洋琴抄
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映画が完成した。制作陣はアタシもルイも含め躍り上がって喜んだ。
試写会のアタシの舞台挨拶は全国で報道されて、先々週公開されて、インタビューにもたくさん答えた。世間の反応は、予想通り最高。当然よ。
ルイに淹れてもらったハーブティーを飲みながら、アタシはアタシの映画を観ていた。やっぱり何度観ても最高の出来で、これを残せてよかったわ、と思えた。
頓服が効いてきたので辛くはないけど、意思が揺らぐなんてことはない。
あったらよかったのに。
「……うーん、どうしましょう。ヴィルさんと喧嘩する理由が全く思い付かない」
「……」
「えー……本当に思い付かないな」
ソファーでアタシの隣に座っているルイはそう、問題がわからないという風に、その意味しか含まない重さで、その言葉を吐く。
アタシだって思い付かないわそんなもの、と口に出して甘えてみようかと迷ったけれど、今はどちらかというと幸せな気持ちだったので、まあいいわ、と思った。
そして、少しだけふざけて。
「……好きすぎて殺してしまった、とかじゃダメなの?」
「ダメですよ。何かしらの関係があったと思われそう……誰が見ても絶対に私が悪いと思われるようにしないと」
恋しくて、ルイの左手を腕からとって抱く。特に反応を返さずに居てくれるので、そのまま腕を絡ませていた。
沈黙が続く。映画の最後のカットは、アタシの、転んだ人に手を差し伸べるため屈んだ後ろ姿。またエンドロールが流れて、ループ設定になっているから、また最初から映画が始まる。
「……でもアンタ、そんなに一方的に悪い書き方したら、出てきても職がないんじゃないの」
「別になくっても……まあ、死にはしないようにするだけだったらできるでしょう」
「……」
その言葉に。少しだけ、ルイの腕を抱き直して。
「一緒に死ぬのは、ダメなの」
問うてみる。
だって、あんまりにも可哀想。友達だって、アタシしか居ないくせに。
「悪者は死ぬまで生きて馬鹿にされ続けた方がいいと思うんですよ」
「……」
「私の顔を見て、ヴィルさんのことを思い出してほしい」
「……」
「それに、ヴィルさんが頑張ってたのに、私はまだ全然頑張ってないので、その分は頑張らないと」
目を瞑った。恐らくルイの本心から発された言葉で、でも、やはりそれは。
「一緒に死んでほしいわ」
「……」
「アンタの為じゃない。1人で死にたくないだけよ」
「、」
「それに、心残りがあるのは嫌」
その言葉に、ルイはふいとこちらを向いた。
暗い部屋の中で見ているせいで、いつもより瞳孔が大きくて少しだけ驚いた。
ルイはなぜか、少しだけ笑って、寂しそうに、申し訳なさそうに。
「心残り、私しかないんですね」
「……」
「なんか、うれしくなっちゃった」
「……うるさいわね、もう」
くすくす、くすくす、と上機嫌に笑い合う。ルイは肩を竦めて。
「いいですよ。ヴィルさんを見届けた後、すぐに逝きます」
「……よかった」
本心からそう思った。アンタも十分頑張ったんだから、もう楽になって、って。
十分。十分よ。アタシ達。もう十分だから。
「……そして、喧嘩の理由が思い付かない」
「ふふふ」
「うーん、困りました」
幸せで涙が出てきてしまった。
幸せで、幸せで。
「……ねえ、キスして頂戴よ」
アタシが俯いたままそう言うと、数瞬置いて、顔のいちばん爛れた部分──頬──へ、涙を追うようにして唇を落としてもらえて、自然に微笑みが出た。ルイも、少し照れながら諦めたように、笑っていた。
「綺麗ですよ、あなたは」
「……」
「ずっと1番綺麗です」
今までの全部が救われたような気がした。
「……ごめんなさい」
「いいですよ」
何故か唐突に口からまろびでた、何に対してかもわからない謝罪にすら、ルイは諾々と。
よかったわ。終わってくれて。
綺麗な幕引きにしてくれてありがとう、ルイ。
アンタ脚本家としての素質もあったのかもね。
もう全部、終わりだけど。
終わりだから。
よかった。
ソファーで隣に座るルイが肩を竦めて、パッドを下敷きにし、ペンで書いていた文章を見せてくる。受け取って読んでみると。
「……これでよさそうですかね」
「……うーん」
ヴィル・シェーンハイトは毒を盛って自分が殺しました。ずっと嫌っていたけど隠していました。顔が綺麗か綺麗じゃないかなんて本当はわかっていたけど、ヴィルさんの顔を綺麗だと言うのが癪でそういうことにしていただけで、本当はわかっていて、醜くなった癖にまだ自分の外見に対して注意をしてくるうざったらしいヴィル・シェーンハイトに腹が立って殺してしまいました。殺した後に世間からのバッシングが怖くなったので自分も死にます──なんて、そんな。無理があるわよ。
けど。無理があると、違和感を持ってくれる人が居るなら、悪いとこ全部持って行ったこの後輩にも、ほんの少し、救いがある気がして。
「……いいと思うわ」
「わかりました。じゃあこれで」
おやすみなさい。
ごくり。