洋琴抄
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拘束を解いて頂戴と騒げば薬を飲まされなにも考えられなくさせられる、薬を飲まなければ注射され、無理矢理同じ状態へさせられる。
1日の量を越えたから薬を飲ませられないと、いくら呼んでも放置されたのが一番堪えた。あんなに嫌だと思っていた薬を飲ませられることが、この地獄から抜け出す唯一の手段だと気付かされた。
仰向けで手を固定されているせいで、睡眠を取る時にすら横になることが許されないのが辛かった。長時間拘束により手首は擦れて、痛みで起きてしまうことすらあった。
ベッドを上げられて、食事を口に運ばれ、それを咀嚼し飲み込むところまで観察されるのにすら慣れはじめた自分に苛立つが、薬のせいでその感情は即座に夢だったかのように雲散霧消する。
尊厳の全てを根こそぎ奪われたにも関わらず、その実感が今は──薬のおかげで──あまり湧かないのが、せめてもの救いなのか。
「……手首が擦れて痛いわ」
「痛み止めのクリームを持ってきますね」
ぱたぱたと小走りで部屋を出て行ったルイは、程なくして瓶に入ったクリームを自らの両手へ馴染ませる。
手首の拘束自体は解かれないまま、しかし布製のベルトの隙間から、擦れて傷になっている部分へクリームを塗ってもらえる。すぐに痛みが引くので、少しだけ安心した。
「……あれから何日経ったの」
「10日ですね」
「……そう」
いつまでこの地獄が続くのかしら、なんて。
考えていたのを読まれたのか。
「……自分の身体傷付けないって約束できるなら、もう少し拘束を緩めてもいいですが」
「……」
「手首の余裕を少し増やしてあげられます。横を向いて寝られるようになりますし、食事も自分でできるようになりますよ」
「……やって頂戴」
「約束できますか、自分の身体を傷付けないって」
「……ええ」
約束したくなんて、これっぽっちもなかったけれど。何故自分の身体への拘束をほんの少し緩めるのに、こんな言われ方をされなければいけないの?心の底から屈辱的だったけれど。いつものアタシだったら、怒鳴ってやったけれど。
それ以上に、そんなことがどうでもよくなるくらいに、少しでも楽になりたかった。多分怒鳴ったら、拘束を緩めて貰えるチャンスすら失うから。
この10日間で自尊心を、尊厳を、まるっきり壊されてしまった感覚がある。取り繕うという考えすら浮かばないほどに追い詰められているから、味方が誰もいないから、目の前のこいつに縋るしかないと、心の底から理解させられた感覚がある。
「……元通りに治せる医者、まだ見つからないの」
「……はい。此方としても全力で探していますが、難航しています」
「……もう、殺して頂戴」
「……」
「もういいわ。いつ見つかるかわかりもしないものに、縋ってなんていられない」
「頓服、今日あと一回なんですけど、今で大丈夫ですか?」
「……ええ」
大人しく口を開けて薬を招き入れ、吸飲みで飲まされた水ごと飲み下した。
飲んだだけで、少しだけ気分がマシになった気がする。息を吐くと、ルイがベッドにベルトを固定していたビスを、ベルトの別の穴へ移して、少しだけ余裕を作ってくれて。
そんなことに幸福感を覚えてしまった自分に、呆れて呆れて、笑いが少しだけ出た。
ルイは反対側のベルトにもそれをしてくれて、アタシは少しだけ余裕のできた腕にまた、純度の高い幸福感を覚えてしまう。
「少しは楽になりましたか?」
「……ええ。全然違うわ」
「よかった。何かあったら、また呼んでください」
そういい立って、何の後ろ髪引かれる様子もなく扉を閉めて行ってしまうルイ。
何もしなくていいから寝るまで一緒にいて、なんて、考えてしまった自分にまた軽く絶望の笑いが出た。
ヒトって、一人ぼっちで追い詰められるとこうなるのね。
弱い生き物。