洋琴抄
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「……生きて、いけないわ」
映画の公開日まで、あと1ヶ月。
休暇の最終日。あくまで冷静。頭も、ちゃんと回っている感じがある。疲れも殆ど、無いわ。
「……ごめんなさい。色々、考えたのだけれど」
外に出たくない、ルイ以外の誰にも顔を見られたくないのは──変わらなかった。役者を辞める、モデルを辞める、という選択肢もある。でも、その先に、アタシの望む何かはないの。
「映画が、公開されて、少ししたら……もう」
「……」
「アタシ、アタシ頑張ったのよ……?アタシ、頑張ったわ。ねえ、よく、頑張ったでしょ?」
あの日から、自分の顔を見ないように、直視しないようにしながら頑張って頑張って頑張っていたのに、頑張る度に、世間にアタシの爛れた醜い顔が映って、アタシを苦しめる。
お前が何をしていようがお前は醜いと、世界から言われ続ける気分がわかるかしら?ばっちりキメた顔をしたアタシのポスターが貼り出されて、アタシはどうしてアタシがこんなに醜いことを忘れていたのかしら、今すぐ消えないと、と突然怯えてしまう気持ちがわかる?こんなのが張り出されるなんてって、1人で泣いた気持ちがわかる?でも、絶対に周囲にそんな素振り見せちゃいけないから、頑張っていたのよ。頑張っていたでしょう?
あなたは綺麗よって、そんな口先だけの戯れ言。アタシは醜いわ。嘘を吐かないで頂戴。としか、思えないの。
ダメよ。もう、ダメ。アタシは、頑張ったから。
終わりにさせて。
そう、言った。アタシは。
「……自死は、許されません」
ルイは、しかしそんなひどいことをまだ!!!
知らないわ関係ないわ耐えられないのよ!と食ってかかろうとすると、「でも、」とルイは続けて口を開いて。
「……〝殺されてしまった〟なら、それは仕方のないことです」
ルイは、いつからその考えを胸の内に秘めていたのか、隠していたものを取り出すようにそう。言う。
「……10年と少し、程でしょう。あなたと私が口論になって、私があなたを……殺害して。皆さんの希望であった、これからもそう在り続けたかったあなたを殺害して、10年と少し塀の中に入るなら、あなたの美しさは永遠です」
「……、」
「安いです。その程度、あなたの輝きと比べたら。だから、……本当に無理なら、もう無理なら、そうしましょう」
この子は。
知ってるのよ。あなたが、モルモットを殺せなくて医者を諦めたの。
それで親に軟弱者と罵られて、絶縁に近いことまでされているの、知っているのよ。モルモットが殺せなかったのが原因だって。
そんなに嫌だったのに、それなのに、この子は。
「ちゃんと、合意ではなかった状況を作りましょう。私たちはどんなことで喧嘩をしそうでしょうか」
「……殺せるの、アンタ」
「ヴィル・シェーンハイトを殺す役は、あなたがするより、私がする方がいい」
「……、いいのよ、いいの。ヴィルはそんなに美しい役じゃなかった、でいいじゃない。どうして」
「嫌です。あなたが、無理だと私に吐露してくれたのが嬉しいので、安いです。安すぎます。むしろ、あなたにやらせるくらいなら、私にやらせてください。やりたい、です」
「……嬉しい、の?」
どうだっていい人間の言葉に左右されて、顔が爛れた自分だって美しいわと胸を張れなくって、受け入れられなくて疲弊して、そんなもの、美しくない。そんな姿を見せることが嬉しいなんて、アンタは美しいアタシが好きだったはずなのに、って。
「だって、言ってくれたの、あなただって自分の醜い姿……自死する結末を、できれば誰にも見せたくなかったからでしょう」
「……」
「それは、美しいじゃないですか。本当に綺麗。あと……」
ルイは肩を竦めて、顔の前で手を合わせて、恥ずかしげに。
「それとは全く関係なく、ヴィルさんが私を信頼してくれて、嬉しいです。ともだち、なので。仲が良い感じがして。力になれると思ってくださっていて、とっても嬉しいです」
「……友達……」
「え、……?友達じゃないんですか」
「アンタ、この世に友達何人居るの?」
「……ヴィルさんだけですけど」
「……まあその認識ならいいわ」
思わず軽く笑うと、ルイの尻尾がゆらゆらと揺れる。唇を尖らせているあたり、こちらの意図は理解しているらしいが、複雑な感情なのだろう。
「……その範囲なら、アタシも友達はアンタだけよ」
「……親友が50人とか居るんじゃないでしょうね」
「ふふ、ふふふふ……はは、ちょっと、笑わせないで!ふふふ」
またこの後輩は真面目な顔をして唐突に笑わせようとしてくる。そして、それに嵌って笑うと、少しだけ嬉しそうな雰囲気を出す。
なんてかわいらしいのだろう。
なんて、かわいらしいのだろう。
こんなかわいらしい子に、アタシは何を言わせているんだろう。
「……、ごめん、なさい」
細まった喉から出た謝罪に、ルイの尾の先端がピクリと震えたのが指の隙間から見えた。
「……大丈夫。あなたと居られて、私はとても幸せでした」
「……」
「苦しい時間を引き伸ばしてしまってすみませんでした。あと少しだけ待って、完成した映画だけ、一緒に観てください」
涙が止まらない。何も言えない。だって、言う通りなんだもの。〝ヴィル・シェーンハイト〟が美しく終わるには、もうそれしかないわ。
でも、この後輩にだけはそんなことをさせたくないの。いくら本人がいいと言っていたって、言っていたって!モルモットが殺せなくってこっちの道を選んで、それで、アタシを──たったひとりの友人を殺させる羽目になるなんて、そんなの!!!そんなのってないじゃない!!!
無音で泣きじゃくるアタシに、ルイは、肩を竦めて。
「ヴィルさん。私が殺せなかったモルモットって、どうなったか知ってますか」
──?
「他の課に回されて、結局、動物実験の検体に使われて、苦しみ抜いて死んだみたいです」
「音楽の道に進むと電話した時に、後から聞かされました」
そう、と。そう。としか、言えなかった。
どうして死なせてくれなかったのと突っかかった時に、あんなに変な泣き方していたのは、そういうことだったのね。ごめんなさい、辛いこと思い出させちゃって。
アタシがそっとルイを抱きしめてあげると、ルイはアタシの肩へ顔を埋めて、大泣きに泣きはじめた。アタシの服に口をつけて、必死に音を殺しながら、それでも全身をがたがた震わせて、時々過呼吸になりそうになって、咳き込んで咳き込んで、また泣く。
アンタそれ聞いた時もそうなってたんじゃないの?どうしてアタシに言ってくれなかったのよ。
いいえ、言えるわけないわね、そんなこと。好きなだけ泣きなさい。お願いだから、少しでも幸せになって頂戴。
そこまで考えて、自らがこの後輩にやらせようとしていることが──それと真逆に向かわせる行為だと気付いて、乾いた笑いが出た。
誰でもいいから、アタシ達を幸せにして頂戴よ。ねえ。いいでしょう。そのくらいの権利あるでしょう!頑張ってきた、頑張ってきたんだから、アタシたち!
なんて、いくら叫んだって、きっと神様なんて居ない。居たとしたら、とんでもない性悪よ。こんな子に、こんな。
わかってるの。もう。いいわ。
自分たちのことは、自分たちでどうにかするしかないんだから。
ああ、でも、ここで自分〝たち〟って言えるのは、ちゃんと幸福ね、と。
ルイの涙の伝う頬へ、唇を落としてあげた。