなたのユニーク魔法の発動のファクターが感情だということはわかるのですが、……具体的に、なんの感情でしょうか」
「愛ですね」
「それは……どの様な時に感じるものなのですか」
難しい問いをされて首を捻るが、私はその質問を彼がする理由にすぐに思い至ってしまい、思わず苦笑した。
「……もしかして、使えないんですか?私のユニーク魔法」
「今のところは、ですよ。今のところは」
「うーん……愛を教えるなんて難しいことを言いますね。……契約の内容を今からでも変えて、私にユニーク魔法を返して要求した時いつでも私が出す、とかにした方が良いかもしれないですね」
「返して貰いたいだけでしょうあなた。そう上手くは行きませんよ」
「じゃあ頑張って愛を知ってください。あなたに相手が居るとはあまり思えませんが」
「ははは、ムカつく人だ」
笑いながら青筋を立てるアズールさんは可愛らしい。最近、この人はまともに扱うより少し変な扱いをした方が面白い反応をすることに気付いた。
「あなたにいただいている性別転換薬はなんの問題もなく運用中です。さすが、素晴らしい」
「当然です。……今もですか?」
「ええ、今もです」
「ほう……あまり外から変わった様には見えませんが、ご満足いただけたなら何よりです。こういうのは個人差がありますからね」
「そうですね」
頷いて、私のユニーク魔法を使えずとも契約を反故にして欲しいと言わない彼に少しだけ信頼感を覚える。──いや、絶対に使える様になってやると言う意地があるだけの気もするが。
「ああ、フランさん。そういえば、次回のテストの模擬問題……あなたには借りがあるので、無償で差し上げるのですが、要りませんか?」
「お……うーん、でも次回のテストそんなに難しくなさそうですし……またの機会に残しておきたいですかね」
「はい。ではこれはクラスメイトとしてのご忠告なのですが……次回のテスト、危ないですよ」
「危ない……?」
私が首を傾げていると、アズールさんは得意げに笑って教科書をまとめ、次の授業へ行ってしまった。
何をする気なのだろう、とは考えていたが、それを思い出したのは張り出されたテストの結果を見てからだった。
「フラン先輩、ずっと聞きたかったんスけど、寮長と付き合ってるんスか」
エースくんがそんなことを唐突に聞いてきたのは、勉強会が終わった後、私の部屋の前でのことだった。待っていたらしい。
「……中で話す?」
「その方がありがてーっスけど、寮長と浮気とかでゴタゴタするのは」
「大丈夫だと思うよ」
「なら良いすけど」
エースくんに紅茶を淹れてあげる。部屋の中にあたたかい紅茶の香りが広がるのが好きだ。
自分の分のカップで手を温めながら、どこから話したものかと困っていると、エースくんから口火を切ってくれた。
「あの、先輩が寮長と付き合ってないなら、オレ付き合いたいんスけど」
口火の切り方、もう少しなかったのかな。
「……リドルさんと?」
「そう言うボケ要らねーから」
私は大きく溜め息を吐く。情報を整理したい。
「……まずエースくんは、私が女性になってるって気付いたんだ」
「はい」
「私が女の子になったから付き合いたいの?」
「……正直言うと、そうっスけど」
だよなぁ、と思う。エースくんにとっては、他に選択肢がないだけだ。
「でも、先輩みたいな彼女欲しいなって思ってたのはずっとマジでした」
「……前にも言ってたね」
「あの、いつものふざけて言うやつじゃなくてこれはマジなんですけど、先輩めっちゃオレのタイプで」
「……」
「面倒見が良くて頭が良くて優しくて巨乳のお姉ちゃんとか、最高です」
「……なんか骨格のせいであんまり胸出ないなって思ってたんだけど、あるの見えてた?」
「制服とかでは全然出ないっスけど、やっぱ飛行術の時とか」
「あー……」
「で、寮長と付き合ってるんスか?」
私は肩を竦めて苦笑する。本当のことを言っていいものか。
「……うーん、一応付き合っては居るんだけど、破局することが確定してる……かな」
「え?なんか喧嘩とか?」
「いや、リドルさんのお母様……」
「ああ、なるほど、全部わかりましたぁ。……っははは、すっげえダセーな寮長、知ってたけど」
「まあ、それがいつになるかはわからないけどね」
「デュース、絶対先輩のこと好きなんスよ」
突然話の方向が変わって、私はエースくんの瞳に視線をがちっと止める。
エースくんは意地の悪い笑みを浮かべていた。
「デュース馬鹿だからまだ先輩が女んなったの気付いてなくって」
「……」
「だから、先輩のこと予約させて」
……本当に、悪い子だ。
「それで、寮長の座も狙ってるんだ?」
「お!よく気付きましたねぇフラン先輩。傷心のリドル寮長とだったら、フラン先輩味方につければ楽勝っしょ」
「2人で……いやその前に、別に私が寮長になりたがらないとは限らないけど?」
「寮長の座譲ってくれたら、オレ先輩と結婚します」
「……それが私にとっての利益になるとでも?」
流石に舐められすぎていてトサカに来る。そもそも別に私はエースくんのことを好きじゃない。まだデュースくんのことの方が好きなくらいだ。
しかし。
「先輩、幸せな家庭築きたくないっスか」
「……」
「オレ、良い父親になりますよ」
「……」
「先輩がマジで魔法医術士になりてーって言うんならそれの勉強の間オレフリーター兼専業主夫って感じで支えるし」
「……」
「あと先輩、浮気っつーか……恋人が他の女抱くのそんな気にしねーんでしょ?」
エースくんといつか「浮気する男ってなに考えてんだか」「でもしたいんだったら我慢しろって言うのもなんだかなあって思っちゃうな」と話をしたのを思い出す。
なに考えてんだかと言っていたけれど、そっち側な訳だ。
「気にしないというか……まあしたいなら仕方ないでしょ」
「マジ最高じゃん先輩。子供にだけバレないようにすれば自由っしょ?」
「うん、子供にはバレないようにしてくれたらまあ……好きにすればと思うかな。あと本命を変えても、専業主夫だったら専業主夫、稼ぎ手だったら稼ぎ手、育児だったら育児の仕事は果たしてって感じ」
「マジでサバサバしてて良いわー、先輩。あんま恋愛に振り回されなさそうで最高」
「……前述したことが全部本当なら、予約されてあげても良いけど」
「え!マジで!?」
エースくんは予想外だったかのように目を見開きこちらを見る。こんなに上手くいくとは思っていなかったのだろうか。
「でも、リドルさんとの決闘は1人でやってくれるかな」
「えぇ〜……フラン先輩がこっちの味方っていうのがイイんじゃん!彼女とお母様でお母様選んだマザコン寮長のショック受けてる顔、見たくねーっスか?」
「見たくない」
エースくんは虚をつかれたような顔をする。私が見たくないと断言したのが、そんなに予想外だったのか。
「……ああ、なるほど。好きなんスね」
「うん」
「まあ別に1人ででも闘る気あるから良いけどさ」
エースくんは唇を尖らせる。
私はもう一度大きく溜め息を吐いた。
ちゃんとリドルさんに選ばせてあげたい、と思うのは親心なのか、それとも責任と思考の放棄なのか。
「あっははははははは!あはは!怖……怖ぁ……」
テスト返しの日。
廊下に張り出された紙には、全教科総合満点の生徒が30名前後、その下も一点失点しただけの生徒がずらーっと並んでいる。危なかったぁ、と思わず胸を撫で下ろした。一問でも間違えていたら、確実に上位50位には入れなかった。問題によっては三角ですら、入れるか怪しい。
「……フラン先輩ッ!」
後ろから声を掛けられ振り向くと、デュースくんが居た。今回も勉強会にはちゃんと参加して一生懸命に頑張っていたけれど、私としては私のユニーク魔法が恋しかった。あれを使えばもう少し能率良く勉強出来るのにな、と思わざるを得なかった。
前回よりは勿論悪いだろうが、でも今回もちゃんと勉強はしていたし、赤点にはならないんじゃ──
「先輩、僕魔法薬学92点でした!」
「ぅぅ、ぇええええ!?凄……凄っ!よく頑張ったねぇ!」
頭とほっぺをぐりぐり撫でてやると、デュースくんはくちゃくちゃにされながら笑っている。しかし私は嫌な予感がしていた。勉強会で彼の勉強の進み具合は見ていた。そんな点数が取れる様な進み具合まで、私は行かせてあげられなかった。
「これはこれはフランさん、流石です。あなたの名前が張り出されていないところが見られるかと思ったのですが……残念残念」
「本当、あっぶない……で、これは何なんですか」
「ふふ、すぐにわかりますよ」
アズールさんが得意げに踵を返して行ってしまうのを、私は少しげんなりしながら眺めていた。
「フランせんぱぁい……」
「うわ、頭のそれどしたのエースくん」
次の授業に移動している最中、私はお洒落なイソギンチャクに寄生されたエースくんからことの顛末を聞き、思わず声を上げて笑う。
「ははは、はははは!なるほどそういうことね、アズールさんも面白いことするなぁ」
「笑い事じゃねぇっスよ!オレ卒業まで働かなきゃならないんスから!先輩どうにかできないっスか〜?」
「うーん……まあでも、エースくんが悪いよね。お勉強になったと思って受け入れよう。あんまりにも長い時間拘束されるようだったら私も抗議するけど、学生なんだから結局勉強の時間が取れたら問題ないし」
「えー!!学園生活ずっと遊び行けねーとかやだやだやだぁ!」
ぐす、という鼻啜りが聞こえて後ろを振り返ると、デュースくんにもイソギンチャクが生えていて、あららと苦笑する。
「デュースくんも契約しちゃったのかぁ……」
「僕、僕、……先輩がせっかく時間割いて教えてくれてんのに全然わかんなくって……でも、先輩に、バカな俺にいくら教えても無駄だったと思わせたくなくて……!情けねえ……!」
「大丈夫だよデュースくん、私アズールさんに貸しあるから、きみのは私から交渉して取って貰おう」
「ちょっとぉ!?オレのも取ってくださいよ!」
「いや、いや……フラン先輩にこれ以上迷惑掛けらんねぇ!自分でなんとかします!」
デュースくんが袖で涙を拭いて走って行ってしまうのを見て、エースくんに頑張れとグッドサインを贈る。
エースくんはげんなりした様子で大きな溜め息を吐いた。
それの波がこんな形でこちらまで来るなんて思わないじゃないか。
「レオナさんに契約書を全て砂にされてしまったもので……優先順位の高いものから順次契約を締結し直していますが、あなたのユニーク魔法を僕が今現在使えない以上、優先度が高いとは言い難いですので……ご心配なさらず、遠からずのうちに再度契約をして差し上げますよ」
「……じゃあ、今いただいてる分の性別転換薬で……」
「薬の材料を他の物に回しますので、暫くは我慢していただけますと」
私は椅子の背もたれに背を預け、宙へ視線を上げる。
「ユニーク魔法が一時的に戻ってきたとプラスに考えていただければ」
「……」
「……」
「……」
「そんなにショックなのですか」
「ええ」
私はそれしか言えず黙りこくる。頭が真っ白だ。
やだなあ。やだなあ。やだなあ。やだなあ。
(今いただいている分だと……ホリデー中にはもう切れちゃうな)
はあ、と溜め息を吐く。使う予定のある1週間持続の瓶を一本だけ残しておいて、後はなんとか耐えよう、と思う。
しかし、夜、私の部屋。
「……ホリデーは、リドルさん、実家に戻られるのですか」
「……うん。色々、話し合わないとと……キミについても」
そろそろお別れの時か、と思う。私は彼に軽くキスをし、角度を変えてもう一度キスをし、久しぶりに口移しで愛情を流し込んであげる。
リドルさんの肩がびくっと震え、赤く染まった頬に笑みを浮かべた。
「そうか。アズールの契約書が砂になったから……」
「ええ。まだお薬が余っていますが、しばらくあの姿にならないといけないと思うと」
「……ねえ、それなら、もう少し」
リドルさんが袖を引いて強請るので、きゅんきゅんしながら口をつけてもっと分け与えてやる。分け与えられている時どんな感覚なのかわからないが、彼のうっとりした表情を見るのは私も大好きだ。
「……リドルさんは、お母様に、私のことを話すのですか」
「……お付き合いしている女性だと、成績も良い、母親が魔法医術士だと……言うつもりだよ」
「……やめた方がいいと、思います」
私は彼とおでこをくっつけながら言う。
「……」
「お互いが傷付く結果にしか、ならなさそう」
「……いや、流石にお母様もわかってくれると……思うな。キミの成績を聞けば、きっと認めてくれる」
「……」
「来てくれないかい、一緒に、ボクの家に」
多分大丈夫さ、と言っているリドルさんは、傍目から見てもうかれていた。人生で初めてお母様から離れた期間を経たから、喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、NRCでの生活でお母様の恐ろしさを忘れている様な気がした。
でも、変わらず私にすっぽりの小さな彼は、その小さな手で私とお母様のどちらも取ろうとしている。そして、それが出来ると思っている。
それなら、それなら。どうせ一度きりだ。挑戦させてやりたい、と、思ってしまった。
どうせ私にとっては消化試合だったのだ。どんな結果であろうと、彼が望んでそうなるならば。
「……心配かな」
「はい」
優しい彼は、自分も少し不安そうにしているのに私を慮る。
だめだ、だめだ。我慢しようと思ったのに、溢れそうだ。
喉の奥のかたまりを必死に飲み込もうとしているのに、リドルさんが全てを許すよとでも言うように優しく私の背を撫でる物だから、それを私は吐き出してしまった。
「あなたはきっと私と別れさせられる」
「……」
「あなたはお母様に私と別れろと言われて、それに従うんです。それで、あなたは、お母様の紹介したお嬢さんと結婚するんです。そうでしょう」
「……」
黙っている彼に、腹が立った。私は頑張った。彼を愛していたから、彼がその私と彼を隔てる呪縛を捨てられるように頑張った。けれど、今も自分から大事そうに持っているのだもの。そんなの。
そんなの。
「私を選ぶと、一言言ってくれれば」
なんだってする。なんだって。彼が幸せになるために、なんだってする覚悟がある。
でも、でも。彼自身の歩みを止めることは私はできない。──いや、両方とも傷付く結果になるから、したくない。
愛着があるのはわかる。痛いほど、胸の内側に刃物でももう刺さっているのではないかと言うくらいわかる。でも、でも、でも。
「大丈夫、そんなことには、……」
「信じていいのですか」
「お母様は悪い人じゃない」
「信じますからね、ね、ねぇ」
私はリドルさんにキスをする。
「私、エースくんに告白されてます」
「……え」
「なので、お母様に交際を反対されたら、あなたが私との交際を続けること選ぶか、お母様の言う通り私と別れるかをちゃんと選んでください」
「……」
「ねえ、選択の時ですよ。あなたが、選んで」
「……お母様は、きっと」
そうやって期待をしてしまう気持ちすら、痛いほど、わかってしまう。何回裏切られたって、子どもは馬鹿だから、親が自分のことを本当は愛してくれているのではと期待する。そうしないと、尊厳の最後の最後、ひとかけらの、最低限の自分すら失ってしまうから。
それから私は彼の頭を頬を、撫でて、唇に額に頬にキスをして口移しに愛してやって。胃もたれするくらい愛していることをわからせてやった。
ねえ、だから、私を、なんて。
そうやって期待するのも、これが最後だ。